連載 「誰一人取り残さないデジタル社会に向けて」

武蔵大学社会学部メディア社会学科教授で、内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザーなど、政府・自治体や企業関連の社会的な活動まで積極的に行われております、庄司昌彦氏が「誰一人取り残さないデジタル社会とは」を語ります。

デジタル社会イメージ

第2回目となります今回は、前回の執筆者の村上さんからのご推薦により、武蔵大学教授の庄司昌彦先生がバトンを受け取ってくれました。庄司先生も政府・自治体のDX政策に深く関わって取り組んでいるご経験から、今回、「誰一人取り残さないデジタル社会」に対するお考えを改めて掘り下げて、ご紹介いただきます。

第2回
どうすれば『誰一人取り残さないデジタル社会』になるのか

庄司昌彦氏
武蔵大学社会学部メディア社会学科教授・国際大学GLOCOM主幹研究員

「誰一人取り残さないデジタル社会」とは

政府が現在進めているデジタル改革が目指しているのは、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」です。このビジョンは、何を行い、何を実現すれば達成することができるのでしょうか。この改革の中で語られていることやコロナ禍で露呈した社会課題などを踏まえて、私なりに考察してみたいと思います。

「使える人はOK」から「みんなが日常的に使う」へ

デジタル改革の一つの柱は「デジタル社会形成基本法」です。これは「IT革命」が流行語となった2000年に作られた「IT基本法」を約20年ぶりに改正するものです。IT政策の基本となる法律が改正された背景には、社会環境の変化があります。その最も重要なものは、情報通信技術の社会への浸透でしょう。

下図のように2001年当時、インターネットの利用状況の割合(個人)は46.3%でした(総務省「令和2年通信利用動向調査」, 2021年[1] )。まだブログもソーシャルメディアも登場していません。ADSL回線の価格競争が激化し急速に世帯への普及が進むのは2001年以降のことですから、当時のインターネットはまだ多くの人にとっては身近なものではなく、「これから」のものでした。そのような時代のIT政策においてインターネットを利用したサービスは、基本的には「追加的な存在」つまり「使える人は使っていいですよ/使ってみよう」という位置づけであったと考えられます。

しかし現在、インターネットを利用したサービスと私たちの関わりは全く異なるものになりました。2020年のインターネットの利用状況の割合(個人)は83.4%です。端的に表現すれば、現在は「基盤的な存在」つまり「みんなが日常的に使う/使えるようにすべき」という位置づけになったといえるでしょう。

図:インターネット利用状況(個人)の推移 ※注:令和元年度調査の調査票の設計が一部例年と異なっていたため、経年比較に際しては注意が必要 [1]総務省「通信利用動向調査」, 2021年. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/210618_1.pdf

そして新型コロナウィルスの感染拡大は、その重要性を改めて強く認識する機会となりました。情報通信技術の活用が進んでいなかった教育や行政、福祉などの現場でも「使える人」だけではなく「みんな」が活用できることが求められるようになったのです。

具体的にはまず、子どもたちの(あるいは子どもたちを通じた)感染拡大を防ぐために義務教育でもオンラインの活用が求められました。また「対面での手続」や「対面での手続をするための移動」を減らすために、行政手続においてもオンライン化が求められるようになりました。これも全ての人々が利用できる環境が必要です。さらにはテレワークも、子育て中や介護中の人だけではなく、より多くの人によって行なわれるようになりました。高齢者福祉の現場などでも、接触や面会の機会を減らさざるを得ず、オンラインを含むさまざまな方法が工夫されるようになっています。買い物やエンターテインメントなども同様です。コロナ対応が長引く中で、情報通信技術の活用はまさに「一部の人」ではなく、「全ての人」の生活に必要な基盤的な存在になったといえるでしょう。

そしてこれは、移動が困難な人々が増える超高齢社会や、昔ながらの対面サービスが困難になる縮小社会を見据えると、いずれ必要であった社会変化でもあるのです。

必要なのはインフラ・端末・リテラシー・相手

「みんなが日常的に使う」ものとして情報通信技術(=「デジタル」)の活用環境を整備していくためには、どのようなものが必要になるでしょうか。私は(1)インフラ、(2)端末、(3)リテラシー、(4)相手の4つの観点で考えています。

まず(1)インフラは、通信環境です。光回線や携帯電話による高速インターネットへのアクセスが全国どの自治体でも手軽に利用できることが求められます。図書館などの公共施設で無料の公衆無線LANを誰でも使えるようにすることも重要です。また、すでに通信環境が整備されている場所でも、教育や行政サービス等でも広く使われるようになった動画やオンライン会議ツールを複数人でも快適に利用できるように回線を強化していく必要があります。

