Lightroom:マスク作成機能統合の舞台裏

Adobe Camera Raw(ACR、Photoshopに含まれるRAW画像処理ツール)、Adobe Lightroom、Adobe Lightroom Classicにおいて、選択的に画像を処理するための一連の機能をゼロから再設計し、「マスク」機能として統合しました。新しいマスクツール群はAdobe MAX 2021のタイミングで提供を開始します。

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Adobe Camera Raw(ACR、Adobe Photoshopに含まれるRAW画像処理ツール)、Adobe Lightroom、Adobe Lightroom Classicにおいて、選択的に画像を処理するための一連の機能をゼロから再設計し、「マスク」機能として統合しました。この新しいマスクツール群は Adobe MAX 2021のタイミングで提供を開始しますが、この記事ではこれら強力な新機能の開発過程をリリースに先駆けてご紹介したいと思います。

Adobe Lightroom Classicの新しい「マスク」パネルで、異なるマスクツールで作成した複数のマスクで構成される「マスクグループ」を一覧しているところ。

写真の特定の部分を選択して他の部分とは異なる方法で調整することは、写真の登場とほぼ同時に始まった古い技術です。ネガポジ方式のモノクロ写真で最も一般的な「覆い焼き」と「焼き込み」は、写真の特定の部分の明暗を調整してフォトグラファーの意図どおりの階調バランスにする技法です。写真界の重鎮アンセル アダムス(Ansel Adams)氏によれば、覆い焼きと焼き込みは「神様のトーン調整ミスを手直し」する作業であり、彼のプリント作品は覆い焼きと焼き込みの多用によってのみ実現可能なものでした。

Adobe Photoshopの初期バージョンに覆い焼きツール、範囲の選択、マスク、レイヤー、レイヤーマスクなどのツールが導入されたことで、フォトグラファーはデジタル暗室でも選択的な調整をおこなえるようになりました。2008年に発売されたLightroom 2では、ブラシ、線形グラデーション、放射状グラデーションの各ツールが導入され、写真現像に特化した環境内でも直接、非破壊型の選択的な調整ができるようになりました。今回のマスク機能は、写真の選択的な調整に関するアップデートとしてはLightroom 2以来最大のものです。

Adobe Researchチーム(不可能を可能にする社内の基礎研究グループ)は、以前から新しい選択方法の開発に取り組んでおり、最近ではPhotoshopチームと協力して、「被写体の選択」や「空を置換」などのAIを搭載した選択ツールをリリースしていました。こうしたツールが驚くほど高評価を得たため、私たちはこれらをACRやAdobe Lightroomに導入することを考えました。ところが、ACRやAdobe Lightroomで使われている既存の画像処理エンジンには、新しいAI搭載ツールとの互換性がありませんでした。そこで、ユーザーの皆様との対話を通じ、Adobe Lightroomでの選択方法を根本から見直すことになったのです。

新しい「被写体を選択」ツールは、ワンクリックで自動的に被写体を正確にマスクします。人物、動物、無生物のいずれにも対応しています。

ACRとLightroomのチームで私が最も気に入っていることの1つは、ユーザーの皆様と一緒になって製品を作れることです。私たちは常にフォトグラファーのコミュニティとのつながりを大切にしており、新しいマスクツールの開発に際してもそのためのあらゆる手段を講じました。1年以上前に開発に着手してから、素晴らしいユーザーリサーチチーム、デザインチーム、マーケティングチームと協力し、何が足りないのか、どうすればそのニーズを解決できるのかを考えてきました。ACR、Adobe Lightroom、Adobe Lightroom Classicを趣味でお使いのユーザーの皆様からプロフェッショナルまで、何万人ものユーザーの皆様を対象にアンケート調査を行い、選択的な調整をする際の最大の問題点や、既存ツールの良いところ、写真制作で実現したいことなどを把握しました。それを受けて、Design Researchチームが1年半の間に100人以上のユーザーの皆様と実際にお会いし、現行ツールでどのように選択的な調整がおこなわれているかを確認したうえでプロトタイプのテストを開始しました。そしてパワー、精度、親しみやすさのバランスが取れ、新規のユーザー様でもすぐに使いこなせ、創造性やコントロールを妨げず、既存のユーザーの皆様にも違和感なく使っていただけるツールになるまで、エクスペリエンスの改善を重ねました。

