Trend & Illustrations #8/若林 夏が描く「Compassionate Collective -思いを分かち合う」Adobe Stock ビジュアルトレンド

NATSU WAKABAYASHI  / around (2021年)

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析し、その予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。2021年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。第8回目のテーマは「Compassionate Collective – 思いを分かち合う」。圧倒的な熱量で多種多様な人々を画面中に描きこむ若林 夏さんに、作品についてのお話を伺いました。

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若林 夏
NATSU WAKABAYASHI

埼玉県生まれ。東京在住。多摩美術大学デザイン学科卒業、MJイラストレーションズ卒業。テキスタイル会社にてスポーツ、レディースウェアなどのデザイナーとして勤務後、フリーのイラストレーターとして書籍・雑誌・広告・WEB・テレビなどで活動中。主な受賞歴に、2009年「第8回TIS公募」銅賞、2010年「HB ファイルコンペ Vol.20」仲條正義特別賞、「第1回MJ賞」平川彰賞、網中いづる賞次点。

https://natzz6651.wixsite.com/natsuwaka
http://www.tis-home.com/natsu-wakabayashi

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NATSU WAKABAYASHI  / around (2021年)

「around」2021年

乗り合わせた1つの船で

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Q:「Compassionate Collective – 思いを分かち合う」というテーマを選んだ理由を教えてください。

自分と他者を分けずに生きるのも、悪くない。そんな思いが伝わる絵を前々から描きたかったからです。お話をいただいたときは、アメリカの大統領選挙や黒人差別問題など人々の分断に関するニュースがあふれていた時期でした。情報を追いかけながら、自分と他人を分けようとする気持ちは他者に対する“怖さ”から生まれているんじゃないかな、と思ったんです。それがもちろんすべてではないですが。

Q:どのような経験から、そうした考えに至りましたか?

10年ほど前に出産した子どもはさまざまな障害があって、生まれたばかりなのに人工呼吸器を付けたりと大変でした。適切な治療を受けられずに社会的にないがしろにされるんじゃないか、という恐怖心が勝手に芽生えました。しかし、入院や退院後の療養生活をするなかでいつしか恐怖心は無くなりました。なぜなら、関わる人や環境に受け入れられたどころか、今まで決めつけていた世界の先にある景色を知れた喜びすら感じるときがあったからです。障害者と健常者の間に境界線を勝手に引いていたのは自分でした。気管切開をしても我が子は変わらずかわいく、境界線はとても曖昧なものでした。もちろん想像を絶するネガティブな体験もありましたが、それ以上に思いもよらない豊かさを発見ができたわけです。曖昧とはつながってることでもあり、それを絵にできればとてもいいな、と。コロナ禍に入って強く思うことは、この時代に生きて、泣いても笑っても同じ1つの“船”に乗っているのだから、分けたところであまり意味はなくて、共に苦難を乗り越えていくほうが自然な気がします。皆つながっていて1つだという世界観を今回の絵で表現してみました。

Q:描かれたモチーフには、それぞれどのようなつながりがありますか?

中心に大きく描いた女の子の三つ編みの髪が、右の子の髪や左上の子の洋服にもなっています。左上の女の子は、雲からもらった水をジョウロに貯めて雨を降らせて、その雨水が海へ流れていき、右下のおじさんの飲み物にもなっています。おじさんのシャンプーの泡は雨で洗い流されて、一緒にドリンクを飲んでいるネコちゃんがくるまっている布は、編み物をしている女の子の洋服で。おじさんの靴下をほどいて縫った軍手をはめているのは、左下の作業員。編み物をする女の子の乗り物を修理して、風力発電で町を明るく照らしていて。動物たちも人と共生しながら、1つにつながって支え合っています。

Q:観れば観るほど、発見がある絵ですね。人物の服も多様でおもしろいです。

ありがとうございます! 職種や人種を意識して一度描いてみたら、多様性について説いた教科書みたいになってしまって。かといって、妖精みたいなキャラクターばかり描いても現実味がない。それで、中央の女の子には日本の物と言い切れない着物を着せたり、右下の介護されているおじさんは動きやすい服だけど派手な色にしたり、マクドナルドの店員風の服の子を描いたりしました。社会のカテゴライズから解き放たれた、メルヘンすぎない人たちを描いています。ちなみに、左下のおじさんの帽子のAは「Adobe」の頭文字です(笑)。

