After Effectsが生み出すリアルと虚構。映像作家・加藤ヒデジンのMVメイキング
映像作家 加藤ヒデジンさん
“いま”を描き出す映像作家・加藤ヒデジン
BiSHやSixTONES、Aimer、櫻坂46、JO1……現在の音楽シーンをリードするメジャーアーティストのミュージックビデオ(以降 MV)を数多く手がける映像作家・加藤ヒデジンさん。2023年3月には、音楽歴わずか2年でTikTokでのオリジナル曲再生数12億回を突破した22歳のアーティスト・imaseさんのMVを手がけるなど、その勢いは増すばかりです。
リアルのなかにフィクション、ファンタジーを織りまぜ、独特の世界観を展開する加藤さんは、After Effectsをどのように活用しているのか。MV制作に関わるきっかけから、imaseさんの「僕らだ」のMV制作のプロセスまでお話を伺いました。
企画から撮影、編集、納品まで一人で手がけたことも
-加藤さんはimaseさんの「僕らだ」MVでは監督を務められています。MVに携わるようになったきっかけは何でしたか?
加藤「もともと大阪芸術大学映像学科で映画を作っていて、卒業後、広告系の映像制作会社に入りました。MVを撮ったのは4年前のプロジェクトがきっかけで、それ以来、MVの仕事がどんどん増えていて、いまはMVの仕事が一番多いくらいです」
-加藤さんは監督として映像をディレクションするだけでなく、ご自身でAfter Effectsを使って編集もされています。それはなぜでしょうか。
加藤「広告映像の会社に勤めていたときから、“自分で全部やる”というプロジェクトが多かったからですね。僕がやりたがったというものありますけれど(笑)。カメラやります、After Effectsもやります、という感じで10年くらい制作し続けました。あのときの経験がいまにつながっているのだと思います。
4年前、MVを撮り始めた頃は予算のない仕事では、自分で企画から撮影、演出、編集、納品まで全部やることもありました。現場では撮影しながらコード捌き、ドリーの操作、ピン送りまでやって、オフラインではコンポジットからカラコレまで一通りやる。
基本的にMVでは監督が編集をすることが多いのですが、そのうえで、さらに一芸秀でている監督がボンッと有名になったりします。一芸というのは、たとえばデザイン能力が高い、カラコレがめちゃくちゃうまい、After Effectsのエフェクト使いがすごい、あとはカメラを回せるとか。さすがに最近は、企画からすべてやるようなことは少なくなりましたが、いまでもオフラインの編集は続けています」
-imaseさんの「僕らだ」はどのようにコンセプトを考えていったのでしょうか。
加藤「楽曲を聴いたとき、いま20代前半のimaseさんの“大人になることへの葛藤”を感じました。それに対して、僕は大人への葛藤だけを描くのではなく、“大人の世界ってこうだよね”というアンサーを伝えようと考えました。
18歳、20歳になると大人にならざるを得なくなるけれど、20代後半くらいになると、“人間味を取り戻したい”、“幼稚になりたい”みたいな瞬間があるんですよね。酔っ払った帰り道、誰もいないときに踊ってみると、なぜかせいせいする、みたいな。大人の世界から抜け出して、自分だけではなく、街全体が幼稚になる……そんなMVになればいいなと思って企画をしました」
加藤「映像は現実の大人の世界から始まります。主人公が缶コーヒーをベンチに置いて踊り出すとそれにあわせて街も少しずつ崩れていき、ビルがリズムに合わせて伸び縮みして、掃除用具も踊り出す。
最終的に幼稚化した世界はもとに戻り、現実に引き戻されるのですが、戻ったあとも少しその余韻が残っている。缶コーヒーは幼稚化する前後で世界が続いていることを思わせるためのものです。
最後、女性がちょっとだけ自分も踊ってみるけれど恥ずかしくなって、どこかに行ってしまう……というのが映像のオチですね」
-「僕らだ」のタイトルがこのMVでは最後に表れます。これにはどのような意図があるのでしょうか。
加藤「この曲って、一番最後に“僕らだ”という意味がわかるんですよね。葛藤もいろいろあったけど、結局は社会とそれに対しての自分という存在に肯定的になれる。