新しくなったマスク作成エンジン

私たちが最初に手を付けたのは、Adobe Researchから続々と登場する、機械学習を駆使したAIベースの強力なマスクツールを製品に組み込む方法を探ることでした。これらのツールは、Aodbe Photoshopの「被写体を選択」や「空を置き換え」として初めて登場したもので、写真の中の被写体(人、動物、無生物など)や空を識別して、正確な選択を自動的におこないます。しかし、ACRやAdobe Lightroom、Adobe Lightroom Classicに搭載されている既存の選択ツールには、これらの新ツールを組み込む方法がありませんでした。

「空を選択」は、葉の周りや空の周りの不均一なエッジも含めて正確なマスクを作成し、複雑な選択範囲を驚くほど高速に作成します。

そこでチームは、新しいAIベースのマスク作成エンジンをモバイルとデスクトップ両方の製品に組み込めるように、既存の選択ツールをゼロから再設計しました。フォトグラファーがどこにいても、どんなデバイスからでもこれら最新・最高のツールを使えないようでは意味がないと考えたからです。

これまで、既存のマスク機能はベクターベースの選択範囲しかサポートせず、ブラシやグラデーションによる調整は数式表現として記録していました。これには、高解像度の画像に複雑なマスクを施す場合でもデータが少量で済むという利点があります。大きなファイルやカタログを作らずに済むため、ハードディスクの容量を消費したり、同期が遅くなったりしないのです。対して新しいAIベースのマスク機能は画像(ビットマップ)ベースの選択範囲を使います。つまり、異なる選択レベルの領域を明るい値で、選択されていない部分を黒で表したグレースケール画像を作成して選択範囲を表現するのです。このようなグレースケールのビットマップベースのマスクの典型的な例は、Adobe Photoshopのレイヤーマスクです。新しいマスク機能では、ベクターベースとビットマップベースの両方のマスクを共存させる必要がありました。ブラシ、グラデーション、カラー範囲マスク、輝度範囲マスク、奥行き範囲マスクは引き続きベクターベース(データ節約のため)ですが、「被写体を選択」や「空を選択」などのAIを使ったツールではビットマップベースのマスクを使用します。ビットマップベースのマスクをさらに活用した楽しい新機能も開発中で、来年中のリリースを予定しています。

マスク作成体験を一新

次の大きな課題は、操作エクスペリエンスの改善でした。マスク作成エンジンの設計の大幅な見直しは、ACR、Adobe Lightroom、Adobe Lightroom Classicのすべてのバージョンで、デスクトップ、モバイルデバイス、タブレット、Web上での操作性と機能を大幅に改善する絶好の機会でもあると判断しました。

https://www.youtube.com/watch?v=ZLVaLkFPPEA

ACRチームメンバーであり才能あるフォトグラファーでもあるペイ ケトロン(Pei Ketron)が新しいマスク機能をリリースに先駆けて紹介しています。ぜひご覧ください。

Design Researchチームは、UXデザイナー、エンジニア、そして多くのユーザーの皆様と協力して、新しいマスク作成機能を実現するためのプロトタイプを作成し、テストをおこないました。 ユーザーの皆様のご意見から、新しいマスク作成機能では以下の4つの側面を改善できることがわかりました。

  1. コントロールと柔軟性の向上
  2. ワークフローの改善と選択項目の整理
  3. すべてのデバイスでの一貫性
  4. ツールの可能性を最大限に引き出すためのアプリ内サポートの充実

コントロールと柔軟性の向上

選択ツールの最も重要な仕事は、特定のオブジェクトや領域を正確に選択することであることは言うまでもありません。そのためには、AIを搭載した新しいツール(および現在開発中の将来のツール)の組み込みだけではなく、作成済みの選択範囲をさらに洗練させ、現在の(そしておそらく将来の)AIを搭載したツールだけでは不可能な高度な選択をも可能にする、新しいアプローチが必要でした。

そこで、私たちは「マスクグループ」という新しい概念を作り、マスクツール同士の連携を可能にしました。これによって、ブラシ、グラデーション、輝度範囲ツール、カラー範囲ツール、「被写体を選択」や「空を選択」などのAIツールを含め、あらゆる選択ツールを他のタイプの選択ツールと組み合わせて使うことができます。

