Trend & Illustrations #7/藤岡詩織が描く「Compassionate Collective」
「セロトニンブルー」2021年
アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。2021年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。第7回目のテーマは「Compassionate Collective(思いを分かち合う)。ノスタルジックな都会の風景を巧みに描く藤岡詩織さんに作品について語っていただきました。
藤岡詩織
SHIORI FUJIOKA
1989年生まれ。桑沢デザイン研究所卒業、MJイラストレーションズ16期卒業。書籍装画、挿絵の仕事などを中心にイラストレーターとして活動中。主な受賞歴に、2015年「HB ファイルコンペ Vol.26」仲條正義賞、2016年「第4回東京装画賞」特種東海製紙賞、2017年・2018年「第15回・16回TIS公募」入選。
https://rooppua.wixsite.com/fujiokashiori/
https://tis-home.com/Shiori-Fujioka/
思い入れのあるブルー
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Q:「Compassionate Collective(思いを分かち合う)」というテーマは迷わず選びましたか?
普段描く作品は色が強いので「Mood-Boosting Color(気分を上げる色)」というテーマにも惹かれましたが、コロナ禍の時代にも合いそうなので「思いを分かち合う」というテーマにしました。今回の作品は全体的にブルーを基調としています。ブルーを見るとセロトニン(精神を安定させる働きがある、脳内の神経伝達物質)が分泌されるといわれていて、観る人の頭に色のイメージがスッと入るように描きました。描いた時期が5月ということもあり、コロナ禍でも子どもの健やかな成長を願う鯉のぼりをバックに入れています。
Q:ブルーは好んで使う色ですか?
ブルーは思い入れのある色ですね。意識しているのは、アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する「綾波レイ」というキャラクターのイメージカラ―です。作品自体が好きというよりも、庵野秀明監督に強く影響を受けています。彼の作品が持つエモーショナルな部分を尊敬しているし、自分のポリシーとして持っておきたい。クリエイティブの根っこの部分で意識しているカラ―です。
Q:映像作品を観て刺激を受けることはありますか?
自分の目で観てきたもののなかでも映画は大きな割合を占めているので、絵にもその影響が表れています。たとえば、映画のワイドな画角だとか、映画の人物が台詞を言った後の余韻のある静かなシーンだとか。岩井俊二監督と庵野秀明監督がすごく好きです。
Q:今回描いた人物にはモデルとなる人がいますか?
実は今年「セロトニン」をテーマとした個展を開く予定で、「セロ」という名前でモデル業をしている友人にまつわる展示にするつもりです。その展示作品も兼ねて、彼をモデルにして今回の作品を描きました。彼は表現者として「他人を幸せにしたい」とよく話していて、私も観る人が幸せになる絵が描けたら最高だよなぁ、と共感しています。ただ、イラストレーションは観る人それぞれで受け取る気持ちや解釈が違っても構わないと思うから、自分の思いや意図を押しつけないように気をつけています。
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「去年の帰り道」2017年。抜け感のある都会の空を描くときも“綾波ブルー”を自然と意識する。
郷愁を誘う都会の風景
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Q:今回の作品含め、都会の風景を過去によく描いていますね。
今回の作品は東京の清澄白河にあるビルを参考にしています。抜け感のあるビルの屋上が好きで、モデルの人間性に合った場所を選びました。都会の風景を描くのは、田舎よりもノスタルジーを感じるからでしょうか。田舎に対してノスタルジーを感じる人は多いと思いますが、私はそうではなくて……。田舎は季節で自然の変化はありますが、建物はあまり変わりませんよね。渋谷や新宿は3ヵ月もあれば、あっという間にビルが建てかわってしまう。「あれ、ここって何があったっけ?」と建物がなくなってから変化に気づくことも多い。東京の都心部はどこよりもノスタルジーがやってくる街だから、魅力的に感じるのかもしれません。
Q:ノスタルジーのある場所を撮影して、制作資料として使うことは多いですか?
