誰もがもっと好きな姿、好きな自分で生きていける世界を目指して−HIKKYさわえみか−

アドビでは国際女性デー/月間である3月8日からの3週間、クリエイティビティの力を解放し、活躍されている女性のビジネスパーソン3名をご紹介します。一人目は、株式会社HIKKY取締役COO 兼 クリエイティブ責任者CQOのさわえみかさんにインタビュー。多種多様な経歴を持つさわえさん、そのキャリア選択には「ワクワクする」というご自身の直感と、周りの人の助言があったと言います。

「絵を描くのが好き」からヘアメイクアップアーティスト、イラストレーター、アートディレクターに

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――さわえさんは元々絵を書くことがお好きで、ヘアメイクアップアーティストとしてキャリアをスタートされたと聞きました。学生時代から何かクリエイティブな活動をされていたのでしょうか?

さわえ:小さい頃は漫画を書くのが好きで、将来は絵を描く仕事に就こうと思っていました。でも、絵を描く仕事というと当時は画家か美術の先生か漫画家くらいしか思いつかなくて。そんな時テレビで特殊メイクアップアーティストが特集されている番組を見て「これ楽しそうじゃん!」という軽い気持ちで、ヘアメイクを学ぶ専門学校に入学します。卒業後、関西を拠点にブライダルや一般の方々を対象にしたヘアメイクアップアーティストとして働き始めました。

仕事をしていく中で、多くの人に見てもらえる広告やテレビなどの大きな仕事をしたいと思うようになりました。そこで、モード系ファッション誌に載っているような大御所のヘアメイクアップアーティストさんに「アシスタントにしてください」と手紙を送ってみたんです。そしたらある晩、その方から電話がかかってきて「明日東京の現場に来てくれない?」と言われて、すぐに深夜バスのチケットを取って、東京の現場に行きました。そこから東京時代の幕開けです。その方は有名なアーティストやタレントさんのヘアメイクを担当する方だったので、さまざまな新しい世界を経験させてもらいました。その後、しばらくして東京でヘアメイクアップアーティストとして独立しました。

――そこからご縁が繋がってCMの絵コンテを描かれて、イラストレーターに転向され、広告・スマホゲームに携わるアートディレクターもご経験されたとお聞きしました。

さわえ:そうなんです。ヘアメイクの現場っていろいろな方がいらっしゃるのですが、プロデューサーが私のSNSに目を留めてくださって。「絵描けるよね?ちょっとこれ頼めない?」と依頼をくださり、その時描いた絵がきっかけとなり、広告まわりの絵を描く仕事の依頼を受けるようになりました。ヘアメイクと並行して仕事をしていましたね。

そして、のちにHIKKYの社長になる舟越に言われた言葉が大きな転機になります。当時私が携わっていた仕事を俯瞰で見て「さわえはヘアメイクより絵の方が向いているから一本に絞った方がいいぞ」と言われたんです。その時すごく腹が立って、居酒屋の机を叩いて「なんてこと言うんだ!」と私も言い返したんですよ。でも冷静に考えてみれば私のヘアメイクは他の人でも作れると薄々感じていたんです。けれど認めたくなくて。一方、絵の方は「みかちゃんぽいね」と言われることが多かった。結局舟越の言葉をきっかけに、絵の仕事にシフトしていくことにしました。

その後また舟越に言われた言葉が、私のキャリアを変えました。「どんな絵が描きたいのか?」と尋ねられて「いつかゲームのキービジュアルを描きたい」と伝えたら「さわえの絵の実力だと、人からの依頼を待っていたら無理だから、自分でゲームを企画したらいい」と言われて。それもまた「ふざけんなー!」とキレたんですけど、確かに自分の実力を客観的に見たらそうだな、と納得しました。そこからいろいろな人の協力を得ながら、アートディレクションの仕事をスタートするんですが、進めていくうちに「自分はキービジュアルを描くことよりも、世界観を作りたい」という欲求に気づいて。「キービジュアルを私が描くより、この人に頼んだ方がクオリティの高いものに仕上がる」というように一段上の目線が持てるようになっていきました。

――当時はフリーランスでそういったお仕事をされていたんですか?

