没入型体験の未来としての「メタバース」とアドビが目指す役割
出典:Adobe Stock / Jakub
「メタバース」は、マーベル映画の新作タイトルのように聞こえるかもしれません。しかし、そうではなくて、すでにこの世界の多くの場所に様々な形で存在しているものです。拡張現実のショッピング、3D バーチャル旅行、インゲームコンサート、没入型の企業サイトなど、これらの体験はすべて今日時点で存在します。そして、リアルなデジタル世界を創造する企業の熟練度が増すにつれ、さらに多くの人々を惹きつけています。
メタバースがニュースの見出しを飾るような話題だからといって、それがごく一般的な企業やその顧客にとって無縁なものであるとは限りません。むしろ私たちは、テクノロジーの進化と没入型体験への欲求の広がりが、ビジネスのあり方を変え始めている転換点にいるのです。
私たちが目にしているメタバースへの大きな動きは、誰もが参加できる、そして参加すべきものです。
メタバースとは何か
メタバースは、没入型の常時接続可能なデジタル空間です。デジタルのオブジェクトや他の人々とつながるパーソナルな体験に溢れ、デジタル環境におけるインタラクションの未来と目されています。メタバースは、それに投資する企業に対し、没入型の顧客体験、商取引、社内業務プロセスの効率化などの多くの機会をもたらすものと期待されています。
多くの点で、メタバースをインターネットの次の進化と考えることが可能です。以前 e コマースが急成長したときには、ビジネスシーンが変化して新しい主力ブランドが生まれました。メタバースでも、事前に準備を行った企業には、様々な新しい機会を最大限に活用できる可能性があります。
少し補足すると、存在することになるメタバースは 1 つだけに留まらないだろうとアドビは考えています。いくつものメタバースと、多くの種類の没入型体験が登場することになるでしょう。例えば、ヘッドセットを装着して完全にデジタル 3D 世界に入り込む仮想現実(VR)の世界や、多くの場合はスマートフォンを使い、視覚、聴覚、触覚などを通じて現実世界をデジタル体験で拡張する拡張現実(AR)の世界などです。
より多くの企業がメタバースのエコシステムへの参入を始めるにあたり、すべての企業と顧客が参加できる、公正で開かれたデジタルプラットフォームの業界標準を定めることが、極めて重要になっています。
アドビのビジョンは、オープンで、アクセスしやすく、安全なメタバースです。そして、すでにそこに一歩を踏み出した企業として、他の企業のメタバースでの成功を支援することを目標に掲げています。
メタバースの事例
メタバースのような技術は、現実世界を置き換えられるものではありませんが、人々がこれまで物理的な環境で行っていたことを、デジタル環境でも行えるようにする事例は着実に増えています。
例えば、スミソニアン博物館は Adobe Aero を使用して AR の 3D サンゴ礁を作成しました。この展示は、学生たちが海洋生態系が直面している脅威について、リモートから学習するために使われました。
完全な没入型の例には「フォートナイト」があります。特に VR ヘッドセットでプレイした場合には、今日のメタバース体験の真髄の一つと言えるものです。
2017 年に Epic Games が公開したフォートナイトは、今や協力型のビデオゲームとしてはおそらく地球上で最も人気のあるゲームです。さらに Epic は、ゲームを通じて生活し、交流し、世界と関わるユーザーの仮想コミュニティをつくり上げ、VR のアリアナ・グランデのコンサートへの参加や、ウクライナの戦争で被害を受けた人々への支援に 5 千万ドル以上集めるための結束の呼びかけなどを行っています。
今年 3 月に開催された Adobe Summit で、Epic Games の Unreal Engine エコシステム担当バイスプレジデントを務めるマーク・プチ氏は、エンゲージメントプラットフォームとしての没入型世界の可能性を端的にまとめて、「ゲーム開発者であれ、建築家であれ、自動車デザイナーであれ、今日のあなたの消費者は、真に没入感のあるインタラクティブな体験を期待しています」と発言しました。
またプチ氏は、新たな顧客を生み出すだけでなく、クリエイターを刺激するために、アドビと行っている取り組みについても説明しました。「アドビと一緒に、クリエイターがフォトリアリスティックな没入感の限界を超えるリアルタイム 3D 体験を構築できる新しいツールを開発しています」
メタバースの基礎技術は 3D
メタバースに完全に飛び込むかどうかは別にしても、ビジネスの何らかの側面が影響を受けるであろうことは想像に難くありません。現在の 3D 技術は、様々な意味で、これからの没入型体験の基幹となるものです。現在のビジネスを効率化するために、すでに 3D ツールを使っている企業がありますが、ひとたびメタバースが普及すれば、これらのブランドは先陣を切ることになるでしょう。
今年の Adobe Summit では、The Coca-Cola Company、Epic Games、NASCAR、NVIDIA などのブランドと、3D コンテンツ制作、電子商取引、ポータブルな没入型体験についてアドビがどのようにコラボレーションしているかも発表されています。
Creative Cloud のチーフプロダクトオフィサーであるスコット・ベルスキーは、「これまでに登場したすべての新しいメディアに共通しているのは、そこに提供されたコンテンツの質が、成功か失敗かを決めてきたということです」と語りました。言い換えれば、あるブランドがメタバースで成功するかどうかは、顧客やコミュニティの気持ちを捉える魅力的な 3D 体験をつくり出す能力にかかっているのです。
今から 3D デザインを始める企業は、この先何年にもわたる没入型体験の基盤となる、製品やアセットのデジタルカタログを構築できます。さらに、バーチャルな環境やデザインは、これまで以上にブランドがその個性や感性を顧客と共有するための余地を提供してくれるでしょう。
