宇宙を快適にする UX:宇宙開発への人間中心設計の活用 | アドビ UX 道場 #UXDojo
NASA ジェット推進研究所(JPL)のコントロール室。シニアリード UX デザイナーの Krys Blackwood は難しいコミュニケーションやデザインの問題を抱えると、ここにきて解決を支援するために耳を傾ける。
宇宙探査のためのデザインには、独特な、そして複雑な課題が伴います。新しいコンセプトや新技術の実現が必要とされるだけでなく、プロジェクトによってはとても長い期間を要し、しばしば実施されるまでに何年もかかります。一方、ユーザーグループは多岐にわたり、それぞれのニーズは千差万別です。ユーザーグループには、管制官、科学者、エンジニア、ソフトウェア開発者、そしてもちろん宇宙飛行士も含まれます。
しかし、他のデザインの障壁と同様に、こうした課題もユーザー中心のアプローチで解決できます。複雑な問題を解きほぐし、革新的で使いやすいデザインに落とし込むために、ここ数年で UX/UI デザイナーはますます重要な役割を果たすようになりました。今では、ほとんどの宇宙計画やプロジェクトに UX デザイナーのグループが配属されており、ワークフローのサポートや、使用ツールをより効率的にするべく支援活動を行っています。デザインプロセスは共同作業として行われますが、これは、ビジョンを数年後に具体的な製品やサービスにする方法を、全員が協力して考えられるようにするためです。
この記事は、NASA と SpaceX で働く 4 人のデザイナーが、どのように問題解決にデザイン思考のアプローチを活用し、地球外のユーザー体験を作り上げるために人間中心設計の原則を適用したのかを紹介します。
UX スキルを核として未来のためにデザインする
Krys Blackwood
Krys Blackwood は、太陽系のロボット探査を専門とする NASA のジェット推進研究所(JPL)内で、人間中心設計グループのシニアリードユーザーエクスペリエンスデザイナーを務めています。
「すべてのロボットに共通している点は、どこかに人間が存在していて、その人々が、ロボットにすべきことを伝えたり、ロボットからデータを取得しようとしているという事実です」と Blackwood は説明します。「人間中心設計グループの使命は、宇宙船の設計に始まり、ミッション運用や世界へのデータ共有に至るまでのあらゆるものに対する UX 調査と実践の適用です。利用する人々のニーズに合わせてプロセスをデザインすることにより、税金から支払われる費用を節約できるだけでなく、人々をより効率的にして、それぞれのミッションから得られる科学的成果を最大化することもできます」
例として Blackwood が挙げたのは、彼女が現在取り組んでいる、木星の衛星エウロパに宇宙船を着陸させ、氷で覆われた表面のサンプルを採取する Europa Lander ミッションのコンセプトです。エウロパへの着陸は高度に自律的なミッションですが、チームはこれまでそうした運用をした経験がありません。そこで、宇宙船やそのためのソフトウェアが実際に存在する 10〜20 年も前の時点において、運用のシミュレーションを含む大規模な研究調査を実施しました。
関連するミッションの Europa Clipper は、木星の高軌道に宇宙船を送り、エウロパを調査するというものです。その成果として、チームは科学者と自律システムの関わり方についての素晴らしい知見を得ることができました。
「UX のスキルセットは、いくつかの異なる場面で役立つことが確認できました」と Blackwood は指摘します。「まず、コミュニケーションの円滑化です。このミッションのコンセプトは非常に複雑ですが、それを異なる知識や経験を持つ何百人もの人々に説明し、ミッション実現のために協力して働けるようにしなければなりません。次は、一般的なソフトウェアの設計における支援です。私たちは、調査を通じて要件を導き出し、UI をデザインし、それが適切かどうかを確認するためのテストを行います。そして最後は、サービスデザインのような作業です。人々が情報を共有して共に働くプロセスのデザインです」
Blackwood のチームは、まずストーリーボードを使ってプロセスを説明します。これが JPL の仕事に大きな違いをもたらしています。
下の 1 枚の絵コンテには、エウロパの地殻から触手が伸びている様子が描かれています。