MVは歌詞の奥にあるテーマを理解して、自分の考えを出すというアプローチを採ることが多いのですが、歌詞を読みすぎると限定的になりすぎて、感覚的に考えられなくなることもあるんですね。意味がつきすぎるというか。だから、ものによっては歌詞をあまり読みこまないで、楽曲を聴いて頭に入ってくるくらいがちょうどよかったりします。
今回もそういう軽い気持ちで聴いたときに、タイトルが最後に出てくるほうが、スっと落ちやすいと思いました。あとは大学で映画を学んでたせいか、自分の映像には起承転結があったり、展開があることが多くて、この映像ではそれが強く出ていると思います」
-撮影の段階から、“ここをこう動かす”ということは意識されていたのでしょうか。
加藤「撮影前からある程度は考えていますし、現場では撮影したものをAfter Effectsで動かしたときに勝算があるかどうかに気を配っていました。自分自身、After Effectsを使っているので、しっかり撮影しないといけないところと、ある意味ないがしろにしていい部分がわかるので、そのポイントを抑えながら撮影をしています。バケツを投げたり、ゴミ箱を倒したりするのは、僕が自分でやっているんですよ(笑)。
After Effectsは平面に強いので、撮影場所も平面的にビルを捉えられるところを選んでいます。なるべくクオリティを上げるために、固定で撮って動かさず、ビルを動かしやすくする。そういう点も気をつけていましたね」
After EffectsによるMVメイキング
今回の映像制作には、加藤さんに加えて、エディターの大寄友さん、玉木洲太さんが参加しています。「僕らだ」のMVのなかで、After Effectsをどのように活用しているのか。お二人を加えて話を聞きました。
左:アニメーションエディター/ディレクター 大寄友さん
右:エディター 玉木洲太さん
-大寄さんはビルの伸び縮みや、ベンチが増減するアニメーションを担当されています。After Effectsのどのような機能を使っているのでしょうか。
大寄「ビルの伸び縮みは、ビルの最上階部分を切り出して、それをコピーして上まで積み上げました。シーケンスレイヤーでアニメーションを組み、タイムリマップでリズムやサウンドに合わせてその伸び縮みを調整しています。キックやハイハットなど、流れてくる色々なパートの音をビルで表現している、という感じですね。
プラグインを使って伸縮させる方法も試してみましたが、手で調整をしたもののほうが音楽となじんでいたので、結局、20棟のビルすべてを手動で伸縮させました。
手動で調整する際に便利だったのが、キーフレームの色を変えられることです。これまではたくさんのキーフレームから目的のものを探すのが大変だったのですが、役割ごとに色を変えておけば、どこになにがあるか、ひと目でわかる。本当にありがたかったですね」
最上階をコピーしてビルの伸縮をアニメーション化
タイムリマップで伸縮。キーフレームは役割ごとに色を変えている
加藤「ビルの伸び縮みにモーションブラーをかけないで来たときにはビックリしましたね。あれくらい激しい動きだったら、ふつうはモーションブラーで自然に見えるようにするのですが、あえてかけないことでコマ撮りアニメのような“オモチャ感”を出している。それがとてもよくて、“おぉ、すげえ!”ってなりました(笑)。人に頼むメリットは、こういう自分では想像していなかったような表現に巡り会えることなんですよね」
大寄「ベンチの増やしかたも基本はビルと同じです。ただ、4列しかないなかで曲全体が鳴っているアニメーションにするために、一列ずつ現れて、全部表示されているところからバッとなくなる……というようにメリハリをつけています。
ベンチと影は別々にマスク処理をしていて、影は少し薄くして背景となじませているのですが、マスクをAdobe Photoshopではなく、After Effectsで作っているのは、そのほうがあとで調整しやすいからです。After Effectsも意外ときれいに抜けるんですよね、僕の経験では(笑)」
