【イベントレポート】心理的安全性が子どもの創造力を伸ばす

全国の中高生を対象に「中高生の創造力育成に関する調査」を実施しました。調査結果の概要報告と意見交換の場としてのオンラインイベントにて、調査で見えた興味深い傾向と学校現場のリアルな思いが共有されました。

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アドビと10代向けのEdTechプログラムを運営するInspire High(インスパイア・ハイ)は、全国3500人以上の中高生を対象に「中高生の創造力育成に関する調査」を実施しました。その調査概要の報告と教育関係者の意見交換の場として、2021年9月7日(火)にオンラインイベント「創造的な教室はどうつくる? アドビ・Inspire Highによる中高生の創造力育成に関する調査報告会 」を開催。調査で見えた興味深い傾向と学校現場のリアルな思いが共有されました。

中高生の創造力についての調査

Inspire Highは、10代が世界中の大人の創造力(クリエイティビティ)に触れ、「答えのない問い」について考え同世代で意見交換するプログラムを提供しています。今回の調査では全国29の中学校、高等学校で同プログラムを2回実施。受講前後に参加生徒にアンケートを行い、創造力に対する自己認識の変化や創造性を支える環境要因を探りました。株式会社Inspire High代表取締役 杉浦太一氏が調査結果の概要を紹介します。

Inspire Highの授業のモデル

セミナーで示されたInspire Highの授業の流れ。ガイドのインタビュー動画を視聴後、ガイドからの問いに対する自分の意見をアウトプットし、同世代からのフィードバックを受ける。すべてオンラインで実施

アンケートでは「創造力」を測るために、「自己認識」6項目と「行動項目」1項目で表現し、自分が各項目に当てはまる度合いを回答させています。プログラム受講前後の自己評価の差に注目すると、受講後は全ての項目で評価が上がりました。

創造力の伸びを支える要素は?

アンケートには他にも、基本的な考え方や習慣を尋ねる様々な質問があります。受講後に創造力の自己評価が上がった群に注目し、それらの質問項目との相関関係を分析してみると、「ものづくりや人とのコミュニケーションが好き」「希望の進路が決まっている」「ロールモデルがいる」「不安や悩みの相談相手がいる」が高い相関にありました。逆に、通塾の有無、宿題への取り組み姿勢、学校の成績に対する回答とは相関が低いことがわかりました。

相関があっても因果関係があるとは言えませんが、創造力を伸ばす学びの環境に、学力ではなく、進路やロールモデルなどの目標や心理的安全性が大切な要素だという可能性は、イベントに参加した先生方に強い印象として残ったようです。

創造力が高い層はデジタルもの作りの経験が豊富

また、プログラム受講後の創造力の自己認識を平均スコアで見てHigh層とLow層を比べてみると、High層の方が、写真や動画、音楽、アプリやウェブの制作を日常的に行っている率が高いことがわかりました。さらに、PCとタブレットの使用経験期間はHigh層のが長く、一方スマートフォンの使用経験期間はHigh層とLow層で差がありませんでした。

これも因果関係とは言えないものの、創造力の自己評価の高さと、ものづくりの経験やデジタルデバイスの積極利用に相関が見えたことは、クリエイティブな活動の価値を見出す力になります。

創造力を育てる教育現場に必要なことは?

調査報告を受け、ゲストの奈良教育大学教職大学院准教授の小﨑誠二氏とアドビ デジタライゼーションマーケティング本部長の小池晴子が、杉浦氏と共に意見を交わしました。

奈良教育大学教職大学院小﨑誠二氏、アドビ小池晴子、Inspire High杉浦太一氏

奈良教育大学教職大学院小﨑誠二氏(上段左)、アドビ小池晴子(上段右)、Inspire High杉浦太一氏(下段中央)

小﨑氏は、学校はテストなどで点数化できるものを学力として評価しており、創造力などの数値化できない非認知能力は評価しにくいと説明しました。「創造力がある子を、ユニーク、目立ちたがりなど、変わった子と捉えてしまうことも多い」と指摘。学校では、全員が同じことができることをベースにして全体の力を向上させようと取り組むため、できすぎやついていけないことは、イレギュラー扱いされてしまうというのです。

創造力は皆が持っているもので、それを表に出そうとするときには、好きにしていいよと見守ってくれて、チャレンジが許される環境が重要だと小﨑氏は話します。

学校では、先生が設定したハードルを越えるための指導はとても熱心にされているが、“好きにしていい”という場面は非常に少ない。小﨑氏は「創造力は自由度とセットになって発揮されていく」と考えていて、もし「子どもに預けて見守る」ことができたら学校での学びはもっと変わるし、日本の先生たちには指導力があると期待を寄せます。

杉浦氏も小池も心理的安全性が重要だという点に共感。小池は、アドビが「創造性に対する自信(Creative Confidence)」を重視していることを紹介し、学校がその自信を育む安全地帯として、試行錯誤を繰り返して成功体験も失敗体験も安心してできる場になって欲しいと話しました。

プログラム受講をした生徒の様子は?

続いて、この調査の協力校としてInspire Highのプログラムを受講した学校から、同志社中学校の外村拓也教諭と宝仙学園中学校高等学校理数インターの米澤貴史教諭が生徒の様子などを紹介しました。

外村拓也教諭、米澤貴史教諭

外村拓也教諭(左)と米澤貴史教諭(右)

同プログラムでは、プログラムごとに用意されている答えのない問い(アウトプットテーマ)を全国の生徒が考え、自分の意見やアイデアを投稿し、そのアウトプットを参加生徒がSNS感覚で相互にフィードバックをつけ合うことができます。意見交換には匿名を推奨していて、ニックネームで参加することができます。教員側は管理画面から各生徒の動向を把握できますが、生徒間では匿名性を保てる仕組みです。

外村教諭は、学校は閉鎖的で意見共有の範囲もクラス内と狭いので、学校と地域を越えて意見を共有できたことを評価します。日常の関係性があると意見をシェアしづらいものの、匿名であることが良かったということです。

米澤教諭も、意見のシェア方法に楽しさと安心感があったのではないかと感じています。また、社会で活躍しているいろいろな大人の話を聞けることで、価値観のシャワーを浴びさせられることを評価。生徒からは「もっとこれ見たいんですけど!」という声が複数上がったということです。

会場ディスカッションで見えた現場のジレンマ

さらに参加者を複数のブレイクアウトルームに分けてディスカッションが行われました。そこではプラスの効果についての話題ばかりではなく学校現場の現実も浮き上がります。

例えばある先生は、現実には創造性より規律になってしまいがちだと話しました。また、小中学校での教員経験があるという先生は、子どもたちは幼い頃はもともと創造的にふるまっているのに、小中学校の授業や生活で次第にその力が失われていくと感じています。「失われるままにしておいて、さぁ創造性がないから創造性をつけようと取り組んでいる気がする」と複雑な気持ちを表現しました。

また、多忙な教員の間にも心理的安全性がないと、子どもが創造性を発揮できる環境を提供できないという悩みも。そしていざ非認知スキルに関する活動を実施しようとすると、周りの教員から「これになんの効果があるんですか?」と言われ苦労するという声も上がりました。

こうして教育現場のジレンマともいえる様々な思いが共有されたことで、ブレイクアウトルーム終了後の場の雰囲気は、一体感からやわらかく明るくなりました。

課題はありつつも、創造力を育むことに前向きに取り組む教育関係者が増え、その環境作りのひとつの手がかりとして、今回の調査結果が力になることを期待します。

※本調査の報告書はこちらからご覧いただけます。「日本の中高生の創造力育成に関する調査報告書