さわえ:そうですね、単発や業務委託という形で自由に仕事をしていました。でも次第に「チームを組んで動いた方がいろいろなものが効率よく回るし、発注する側も個人に発注するより丸ごと頼んだ方が楽だよな」と思って。そしたらまた舟越のアドバイスで「制作の裏側もコンテンツとして出していくチームを作ったら面白いと思うよ」と言われ、2013年にHIKKYの前身となる女子クリエイター集団の「つくる女(つくるじょ)」を立ち上げました。そこではイベントなどのアートディレクションを担当して。いろいろな人と繋がれましたし、アートを見る以外の視点やマーケティング事情なども知ることができました。

バーチャルの世界は、年齢・性別関係なく対等に力を発揮できる

(アバター姿のさわえみかさん)

――そこからメタバースでの活動を始めた経緯について教えていただけないでしょうか?

さわえ: 2015年頃から3Dモデルを作って動かすことはやっていて、VRやその周辺機器を触ってはいました。本格的に取り組んだのは、2017年末にリリースしたスマートフォンゲームのCMです。多くの人にゲームについて知ってもらうため、CMでは一般的にタレントさんに出演していただくのですが、リリース前なのでタレントさんはそのゲームのことを深くは知らないんですよね。CMで宣伝はしつつ、本当にゲーム好きな人にサービスの魅力を届けるために、別の方法で宣伝してもいいのではないかと思ったんです。そこで予算を分けてもらって、リアルのCMのパロディーを、私含めゲームの制作に携わったメンバーがバーチャル上でパロディーCMを撮影して動画制作する企画を立てて実行しました。その結果「なんだこの動画は!新しい!」とめちゃくちゃバズって。制作を通じ、私自身もいままで現実世界ではできなかった「セットを作る」「カメラを回す」「好きなキャラクターになる」「演技する」といったことに携われてとても面白かったんですよ。この時にバーチャル空間の可能性と魅力を感じ、ハマっていきました。

2017年末あたりから、同じようにバーチャルでの活動が面白いと感じる人たちが集まり出して「バーチャルで面白いことをするチームをつくろうぜ」となり、VR法人ひきこもりのHIKKYがサークルのような形で立ち上がりました。会社を作ろうと思って作ったわけではなく、みんなでワイワイした延長線上に会社ができた感じです。

――現在さわえさんはHIKKYのクリエイティブディレクターを務められていますが、個人的にどのようなテーマ、ミッションを掲げて活動をされていますか?

さわえ:メタバース空間には、リアルだったら出会えなかったような人たちがいっぱいいるんですよ。バーチャルだからこそ出会えて友達になれて、仕事も一緒にできているというケースがたくさんあって。どんな人もバーチャルであれば、年齢や性別、身体に関係なく、好きな姿、好きな自分で生きていける。そういう世界をもっと作っていき、当たり前の世の中にすることが私の個人的な目標です。

好きな姿でいると、自分のパワーを発揮できるんです。リアルでも、化粧のノリがいいとか、お気に入りの服を着てるとテンション上がりますよね!私やHIKKYの仲間も、そんな感じで好きな姿で働いています。また、現実に気持ちや見た目にコンプレックスがあっても好きな姿を手にいれられたり、例え左手が不自由な方でも、右手だけでアバターを自由に動かせる開発も可能です。病室から出られない人も、身体的に不自由な人も、家が遠い人もバーチャルであれば問題なく活動できるんですよね。そんな世界をもっと広めたいと思っています。

具体的にいま私が取り組んでいることとしては、世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」やVR音楽展示即売会「MusicVket」、VRのインディーズゲーム展示会「GameVket」などがあります。また、メタバースが知られるようになったとはいえ、まだまだVR機器を持ってない方も多いので、スマートフォンからでもリンク一つでメタバース空間に入れるサービスや、アバターを簡単に作れるサービスも手掛けています。

――バーチャルの世界は、年齢・性別関係なく対等に力を発揮できるのが特色の一つであると思いますが、さわえさんが一番自信を持っている表現方法は何ですか?

さわえ:一番ですか…!アバターはリアルで女性に胡坐をかいてる私より、可愛い表現をする人がたくさんいるのでそこは無理ですね(笑)

一番は、過去のいろんな界隈での仕事の経験から見るバランス感覚ではないでしょうか。「このバーチャル表現を世間に発信したら、すげえって言われるだろうな」ということを予測しての画作りですかね。「誰に対して何を伝えるか、何を作るかという目線で物を仕上げていく力は他のみんなには負けないぞ」と思っています。もちろん、周りのみんなの協力あってこそ、ですよ!

腹が立つような周りの人の意見が、自分をアップデートする

――クリエイティブな活動を続ける上で、さわえさんが意識していることはありますか?

