すべての人にわかりやすく、見やすいデザインのために。Adobe Colorのアクセシビリティツールが生まれた理由
5月の第3木曜日はアクセシビリティの理解を促進する日Global Accessibility Awareness Day(GAAD)。アドビでは全ての人にわかりやすく、見やすいデザインを追求します。
毎年5月の第3木曜日はアクセシビリティの理解を促進する日「Global Accessibility Awareness Day(GAAD)」です。この日を迎えるにあたり、アドビのアクセシビリティ領域での活動をご紹介します。昨年5月よりカラーパレットの作成や共有ができる「Adobe Color」に色覚多様性に対応するアクセシビリティツールが備わり、色弱の方にもアクセシブルな色の選択をサポートする新機能が加わりました。アクセシビリティツールを使って配色をチェックすると、色弱の方が見た時に、色の混同が起こるコンフリクトが発生していないかどうかがわかり、配色の調整ができます。
アドビでは、Photoshop、IllustratorのバージョンCS4から、校正ツールとして色弱の方が見た時にデザインがどのように表示されるかを確認できる機能を用意しています。この機能は、日本で開発された機能であり、グローバルで展開されています。今回は、この機能とアクセシビリティツールの開発に貢献いただいた、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)の 伊賀 公一氏に開発の経緯や、Adobe Colorへの期待についてお話をうかがいました。
■カラーユニバーサルデザインの背景にある色覚多様性の問題
皆さんは、色覚の多様性についてどの程度ご存知でしょうか?先天的な人間の色覚タイプは、眼球の錐体細胞によって次の5つに分かれます。
C型:一般型
P型:赤の錐体細胞が無いか、感度が緑に近い
D型:緑の錐体細胞が無いか、感度が赤に近い
T型:青の錐体細胞が無い
A型:錐体細胞が1種あるいは錐体細胞が無い
P型、D型の人を色覚による色情報の弱者という意味で“色弱者”と呼んでおり、日本人男性で約5%、欧米では地域によっては男性の約10%が該当すると言われています。デザイナーの多くがC型であるため、P型、D型の見え方については、特に意識されずにデザインされることがほとんどでした。一方、P型、D型の人たちは、自分の見え方がC型とどのように違うのかを認識しにくく、デザインがわかりにくくても我慢して使っています。(先天的なT型A型は約10万人に1名と言われています)
自身もP型強度の色弱者である伊賀 公一氏は、色覚多様性の問題について次のように話します。
「カラーデザインには、強調や区別を示すために色を使う情報制御、きれい、かわいいなど感情や心理に働きかけるために色を使う心理操作の2つの目的があります。アクセシビリティで問題になるのは、情報制御にかかわるもので、C型にとっては見やすくても、色弱者には違いがわからず情報が伝わらないことがあります。また色弱者は見えている色と一般色覚の人が使っている色の名前が一致しないこともあるので『赤字に注意』といわれても、どこに注意すればよいのかわからないこともあります。
C型は色弱者が困っていることを知らない、色弱者はC型のわかりやすさを知らない、しかも自分たちの見え方を説明しにくいという状況があります。旧約聖書のバベルの塔のエピソードで、人間の言語がばらばらにされてコミュニケーションが不能になった状態のようなもので、C型と色弱者はお互いの世界を伝える術がないのです。」
現在では色弱は目の病気とは異なり、人類の多様性の一つとしてとらえられています。医学的な治療ができるものでもなく、眼鏡のようや矯正器具で調整できるものでもありません。そこで、C型の人も色弱者の人も、誰もがわかりやすく伝えるデザインをしてゆく必要があります。なお、色弱者向けのデザインを別に用意するのは、コストの面において現実的ではありません。一つのデザインで、誰もがわかりやすく配色することをカラーユニバーサルデザイン・CUDと呼び、アクセシビリティ対応として求められています。
■バージョンCS4から校正ツールにカラーシミュレーターを搭載
カラーユニバーサルデザインは、伊賀氏が副理事長を務めるNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(以下、CUDO)にて提唱された考え方です。CUDOは、色弱者のための活動を行っていたメンバーが集まり、2004年に設立されました。同機構では、色弱者の学術的研究への協力、企業との共同リサーチ、カラーデザインのコンサルティング、カラーユニバーサルデザインを満たしているデザインの認定制度であるCUD認証の運営などを行っています。
「2007年に主要メンバーの一人がPhotoshopの一ユーザーとしてアドビのヒアリング調査に参加しました。その時に色覚多様性についての話をしたところ大変興味を持ってもらい、その後アドビ本社の副社長が来日したときに、色弱者の見え方についてディスカッションする機会がありました。話を聞いた副社長は、次の3つのことがわかったと、その場で意思決定をしました。
