個人の体験を可視化することの意味は何? | Design Leaders Collective

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Design Leaders Collectiveは2022年4月からスタートしたエンタープライズで働くデザイナー向けのマンスリーイベントです。スタートアップ、制作会社、代理店など組織体制や規模によって抱える課題は様々。本イベントでは、エンタープライズで働くデザイナーが直面する課題の情報共有とディスカッションを目的としています。

8月のイベントでは XD Immersive 講師もされているデザイン研究者の井上史郎さんをお招きし、経験や感情の視覚化と共有について、活動拠点である欧州の事例を紹介していただきました。

もくじ

  • 可視化をしてようやく見えてくるもの
  • 研究から得られる実務へのヒント

可視化をしてようやく見えてくるもの

アプリやwebサイトなどを見やすく・使いやすく作るのはデザイナーの仕事ですが、そうした成果物の視覚化だけではなく、コミュニケーションを促進する可視化をするのも欠かせないスキルです。デザイナーが向き合う課題は複雑になってきており、課題そのものを理解するのも難しい場合があります。例えば「ショッピングカートに商品を追加する」という一見シンプルな操作も、押しやすさといったインターフェイスの課題だけでなく、実装やリソースの課題もあります。また、ユーザーの課題を深堀し始めると利用文脈、環境、文化などが複雑に絡み合っていることに気付きます。

こうした複雑な課題と向き合うためにデザイナーはカスタマージャーニーマップのような可視化の手法を用いて、整理することがあります。顧客を主人公としたストーリーとしてまとめることで、感情移入がしやすくなるだけでなく、何を優先して取り組むべきか共通認識を得ることができます。

可視化はデザイナーにとって欠かせないスキルですが、Colin Ware の著書「Information Visualization: Perception for Design」によると、可視化には5つのメリットがあるとしています。

  1. 膨大な量のデータを理解することに役立つ
  2. 今まで予期しない特質が現れ、知覚できるようになる
  3. データ自身が問題を明らかにできる
  4. 大きな、または小さなスケールで理解を促す
  5. 仮説形成に役立つ

ページビューやユーザー数のように計測可能な数値をグラフにして可視化するだけでなく、感情や経験のような人間がもつ不確実な情報を可視化する場合があります。一見、確実性が高いデータを集めているようで、不確実性が高いものもあります。例えば疲労感を5段階評価するとしても、人によって「3」と評価する基準が異なるでしょうし、その日の気分や外部要因によって同じような疲労感だったとしても「3」にも「5」にもなるかもしれません。

主観的で不確実な情報だから可視化する意味がないのかといえば、そんなことはありません。ストーリーをたくさん集めることで、データを眺めているだけでは見えてこない傾向や新しい問題の発見に繋がることがあります。可視化は、不確実な情報を確実性の高いインサイトに変える力をもっています。

今回はそんな見えにくい個人の物語の可視化について井上さんに発表していただきました。

テーブル, 座る, 時計, 大きい が含まれている画像 自動的に生成された説明

過去のトラウマを可視化したインスタレーション。可視化したことで見えてくる新たなストーリーもあります。

マップ 自動的に生成された説明

イギリス Forensic Architecture による難民の移動を可視化したもの。証言者の言葉を基に地図にプロットし、当時の天候など他のデータとも掛け合わせて当時の体験に立体感をもたせています。

研究から得られる実務へのヒント

日常、アプリやwebサイトを作るデザイナーにとっては少し離れた内容だったかもしれませんが、ヒントが幾つもありました。アプリやwebサイトの意図を説明する際に、アクセス解析など数値を用いて仮説をつくり、評価することがあります。確実な情報にみえるだけでなく分かりやすいので数値は扱いやすいですが、利用者のすべてを物語っているわけではありません。場合によっては大事なことが抜け落ちていることもあります。

ユーザーインタビューなど個人から物語を集める機会があっても、数値がもつ分かりやすさと説得力に負けてうまく活用できない現場もあります。「それは、その人だけの体験でしょう?」といった疑いによって、インタビューから得たインサイトが資料の中で眠り続けてしまうのはもったいないです。

主観的で不確実。その人だけが体験したユニークな物語だったとしても、可視化を通して「その人だけの体験」という疑いから「共通項になる物語を発見するきっかけ」に変わるかもしれません。

もうひとつヒントになったのが、「型から始めないこと」。井上さんに幾つか事例を紹介していただきましたが、どうやってその可視化に辿り着いたか気になった方が参加者にも何人かいらっしゃいました。何をどうやって可視化すれば良いかといった手段をついつい考えてしまいますが、可視化を通してどんな対話を生み出したいかを考えることが重要と井上さんは仰っていました。

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どんなきっかけを作りたいかの問いかけが、可視化の第一歩になります。

UXデザインで使えるテンプレートは何から始めれば良いか分からない人にとって便利ですが、手段が目的化してしまう恐れがあります。例えばカスタマージャーニーマップも『型』は存在しますが、「利用者の物語を可視化することによって誰とどんな対話を促進したいか」という問いを忘れてしまい、型に合わせて作ることが目的になってしまう場合があります。作った先にある結果・効果が何か問いかけた上で、既存の型が最適解なのか吟味すると作り方が変わるかもしれません。

また、事例で紹介したような可視化が、問いかけをすればすぐに作れるわけではないので、Adobe XDで簡易プロトタイプを作って模索と検証を繰り返すそうです。どんな対話を促進したいかという目的を定義し、手持ちの情報をどう使えば目的が達成できるか模索し続けるというプロセスはジャンルを超えた普遍的なものだと改めて感じました。

個人的な物語を可視化する過程の断片がみえて興味深い発表でしたが、デザイナーの主観性が体験の可視化に影響するのではないかという問いかけがありました。誤解を招くグラフ表現が生まれるのも、特定の印象を与えたいという思惑がひとつの要因です。可視化は強力なコミュニケーションツールだからこそ倫理性も問われるらしく、研究の倫理的側面に焦点を当てて審査する研究倫理委員会が大学にあるそうです。

今回はデザイン研究というアカデミックな領域にも踏み込んでいる井上さんならではの視点で発表していだきました。また、倫理性や調査の適性数など実務では十分に踏み込まれていない課題と向き合っている様子も見え隠れして学びが多いイベントになりました。