「もちろん、私たちはこのようなことが現実に起きるとはまったく考えていません」と Blackwood は笑います。「ですが、こうした極端なシナリオは、プランづくりや不測の事態に備える際に必要になる創造力を刺激するために利用できます。『触手』のように非常識で想像を絶するシナリオに有効なものであれば、地表から吹き出る水柱への遭遇といった、もっと現実的な場面にも有効でしょう」
ユーザーテストを行い宇宙飛行を本格的にシミュレーション
SpaceX 社の Crew Dragon 宇宙船に搭載されるユーザーインターフェイスは、ソフトウェアエンジニア、オペレーションエンジニア、NASA の宇宙飛行士から構成されるオールスターチームにより設計・開発されました。宇宙船としては珍しく、Crew Dragon はほぼ完全にタッチスクリーンのインターフェイスを採用しています。このインターフェイスは、手袋の使用に対応する必要がありました。
「UI は、飛行中のすべてのフェーズにおける機体の状態を考慮したものです」と、プロジェクトの最後の 3 年間を担当したプリンシパル UI/UX デザイナーは説明します。「上昇・下降時の揺れなども考慮しています。その時点では、乗組員はヘルメットと宇宙服と手袋を着用した状態です。UI のすべてのボタンには最小サイズが設定されており、厚手の手袋でも外すことなく操作できるようになっています」
UI/UX のさまざまな判断は、すべての飛行フェーズと機内の環境から得た情報に基づいて行なわれました。例えば、主要なナビゲーション要素は UI 下部に配置されています。これは、乗組員がディスプレイを操作するには、腕を上げる必要があるためです。
「情報を可能な限り読みやすくするために、インターフェイスには多くの余白を取り入れました」と担当デザイナーは振り返ります。「コマンドボタンのように、より重要な意味を持つ UI 要素は、主要な操作エリア外側の上部に配置して、操作が常に意図したものになるようにしました。また、画面の明るさがどのように変化しても、インターフェイスのすべての表示が容易に判読できるように、独自の円形コントラストフィルターを使用しました。UI の背後のビデオ映像が真っ白または真っ黒になっても、すべての項目を読み取れます」
ユーザーテストは非常に大きな意味を持ちました。画面開発チームは、さまざまな年齢や身長の男女のテスト参加者に乗務員のヘルメットを装着させ、実際の乗務員席に座ってもらい、振動テストを繰り返し行いました。乗務員席は、上昇・下降の状態をシミュレートするために振動する台の上に置かれました。座席が揺れている間、参加者は Xbox のコントローラーを使い、並んだ単語や数字の読みやすさをテストするカスタムゲームをプレイするよう求められました。その際、UI 上の文字や数字はランダムに揺れ、フォントサイズ、色、テキスト位置もランダムに変化します。このテストにより、チームが判断した読みやすさの基準が、非常に過酷な状況においても通用することが確認されました。また、基本的にすべての SF 映画のインターフェイスは非現実的であり、読みとることができないだろうということも分かりました。
探査ローバーの UI のユーザビリティをヒューリスティック評価で測定
Tiffany Truong
Tiffany Truong は、シリコンバレーにある NASA のエイムズ研究センターで UX/UI デザイナーとして働いています。現在は、開発者、科学者、エンジニアのチームと協力し、 NASA の惑星探査ローバーの運転およびデータ収集ソフトウェアの UI デザインを先導しています。Truong の役割は、見つかったユーザーインターフェイスの課題に対する解決策を考案してデザインすることです。彼女は、2023 年に氷やその他の存在する可能性のある資源を探して月を探索する予定の VIPER ミッションで使用される 2 つの主要な製品に取り組んできました。
「宇宙探査の分野でデザインをする中で直面した挑戦のひとつは、さまざまなユーザーグループによって体験された重要な課題に対応するための効果的なソリューションの開発です」と Truong は話します。「私たちの対象となるユーザーは、科学者、ローバーの運転手、オペレーションの専門家など、ニーズも不満を感じる点も大きく異なります。この特殊な環境での仕事により、優先順位をつけることが極めて重要であることを思い知らされました」