“1)これは科学的な話である
2)色覚多様性に対応したデザインで、困る人はいない
3)世界で一番使われているデザインツールを作っているのはアドビだ
ゆえに、アドビの製品に色覚多様性のシミュレーションツールを入れよう。”」
そして、CUDOのメンバーから、カラーシミュレーションのアルゴリズムを提供いただき、アドビにて機能を開発しました。開発途中で、伊賀氏らの協力の下、数ヶ月かけてカラー調整を繰り返し、Photoshop、 IllustratorのバージョンCS4の校正ツールとして実装しました。
当時、すでにカラーシミュレーターはありましたが、どれも色弱者の伊賀氏から見ると、シミュレーションのレベルが低かったと言います。それは、多くの場合、仮説や理論に基づくもので、実際に色弱者の見え方についてヒアリングせずに、また調整せずに作っていたためでした。
「我々の目を貸して調整したシミュレーターが、グローバルスタンダートのデザインツールであるPhotoshop、Illustratorに実装されることで、多くのデザイナーがカラーユニバーサルデザインができるようになるという大きな期待がありました。」
<カラーユニバーサルデザインの例:鳴門市のハザードマップ>
■アドビユーザー以外も使えるAdobe Colorにアクセシビリティツールを搭載
Photoshop、Illustrator以外にも、デザインツールは様々なものがあります。そこで、2020年にアドビの他のデザインツールでも、またアドビユーザー以外でも広く使えるように、Adobe Colorにアクセシビリティツールとしてシミュレーターを搭載することになりました。Adobe Colorは、カラースキームを選定するための探索ツールですが、選んだカラースキームをアクセシビリティツールでチェックすると、誰もがわかりやすいカラースキームかどうかを確認し調整できます。選定したカラーは保存してアドビ以外のデザインツールでも利用できます。
アクセシビリティツールは、米国本社にて開発されましたが、日本語翻訳のレビューの段階で、CUDOのアドバイスを受けて、わかりやすく、統一された表現になるように調整しています。伊賀氏は次のように話します。
「アクセシビリティツールは、C型の人が色のコンフリクトをビジュアルで把握できるだけでなく、色弱者にとっても自分の見え方を理解するのに役立ちします。マウスで動かすと混同曲線がリアルタイムで動いていくUIも楽しいですし、色を調整するのも簡単にできます。
Photoshop、IllustratorのCS4以降に搭載された校正ツールの場合は、デザイナーの感覚でOKの判定がされてしまうこともありましたが、Adobe Colorのアクセシビリティツールはコンフリクトしているかどうかが明確にわかるので、より判断しやすくなったと思います。」
■より多くの人に愛されるデザインのために
伊賀氏は、アクセシビリティツールを使った色のチェックは、デザインを決める最初の段階でやってほしいと話します。色の調整は最後の仕上げで行うというデザイナーも少なくないと思いますが、その場合時間がなくてチェック、調整ができないままリリースされてしまうこともあるからです。
特に、生命に関わるような災害情報、インフラ情報などについては、最初にカラースキームを決めて、誰もが見やすいものを作って欲しいと伊賀氏は話します。
「カラーユニバーサルデザインが必要な理由は、平等性です。デザインする人は皆、デザインを見るすべての人にとってわかりやすく、見やすいものを作りたいと思っているでしょう。そのデザインの対象者に色弱者がいると分かれば、彼らにも伝わるようにデザインしたいと思うのではないでしょうか?あなたのデザインしたものが、より多くの人に愛されるために、ぜひアクセシビリティツールを活用してください。」
Adobe Creative Cloud プロダクトマネージャーの岩本は次のように話します。
「アクセシビリティには終わりはありません。アドビがPhotoshopとIllustratorのバージョンCS4に校正ツールを搭載してから、まだ十数年ですが、ユーザーから様々なフィードバックをいただいていますし、改善の余地がまだあるものの、これからも進化していくでしょう。Adobe Colorの機能の一つとして公開しましたので、より多くの人に活用してもらいたいと願っています。」
なお、アドビではデザインツールのCreative Cloud製品だけでなく、Document Cloud、Experience Cloud製品にもアクセシビリティ機能を搭載しています。製品やプラットフォーム自体のアクセシビリティ機能の開発だけでなく、ユーザーによるアクセシブルなコンテンツ作成を奨励することで、すべての人にとっての更なるアクセシビリティ向上をお届けすることを目指します。