1人1台デバイスの活用に必要な新しい学びの形〜一般社団法人日本教育情報化振興会セミナー「GIGAスクールで実現する創造的な学び」
今後社会で活躍する子どもたちに必要不可欠なデジタルリテラシー、創造的問題解決能力などのスキルや、1人1台環境だからこそ実現できる創造的な学びについて、平井聡一郎氏の基調講演や実践事例をご紹介したセミナーレポートです。
ICTの教育利用を支援する一般社団法人日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)主催の「【GIGAスクールで実現する創造的な学び】令和3年度 情報教育対応教員研修全国セミナー」が、アドビの協賛・協力で2021年7月31日(土)に開催されました。GIGAスクール構想を経ていよいよ1人1台環境が整った今、教員が学びの質の変化を捉える機会となりました。
新しい学びの姿を捉える
セミナー冒頭で挨拶をした日本教育情報化振興会の山西潤一氏会長は、「OECD Education 2030」が未来の教育ビジョンとして示したLearning Compass(学びの羅針盤)を紹介しました。これからの子どもたちに大切なのは「自らの学びを自らの手で作り出していく」力であり、「そんな子どもたちを育てるのにどのような授業作りができるのかをこれから考えていければと思います」と話しました。
「OECD Education 2030」が示したLearning Compass。育むべき力として「Creating New Value(新たな価値を創造する力)」「Reconciling Tensions & Dilemmas(ジレンマに対処する力)」「Taking Responsibility(責任ある行動を取る力)」が示されている。
つづいて、情報通信総合研究所 特別研究員平井聡一郎氏が基調講演を行い、「アウトプットする力を育む重要性」について語りました。
社会が求めるスキルが変化するなか、学校の教育が変わらなければ社会と乖離してしまいます。学校と社会がリンクして学びが変わる必要があり、「GIGAスクール構想で整備された1人1台のデバイスが、新しい学びに入って行くドアになります」と平井氏はその価値を表現しました。
これからの子ども達に必要な力としてコミュニケーション、クリエイティビティ、スペシャリティの3つのキーワードを示す平井氏(左)。インプットとアウトプットの関係(右)
これまでの教育の課題はどこにあるのでしょうか。平井氏は、図形の面積を求める問題の正答率は高いのに、地図から図形を読み取り面積を比較する問題の正答率が極端に低かったという例を示しました。基礎知識があっても、それを活用して考えることができていません。「知識伝達型の横流しのアウトプットではなく、目的のある学びを行い、思考して知識を再構築して発信するというアウトプットの力が必要です」。
また、教科横断的で社会とつながるProject Based Learningを推奨し、平井氏が海外視察で見たさまざまな例を紹介しました。アウトプットの形はバリエーションが豊かで、クリエイティブな制作物にはデジタルもあれば手作業のものもあります。自らグリーンバックの実演を交え、表現の可能性を示しました。
そして、こうした学びを行うためには、整備したGIGAのデバイスを、まずはとにかく使ってみることと、いつでもどこでも使い、自由に使えるようにすることが大切だと、積極的な活用を呼びかけます。
小学校で創造的な情報活用能力を育てる
続いて、千葉県印西市立原山小学校の松本博幸校長が「教科横断的な視点での創造的な学び」について発表しました。同校では2020年10月には全校生徒にChromebookが行き渡り、情報教育、情操教育、シティズンシップ教育を柱に、1人1台のデバイスの活用を進めています。
松本校長は、文部科学省による情報活用能力の体系表をもとに、具体的に各学年でどのような力を身につけるか整理した体系表を独自に作成。1年生から段階的に情報活用の力を育めるよう計画しています。単に個別の技術を身につけるというのではなく、問題解決の流れの中で力を育むよう位置付けているのが特徴的です。
情報活用能力は問題解決の過程で育み、テクノロジーを活用できるようになること、思考スキルをつけることを重視している。学年別に整理された情報活用能力の体系表は同校のウェブサイトで公開されている
具体的な活用シーンを見ると、低学年でも音声、静止画、動画の記録を様々な教科で使っています。高学年になる頃には、アウトプットの分量が増え、目的に応じたツールを自主的・自律的に選択して使うようになるということです。松本校長は「いつでもどこでも小さなことから自由な発想で」と日頃から呼びかけてICTの活用を進めています。
1人1台デバイスの低学年の生活科での活用例(左)と、教科外でも積極活用している高学年の活用例(右)
同校では各学年でSDGsをテーマに教科横断型の探究学習を行っていて、例えば5年生ではエシカル消費を扱いました。調べ学習や提案発表までひと通り終えたあとに、周知の不十分さを課題と捉え活動を継続。地域でエシカル消費を促すために、近隣のスーパーの協力を得て販売コーナーを設けるという活動まで行っています。この過程でポップやウェブサイトなどの制作も行いAdobe Sparkが活用されています。
5年生で行った活動の、課題の捉え直しからリアルな行動へのステップ
松本校長は、実際の生活や社会で直面するような文脈で情報活用能力を育てる授業デザインをするのが望ましいとはいえ、「毎時間必ずやるというのは難しいこと」と現実に寄り添います。まず取り組みやすい分野として、特別活動での実践をすすめました。一連の問題解決の過程を踏みやすく、そこにクリエイティブに成果物を作る活動を組み込みやすいからです。
また、同校では高学年の児童が子どもブログを運用していて、学校の正式な広報活動を担っています。デジタル・シティズンシップを含めた総合的な情報活用能力を身につける機会になっているということで、「とてもやっていて楽しいですので、ぜひ皆さんも挑戦してみてはどうでしょうか」と松本校長は呼びかけました。
リアルな現場の悩みに触れる座談会
最後に、アドビのデジタライゼーションマーケティング本部長 小池晴子が加わり、平井氏、松本校長に座談会形式で話を聞きました。
ICT活用を推進する際に、これまでの学びのスタイルから抜け出せないというのは多くの現場の課題です。松本校長はどのようにリードしたのでしょうか。「まずは同じ方向を向くということを一番大切にしています」と松本校長。新学習指導要領の理念や、育てたい子ども像、GIGAの背景、情報活用能力の具体像などについて、ビジョンを共有することを大切にしているということです。
座談会で意見を交わす平井氏(左上)、松本校長(右上)、小池(中央下)
また、デジタルクリエイティブのアウトプットをどう評価するのかは、新しい分野だけに関心が集まっています。評価のポイントを尋ねると、平井氏は「内容の質がしっかりしているかを見極める力が求められるのではないかと思います」と応じました。例えば Adobe Sparkで作成すると誰でもきれいな作品が作れるので、見た目とは別に、教科のねらいに即した内容がおさえられているかを見る必要があります。
松本校長は、「成果物の質的な評価については、教科の評価基準と情報活用能力の評価基準を両方持っていて、その両方で評価していこうとしています」と説明しました。とはいえ、日々迷いも生じるとのこと。その都度先生同士で相談して進めていて、対話する風土づくりを重視しています。
小池は、「ポストGIGAの活用の過渡期、先生同士で対話を深めて正解のまだない課題の答えをずっと探しているというわけですね」と教育現場の変化を受け止めました。
GIGAスクール構想により、ようやく1人1台デバイスというハード面が大きく前進しましたが、これはまだほんの入り口。今後活用を進めるには。教育のアプローチを変化させることが鍵になるということが、本セミナーを通じてくっきりと浮かび上がりました。