没入型の顧客体験、デジタルアセットの販売、メタバースのマーケティングなど、これらはすべて 3D と AR の専門知識を必要とします。こうした能力を今から構築すれば、将来向き合うことになる苦労を回避し、さらには収益を向上させられる可能性があります。
メタバースでの顧客体験の実現
メタバースがビジネスの未来に与える影響を考えてみると、メタバースが最新の重要なマーケティングチャネルのひとつになることはほぼ確実です。そうであるなら、企業が作成するすべての豪華できわめて刺激的な 3D アセットや AR 体験は、メタバースの顧客一人ひとりに、かつ大勢に届かなければなりません。アドビは、既存のすべてのチャネルに顧客体験を提供する企業の支援を何年も行ってきました。次はメタバースの番です。
今日、没入型体験の多くが、業界をリードする 3D および没入型コンテンツ作成ツールの Adobe Substance 3D Collection や Adobe Aero を使用して構築されています。また、先見性のあるブランドは Substance Stager を活用したバーチャル撮影などの 3D デザインワークフローを利用して、顧客に素晴らしい体験を提供するだけでなく、製品デザインやマーケティングコンテンツの制作を、より速くより効率的なものにしています。これらのツールをワークフローに加えることは、今日の成功にとって重要なだけでなく、将来の顧客に向けてブランドをメタバースに対応させるためにも有効です。
メタバースの利用が広がると、デジタルコマースが飛躍的に成長することが予想されます。デジタル資産、アートワーク、アバター、そしてバーチャル不動産さえ欲しがる人々がいます。これらのアイテムの売買や取引は、Adobe Commerce を含む Adobe Experience Cloud が効果的にサポートします。
メタバースで人々とつながるために必要なアセットを保存し配信するには、 Adobe Experience Manager が利用できます。Experience Manager は、3D や AR を含むあらゆるデジタルメディアに向けた体験の配信とアセット管理の中心となるべく進化する予定です。また、単一のシステム内で、あらゆる種類のデジタルチャネルへの体験配信プロセスのあらゆる側面を管理できる Adobe Workfront と組み合わせて使用することも可能です。
つまり、アドビには、素晴らしいメタバース体験を構築し、それを顧客に提供するためのツールがあります。これらの最先端のテクノロジーと、これまでに積み重ねられた経験と共に、メタバースへの道を切り開いていきたいと、企業として強い熱意を持っています。
メタバースにおける標準の確立
過去 40 年間、アドビは世界を変えたデジタル体験に関わり、デジタル世界のあるべき姿をより高みへと押し上げてきました。PostScript で DTP を発明し、Photoshop で画像処理とアート表現を革命し、PDF では世界中の文書の扱い方を変えました。
これらすべての変化に共通するのは、デジタル世界を誰もが参加できて、誰もが恩恵を受けられるものにするという点です。
同様の視点から、メタバースはアドビにとって企業目標の自然な進化です。安全で、アクセスしやすく、オープンなメタバースの実現に貢献することは、企業としての重要な使命であると考えています。
この意味で、アドビはオープンスタンダートを支持します。なぜならば、ブランド、クリエイター、デザイナーは、一度だけアセットを作成すれば、それを人々に楽しんでもらえるようにあらゆる場所に配布できるべきだからです。
3D の制作活動にはすべての人が関われることが理想です。アドビは、メタバースやその他の没入型の世界において誰もが各人の視点を表現できる、3D および没入型のクリエイティブツールを提供することに全力を注いでいます。あらゆる背景を持つ人々が協業できて、充実したコンテンツを共につくれる環境の実現も、同様に大切だと考えています。
さらに、没入型アセットを含むバーチャルな創作物が開発された過程の透明化も重要です。デジタルアセットを扱うマーケットの登場は、アーティストが作品から利益を得て、大衆が敬愛するクリエイターを支援する新しい可能性を提示しています。このマーケットが成功するには、購入する人々が、アセットの出所を信頼できなければなりません。Content Authenticity Initiative との協業で、アドビは、バーチャルな制作物がどのようにつくられたかを明らかにし、それを制作したアーティストが正当な評価を受けられる環境の実現を目指しています。
クリエイター、情報発信者、個人事業主、そしてあらゆる規模の企業が、没入型の体験を活用できるべきです。アドビは、ブランドの成功を支援するビジネスを行う企業として、バーチャル体験とコマースから最大限の利益を得るために必要なツールとサポートを提供していきます。
メタバースに着手する
Adobe research を率いるバイスプレジデントで特別研究員でもあるギャビン・ミラーは、「私たちの基本的な価値提案は、人々のクリエイティブな想像力を解放することです。キャンバスが進化したら、私たちもそれとともに進化するのです」と述べています。
そうした考えから、アドビは、エージェンシー、ブランド、クリエイターが没入型環境における体験デザインと顧客エンゲージメントを迅速に理解できるように、メタバースのリファレンスサイトとガイドブックを作成しました。アドビ自身も、パートナーやクリエイターとともに、この新しくエキサイティングなテクノロジーを探求しようと尽力しています。
メタバースの今後の展開を正確に予測できる人はいないでしょう。しかし、知識と技術の強固な基盤を構築し、個人あるいは会社として備えることは可能です。そうすれば、変化を乗り切り、この先にある膨大な機会に乗り出すことを決意したとき、必ず役に立つでしょう。
この記事は Adobe and the metaverse: the future of immersive(著者: Ciana Wilson)の抄訳です