-玉木さんは清掃道具と踊るアニメーションを担当されています。ここはどのように制作されたのでしょうか。
玉木「普段から”どう撮影してどう処理するか”を事前に決めるより、撮影素材を見てから処理を検討することのほうが多いのですが、このときは撮影に立ち会えたこともあり、その場で処理を検討することができました。
青空をバックに撮影していたので、“これはキーイングでブルーバックのように人物を抜けるかな”と想像していたのですが、実際にAfter Effectsで作業をしてみると、キーイングだけでは白い雲や白いシャツも抜けてしまって。今回はキーイングにロトブラシを組み合わせて、人物のマスクと掃除用具のマスクを作りました。そのうえで、前景と背景のレイヤー分けをして合成をしています」
ロトブラシによるマスク作業(左)。素材をひとつひとつマスクして合成をしている
玉木「アニメーション部分については、楽曲からキーフレームを生成してくれるプラグインエフェクトを使って、低音・高音から音のリズムを数値化しました。大きく動かしたいところには手動でキーフレームを加えて調整し、ランダムで動かしたいところにはウィグル(wiggle)のエクスプレッションを使っています。音楽に合わせて、手動とプログラミングを組み合わせながら動かす、そうした工夫をしていますね」
-加藤さんはふだん、タイトル文字をどのように作っているのでしょうか。
加藤「MVは感覚的に考えても許される仕事なので、“こういうテーマだからこういうフォントかな”というように決めてかかるようなことはせず、気になるフォントを6つくらい切り替えてみて、それを3つに絞って、最後は1つにという感じで選んでいきます。
フォントによっては文字ががたつくので、そこからさらに調整を加えたりするのですが、基本的には映像に入る文字は“ちょっと人間味のある、あったかい文字”がいいなとは思っていて。そのとき、After Effectsのチョークという機能で、文字のエッジを少し削ってぼかすと滲んでいるような印象になるんですよね。インクで書いたようなアナログ感が出るんです。
今回のタイトル文字は明朝体を選び、チョークで線が消えないギリギリの細さまで文字を削っています」
気になるフォントをセレクトしてAfter Effects上でテスト
チョークで文字のエッジを滲ませていく
-加藤さんが映像からタイポグラフィーまでAfter Effectsだけで制作する、そのメリットはどこにあるのでしょうか。
加藤「文字やデザインを動かしたいときに、すぐ動かせることですね。
Adobe Photoshop、Adobe Illustratorで作ってもいいけれど、After Effectsでも同じことはできますから。After Effects上でデザインまでやっているというとみんなに驚かれますが、Photoshop、Illustratorより先にAfter Effectsを学んだ僕は、After Effectsで静止画を作ってはいけない、とは教えられていません(笑)。After Effectsですべてを完結させることが、ある種の個性につながっているんじゃないかとも思うんですよね」
自分の表現で世間をどう捉えたいか。受け継がれるバトン
-これから映像作家を目指す人に加藤さんからのメッセージをお願いします。
「映像に関わる人は昔から、自分の表現をした先に世間をどう捉えて、どう豊かにしたいのか、はたまた抗いたいのか、批判したいのか、という想いで足掻いていて、常に道徳の本質を見極めようとしてました。僕らはそのバトンを受け継いできていると思うんです。
だからこれから映像を作る人も、自分が表現がしたいものと、世間をどう捉えてどうしたいのか、という想い、このふたつが交わるところを目指してほしい。もちろん極私的な表現も魅力ではあるんですが、表現は時代と重ね合わせたところに生まれるものでもあるので、自分自身の中で"極私"と"社会"、その交点を探求し続けてほしいですね」
加藤ヒデジン
映像作家
web|https://dot-hidejin.com/
P.I.C.S. management所属
web|https://www.pics.tokyo/