任意のマスク作成ツールの結果を他のマスク作成ツールの結果に加算(または減算)できます。

さらに、複数のマスクが加算できるだけでは不十分だと考え、任意のマスクから特定のマスクを減算する機能も設けました。あるマスク作成ツールの結果からAIベースのマスクを減算できるようになり、驚くほどパワフルな選択が可能になりました。これは私のお気に入りの使い方の1つです。

次に、選択範囲をすべて反転可能にしました。例えば、「被写体を選択」を反転させれば、被写体以外のすべての領域が選択されます。また、「空を選択」を反転させて地面だけを選択することもできます。さらに面白いのは、被写体がある場合、「空を選択」を反転させた後にグループ化したうえで「被写体を選択」減算すれば、被写体でも空もない地面だけが選択されることです。

「空を選択」で空を反転させた選択範囲から「被写体を選択」を減算し、地面だけを選択する1つのマスキンググループ。

さらに、カラー、輝度、奥行きの各範囲マスクを強化し、写真全体に適用可能にしてほしいという要望を多くの客様からいただきました。そこで私たちは、範囲マスクをアプリ全体で使えるようにし(グラデーションの中では従来通り、加算と減算のコントロールを使って適用できます)、Adobe Lightroomのデスクトップ版とモバイル版に対応させました。さらに、輝度範囲のフォールオフをコントロールできるようにしました。

輝度範囲マスクツールにフォールオフコントロールが追加され、選択された色調の範囲から選択されていない範囲への移行のスムーズさをコントロールできるようになりました。

ワークフローの改善と選択範囲の整理

これだけの機能を駆使し始めると、すべてのマスクの把握と管理が急速に手に余るものになることが予測されます。そこで、新しい「マスク」パネルを追加し、すべてを1か所で整理できるようにしました。デスクトップの場合、マスクパネルはどこにでも置くことができ、編集パネルにドッキングしたり、最小化してマスクのプレビューだけを表示することもできます。

もう1つ取り入れた重要な要望は、各マスクに名前を付けられるようにして、各マスクグループとその動作を簡単に把握できるようにしたことです。

最後に、Adobe Photoshopと同じマスクのオーバーレイ表示を導入し、デフォルトのカラーオーバーレイ、白黒のオーバーレイ、黒地に画像、白地に画像など、さまざまな方法でマスクをプレビューできるようにしました。

すべてのデバイスでの一貫性

ユーザーの皆様から伺った大きな要望の1つは、どこで使うにしてもツール体験は一貫していてほしいということでした。彼らの多くは複数のデバイスやアプリケーションを組み合わせて使っており、どこにいても同じツールと機能を使って編集をし、作品を作り込んでいきたいと考えているのです。この目標を達成するため、私たちはすべてのツールと機能がどのデバイスでも、どのアプリケーションでも動作するようにしました。AIを搭載したツールは、モバイルデバイスでもデスクトップと同様に動作します。これまでACRやAdobe Lightroom Classicにしか搭載されていなかった強力なレンジマスクも、Adobe LightroomだけでなくAdobe Lightroom mobileでも利用できるようになりました。また、ACR、Adobe Lightroom、Adobe Lightroom Classicのエコシステム全体にわたり、作成したマスクをさらに詳細に作り込める強力な機能群がすべてご利用いただけます。

カラー範囲マスク(と輝度範囲マスク)が、デスクトップとモバイルデバイスの両方のAdobe Lightroomで使用できるようになりました。

ツールの可能性を最大限に引き出すためのアプリ内サポートの充実

リサーチの実施中に何度も明らかになったのは、これまでと違う方法でツールの使い方を教えてくれるサポート機能の必要性でした。目の前に常に突きつけられたり、難解な記号やショートカットの羅列だけで役立つふりをしない何か。そこで、マスク機能のエクスペリエンスには、ユーザーのレベルを問わず役立つヘルプコンテンツを直接組み込みました。Adobe Lightroomでは、ツールの使い方をステップを追いながら説明するインタラクティブなチュートリアルを追加しています。

今後の展開は?

さらに多くの機能が、Adobe ResearchとDesign Researchの両チームによって開発中です。AIを搭載した新しい強力なツールから、インタラクティブな操作体験のさらなる改良や改善まで、さまざまな成果を近い将来にご報告できると思います。ぜひご期待ください。

この記事は2021年9月28日(米国時間)に公開されたFrom the ACR Team: Masking Reimaginedの抄訳です。