【高校事例】企業コラボで高校生が商品開発~大ヒットマスクが生まれるまで〜
茨城県立那珂湊高等学校は普通科と商業に関する学科があり、商業系の情報ビジネス科では、企業や自治体とコラボレーションした授業を積極的に行っています。2021年度は情報ビジネス科の3年生を中心に、商品開発の学習としてAdobe Illustratorを使用してマスクのデザインに取り組み、生徒のデザインしたマスクが発売されることになりました。
情報ビジネス科の学習内容をデザイン中心にシフト
同校の情報ビジネス科は、かつては各種資格を取得するための学習が中心でしたが、2018年からデザインを中心とした学習内容に舵を切りAdobe Creative Cloudを導入しました。共用iMac41台を整備し、Adobe Creative Cloudアカウントは情報ビジネス科の生徒全員に配布しています。同校全体のICT環境は、2021年度の1年生より1人1台のChromebookを導入したところで2,3年生は未整備ですが、情報ビジネス科では2,3年生はiPadを1人1台活用できる体制にしています。
情報ビジネス科の成冨雅人教諭は、教育内容をデザイン系の実践的なものに転換した背景として、世の中の商業の現場自体が、プロダクトの中身を作ることだけでなくデザイン性や販売促進部分をより重視するようになってきたことをあげます。
実際に成冨教諭が周辺の企業をまわって経営者に話を聞くと、小売業などを中心に、POPやチラシなどを外注せず、社内で作成できる人材を必要としていて、生徒がIllustratorやPhotoshopでデザインできると聞くととても興味を持ってくれるそうです。
成冨雅人教諭と情報ビジネス科の先生方
また、かねてから勉強には、生徒がまず生徒が興味を持つことが何よりも重要だという問題意識を持っていたため、スマートフォンの普及により画像処理や動画編集などが生徒にとって身近で興味深い分野だったことも良い下地になりました
産学連携で生きた学びを
情報ビジネス科では、実践的な学習を行う学校設定科目として「ビジネスデザイン」の授業を週5時間設け、毎年企業などとのコラボレーションも積極的に行っています。2021年は株式会社ロイヤルの協力で、3年生の情報ビジネス科全員と、2年生の一部の生徒が選択科目として、マスクのデザインに取り組みました。
コロナ禍の活動のため企業とのやりとりはオンラインですが、ロイヤルからマスク制作に関するレクチャーを受けた上で、デザイン案を検討し、3年生はIllustrator、2年生は手書きで提案デザイン画を作成しました。プレゼンテーションはオンラインで社長やデザイナーなどに向けて行われ、評価の高かったデザインが採用され商品化へと進みました
デザインをするマスクに関してレクチャーを受けているところ
名古屋本社、三重の工場、東京支社をつないで行われたプレゼンテーションの様子
「デザイナーさんから『直すところはない』と言われてそのまま商品化されたデザインもあります。そうしたコメントは生徒にとっても自信というか、すごいことなんだなぁという実感につながります」と成冨先生。過去には、こうした連携授業でデザインが採用されたことがきっかけでデザイナーの道に進んだ生徒もいたといいます。
多彩なデザインが商品化された。発想がさまざまで面白い
また、Illustratorはプロのデザインの世界で使われているツールなので、今回採用された3年生のデザインデータは、企業側のデザイナーにそのまま渡すことができて驚かれたそうです。学びの場と仕事の場で使うツールが同じであることでシームレスなやりとりが実現します。
販売促進のためにPOPやポスターデザインも
学びは商品開発としてのデザインだけでは終わりません。マスクの販売に必要なPOPの作成にも取り組んでいます。ターゲット設定を重視していて、例えば郵便局に置くPOPの場合“年金を下ろしに来るおじいさんやおばあさん”という目線を想定するなどしているそうです。
また、企業向けの展示会に出展したロイヤルのブースには、生徒がデザインしたマスクのコーナーが設けられ、期間中、興味を持った来場者が学校にいる生徒にオンラインで質問をするというシーンもありました。
展示会のブースの様子。掲示されているポスターも生徒がデザインした。
成冨先生はこうした取り組みの中で、生徒には自分で考えて試して失敗も経験して欲しいと言います。「教員がなんでもかんでも正解を教えて売れる物を作ってもしょうがないですから」。生徒の中には、強い思いで仕上げたデザインが選ばれず残念がる姿もあったということですが、それも良い学びだと捉えています。
試行錯誤した生徒の声
デザインが採用された生徒のひとり、3年生の鴨志田さんは海を題材に選びました。海のデザインをリサーチすると、砂浜や水平線が描かれた明るくポップで派手なものが多いことに気づきます。そこで、「落ち着いたデザインがあることで、高齢の方など広い年代でもデザインマスクをつけられたらいいのではないか」と考え、あえて泡をモチーフに、ダークな落ち着いた色合いで表現することにしました。頭の中にあったイメージをどうやってIllustratorで表現できるのかを見つけるのが一番大変だったそうですが、いろいろな泡の表現を見たり、Illustratorで機能をひとつひとつ試したりして、グラデーションで表現することができました。
採用され、販売が決定した鴨志田さんデザインのマスク
また、手書きで提案した2年生の案からもいくつかのデザインが商品化されました。惜しくもデザインが採用されなかった2年生の大内さんは、「子ども向けの光るパジャマを参考に、暗いところで光るマスクを考えました」とそのアイデアを教えてくれました。成冨先生によると、このデザインは好評だったものの制作コストがかかることや品質管理などが課題となって実現しなかったとのこと。こうした商品化の壁に直面することも、現実のプロジェクトだからこそ学べる大切な機会です。
他にも、「駅と市場で行うマスクの無人販売の計画を担当しましたが、人の来る時間帯などがわからず難しかったです。POPは誰でもわかりやすいようにしたり、商品の魅力をまとめたりするのがすごく大事だと思いました」(2年生面澤さん)「今後マスク以外のものや、那珂湊高校の宣伝のようなことにも挑戦してみたいです」(2年生吉澤さん)という声があがりました。
インタビューに応じて下さった生徒さんたち
現在マスクの販売店舗はまだ限られていますが、今後販売場所も増えていく予定です。デザインの企画・制作から、販売促進に至るまで、実際のビジネスの世界を体験できる貴重な学びの場となっていることが伝わってきました。商品や情報の受け手の目線で考え、自らのクリエイティブスキルを伸ばす生徒達の姿が印象的です。
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