チームは、ほぼ日常的に新しく発見されたデザインの問題を持ちかけられます。全員のための解決策を見つけることを目指してはいますが、チームの能力や技術的要件のため、常にそれが可能とは限りません。対象ユーザーは体系的な考え方をする人々であるため、新機能は、学習と発見を促すアフォーダンスを持つよう意図的にデザインされたものである必要があります。それと同時にユーザーの主要な問題に対処し、ミッション達成に必須とされる要件を満たさなければなりません。そのため、Truong はヒューリスティックアプローチを採用しています。
Truong が手がけたプロジェクトのひとつは、探査ローバー運転ソフトウェアのユーザーインターフェイスで使用される、ステータス提示のためのダッシュボード機能の作成です。
この機能は、ユーザーが状況を認識してリアルタイムの意思決定を行えるようにする重要なツールです。Truong が用いたヒューリスティックアプローチには、Nielsen-Molich のユーザビリティ原則の一部やヒックの法則などが含まれます。
「アイデア出しの段階を通じてイメージしていたのは、ユーザーが目の前のタスクに集中できるようビジュアルを最小限に抑えつつ、情報に基づいた意思決定を可能にするための情報を直接提示するダッシュボード UI です」と Truong は振り返ります。「特にこのダッシュボード機能に関して言えば、それは分かりやすいアイコンの作成を意味しました。これらのアイコンは、どのような種類の情報が表示されているか、ローバーの状態、太陽との位置関係、月面上の現在地から、すぐに行動を起こす必要があるかをユーザーに示すものです」
構築、テスト、改良の繰り返し:宇宙服の反復プロトタイピング
Amy Ross は、ヒューストンの NASA ジョンソン宇宙センターで、先進的な宇宙用圧力服の開発チームを率いています。彼女は、2024 年のアルテミス月着陸ミッションにおいて、月面に着陸する最初の女性と後続の男性が着用することになる新しい宇宙服のプロトタイプ設計を支援しました。これは、最初の宇宙飛行士を火星に送り込むというより大きな計画の一部で、現在 Ross は赤い惑星で人間が着用する新しい宇宙服の開発に取り組んでいます。昨年、NASA の火星探査ローバー Perseverance は、ヘルメットのバイザーなど、宇宙服の最初の素材サンプルを火星に運びましたが、現在でも火星における研究が進められています。理想は、軽くて快適で柔軟性があり、どんな体型や大きさの人間が着用しても、より過酷で危険な環境において、生産性の高さと安全を確保できる宇宙服の開発です。
宇宙服のプロトタイプ Z-2 と Amy Ross
「宇宙服をテストした経験から判断するなら、もし私一人だけが満足させるべきユーザーだったとしても、私は未だに物理的およびデジタルのヒューマンインタフェイスに取り組んでいたでしょう」と Ross は言います。「しかし、実際には自分だけのためにデザインしているのではありません。さまざまな体格や嗜好を持つさまざまなユーザーが UX の仕事を前へと進めさせるのです。国、すなわち NASA の目的がどこに向かおうとも、宇宙服の技術と構造を提供することが私の仕事です。異なる環境で異なる目的のために異なる期待や要件と共に行われる異なる作業のために導かれる答えは、当然のことながら異なります。デザインの対象が具体的であるほど、よりよいデザインが可能になります。しかし、常に個別のデザインを個別の問題に対して作成するというのは一般的ではありません。宇宙服は、そうした贅沢とは無縁です。最も創造性と労力を必要とする本当の挑戦は、柔軟性の実現のための UX デザインです。これは実に困難ですが、おかげでデザインが楽しいものになります。
地上でも宇宙でもユーザーに集中する
宇宙探検のためのデザインはとてつもなく壮大な取り組みに思えるかもしれません。しかし、他のデザインプロジェクトと同様に、一歩下がって何を達成しようとしているのかを思い起こすことは常に有効です。その点においては、NASA も SpaceX も他の組織と変わりありません。重視しているのはユーザーの活動をより快適にすることで、そのためにデザイナーは UX/UI のスキルを駆使してユーザーを支援します。だからこそ、関係するさまざまなユーザーグループと強い関係を築くことが重要なのです。複雑な問題を理解して解決するために、どのようなリサーチ手法やデザインテクニックを用いるかという判断は、それがたとえ地球外の問題であっても変わりません。
この記事は UX in space: The role of human-centered design in space exploration(著者:Oliver Lindberg)の抄訳です