事例「相模女子大学中学部・高等部」生徒の表現力を伸ばすAdobe Creative Cloudとアナログの融合

中高一貫校で実施されているデジタルとアナログツールを融合した美術授業事例です。美術に留まらず、生徒たちの創造力や表現力が開花されています。

A group of people walking down a road with trees on either side
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幼稚園から大学院までキャンパスを構える東京ドーム約4倍もある広大な敷地に、相模女子大学中学部・高等部はあります。キャンパスには桜並木、ビオトープ、農園などがあり、緑豊かな環境が整備されています。

生徒の10 年後、20 年後を視野に入れた教育目標を掲げ、「発想力」「研鑽力」「協働力」をキーワードにした学びの中で、段階的に一人一台端末を推進してきました。合言葉は「新しい文具を使いこなして、学びを深めよう。」

一人一台端末のプロジェクトの中心となり、先頭に立って推進してきた美術科の新井啓太教諭は自身が教える美術の授業について「最初から狙いを定めて取り組んできたというよりも、自分が経験し、学んできたことをベースに、世の中で求められていることを汲んでやってきたらこの形になってきた。」と語ります。

A group of people in a classroom
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美術授業風景。PCが当然のように置いてあり、和気あいあいとした雰囲気。

生徒自身に表現方法の選択を委ねる美術の授業

新井教諭による美術の授業で特筆すべきことは表現方法の選択を生徒に委ねている点です。それはなぜなのでしょうか。その理由をうかがいました。

「学校教育における美術の授業はカルチャースクールのようになってはいけない。みんなが同じ行動をし、同じ作品を作ることにはあまり意味はないと感じている。芸術体験を身近に持ち、その後羽ばたいていくということが大事。」とおっしゃいます。

なぜならば、多くの生徒にとっては高校で学ぶ美術が、学校教育における最後の芸術授業になるからです。

ひと言で表現方法といっても、デザイン、彫刻、工芸、建築などたくさんの種類があります。しかし限られた時間の中で様々なことを学ぶことは難しく、また授業の範疇でできる学びには制限がでてくるため、美術の授業では活動テーマの提示に留め、具体的な表現方法を細かく指定しないことにより、生徒自身が取捨選択し、それを行動に落としていく流れで授業が進みます。その過程で自分に必要なものを掴み取っていく体験を積んで欲しいという思いから、このようなスタイルになったとのことです。

A picture containing indoor
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デジタルツールを活用する一方で、灯油窯を使った陶芸に触れる授業もあり、生徒たちからも人気とのこと。

ツールのHow toを教えない

新井教諭は、表現方法の1つとして「デジタルツール」も提示しています。生徒が「デジタル」を選択したときに、どのような点を意識して指導しているのでしょうか。新井教諭の回答は、「最低限のことはできるように初期設定など使い方の導線はもちろん教えるが、使い方は教えない」というものでした。そして「デジタルネイティブと言われる世代は、そもそもセンスがいい。」とも補足しています。

生徒は、アドビツールを含め、様々なデジタルツールにアクセス可能な環境です。特定のツールを使うように強制もしないとのこと。そこには生徒なりのストーリーがあって選んでいるので、それを大事にしたいという考えがあるそうです。

生徒たちが横並びに同じことをやり始めるのではなく、課題に対して生徒自身が使いたいツールを選択し、それぞれのステップで取り組めるようにという想いがあるからこそ、指定ツールを押し付けないのです。

また、昨今の高校生はもともと探究学習や総合学習などで発表の場を経験しています。人前で発表すること、また言語化することに慣れている生徒も多い世代ともいえます。そのため、自分の作品についての活動内容や、完成までのステップを言語化し記録するという過程を通して、生徒同士で刺激し合いながら授業を進めているそうです。

Graphical user interface, text, application, chat or text message
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生徒個人のデバイスに当たり前のように存在するアドビツール。制作過程の試行錯誤を生徒たちはAdobe Spark でまとめている。

美術の授業の隠れテーマ「教室を飛び出す学び」

ユニークな方法で美術の授業に取り組んできた新井教諭が大事にしているテーマは、「教室を飛び出す学び」です。

学校では「教室」という存在が大きく、基本的に教室内で学びます。美術の場合も同様です。ただ、必ず美術室でやらねばならないと設定した時点で大きく制約を受けてしまうことが、新井教諭の懸念点だったそうです。そのため、固定の机や椅子を置かず、生徒が活動場所をつくるところから授業はスタートしていました。自分の表現に必要な場所をそれぞれが見つけます。そこに、デジタルツールを導入したことで制約はこれまで以上に解き放たれ、学びや表現の幅が広がったというのです。例えば、それぞれの端末を持ち出し、廊下や屋外での活動も可能にすることで、教室以外で撮影した写真も作品に組み合わせられるなど、デジタルのよさはさらに際立ちます。これは生徒との信頼関係があるからこその取り組みです。

