『シン・エヴァンゲリオン劇場版』、膨大な素材と緻密な編集を支えたAdobe Premiere Pro

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開となりました。今作は、プロダクションの規模も非常に大きく、プリヴィズの段階から素材やカットは数え切れないほどの枚数が生み出されました。そしてこの作品の基幹ともいえる編集を担ったのが、Adobe Premiere Pro でした。

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『:序』の公開から14年を数える2021年、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開となりました。庵野秀明総監督のもと常に独創的な表現が生み出されてきた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』及び『シン・エヴァンゲリオン劇場版』全4部作も、とうとう今作で締めくくりとなります。東宝、東映、カラーの三社共同配給という前例のない規模での劇場公開を果たした今作は、プロダクションの規模も非常に大きく、プリヴィズの段階から素材やカットは数え切れないほどの枚数が生み出されました。そしてこの作品の基幹ともいえる編集を担ったのが、Adobe Premiere Pro でした。

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自動的に生成された説明 様々なフォーマットの膨大な素材をPremiere Proで編集

ここでは庵野総監督の編集におけるこだわりや独自の編集工程を紹介しつつ、プライベートビルド版で使用された「プロダクション機能」(開発時名称:クロスプロジェクトリファレンス機能)をメインに現場で活躍した機能について、今作の編集を担当した辻田恵美氏にお話を伺いました。

■辻田さんの経歴と『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の編集を担当することになった経緯をお聞かせいただけますか。

普段は実写映画の編集をしていて、過去の作品では『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(入江悠監督)などを担当しています。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズでは第3作『:Q』の時に編集助手を担当し、このときの縁で今回の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では技師としてオファーされました。以前にもスタジオカラーの別のアニメ作品を担当したことがありますが、じつはアニメ作品の編集はスタジオカラー以外では担当したことがありません。

■これまでは主に実写の編集をされていたとのことですが、実写とアニメの編集で違いを感じている部分を教えていただけますか。

実写は基本的に撮影期間中に撮影したものをその後工程の「編集」で切ったり繋いだりという流れですが、庵野さんの現場、『シン・エヴァ』の場合はすべてのカットが実写で言う「CGカット」のようなものなので、さまざまな素材が途中経過であっても随時入ってきて常に更新していきます。庵野さんは編集で作品の流れを決めていく方なので、カットの順番も変わっていくし、実写より骨組みが決まるまでに色々なことが起きます。

また、実写では基本的に撮った人間の動きは撮ったままですが、アニメの場合は動きがイメージと違ったら中のコマを抜いて動きをコントロールすることもできるので、より細かい作業が必要とされる印象です。

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■『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の編集工程において、通常のアニメと比べて特徴的なところがあれば教えてください。

今回はバーチャルカメラで撮ったさまざまなアングルのモーションキャプチャーデータも用いています。本編の前半パートには最初に絵コンテがなく、プリヴィズを組んでから、それを元にコンテを作る作業に入っていきました。このプリヴィズの中にはモーションキャプチャーを使った簡易なCGや、iPhoneで撮った写真や動画など色々な素材を使っています。素材の数は写真だけでも何万枚とあるので探すのも整理するのも大変です。多くのアニメや実写ではオールラッシュ後に変更点を各部署に伝えますが、『エヴァ』は原則オールラッシュは行われないので、その作業をほぼ毎日行っていました。

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中程度の精度で自動的に生成された説明 プリヴィズ時のモーションキャプチャーデータの編集画面

■編集アプリケーションにPremiere Proを採用した理由を教えてください。

Premiere Proは『シン・ゴジラ』のときに使い勝手が良かったということで庵野さんからのリクエストでした。さまざまな素材がすぐに取り込めて、トリミングやちょっとした移動がすごくサクサクできるという点が評価されたのだと思います。mp4やmov、iPhoneで撮った異なるフレームレートの素材など、色々な部署から来る多種多様なフォーマットが手軽に扱えて、編集室でまとめてすぐに見られるのが庵野さんのやりたかったことなのではないかなと思います。

庵野さん自身も「iPhoneで撮ってくる」と外に出て「今から送るから」といってすぐに素材を編集に反映させるということが多々ありました。とりあえず、どんなものか見てみたいというのが庵野さんのスタイルなので、作業が進むにつれて、これがやりたくてPremiere Proを選んだのだなというのは分かりましたね。

