連載 第五回 「誰一人取り残さないデジタル社会に向けて」

窓から外を見ている男性
中程度の精度で自動的に生成された説明

今回は、自治体の実際の現場で県民の幸福度を上げるために行政のDX推進に取り組んでいる群馬県のデジタルトランスフォーメーション推進監の岡田亜衣子さんにご登場いただきます。群馬県の山本一太知事の肝いりで、群馬県に初めて設置されたデジタルトランスフォーメーション推進監のポジションに岡田さんは民間から転身されました。着任後まもなくしてコロナの状況となり、デジタル化の遅れや紙やFAX文化の慣習の弊害に直面しながらも、ひとつひとつの課題に向き合うとともに、県全体のDXに取り組んでいらっしゃいます。現場ならではの視点から「誰一人取り残さないデジタル社会」についてご紹介いただきました。ぜひご覧ください。

第5回
日本最先端クラスのデジタル県を目指して

岡田亜衣子 氏
群馬県 デジタルトランスフォーメーション推進監

「デジタルトランスフォーメーションとは、人間の生活のあらゆる側面において、デジタル技術が引き起こす、あるいは影響を与える変化」であるとストルターマン教授が提唱したのは2004年(*)。それ以降、今日にいたるまで、スマートフォンの進化と普及、SNSの登場、キャッシュレス決済、ロボット掃除機、AIチャットボットなど、私たちの生活のあらゆる場面でデジタル技術やサービスが浸透しています。一方、行政の現場に目を向けると、陽性者発生で閉鎖される窓口、人海戦術に頼った特別定額給付金の支給作業、FAXと電話対応に追われる保健所など、新型コロナウイルス感染症の対応で、行政のデジタル化の遅れが衆目を集めることとなりました。人口減少の時代、行政に限らず、全ての産業において人手不足が深刻な問題となっています。それにもかかわらず、人力に頼った業務スタイルから抜け出せない行政。職員の職業倫理感や使命感だけに頼っていては早晩どころか既に破綻している現場もあります。デジタルを活用した省力化、効率化を進めることで、人でしか対応できない仕事に貴重なリソースである職員の時間を割り当て、手厚くサポートすることで誰一人取り残さない行政サービスを提供する、これが行政におけるデジタルトランスフォーメーションだと考えます。

*Erik Stolterman & Anna Croon Fors: “Information Technology and the Good Life,” January 2004, DOI: 10.1007/1-4020-8095-6_45
http://www8.informatik.umu.se/~acroon/Publikationer%20Anna/Stolterman.pdf

私が群馬県のCDO(Chief Digital transformation Officer:最高デジタルトランスフォーメーション責任者)に就任したのは2020年1月。1回目の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発出される約3ヶ月前でした。県政の様々な分野でのICT活用推進を掲げる山本一太知事のもと、デジタル技術の利活用による県政の推進、県庁の業務プロセス改革の推進、データに基づく政策立案の推進を担うこととなりました。登庁日初日、県庁の執務エリアに入って、紙の多さと電話対応(多くは内線電話)に追われる職員の姿を見て、これまで自分が慣れ親しんだ民間企業の職場環境とのギャップにカルチャーショックを受けました。さらにパソコンを立ち上げると、なかなか繋がらないインターネット、UI/UXを語る以前の旧式な内部事務システムに当惑。加えて、寒い、暗いで三重苦。そんな環境の中、黙々と大量の業務をこなす職員の能力の高さに驚くと同時に、希望の光が見えました。

山本知事のリーダーシップのもと、昨年度策定された前例のない斬新な「新・群馬県総合計画(以下、新総合計画)」では、「年齢や性別、国籍、障害の有無等にかかわらず、すべての県民が、『誰一人取り残されることなく』、自ら思い描く人生を生き、幸福を実感できる自立分散型の社会」の実現を最終目標としています。この計画の中で、2023年度末までに群馬県を日本最先端クラスのデジタル県にすることがマイルストーンとして位置付けられ、私の最大のミッションとなっています。

2020年4月に全国初の名称となる「デジタルトランスフォーメーション課(DX課)」が創設され、情報通信基盤と行政改革を担う業務プロセス改革課と共に、行政・産業など様々な分野でDXを実現するための体制が整えられました。デジタルトランスフォーメーション課という名称を付けるにあたっては「わかりにくい」「日本語名ではダメなのか」といった意見がありました。また、新しい組織や耳慣れないカタカナ言葉に議会では14年ぶりに全員協議会が開催されました。こうしたハードルを乗り越え、新しい組織が立ち上がりました。翌2021年4月には全庁でDXを推進する体制「デジタルトランスフォーメーション推進本部」が設置され、知事を本部長に、16人の部局長が「DX推進責任者」に位置付けられました。さらに、全部局の筆頭所属にDX係が新設され、各部局が自分事として取り組む、取り組まなければならない体制が構築されました。加えて、良質な事業を生み出すための仕組みとして「DX推進協議」が今年度から導入されました。各所属が行う全てのDX関連事業について、手段と目的が合致しているか、変革の姿は十分かなどの基準に沿って評価を行います。