A picture containing text, grass, tree, outdoor
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思い思いの場所で自由に制作を進める生徒たち。

さらに「デジタルのよさ」について深掘りすると、大きく3つに集約されるといいます。上述の場所の制約を受けない学びを提供するほかに、宿題として出さなくても生徒自身がやろうと思えば家でもできること、扱うことができる素材や要素が爆発的に増えることが挙げられます。例えば、アナログでロゴをデザインした場合、紙など平面に描いたものが完成形となりますが、そこにデジタルの要素を加えると、そのロゴをガーメントプリンターでTシャツにプリントする、ウェブサイトにいれるなどアウトプットの幅が広がります。

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ガーメントプリンターは廊下にあり、生徒たちが自由に使える。デジタルで表現したものを布に展開し、オリジナルグッズが作れる環境が身近にある。

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デジタルからアナログに展開して作られたトートバック

その点が「デジタルのよさ」であり、およそデジタルとは関連性がないと考えられてきたところにデジタルの要素を加えることで、魅力のある作品が増えるといえます。つまり、デジタルとの組合せは多様に広がるのです。このようにアナログとデジタルの両方を組み合わせていく効果は高いですが、その架け橋となるのはアナログ側よりもデジタル側からのアプローチが有効だと新井教諭は考えているそうです。

テクノロジー全般に当てはまることに、複数人で共同編集できるという利点があり、このような活動を通してお互いに気づきを促すことができます。美術では完成品だけではなく、学びや制作過程、そして自分の作品を俯瞰して見ることも大事な観点で、デジタルの活用によりお互いに可視化できることもよさといえます。

Graphical user interface, website
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デジタルを活用した生徒たちの作品。(左上:初めてのAdobe Illustrator。左下:写真課題『並べてカタチに』右:平面のイラストがiPad上で立体に。)

Adobe Creative Cloudを表現ツールの1つとして選択した経緯

新井教諭は理由について大きく3つ挙げていました。

1つめは、「社会で使われているデジタルのプロツールであること。」各現場で使われている環境と限りなく近い環境で学んで欲しいそうです。

2つめは、「小中高向けのライセンスが低価格になったこと。」現在、ツールが低価格で購入できるようになり、その流れと1人1台端末の動きが重なったといいます。

3つめは、「脱テンプレの必要性。」生徒はプレゼンテーションの機会が増え、必然的に資料を作るようになりました。また、端末から様々な情報を簡単に検索できます。その結果、生徒が表現をする際、みな同じテンプレートを使ってしまうこと、同じようなリソースからテンプレートを選んで終わりという流れになってしまうことを危惧しているそうです。美術を教える立場でもあることから、極力テンプレートに頼らず、オリジナリティを出せる環境を求めていたといいます。

「生徒のやりたい」に制限をかけない環境づくり

同校ではBYODで一人一台の端末があるにもかかわらず、今夏、PCルームでもAdobe Creative Cloudにアクセス可能な環境整備が完了しました。その背景には「生徒がやりたいと思ったことができる環境を整えておきたい」との考えがあるそうです。BYOD環境下だと、端末によっては使えないツールがでてきてしまいます。Adobe Creative Cloud を導入したPCルームを用意しておけば、生徒にさらに多様なツールの選択肢を与えることが可能となります。また、授業時間外にも使える場を提供できることで、生徒のやりたい、表現したいという想いに応えられる環境づくりが現在進行で進められているそうです。

「最初は使い方がわからないというのがデジタルツールのおもしろさ」

では、実際にデジタルツールを使って美術作品づくりに取り組んでいる生徒たちはどのように制作活動を進めているのでしょうか。

新井教諭の授業について「自分で考えらえるので、生徒に表現方法の選択肢があるのはありがたい」と語る八木香音さん(高校2年生)にうかがいました。

今回の課題は「好きな場所の風景画」もしくは「ボタニカルアート」でした。校庭に咲く花を描いたものに、Adobe Spark Postでテキストや装飾を施しています。当時八木さんはiPadを使っていたそうですが、アナログで描いた絵を読み込んで、さらに即座に加工できるというiPadの特徴を生かしています。

