Trend & Illustrations #6/奥原しんこが描く「Comfort Zone」

Adobeのビジュアルトレンドをテーマを、東京イラストレーターズ・ソサエティの会員イラストレーターが紐解く人気のブログシリーズ。第6回目は「Comfort Zone(快適な空間)」。大胆な色彩感覚を備え、独自の作風を追求してきた奥原しんこさんに作品について語っていただきました。

「Comfort Zone」2021年

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートして毎年発表しています。2021年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。第6回目のテーマは「Comfort Zone(快適な空間)」。大胆な色彩感覚を備え、独自の作風を追求してきた奥原しんこさんに作品について語っていただきました。

奥原しんこ
SHINKO OKUHARA

1973年宮城県生まれ。横浜美術短期大学卒業、セツ・モードセミナー卒業 。番組美術制作会社勤務を経て、1997年より東京を拠点にイラストレーターとして活動中。植物のある風景、人物や動物、建物などのペインティング、ドローイング、版画作品を制作。主にパッケージ、書籍、CDジャケットなどのイラストレーションを手掛ける。国内外で展覧会を多数開催するなど、作家としても作品を発表している。近年は植物に興味を持ち、植物のある絵を好んで描き、得意としている。

https://www.shinko.cc/
https://www.tis-home.com/shinko-okuhara/


▲「Comfort Zone」2021年

想像する世界は、自分だけのもの


Q:「Comfort Zone」というテーマを聞いて、どのようなイメージが湧きましたか?

ビジュアルトレンドのなかで、一番身近なイメージとして画が思い浮かんだので、「Comfort Zone」をテーマとして選びました。新型コロナの影響で、以前は通勤していた家族が自宅で仕事をしたりと、家もこれまでと異なる環境になりました。我が家もそうですが、家のなかで仕事とプライベートを快適に楽しむ方法を見出すために、きっといろんな人が工夫していると思います。外に出かけたくても出かけられない人が、家のなかで自由に想像力を働かせているシーンを描いてみました。

Q:新型コロナで生活にどのような変化がありましたか?

主人と2人暮らしで、私自身は前から家で仕事をしていたので大きな変化はないものの、主人は在宅勤務をするようになり、1人で絵を描く環境ではなくなりました。初めは戸惑ったり、ストレスに感じたりするときもありましたが、絵の人物たちのようにそれぞれ好きなことをうまく自宅でやっています。主人が家で仕事をする様子を観ながら、こういう人だったのかと気づかされる部分もあって、作品のイメージがすんなりと頭に浮かびました。

Q:では、絵のなかの男女は奥原さんご夫妻ということでしょうか。

私たちも含まれますが、自宅での過ごし方を楽しむ人に共通するイメージとして描きました。絵に描いた人物のように私もヨガをしています。10年ほど前に始めて、2年ほど前にメディカルヨガインストラクターの資格を取得しました。仕事で座りっぱなしですと肩も凝りますし、腰痛も出てきます。イラストレーターで運動不足の人や身体に不調が出てくる人も多そうなので、健康のために始めたんです。続けることで精神的にも強くなったり、良い効果がたくさんありました。

Q:男性はパソコンを使っていますが、旦那さまは自宅でパソコンワークをよくされているんですか?

パソコンに向かって仕事の打ち合わせをしたり、プライベートでもよく使っています。主人はキャンプが趣味なのですが、仕事をしながらキャンプっぽいことを同時にしているのがおもしろくて(笑)。たとえば、石油ストーブの上にアウトドア用のポットを置いて温めたり。キャンプに行けないので、キャンプをしている人のドラマを観て、楽しいイメージを持ちながら自由に過ごしている姿がいいなぁ、と思って描きました。

Q:風景と人物は別々に描かれていますね。

最初はカラ—の絵のなかに人物を描くつもりでいましたが、背景と混ざりすぎて変化がないかなと思ったので背景をアナログで描いて、Adobe Frescoで描いた人物を重ねました。屋外でヨガをしたり、大自然のなかでキャンプをしたり、カラフルで開放感のある空間にしました。まわりにあるカーテンは部屋をイメージしています。2人は同じ空間にいるけれど、想像する世界はそれぞれのもの。2色で描いた背景色が、頭のなかは自由だということを表しています。


▲アナログで描いた背景に、Adobe Frescoで描いた人物をレイヤーで重ねた

Q:仕事が忙しいと、家にいる時間がほとんどになりますか?

今年は忙しい時期が続いていて、外に全然出られないときもありましたね。そういうときはヨガや植物、料理などで自分自身を癒して、心身のバランスを取っています。

Q:触感から得られる癒しも重要ですね。外に出られないフラストレーションや自分が感染したらどうしようという不安を抱えるなかで、違う世界の何かがいるだけで救われる部分がある。奥原さんご夫婦の間では衝突もなく、快適に過ごせていますか?