人の気持ちを変えるエネルギー

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Q:過去のお仕事のなかで、印象深いものがあれば教えてください。

静岡県島田市のシティプロモーションのお仕事。プロデュースチーム「トコナツ歩兵団」からの依頼で、私は5年ほど前から関わっています。長期間携わる仕事もめずらしいし、告知物のビジュアルやグッズ制作など絵の使われ方も幅広くて。大井川流域を旅する人に向けたオリジナルグッズとして、地域事業者と一緒に本染めてぬぐいや温泉バッグなどを製作しました。絵のモチーフは川越人足(かわごしにんそく)といって、江戸時代に橋が架かっていなかった大井川を渡るために旅人を運ぶ仕事をしている人たちです。

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「島田市緑茶化計画」メインビジュアル/2018年 あふれんばかりの緑茶愛をテーマに、緑茶化された人々・街・名物を描いた。市内外にポスターが掲出されている。

「旅先で、なにかと便利な 本染めてぬぐい」 TOURIST INFORMATION おおいなび オリジナルグッズ/2021年

Q:今春、地域の観光案内所でイラストレーションの展示を開催されていましたね。

感染予防をしながら現地に伺って、参加者を川越人足風に描く「人足似顔絵屋さん」というイベントを行いました。頭の毛量が多かったり、うなじがはねていたり、ちょっとした特徴を無意識に強調して描いたら笑って共感してもらえて。一瞬でイメージを共有して、心の芯の部分でコミュニケーションしていることが分かるんです。絵の力ってすごいんだな、と実感しました。人の気持ちに影響を与えられるからこそ、心がいい方向に動くように描こうと思えました。

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「人足似顔絵」2021年
参加者の似顔絵を川越人足に見立てて仕上げた。女性や子どもを多く描いたが、どう描いても様になることにおどろいたという。

思いを絵に込めること

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Q:コロナ禍において、若林さんの絵や描くテーマに変化はありましたか?

“普通”が分からなくなりました。イラストレーターとして何を基準に表現していけばいいのか、社会にどう対応していけばいいのか、読みづらくなった気がします。天地がひっくり返ったような状況でどこに向けてどんな絵を描けばいいのか、昨年から分からなくなって。最近、ようやく気持ちが落ち着いてきました。同じ状況下で、みんなで大きな船に乗っているようなものだから、もう進むしかないという気持ちに段々となってきたんです。

Q:冒頭で「分断」についてのお話がありました。相手が自分をどう思っているのか、分からないから怖い。相手と自分の思いを重ねるのではなく、怖いから違いを見出して分けてしまう。どうすれば、自ら分断に向かうことを避けられると思いますか?

私に出来ることは、絵の力を信じて人足似顔絵屋での奇跡のような瞬間を分かち合っていくこと。日々の歓びを見つけて、それを頼りに生きていくことでしょうか。今回の作品にかぎらず、Adobe Stockにはほかの作品ももっと登録してみたいです。遠出は出来ない状況だけど、この地の果てにいる人ともつながる可能性があるならトライしてみたい。何がどこの誰の心に引っかかるのか、分かりません。自分の想像を超えた化学変化のようなことが起きるのが、人とのつながりです。

Q:若林さんの絵はポジティブなエネルギーがあふれていて、自分が絵の世界に混じっても受け入れられるような気がしますね。多様性に関わる今回の「Compassionate Collective – 思いを分かち合う」というテーマがぴったりです。

多様性については、ふんわりと自分のなかにあったテーマでした。社会が落ち着かない状況で、より大切にしていきたいテーマであることを確かめられてよかったです。人の考えを変えるとか、自分はこうだと演説するとか、そんな大それたことは出来ないけど、思いを絵に込めることで私も気持ちのバランスが取れる。この絵が好きな人もいればきらいな人もいるはずで、そんな違いを自由に言い合い、表現し合えたら最高だと思います。新しい取り組みをとおして、絵を描く幸せをかみしめることが出来ました。ありがとうございます。

いかがでしたでしょうか?今回ご紹介した若林さんの作品は「プレミアムコレクション」としてご利用いただけます。プレミアムコレクションやビデオ作品は、クレジットパックをご利用いただくとお得にお求めいただけます。購入プランに関してはこちら を御確認下さい。また、Adobe Stockでは皆様からの作品も受け付けております。コントリビュータープログラムの詳細はこちらをご覧ください。