写真を撮って残しておいて、後々描くための資料にすることは多いですね。美術大学の受験のときに実技課題としてよく出される「色彩構成」をご存知でしょうか。形やバランスを見ながら色彩を組み合わせて1つの画面を仕上げるというもので、私の根っこにはその観点が強くあるみたいで。郷愁感を感じるかどうかにかぎらず、その視点で日常の風景を観たときにいい構図だと感じたら、写真を撮って記録することはよくあります。
Q:2016年、表参道のHBギャラリーで開いた個展のタイトルは「ノスタルジア」でしたね。昔から変わらず、大切にしているテーマのように感じます。
HBギャラリーが主催するコンペで、審査員だったグラフィックデザイナーの仲條正義さんの賞をいただいて開催できた個展です。若いころは風景をまったく描かずにガーリーな女の子ばかり描いていたのですが、ほかのコンペに作品を出してもかすりもしなくて……。誰の心にも自分の絵が響かないなら、生きている意味がないかもしれないとさえ思ってしまったんです。描きたい絵を捨てて新しい絵を描くか、描かずに死ぬか、という2択であれば描くしかない。そこでようやく、私の絵を観た人がどういう感情になるか、という点に着目するようになりました。たとえば、電車の窓から見える風景ってあまり気にも留めないけど、多くの人が眺めたことがある。そうした景色に対するデジャヴ感や懐かしさが絵に含まれていれば、他人が初めて自分の絵を観たときに取っ掛かりになると思って、20枚の風景画を描いてHBギャラリーのコンペに応募しました。
Q:受賞して、個展を開いてみていかがでしたか?
正直なところ、いきなり画風を変えて賞をいただいてよかったのかと戸惑いました。でも、審査員の仲條さんから「都会の乾いた哀愁がいい。迷わない色使いに出会えてよかった」とコメントをいただけて。これから先は自分のためではなく、誰かが自分の絵に出会えてよかったと感じる作品を描いていこう、という気持ちになりました。「懐かしい」という感情は性別も仕事も国籍も関係なく、人が共通して備えているものです。私の色や絵をとおしてノスタルジーを伝えられたらいいな、と思います。
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「夏の夜の詩」2018年。近年は風景画に自作の詩を合わせた作品も制作。
誰かのために描くこと
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Q:今回の作品をAdobeストックに登録いただきました。クリエイティブクラウドでの作品販売は初めてですか?
ストックサービスについて知ってはいましたが、今まで自分が販売する機会はありませんでした。日本にはまだまだ原画を購入する習慣も根付いていませんが、データを購入して活用する方法は国柄にも合うかもしれませんね。今回提示されたビジュアルトレンドとは別にデザイントレンドのテーマ説明もいただいたのですが、そのなかに魅力的なテーマがあったので挑戦してみたいです。
Q:デザイントレンドには「Back to Bauhaus(バウハウスへの回帰)」「Vintage Vaporwave(ヴィンテージ・ヴィンパーウエイブ)」などがありました。「バウハウスへの回帰」は、幾何学的なシェイプと鮮やかな原色のバランスが優れたデザインに立ち返るトレンド。「ヴィンテージ・ヴィンパーウエイブ」は、1990年代のインターネットで見られた躍動感のあるデザインを意識したトレンドです。
私が通っていた桑沢デザイン研究所はドイツの美術学校であったバウハウスをモデルに設立された学校なので、デザインの基礎を養ってくれたバウハウスには思い入れがあります。インターネットも、幼い私に大きな影響を与えたものの1つです。使い始めたのは中学生のころだったかな。お絵かき掲示板(ペイントツールの機能を追加した電子掲示板)の全盛期で、よく使っていました。1ピクセルのドットを消したり、つなげたりして地道な作業も楽しくて。いまの自分の色合いや表現はそのままでドット絵を描いたらどんな作品が出来上がるのか、興味があります。
Q:社会的なテーマを元に作品を描いてみて、いかがでしたか?
イラストレーションを描くときは、目的を持って描くほうがいいと考えています。アーティストとイラストレーターの違いが分からないと私の親も言いますが、個人的には真逆ともいえるほど異なると思っていて。イラストレーターは、人の疑問や困りごとに答えを出す側。アーティストは、個人個人に問いを投げかける側。自分は疑問を解決する前者でありたいから、テーマを決めることで誰に向けて絵を描いているのか意識するようにしています。今回描いた作品も、誰かのための絵になればうれしいです。
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