三上唯「Adobe Frescoは鉛筆ブラシがとにかくリアル」Adobe Fresco Creative Relay 36
「君にすくう花」(2023)
喪失のなか、美しく咲き誇る希望
「“桜”というテーマをいただいて、最初は桜並木や夜桜を描こうとしていたのですが、ラフとして描き進めるなかで、“もっと自分らしい、自分が表現したいものを描こう”と思い直して描いたのが、この『君にすくう花』という作品です。
喪失、孤独、絶望、そのなかにある希望、美しさ。そうしたテーマを退廃的な背景と桜のコントラストで表現しています。
雲の隙間からこぼれる光が好きで、今回の絵にもオーバーレイ(レイヤーの描画モード)を使ってできる限り描きこんでいるので、やわらかい光の質感を感じてもらえたらうれしいです」
「君にすくう花」の前に描いていたラフ案
自分の絵で相手が喜んでくれることがうれしい
質感のあるタッチ、幾重もの重なりで表現される色彩、空間の広がりを感じる構図の構成力、情感入り混じる世界観……三上さんの絵からは一朝一夕では身につけられない、確かな画力を感じます。三上さんはどのようにしていまの絵に至ったのか。幼少期から振り返ってもらいました。
「小さな頃から絵を描くのは好きでしたし、はさみで紙を切って時計を作るような工作も同じくらい好きな子どもでした。小学校に入ってからもそれは変わらず、当時流行っていたアニメの絵を描くと、クラスメイトが喜んでくれたことはいまでも印象に残っています。
中学校には美術部がなかったので、アニメーション部に入りました。一コマずつ描いて動かすような本格的なものではありませんでしたが、アニメの絵を描いたり、セル画を描いたり……いま思えば変わった先生でしたね(笑)」
「消えないで」(2022)
小・中・高と進学するなかで、三上さんの絵に対する情熱は衰えることなく、高校に入ると二次創作にも取り組むようになります。
「高校生になってからは同人誌の即売会にも参加するようになりました。当時はパソコンを持っていなかったので、原稿用紙にアナログで描いてコピー本を作っていましたね。
基本的にソロ活動でしたが、“描いた絵を誰かに見てもらって、生の反応をもらう”ということは、自分にとって重要なことだと思っていて。その気持ちはいまでも変わっていません」
二次創作と並行してオリジナル作品の制作も進めていた三上さんは、高校卒業後、グループ展参加、個展開催と少しずつ、作家への道を歩んでいきました。
「オリジナルのイラストやキャラクターは中学生くらいから描いていました。学校の授業で水彩を使うようになってからは、自分で描く絵でも水彩を取り入れていましたが、この頃はオイルパステルを使ってみたり、また水彩に戻ってみたり、画材や画風を試行錯誤を続けていた時期でもあります」
水彩作品(左は学生時代のもの)
個展「Frei」(2017/表参道・Gallery IrieYawd)
「オリジナル作品を発表するなかで、少しずつお仕事のご相談をいただくようになりました。最初にお声がけいただいたのは、いまでも行きつけの美容院です。
その美容院はギャラリーも併設しているところなのですが、あるとき、“作品募集”という看板が出ていて。話を聞くなかで絵を見ていただいたら、“仕事として描いてほしい”と依頼をいただいたんです」
作家として絵を描き続けるのか、イラストレーターとしての道を歩むのか。悩んでいた三上さんはこの出来事をきっかけに、イラストレーターになることを決意します。
「作家として、自分が表現したいものを描くということも大事にしたいことなのですが、それ以上に依頼をいただいて、絵を描き、相手が喜んでくれる。それがすごくうれしかったんです。なかば引きこもりのような時期もあったぶん、社会に参加しているという実感も持つこともできました。このときの依頼がなかったら、イラストレーターを目指すことはなかったかもしれませんね」
「君を描く」「踊り子」(2023)
デジタルへの移行でいまのスタイルへと進化
それまで水彩、オイルパステル等、画材や画風を模索していた三上さんは、絵の仕事が入り始めたことをきっかけに、徐々にデジタルへと移行します。
「周りを見ても、デジタルのほうが仕事につながりやすいとは感じていましたし、修正や調整もデジタルのほうが対応しやすいですから。
ただ、いざデジタルで描いてみようとペンタブレットを買ってみたものの、アナログのように線が描けなくて……しかたなく、線画を描かずに塗りで描く、いまのスタイルへと変えることになりました」
三上さんの代表的なタッチのひとつである、油画のような厚塗り表現は、デジタル初期に線がうまく描けなかったからこそ、生まれたものだったのです。自分の画風に固執することなく、画材にあわせて柔軟にスタイルを変化させる。こうした対応ができたのは、三上さんがそれまで積み重ねてきた経験によるものと言えるでしょう。
「circle」「もう、ここにいない」(2019)
2019年からはTwitter等のSNSで、作品の投稿をスタート。その世界観は多くの人を魅了し、そこからさらに仕事も広がっていきました。
「2020年の『私がまだ人魚だった頃』はたくさんの方に見ていただいて、フォローしてくださる方が増えるきっかけになった作品のひとつです。
いまのスタイルを決定づけるきっかけになったのは、吉祥寺NEPOで開催されたボールプールとノクターンのライブイベント『DAYBREAK』のビジュアルを手がけたことです。好きなアーティストの仕事に関われたこともあって、自分のなかで“これでいこう”と心に決めることができました」
「私がまだ人魚だった頃」「DAYBREAK」(2020)
もともと音楽が好きで、音楽フェスのスタッフ活動もしていた三上さんは、ジャケットに似合う絵を研究してポストするなど、ジャンルを絞ったSNS展開も開始。そうした地道な活動は、ジャケットのみならず、装画等の仕事にもつながっていきました。
左:シノエフヒ「updraft/waterfront」(2021)
右:徳間文庫『風とにわか雨と花』著:小路幸也/発行:徳間書店(2022)
やりたいことがスムーズにできる、合理的な使用感
三上さんのふだんの制作環境はiMac+液晶タブレット。出先で作業をするために使っていたiPadにAdobe Frescoをインストールして制作に臨みました。その第一印象はどのようなものだったのでしょうか。
「Adobe Frescoを使うのは今回が初めてだったのですが、シンプルなのに機能が充実していて、直感的というよりも合理的な操作感でした。ツールの並びやパネルの位置も“収まるべきところにちゃんとある”という感じで、“こうしたい”と思ったときに、スムーズにその機能に行き着ける。ツールや機能を探すことなく描くことができました」
三上さんの制作環境
「鉛筆のブラシがとにかくリアル。拡大して描いたときの感覚が、紙に鉛筆で描いているときとまったく変わらなくて、本当にすごいと思いました。いままで使っていたツールのブラシでは、ここまでの質感は出せません。
今回の作品には使っていませんが、油彩のライブブラシは、本物のような質感で本当におもしろいですね。どのブラシを使おうかと迷っているときにいろいろと練習をしてみたのですが、今後、厚塗りの絵を描くときには使ってみようと思っています」
イラストレーターとして、作家として。圧倒的な画力で、独自の世界を展開する三上さんが、この先目指すものは何なのでしょうか。
「イラストレーターとしてはまだまだ1年目、という気持ちでひとつひとつの仕事に取り組んでいるので大きなことは言えませんが、いつか、自分の世界観を画集として出版することができたらいいなと思っています」
三上唯
Twitter|https://twitter.com/mikamiyui_
web|https://salon.io/mkmy