山月まり「Photoshopと同じ感覚でブラシもそのまま使えるAdobe Fresco」Adobe Fresco Creative Relay 37
アドビでは毎月、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストコンテストを実施しています。応募は簡単、Twitterで アドビ公式アカウント をフォローして、 #Frescoイラコン をつけてTwitterへ投稿するだけです。
4月のテーマは「蝶」。草花をくぐり抜けるように舞い、花の蜜を吸う、優雅でかわいらしい蝶の姿は、春を感じる風景のひとつですね。みなさんが思い描く蝶をAdobe Frescoで描き、#Frescoイラコン をつけて投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第37回は存在感のある線で日本画のような独特の世界を描き出す、山月まりさんに登場いただきました。
「蝶の夢」(2023)
夢と現実の狭間をたゆたう、胡蝶の夢
「中国の故事に『胡蝶の夢』というものがあります。蝶になる夢から覚めたとき、自分が蝶になった夢を見たのか、それともいまの自分が蝶が見ている夢なのか。どちらが夢でどちらが現実なのかはわからない……という話なのですが、“蝶”というテーマをいただいたとき、ふとその言葉が思い浮かび、現実的ではない、夢の中のような風景を表現しようと考えました」
“余白を見ると絵を描かずにはいられない”
「ふだんから絵を描くときは、描きたいモチーフがあって描き進めながら整えていくパターンと、タイトルが先に決まってそこからイメージを膨らませていくパターン、ふたつのアプローチがありますが、今回は後者、タイトルが先に決まったパターンですね。
最初はもっと引きの構図で描こうとしていたのですが、人物の全身が入るくらいの構図にしてしまうと蝶が小さくなってしまうので、SNSでの見えや迫力を考えてバストアップに変更することにしました。
本当は目を開けているほうがインパクトはあるのですが、“夢の中の蝶”というコンセプトには合わないと思い、眠っている、もしくは夢うつつな状態を描いています」
豊かな色の濃淡、繊細ながらも存在感のある線、和紙に描いたようなテクスチャ感……山月さんの絵にはアナログで描いたような確かな質感があります。
山月さんがこのようなタッチで絵を描くようになったきっかけは何だったのでしょうか。幼少期からの絵との関わりについて聞きました。
「母に聞いた話では、物心つく前から、クレヨンや色鉛筆を手にとにかく絵を描いていたそうです。生まれてからずっと山形の雪の多い地域で暮らしていることもあって、家にこもって好きなことをして過ごす。それが生活の基本でした」
子どもの頃の絵
当時描いていたのは“かわいい服を着た女の子”。その影響には『セーラームーン』や『カードキャプターさくら』といったアニメや漫画の影響もあったそうです。
ただひたすらに絵を描く……それは小学校、中学校と進むなかでも変わることはありませんでした。
「何百枚とあるコピー用紙の束を机に置いて、一人描いては次の紙、一人描いては次の紙……ずっとそんな感じで描いていました。絵を描く、その行為自体が楽しかったんですよね、それが教科書であろうと余白を見ると何か描かずにはいられないし、真っ白な紙なんて、もうたまらなくて(笑)。
部活でどんなに疲れていても、家に着いたら絵を描く。絵はわたしにとって必要不可欠な存在だったんです」
「眞神が通る」(2023)
絵の描きかたは基本的に独学。それでも身の回りにあるいろいろなものから、描きかたや構図のヒントを得て、画力を高めていきました。
「小説の装画、漫画のイラストを見るのが大好きだったので、本屋で“こういう絵を描きたいな”というものを見つけては、それを頭に刻み込んで家で描くんです。当時はいまのようにネットが普及していなかったので、田舎で手軽に行けて、イラストが見られる刺激的な場所と言えば、本屋さんくらいしかありませんでしたから。
『カードキャプターさくら』を描くCLAMP先生、『十二国記』の装画を担当されていた山田章博先生……時代時代で好きな作家さんは少しずつ変わっていくのですが、先生方と同じような絵を描きたかったわけではありません。自分が惹かれている部分のエッセンスのようなものを取り入れることができたら、と思っていました」