つぎに、日本最先端クラスのデジタル県となるための羅針盤ともいえる2つの計画をご紹介します。
一つ目は、行政自身のDXを進めるための「群馬県庁DXアクションプラン」です。この計画は、2020年12月に策定した「行財政改革大綱」からDXに係る部分を抽出し、3年間の具体的取組と工程を定めたものです。例えば、手続の電子化。これまで紙や対面を基本としていた手続に電子申請を加えるものです。県民の利便性はもとより、職員にとっても窓口対応の時間を削減でき、削減できた時間を別の業務に充てることができます。申請内容のデータ処理も効率的に行えるというメリットもあります。また、民間では当たり前になりつつあるテレワーク。育児や介護、障害など時間的、物理的制約がある職員も活躍できるよう、ハード面はもとより、希望する全ての職員が週2日取得できるよう制度改正も行っています。テレワークを進めることは、同時にペーパーレス化や業務の見直しにもつながります。

二つ目は、産業や教育など様々な分野で自立的なDXのムーブメントを生み出すための工程表である「ぐんまDX加速化プログラム」です。新総合計画にある19の政策分野ごとに具体的な取組を示しています。例えば、防災分野において、気象庁の降雨量データをもとに水害リスクを予測するシステムを導入することで、市町村の避難指示発令の判断や早期の水防活動を支援する体制を構築していきます。また、子育て分野では、児童相談所において、AIを使い、潜在的な虐待リスクを予測することで見逃しを防止するとともに、手作業で行っていた業務を効率化することで、職員の時間を相談援助業務に注力できるよう環境を整備していきます。このほか、県内の13の金融機関と協力し、幅広い業種における事例を収集、共有することで、県内事業者の「気づき」となるような活動も進めています。実行にあたっては、県庁32階にある官民共創スペース「NETSUGEN」を活用し、民間からの知見を積極的に取り入れていきます。

これまで行政が策定する多くの計画は3年~5年先を見通して、一年単位でPDCAサイクルを回していくものでした。しかし、これでは日進月歩するデジタル技術やサービスを取り入れることはできません。これら2つの計画では、3ヶ月単位の高速PDCAを繰り返すという運用方針をとっています。失敗は絶対許されないという無謬性の固執から職員を解放し、まず一歩踏み出す、挑戦したことから学び、次に生かすという方向に意識づけする狙いもあります。

流行り言葉の宿命として、漠然とした概念だけが拡散し、本質が見失われることがあります。DXも例外ではありません。デジタルという手段が目的化すると、本末転倒な結果を招くことになります。そうした事態を避けるためにも、群馬県では、3つのポイントに意識してDXに取り組んでいます。

1)職員が主役。一人一人の職員が主体的になって取り組む、自分事として考え、自らの業務に当てはめていく。多岐にわたる行政の業務では全てをトップダウンで変革することはできず、主体的な取組をボトムアップで行うことが大切です。言われたからやるでは定着しません。

2)DIY。自分たちでできることは自分たちでやる。いま、マウス操作だけで簡易なアプリやサービスが開発できるノーコードツールの活用が広がっています。専門的な知識が要らないので取り掛かりやすく、低コストで開発期間が短縮できます。また、分からないことはインターネットで検索すれば大抵のことは答えが見つかります。これまで外部委託に頼っていた部分を、自分たちの手で試行錯誤することで、職員の中にデジタル経験値を蓄積することできます。

3)利用者視点。利用者の立場に立って使い勝手や利便性を考え、親しまれる愛されるサービスを提供する。民間サービスでは当たり前のことですが、行政の提供するものにはほとんど使われていないアプリやウェブサイトが珍しくありません。結果的に税金の無駄遣いになっています。

2020年度から始動した群馬県のDXですが、すでにいくつか具体的な成果が出ています。

県庁内のDXを進めるためには、まず、職員自らが日々の業務の中で効率化を体感することが必要と考え、最初に文書決裁の電子化に取り組みました。これまでの意思決定は書面とハンコ決裁が主流で、10年以上前から電子決裁ができるシステムは導入されていましたがほとんど使われていませんでした。そこで、制度面を見直し、原則電子決裁としたことに加え、所属ごとの取組状況を見える化し、進んでいない所属への個別のアプローチも行いました。こうした地道な取組により、数%台に低迷していた電子決裁率は60%台後半を維持し、電子化困難な文書を除くと実に9割以上の文書が電子決裁で行われています。文書の保管スペースに余裕ができ、検索性の向上により文書整理に要する時間も削減できました。

県民の生活に身近な事例として、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種記録をスマートフォンで表示する「ぐんまワクチン手帳」があります。これは、社会経済活動を徐々に再開するための需要喚起策や、次回以降の接種予定を確認する際に利用いただくものです。群馬県では全国に先駆けて10月13日に導入しました。11月末時点で2回目接種した人の16%、6人に1人がワクチン手帳に登録されています。群馬県がこれほどのスピード感を持って導入、普及できたのは、県と35市町村の協力関係があったからこそです。群馬県民なら誰でも知っている「上毛かるた」の「ち」の札、力あわせる二百万。群馬県ならではの強みです。

これまで、何事も「中庸」だった群馬県。特にデジタル分野においては後進県とも言われることもありました。そんな群馬県が日本最先端クラスのデジタル県という壮大な目標に向かって一歩を踏み出しました。とはいえ、県民の皆様に、便利になった、役所も気が利くようになったと言っていただけるまでには、まだまだできること、やれることは多くあります。千里の道も一歩から。職員、市町村、産業界と力を合わせて、二歩、三歩と変革への歩みを着実に進めていきたいと思います。

[執筆者]

黒いシャツを着た少年
自動的に生成された説明

岡田 亜衣子 氏(おかだ・あいこ)

群馬県 デジタルトランスフォーメーション推進監
東京外国語大学卒。芝浦工業大学専門職大学院修了。NTT、インテルなどを経て、2020年1月群馬県CDOに就任。2021年4月から現職。

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