さわえ:自分が「クリエイティブの仕事をしている」と思いながら取り組んでいることってそんなになくて。「これができたら楽しい」という手段として、ビジュアルをアウトプットすることを選んでいるだけです。もちろん企画を考える人とかもクリエイティブだし、目に見えるもの以外のクリエイティブさはあるという前提で。その上で意識しているのが、客観的な意見をくれる人、わたしと同じようにモノ作りで悔しい思いをしてきた経験をもつ人たちの中に身を置くこと。

制作も回数を重ねたり慣れてくると、インプットを怠って、少し手を抜いてしまうことがあります。しかもそれに自分で気づかなかったりもする。そういうときに、周りの人からの正直な言葉が戒めの言葉になっています。社長みたいに腹が立つことを言ってくれる人って、すごくありがたいんですよ。悔しいからもっと良くしてやろうとインプットを増やしたり、勉強したり、頑張れますし。他人の意見や視点は自分が更新できる課題点だったりするし、そこを受け入れることで前に進むことができるのだと思います。

――プライベートでは二人のお子さんがいて、子育てをしながら精力的に仕事をされている姿が印象的だと感じました。さわえさんが無理なく仕事と子育てを両立させるために心がけていること、また工夫していることがあれば教えていただけないでしょうか?

さわえ:私の場合は、「ボロボロになってもメタバースがあるからいいや」と割り切りながら育児をしています。メタバース空間が子育ての合間の息抜き、インプット源にもなっているんです。例えば夜遅く子供を寝かしつけた後、疲れているし化粧もしてないしでそこから外に遊びに行くというのは大変です。でもメタバース空間であればヘッドセットをかぶってアクセスするだけで、すっぴんボロボロのパジャマ姿でも好きな時間に、好きな姿で、好きな場所に行くことができます。世界中の面白いクリエイターに会って話すこともできるし、友達と集まって飲みに行って、クラブに行って盛り上がることだってできる。そこで毎度新しい刺激を受けることで、自分のアウトプットにパワーが生まれて、新しいものを生み出す活力になっているんですよね。メタバースがなかったら、いまみたいに毎日「何か面白いものを作ろう」とはなれなかった気もします。

とはいえ、やはりリアルの生活も大事なので、夕方の6時から9時までは家族のための時間にしています。あとは、HIKKYのメンバーやメタバースでの友人たちにもめちゃくちゃ支えてもらってます。アバターで子供と遊んでくれたり、リアルだと会社で育児をしていたこともあります。みんなにも本当に感謝です!

新しいものに触れ続ける、相手の立場になって提案をすることが大切

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――クリエイターとして、仕事を受注するために、あるいは継続してお金を稼ぐためにはどのような視点が必要だと思いますか?

さわえ:仕事を頼む側に立って「この情報を知っていたら仕事がしやすいだろう」ということを提案できるといいと思います。例えばゲームタイトル全体のキャラクターデザインをお願いしたいと考えている人に、かっこいい男の子と可愛い女の子の絵だけを提出するだけでは足りなくて。ストーリーの世界観も伝えられるよう、おじいちゃん、おばあちゃんになった時の設定、飼っている犬や猫、どういうところに住んでいて、周囲の環境は・・など、広い範囲についても考えて提案できるといいと思います。仕事を頼む側も裏側のスキルを知りたいと考えていることが多いので、何を望んでいるかをしっかり把握して、発信するのが大事かと。

――最後に女性クリエイターを、あるいはクリエイターを志す女性の背中を押すアドバイスがあればお願いします。

さわえ:どんどん技術が進化して便利になってきていて、新しいものがたくさん出てきていますが、怖がらずに一旦触ってみたり、触っている人を見てほしいですね。私の場合は結婚をして、身動きが取りにくくなって、出産をしてもっと身動きが取りにくくなった。そのときにオンラインでの活動が自分のコアになり、オンラインでの活動でどれだけ新しいものに触れたりインプットしたり刺激を与えたかで、クリエイティブの幅が広がりました。かけがえのない仲間や友人にも出会えました!いろいろな新しいものに触れ続けてみてください。

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「ワクワクする」「楽しそう」といったご自身の直感を信じてキャリアを選び続けながらも、信頼できる周りの人の意見を取り入れて自分を更新し続けてきたさわえさん。ものづくりをすることの純粋な楽しさを大切にしながら、自分に甘えず妥協しない姿勢があるからこそ、いまのご活躍があるのだと感じました。「まずは触ってみる」「手を動かしてみることが大切」とお話しいただいた通り、「何か面白そう」「やってみたい」と感じたらすぐに行動に移してみることが、クリエイターとしての第一歩になるはずです。

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撮影:矢野拓実