校正のデジタル化で言葉をよりよいかたちに|校正者・大西寿男のiPad+Acrobat活用法
校正者として編集者、作家から厚い信頼を寄せられる校正者・大西寿男(おおにし・としお)さん。
手がける分野は数十万字にもなる文芸書から、業界特有の用語あふれる専門書、ビジュアル豊富な雑誌まで多岐に渡り、誤字、誤植、表記、字体、組版のみならず、事実関係、物語の整合性にまで及ぶその校正は、書き手の言葉に確かな力を与えています。
紙のゲラ(校正紙)に赤ペンと黒鉛筆で修正の指示や疑問点を書き入れる、アナログ的なイメージが強い校正という作業において、大西さんはデジタルツールを積極的に取り入れています。
使うデバイスはMacBook AirにiPad。PDFをAcrobat Pro(デスクトップ版)/Acrobat Reader(iPad版)で開き、日々、言葉の海に鋭い眼差しを向けています。
校正者歴35年のキャリアのなかで、大西さんはiPad+Acrobatをどのように活用しているのでしょうか。まずはiPadを導入したきっかけから伺いました。
「“校正をするときはディスプレイで見るより紙のほうがいい“。
これは校正の世界では経験的に言われてきたことです。ディスプレイでは誤字があっても見落としやすくなりますから。バックライトの画面が目につらいということもありますし、画面に映し出される情報量が多すぎるのではないかとも思います。
でも、デジタルにはデジタルならではの便利な機能がたくさんありますから、それを校正に活用したいとも考えていました。
紙のゲラで校正をするときは、目と原稿の距離を離して全体を見ることもあれば、目を近づけて数文字ずつ見ることもあります。無意識のうちに距離を変えながら原稿と向き合っているんですね。
iPadのようなタブレットは、紙(=アナログ)とディスプレイ(=デジタル)、両方のよさを兼ね備えたものだと思っていて、目との距離を自由に変えることもできるし、指で拡大・縮小もできる。目に入る情報量を自分の注意が及ぶ範囲内に抑えることができるのなら、iPad+Acrobatで直接、PDFを校正することは可能だと判断し、iPadを導入することにしました」
大西寿男さん
*本記事ではAcrobat Pro(デスクトップ版)/Acrobat Reader(iPad版)を合わせて、Acrobatと表記しています。
校正に欠かせないAcrobatの便利な機能
校正作業で日々、文字や言葉、物語と向き合い続ける大西さんにとって、いまやiPadとAcrobatは欠かせない存在になっています。実際の仕事のなかでどのような機能を活用しているのか。その具体例について聞きました。
1・読む、調べる、書き込む
「AcrobatとPDFは校正の各段階で活用していますが、おもな使い道は3つあります。
1つ目は“読む”。たとえば長い小説の場合、一度読むだけで校正をすることはできませんので、何度も繰り返し読むことになるのですが、最初の基本的な“読み”をまずPDFで行ない、気になるところにマーカーをつけておきます。
2つ目は“調べる”。PDFのゲラを最後まで読んだら頭に戻り、マーカーをひとつずつ確認していくのですが、このとき、気になる言葉があれば、Acrobatからテキストをコピーして、辞書アプリやwebブラウザで調べていきます。
3つ目は“書き込む”。修正を要する点や確認をお願いしたい点、表現の提案をPDFに直接書き込みます。校正はそのページを見た瞬間に、どこにチェックが入っているかひと目でわかることが重要だと考えているので、書き込みは紙の校正刷りと同じように、校正記号を使うようにしています。
出版校正では校正は紙でやりとりするのが一般的で、以前は校正刷りをPDFでもらっても、紙に出力して校正し、その校正紙を出版社に返送することもめずらしくありませんでした。でもいまは、雑誌を中心に、PDFだけで完結することも増えてきましたね」
初見から都度、調べていては原稿は読み進められず、ストーリーも把握できない。気になるところだけマーキングするにとどめる/『文藝』2023年夏季号(発行:河出書房新社/2023)掲載、佐藤究「幽玄F」より
2・テキストをすばやく、網羅的に検索
「用字用語や表記統一の際、かつては校正者が紙のゲラから一語一語拾い出してリストを作っていました。“何ページに何という表記がある”というように手書きでまとめていくのですが、膨大な時間と手間がかかるうえに、チェックが漏れることもある。それがAcrobatを使ってPDF内を検索すれば、すばやく、網羅的に調べられるようになりました。ものすごく楽になりましたね。
カンマ(.)・ピリオド(,)で区切る原稿に、句点(。)・読点(、)が混じっていないかをチェックする……そんな小さな文字でも見落とす心配はありません」
同じフレーズが離れたページにあるときでも、Acrobatなら検索で瞬時に元のフレーズを探すことができる。2つを比較して、異同がないか確認/『文藝』2023年夏季号(発行:河出書房新社/2023)掲載、佐藤究「幽玄F」より
3・クリアな表示でディテール確認もしやすく