そこには、模写ばかりしていると、その画風に寄ってしまうという危機感もありました。憧れはするものの、その人のになりたいわけではない。このときすでに、山月さんには自分が描きたいもの、目指すスタイルが見えていたのかもしれません。
「新月のサバト」(2022)/「山の端 月満ちて」(2020)
高校に進学した山月さんは美術部へと入部。同時に美術系の大学への進学も考えるようになっていきます。
「美術部に入ったのは、少しでも絵を描く時間を増やしたかったからです。
でも、顧問の先生が油絵専攻だったこともあって、部活で描くのは油絵ばかりで……入部したものの、自分にはちょっと合わないなと感じるようになりました。
大学受験に向けて、デッサンや絵の勉強自体はしたかったので、部活自体は続けていたのですが、あるとき、“まりさんは日本画やファインアートより、デザイン系のほうが向いているかもしれない”と言われたんですね。
ちょうど進路に迷っていたタイミングだったので、大学のオープンキャンパスに足を運んでみたら、“デザインもおもしろそう”と思えて、それからはグラフィックデザインの道を目指すことにしました」
絵そのものの道ではなく、自分の絵をデザインで活かす。その選択肢が生まれたことは、山月さんのひとつの転換点になりました。
「猫は、どんなに小さくても最高傑作である。」(2020)
卒業制作を通して見出した自分のスタイル
美術部への入部は山月さんにもうひとつの転機をもたらします。それがデジタルツールとの出会いでした。
「美術部に入ってみたら、めちゃくちゃ絵がうまい子がいたんです。絵を見た瞬間、ものすごい衝撃を受けました。聞けば、中学生の頃からデジタルで描いていたそうで、使っているツールやアプリを教えてもらって……すぐにペンタブレットを買いに行きました。
そこにバンドルされていたのが、Adobe Photoshop Elementsです。周りのみんなはSAIを使っていたのですが、わたしはなんだかSAIになじめなくて、そのままPhotoshop Elementsで絵を描くようになりました。
ソフトの使いかたもわからないし、アナログとも違う描き味に苦戦しましたが、“同年代でもっとうまい子がいるんだから、わたしもがんばらなくちゃ!”と、ひたすら家にこもって練習しましたね」
負けず嫌いな性格もあり、使いかた、描きかたを尋ねることもなく、自ら調べながらデジタルイラストを研究する日々。
ここでPhotoshop Elementsをはじめとしたデジタルツールに触れたことも、グラフィックデザインへの道を後押しすることになりました。アナログ中心の絵画系の学科より、デザイン系の学科のほうがデジタルとの親和性が高かったからです。
「結局、その子もわたしと同じ、東北芸術工科大学グラフィックデザイン学科に入ったのですが、わたしが当時、勝手にライバル視していたことはきっと知らないと思います(笑)」
大学入学後は、学校でグラフィックデザインを学ぶかたわら、SNSにも絵を投稿するようになります。なかでも絵に対してダイレクトに反応が来るTwitterは、山月さんが絵を描き続けるモチベーションを高めることにもつながりました。
大学の卒業制作以前に描かれたもの
学校で学ぶデザインと、家で描く絵。そのふたつが混ざり合い、いまにつながるスタイルを生み出すきっかけになったのが、大学の卒業制作です。
「卒業制作では絵本を作りたいとは思っていたのですが、肝心のコンセプトがなかなか決まりませんでした。悩んでいるわたしに、当時の学科長は“最後なんだから、好きなことをやりなさい”と言ってくださって。
自分は絵以外になにが好きなんだろうと考えたとき、動物が好き、なかでもオオカミが好きだということを思い出して……それをさらに掘り下げて、ニホンオオカミの物語を描くことにしました」
SNSの投稿は反応が視覚化されるがゆえに、つい周りの反応をうかがってしまう側面もあります。誰かに見られること、誰かに見せることばかりに目が向かっていた山月さんは、自らの内面と向き合うことで、自分が本当に表現したいものを探っていきました。