最初は慣れなくてギクシャクすることもありましたが、いまのような暮らしが1年間も続くとスムーズになりましたね。主人がどんな風に仕事をしているかも知らなかったので、家で上手に仕事をしている様子を観ると感心します。キッチンに行くついでにお茶を淹れてくれたり、洗濯物を取り込んでくれたり。家事を分担して、暮らしのなかで私が楽になった部分もありました。

Q:今回の作品をとおして「対人関係のなかで、どのように快適な空間を保つか」というテーマも考えさせられますね。旦那さまは同じ空間にいながら気づきを与えてくれる存在ですね。

コロナ禍で展覧会の機会は減りましたが、部屋のなかに私の絵を飾りたいと購入の問い合わせをいただくことが増えました。部屋のなかで別の世界を感じられるものとして、絵を必要としている人がいるのかもしれません。今回描いた作品も観てもらうことで、目にした人の気持ちが少しでも安らいだらいいですね。

身近な植物に救われて


Q:これまでの画業のなかで、ターニングポイントとなった出来事があれば教えてください。

10年前の東日本大震災がきっかけで、植物の絵をよく描くようになりました。私は東北出身で、震災があった後はしばらく復興のボランティア活動で現地に行っていました。「絵を描くことなんて何の役にも立たないんじゃないか」と感じて思うように描けなくもなる時期があって、何でもいいから私にもできることで手伝おうとしていましたね。そんなとき、被災地に力強く咲いている花を目にして励まされました。それで花の絵を描いてみたら、自分が観たままの姿を描くという行為が気持ちよくて、植物が持つ個性が自然と絵に表れることに救われたんです。そこから自宅でも植物を育てて、好んでよく描くようになりました。


▲「短い秋」2013年

Q:植物を側に置いて育てることで、何か発見はありますか?

育てて観察していると、成長のプロセスが観れます。つぼみが付いて、段々ふくらんで、花開いて、散っていく。散るときに花びらが透明になっていく様子がまたきれいだったりする。インターネットで花の名前を打ち込んで検索すると、満開の状態の写真が多く出てきます。それ以外の状態にも興味を持って成長を見守っていると、自分の好きな花のポイントが分かってきます。ポイントをつかんで自分の視点で描けるようになることが、作品のオリジナリティにつながっていくのではないでしょうか。

Q:2021年、Adobe Stockでデザイントレンドのテーマとして挙げられているのが「Austere Romanticizm - 深みをたたえたロマンチシズム」です。牧歌的な昔の暮らしへの憧れや、理想化した自然の美しさにフォーカスを当てて、自由で健康的な世界を表現しようとするテーマで、奥原さんが描いた作品のコンセプトにもつながるように感じます。

私は田舎出身で自然や植物に囲まれて育ったので、故郷のような自然環境に対する理想は身に付いているのかもしれません。それと、東日本大震災で私が気づいた植物のたくましさや美しさは、私以外の人もきっと感じていることなので、絵を描く意味があります。展覧会を開いて絵を観てもらうと、モチーフの花に対して思い出がある人が「実は私もこの花を育てていてね。肥料はあれがいいよね」と声を掛けてくれたりします。ただの花かもしれないけど、人それぞれが持つ感情や記憶を交わすものになれるというか。身近にあるものを描くことで、人にとっての“共通点”のような絵になればいいですね。

Q:社会的なテーマを受けて、作品を描いてみていかがでしたか?

イラストレーションの仕事をするときは、基本的に下描きの鉛筆ラフを提出して、節目でクライアントに確認いただきながら進めていきます。今回のような場合は、テーマがあったとしても最後まで自分に判断が委ねられています。スッとできるときもありますが、一度迷ってしまうと終わりまで迷います(笑)。今回は後者で、難しいところもありましたね。ですが、日々を過ごすなかでなんとなく感じていたことをあらためて言葉で受け取って、イメージとして表現することができて、とても勉強になりました。今回の「Comfort Zone」というテーマを与えられなければ、描かなかった作品かもしれません。家のなかで自由に想像を膨らまして過ごす様子を、身近に感じてもらえるとうれしいです。

いかがでしたでしょうか?今回ご紹介した奥原さんの作品は「プレミアムコレクション」としてご利用いただけます。プレミアムコレクションやビデオ作品は、クレジットパックをご利用いただくことでお得にお求めいただけます。購入プランに関してはこちら を御確認下さい。また、Adobe Stockでは皆様からの作品も受け付けております。コントリビュータープログラムの詳細はこちらをご覧ください。