「写真やイラスト、図版が多いグラフィカルな誌面を校正するとき、紙のゲラでは不鮮明なことがあります。PDFならもとのデータのままクリアに見られますし、拡大してディテールを確認することもできる。これも紙にはない、デジタル校正のメリットですね」
小さな文字や細かい図版もPDFなら拡大してチェックが可能/『JR全路線 DVDコレクション』第41号(発行:デアゴスティーニ・ジャパン/2023)より
4・写真の上、色地の上でも見やすい書き込み
「AcrobatとPDFなら、紙のゲラでは赤字を入れにくい写真の上、色地の上にもわかりやすく、見やすく文字や線を書き入れることができます。色を自由に変えることができるので、複数のペンを用意する必要もありません」
書き入れるブラシや文字はメニューから簡単に色を変更できる
赤字は修正の指示、青は確認を促すチェックと……校正者からのフィードバックは色にも意味がある(紙の校正刷りでは青ではなく黒のエンピツを使う)。修正箇所を大きく丸で囲むのは見落としを防ぐための工夫/『JR全路線 DVDコレクション』第37号(発行:デアゴスティーニ・ジャパン/2023)より
紙の校正作業で感じていたストレスはAcrobatとPDFですべて解消
ひと目で伝わるアナログ的なコミュニケーションは残しながら、デジタルのメリットをフル活用する。デジタル化により、大西さんの校正は大幅に効率化するとともに、言葉と向き合う時間を増やすことにもつながっています。
「校正紙の束から目的の言葉を探すのは大変ですし、写真や地色の上には校正の文字も書き入れにくい。こうした経験は校正者、編集者であれば一度は経験していると思います。そうした紙のゲラで校正をしていたころに感じていたストレスは、Acrobat+PDFを使った校正によってまったくなくなりました。
PDFに校正の書きこみをするときは、コメント機能を使うことが多いと思います。でも、それではどこをどう直すのかひと目でわからず、また、コメントの数が多くなると見落としも生じます。
この問題に対しては、紙のゲラと同じように校正記号を使ってPDFに書きこむことで、受け取る編集者もデータを修正するオペレーターも、校正者のチェックがわかりやすく目に入る。お互いにストレスがなくなったと思います。
原稿が手書きからデジタルになり、「原稿引き合わせ」が不要になりました。それに加え、検索して表記の揺れを調べるなど、機械的に処理できる作業はツールを頼り、事実関係の確認や文章の整合性、表現の適切さといった機械化できない作業、人がやるべき作業に時間とエネルギーを割けるようになったこと。それが校正実務で一番、デジタル化の恩恵を受けている部分ですね」
言葉のコミュニケーションで生きる“校正のこころ”
誰しもが日常的に使う言葉と文字。伝えかた、届けかたが急速に変化する現代において、その意味、重みもまた変わり続けています。大西さんがいま、言葉について思うことは何なのか。最後に聞きました。
「いまの時代、多くの人が“言葉によるコミュニケーションは難しい”と感じているのではないでしょうか。思っていることが伝わらない、違う受け止めかたをされる、一生懸命話しても理解してもらえない……そうした“無力感”のようなものが世の中に広がっているような気がしていて。これは話し言葉に限らず、書き言葉の世界でも同じことが起きています。
それはなぜかといえば、“相手の言葉をまず、ちゃんと聞くこと”が難しくなっているからじゃないかと思うんです。自分が言いたいこと、わかってほしいことばかりに気持ちを割いてしまい、相手のことを気にかける余裕がなくなっているのかもしれませんね」
大西寿男の著作『校正のこころ 積極的受け身のすすめ』増補改訂第二版/発行:創元社(2021年)。校正実務を知るだけでなく、言葉について、コミュニケーションについて、あらためて考えるきっかけになる一冊
「校正の仕事は、基本的に受け身の仕事です。PDFや紙のゲラが届くまで、どういう原稿が来るのかもわからないのです。
“原稿を読む”というのは、“書き手が何を伝えたいのかを理解する”ということでもあります。理解してはじめて、“ここはこうしたほうがいいのではないでしょうか”と伝えることができる。“書き手の声を聞き、理解する”ということは校正の第一歩なんです。
人が人の手でする以上、必ずどこかに間違いは起こります。完璧な原稿などどこにも存在しません。
それなら校正者は常に正しいのかといえば、そうではありません。“自分が正しい”と思っている校正者はひとりもいないでしょう。“自分は間違っているかもしれない”といつも思いながら、校正をしているんです。
相手も自分も間違っているかもしれないという前提のもとで、お互いを尊重しながら、伝えたいことが伝わる言葉を模索する……こうした校正的なものの見かた、言葉との距離感は、文字があふれる今の時代を生きるヒントになるんじゃないか。そう思っています」
大西寿男(ぼっと舎) web |https://www.bot-sha.com/
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インタビュー動画
https://youtu.be/BYwJ4gAKHWU
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