これまでの美術の授業の経験から、今後のステップを想定して課題に取り組んでいるそうです。例えば今回の作品に当てはめると、後に加工しやすい状態にしておくのが望ましいだろうと考え、ボタニカルアートを選んだそうです。風景画を選択した場合、建物の位置を動かすことは難しいです。一方で、花単体の絵であれば位置や配置変え、回転させるなど加工がしやすいだろうと考えたとのことでした。

Adobe Spark Postで加工をする際にこだわった点については、ピンク色という元の花の色味を中心にして他の色を試したことと制作時期の暑さや陽射しの強さを表現するために太陽のスタンプを加えたことです。失敗してもやり直しが簡単なので、元の花の色に合う色味を試しながら見つけることが出来ました。と話していました。

難しかった点としては、「ツールを使うのが初めてだったので、どのような仕上がりになるのかわからなかった点」を挙げています。では、その難しさをどのように克服したのでしょうか。八木さんは、初めて使うツールに関しては「とりあえず押せるボタンは全部押して、まずはいろいろ試してみる。この作業がデジタルをうまく使いこなすコツだと思っている。」その試行錯誤の中で、自分が思いもしなかった発見があり、作品が仕上がっていくのだそうです。

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八木さんが絵具で描いた絵、詩、Adobe Sparkの融合で完成した作品

最後に八木さんに作品に関する先生からのアドバイスについてうかがうと面白い回答が返ってきました。「わたしはあまり質問がなく、先生にツールの使い方も含め聞かないタイプ。」

美術にデジタルツールを取り入れたことで、帰宅後も興味があったらPCをいじることができるという環境が残っているため、一度提出した作品を帰宅後にもツールを試しながら、最終的に納得のいく形にしたそうです。宿題ではなくても、自宅でいろいろ試すことができる活動も一人一台端末のよさのひとつといえます。

コロナ禍で一度は中止になった文化祭を生徒たちが自主的にオンライン開催

相模女子大学中学部・高校部のデジタルツールを活用した表現は授業だけにとどまりません。生徒たち自らが声を上げ、一度は中止になった文化祭をオンラインで開催したそうです。そこには遠方に住む卒業生、地域住民、保護者そして生徒みんなが楽しめる開かれた場で文化祭を開催したいという熱い思いがあったといいます。そのときの様子を「こんな素晴らしいことはないと思った」と新井教諭は振り返ります。

では、どのような形で実現したのでしょうか。

オンライン文化祭の実行委員のひとりであった石川優子さん(高校2年生)にその時の様子をうかがいました。実行委員として活動するまでデジタルツールを使ったことがなかったという石川さん。動画編集に適切なソフトを探していた際、先生からは初心者でも使いやすい無料のAdobe Premier Rushの使用が提案されたそうです。それにも関わらず、せっかく有料ツールが使える環境なのだからと、Adobe Premiere Proでの動画制作に果敢にチャレンジしたといいます。「オンライン文化祭では動画がキーになると考えたので、より完成度の高い動画を作るのであればAdobe Premiere Proを使うしかないと思った。」とのこと。

https://youtu.be/4NBQqQVuls4

オンライン文化祭のために作成した実際の動画。

石川さんも初めて使うツールの使い方を先生に聞くのではなく、まずは自分でキーワード検索して、調べることを徹底し、その上でわからなかった場合は先生に聞くという姿勢で臨んだそうです。そのおかげでアドビツールに詳しくなったことは収穫といいます。

また、動画制作で苦労した点について、文化祭当日に生配信した地域のショップの紹介動画制作を挙げ、生放送ならではの規格に合わせて音声や動画を流すタイミングを調整する必要があり、その点がとても難しかったといいます。

そして一番の思い出は、クラウドファンディングで資金を集めて、花火を上げたことを挙げました。

このような活動を通して実感したこととして、デジタルを駆使して物事を推進していく中で、対面でなければ浮かばないアイデアがあること、またデジタルだからこそ、能動的に情報収集をしないといけないということを学んだと活動の奥にある大事なことについても深掘りされていました。

A couple of women posing for a picture in front of a building
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自分らしく創意工夫を楽しんでいる八木さん(左)と石川さん(右)。少し緊張しながらも、堂々と取材に応じてくれました。

「芸術体験を身近に持ち、その後羽ばたいていくということが大事。」という新井教諭の言葉に集約されるように生徒の10 年後、20 年後を視野に入れた教育理念が八木さんと石川さんにもしっかりと根付いていました。自分が表現したいこと、やりたいことをしっかりと見据え、それらを実際に具現化し、制作した作品の目的や意図、過程を語る姿勢はとても頼もしいものでした。

A picture containing indoor, wall, floor
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今回お話を伺った新井啓太教諭