■リクエストに応える形でPremiere Proを使うことになったときの辻田さんの心境はいかがでしたか。

じつは私は予告編やPVのような短いものではPremiere Proを使用していましたが、長尺ものでは使ったことがなかったんです。『シン・エヴァ』は編集の最後のほうまでオンラインのような作業を行ったので、自分で責任を持って編集を担当するときにPremiere Proでの前例がないという状況は正直不安でした。

ただ「まあ、いっか」と気楽にも構えていて、『シン・ゴジラ』の編集を担当された佐藤敦紀さんとも知り合いなのでどういう風にやっていたのか尋ねてみたり、オンラインや音響の担当の方に初期段階からしつこいぐらい何度もテストをしていただいて、準備を進めていきました。

【アドビのサポートとプロダクション機能】

2017年末に編集がスタートし、Premiere Proを使用してしばらくが経過した2019年の夏。「0706作戦」と呼ばれた『アバン1(冒頭10分40秒00コマ)』の先行公開が終わった頃には、膨大な素材量が影響してプロジェクトの立ち上げに時間がかかったり、様々な課題が発生したため、アドビのカスタマーエンゲージメントプロジェクトのチームも含めた協力体制が敷かれることとなりました。

■サポートがスタートした段階での取り組みを教えてください。

編集が全体の4分の1しか進んでない段階でプロジェクトの立ち上げに時間がかかるようになったため、編集プロジェクトの見直しをしました。それまで1つのプロジェクトですべての編集を行っていたのを、まずは5つのパートごとにプロジェクトを分けるようアドバイスをいただきました。これが最初のステップで、プロジェクトの立ち上げが軽くなり、動作自体が安定するようになりました。

あとはセッションの初期段階で「こういう機能はないですか?」と相談させてもらって、その時点でリリースされている機能は教えていただいて、リリース前だった「プロダクション機能」はプライベートビルドをインストールして導入することになりました。

■プロダクション機能導入後の効果はいかがでしたか?

プロダクション機能は、それまでインポートをしなければ使えなかった他のプロジェクトの素材が、インポートせずにリファレンス(照会)するだけで利用でき、CPUの負荷を大幅に軽減しプロジェクトの動作を軽くすることができる機能です。この機能を利用して、基本的にメインのプロジェクトにはシーケンスしか入れず、素材は別のプロジェクトにまとめてリファレンスするようにしました。素材の場所を途中から切り替えたのでリンクが切れていないか確認しながらでしたが、トラブルもなく順調に移行でき、使っている素材以外はリファレンスしない状況にすることで、プロジェクトの立ち上げは1、2分待てば立ちあがるくらいに軽くなりました。

編集の最後のほうではTIFFの16ビット連番ファイルを読み込まなくてはならなかったので、当然重くはなっていったんですけど、プロジェクトが落ちたり動きが悪くなるようなエラーもなかったので、それはプロダクション機能のおかげだと思っています。

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素材がまとめられたプロジェクトのウィンドウ

■プロダクション機能を使うことで、動作が軽くなったこと以外に変わった点はありましたか。

編集フローとして素材の取り込みの際には、まず編集シーケンスが入ってるプロジェクトに新しい素材を入れて、作業が終わったら片付けてリファレンスするようにしました。そうすると、素材が編集シーケンスに残っていなければ編集が済んでいるということなので、何がまだやってない作業なのかが一目瞭然になるんですね。

実写の編集では新撮分や日々上がってきた素材を「ニューラッシュ」、つまり未編集ものとして技師に渡すということはよくあることなので、けがの功名ではないですが、実写の編集で慣れ親しんだ工程が今回の編集の中でも再現されたということで、作業しやすくなりました。

【試行錯誤やディテールへのこだわりを実現するツール】

膨大な素材量やマルチフォーマットの作業環境は、今作の緻密なアニメーションや独特な構図を生み出す母体だったと言ってもよいでしょう。そしてさらに庵野総監督のディテールへのこだわりを形にするため、細かいところで活躍した機能やツールがあります。

■既存の機能の中で、使い勝手が良かったものや活用された機能はありますか?