「ニホンオオカミをテーマにする以上、タッチや質感にも日本らしさを加えようと、Photoshopで和紙のテクスチャを加えてみたり、これまでの絵とは違った表現方法を模索していきました。
物語を考えるなかで、日本における神さまや自然に対する考えかた、信仰についても学んだことは、いまの絵にも大きな影響を与えていると思います」
動物、自然、神さま……いずれも山月さんが過去に描いたことがあるモチーフでしたが、卒業制作を通して理解を深めたことで、この先も描き続けたい、自分だけのテーマへと昇華したのです。
卒業制作(右下は卒業後に中綴じ本として印刷・製本しなおしたもの)
卒業制作以降:「草木が芽生え始め」(2018)
卒業制作以降:「はぐろ」(2015)/「貝喰池の水底にて」(2019)
山月さんは卒業後、絵を描き続けながらも地元の印刷会社にデザイナーとして就職します。案件によっては自ら絵を描き、デザインに彩りを添えることもあったと話します。自分の絵とデザインのスキル、いずれも活かせる環境がそこにはありました。
印刷会社在籍時代の仕事(羽黒山 来社案内マップ)
現在は会社を退職し、イラストレーターとして活動をする山月さんは、装画やゲームのコンセプトイラスト等、少しずつ活動の幅を広げています。
幼少期から無心に絵を描き続け、自らを見つめ直すことで手に入れた独特の存在感を秘めたその表現で、この先、より広い世界へと旅立つことでしょう。
あさのあつこ『おもみいたします』発行:徳間書店(2022)
いつものPhotoshopブラシがそのまま使えるAdobe Fresco
山月さんの現在の制作環境は、iMac+ペンタブレットにAdobe Photoshop。
iPad+Adobe Frescoによるイラスト制作は今回がはじめての挑戦となります。ペンタブレットとは異なる、画面に直接描くという体験に、最初はとまどいを感じたそうです。
「アナログで絵を描くということからしばらく離れていましたし、ペンタブレットに慣れてしまったこともあって、思ったように線を引けるようになるまでは少し、時間がかかりました。ただ、一度慣れてしまうと、ペンタブレットとは違う、手元で描ける楽しさがあって。描いていておもしろかったですね」
一方で、Photoshopユーザーだからこその、Adobe Frescoのメリットもあったと言います。
「Photoshopでは自分で作った鉛筆風ブラシを愛用していて、ほとんどそれ一本で描いているのですが、Adobe FrescoはPhotoshopのブラシをそのまま持っていけるので、いつものブラシで描くことができました。
せっかくAdobe Frescoで描くのなら……と、蝶の羽根には水彩のライブブラシを使ってみたのですが、ここまで違和感なく、リアルな水彩表現ができるのは本当にすごいですね」
「操作方法は、“Photoshopがこうだから、Adoobe Frescoでもこうすればいいのかな?”という感じで手探りで確かめていったのですが、ほとんどが想像通りに動作してくれて。使いかたに迷うことはありませんでした。ボタンの位置など細かい点に違いはありますが、感覚的にはPhotoshopと同じように使えますね。
これまでiPadは持っていたものの、絵を描く道具としてはほとんど使っていませんでした。今回、Adobe Frescoに触れたのをきっかけに、これからは出先、旅先で絵を描くときに使ってみようと思います」
ANWN M.「UTTER INVERSE」ティザーイラスト(2022)
山月さんはこれから、どのようなイラストレーターを目指すのでしょうか。最後に目標を聞きました。
「昨年から『UTTER INVERSE』というゲームのティザーイラストを描かせていただいたのですが、今後、ゲームのキャラクターデザインにも関わることができたらいいですね。フィギュアも作ってみたくて、実はいま、原型師の方にも相談をしているんです。発売できるのかどうか、まだわかりませんけれど(笑)。
あとは装画の仕事をもっと増やせたらと思っています。高校生時代から書店や図書館に置かれるような本の表紙を描きたい……それを夢に見ていましたから」
山月まり
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