次に(2)端末の観点では、パソコンだけではなく、タブレットやスマートフォンも含めて使いたい人が快適に使える状況を用意していくことが求められるでしょう。いまやスマートフォンの世帯保有率は86.8%で、パソコン(70.1%)を大きく上回っていますので(総務省「令和2年通信利用動向調査」 [2])、ITサービスを用意する際の前提はパソコンではなくスマートフォンを主役にするべきでしょう。また、高齢者世帯などではパソコンやスマートフォンを持っていても「端末が古いから最近のサービスは快適に使えない」などといったこともありますので、問題なく使える性能であることや、適切なセキュリティ対策やソフトウェアのアップデートなど「端末の状態」も含めてすべての人が快適に使える状況が求められます。もちろん、図書館などの公共施設では公衆端末の整備も重要でしょう。

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/210618_1.pdf 図:主な情報通信機器の保有状況(世帯) [2]総務省「通信利用動向調査」, 2021年.

(3)リテラシーの観点は、子どもたちだけが対象ではありません。ネットショッピング等のサービスの安全な利用方法、ソーシャルメディアでの交流の仕方、ネット上を流れる情報の受け止め方などといったリテラシーは、高齢者を含むすべての年代の人々にとって必要です。リテラシーを身に着け状況に応じてアップデートしていく機会は、子どもたちだけではなく、より多くの人に対して開かれる必要があるでしょう。

最後に(4)相手、とはどういうことでしょうか。これは、人や組織・コミュニティとのつながりを意味します。情報通信技術は「個人」の能力を高める(エンパワーする)ことができますが、ネット社会を一人きりで生きていく必要はありません。むしろ分からないことを誰かに聞き、助け合い、励まし合ったりしていくことができるところにネット社会の良さがあります。近年では単身世帯の増加にともない「孤独問題」への対策も求められるようになっています。「誰ひとり取り残さない人にやさしいデジタル」は、人と人が支え合う環境を作っていくことにも活用できるはずです。

人にやさしくデジタルを使う

最後に、「人にやさしくデジタルを使う」ということを具体的に考えます。一般に、デジタル技術の活用に対して「冷たい」「効率至上」、アナログ技術に対して「温かい」や「情緒的・丁寧・微調整ができる」といったイメージが持たれがちです。そのため非効率なことでも勤勉に人手でやり続けることを良しとする価値観が根強くあるように思います。

新型コロナへの対応では、給付金やワクチンの手続を扱う地方自治体の現場や感染者の情報を扱う公衆衛生の現場で「人海戦術」による対応をせざるを得ない場面がしばしば見受けられました。しかし、業務のデジタル化をさらに進めることで、人に負荷をかける働き方はもっと減らせるはずです。

また、デジタル技術を「人にやさしく」使えば、個人の特徴や好みに合わせた情報の活用が可能になります。画面に表示された文字を拡大したり、読上げたり、繰返し伝えたりすることができますし、必要に応じて印刷することも可能です。そう考えると、紙に小さな文字を印刷して送る「だけ」しかしていないこれまでのアナログな情報伝達は、人にやさしくなかったと捉えることもできるでしょう。

さらに「支える人を支える」ことでも、人にやさしいデジタル化はさらに進むでしょう。たとえば介護の分野でデジタル化を進めるといっても、キーボード入力が苦手な高齢者に特訓を求めたり、介護を必要とする人にタブレットを利用してもらったりすることは難しいでしょう。しかし、介護職の方々の業務をデジタルで支援し負荷を下げる(=支える人を支える)ことで、介護を受ける方々の生活をより豊かにすることが可能となります。これは子どもたちを支える教員や、窓口で人々の手続を支える公務員の方々などにも同じことがいえます。デジタル化が遅れてきた福祉や教育、行政の現場では、どういう訳か「支える人」にもアナログな手法を求めることがしばしば行なわれてきました。デジタルで「支える人を支える」ことも、「人にやさしいデジタル化」の一部であると捉えてよいでしょう。

以上のように「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」とは、情報通信技術を「みんなが日常的に使う」ことを前提としてそれを具体的に保障する社会へ向かうことであり、「人にやさしくデジタルを使う」ことが実現のカギであると私は考えています。

[執筆者]

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庄司昌彦 氏(しょうじ まさひこ)

武蔵大学社会学部メディア社会学科教授・国際大学GLOCOM主幹研究員。専門は情報社会学、情報通信政策。内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー、総務省「自治体システム等標準化検討会」座長、総務省「地方自治体のデジタルトランスフォーメーション推進に係る検討会」座長、千葉県「ICTアドバイザリー会議」座長など、政府・自治体や企業関連の社会的な活動も積極的に行っている。

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