今回はマルチカメラ機能を多用しています。

ヴァーチャルカメラでは、何百アングルというものすごい数を撮ります。そして、似たようなアングルで仕分けしたグループでマルチカメラシーケンスを作って、庵野さんはその一覧をサムネイルとして俯瞰し、どの構図が良いかを選ぶのです。もともとはプリントアウトしてやっていた作業ですが、マルチカメラならすぐに見せられるので庵野さんはすごくやりやすそうでした。普段、マルチカメラの機能はPVで活用したり、芝居でも3カメを回している時に「この画の裏の画はこれ」っていうのを分かりやすくする程度で使っていたので、今回のような動きが全く同じで膨大な数のアングルを見比べるための使用は初めてで少し驚きました。

あとは、マーカー機能も独特な使い方をしています。撮影から上がったカットをラッシュで見てリテイクを出すというのが通常のアニメの工程なのですが、庵野さんは編集作業を見ていて「ここはこうしたい」というリテイクをありとあらゆるタイミングで結構な数出されるんですね。

『:Q』の時はリテイクの内容をメモに取っていましたが、今では編集をしながらその都度マーカーを付けてメモした後にマーカーリストで出力するようにしています。リテイクの仕上がりのタイミングもばらばらなので、マーカーを付けておけば直っているかどうかのチェックとしても使えるのですごく便利でした。

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モーションキャプチャーデータが仕分けされたマルチカメラシーケンス

グラフィカル ユーザー インターフェイス, アプリケーション
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リテイク指示が記入されたマーカー

■素材やリテイクの数の多さからも窺えるように、緻密さが庵野総監督の持ち味の1つでもあると思いますが、そのこだわりにマッチする機能はありましたか?

写真を読み込んでレイアウトを決めたりするときにはキャラクターがまだ描かれていないので、その位置の指定用にエッセンシャルグラフィクスの文字ツールを使っていました。画面上に指示やコメントを入れることが多かったのですが、他のソフトとは比べ物にならないぐらい手軽にできて、文字の位置やサイズも自由に変えられるし、しかもその動作が軽いというのがすごく便利でした。

庵野さんはそういった指示についても、カットのトリミングと同様に「もうちょっと寄って」とか「上に詰めて」というのを1ピクセル単位で指示されるので、この文字ツールの使いやすさは作業効率の面ですごく大きかったですね。

【ついに『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が完成】

3年以上の長期編集期間を経て完成した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。完成前の作業では、緊急事態宣言の発出でアニメ制作工程自体が立ち行かなくなり、その後も長引くコロナ禍の影響によって、やむを得ず二度の公開延期を決定するなど、多くの困難を乗り越えての公開となりました。

■長きに渡って携わった作品の編集担当者として、作品の見どころを教えてください。

カット割りに関しては全編注目していただきたいですが、画の美しさはもちろん、ストーリー的にも思い入れがあるのはAパートです。アバンが終わってから、ある戦いに行くまでのパートが私は一番好きな部分です(ネタバレを防ぐために詳しくは割愛させていただきます)。

それと、YouTubeにアップされている『これまでのヱヴァンゲリヲン新劇場版』という映像は、これまでの『新劇場版』シリーズ3本分を3分40秒に編集したものなのですが、これは2019年の「0706作戦」のときに公開されたダイジェスト映像で、本編の画と音だけで組まれた「編集」として特に見どころのある映像だと思っています。こちらもぜひご覧いただきたいです。

■最後にPremiere Proを利用して取り組んでみたいことなど、今後の展望をお聞かせください。

たぶん今後もPremiere Proをずっと使っていくと思います。3年間ずっとPremiere Proだけを触ってきたので、その便利さに慣れてしまいました。今も他の作品で使っていますし、大きなプロジェクトに取り組む際でも今回活用した「プロダクション機能」を利用していきたいと思います。

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(*)アドビとのサポート協力体制

2018年、アドビはハリウッドの映画制作コミュニティに高度な支援を提供するため、ロサンゼルスにオフィスを開設。ハイエンドな現場のユーザーとコミュニケーションを重ねて、新しい製品リリースに現場のニーズを反映させる協力体制をスタートさせました。そして『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の編集においては、2019年からこのサポート体制に基づいてセッションを重ね、リリース前の新機能を搭載したPremiere Proプライベートビルドを使用していただくことで、膨大な素材量のプロジェクトにおける作業効率化を実現しました。