図解や絵で視覚化して伝えることの価値〜STEAM教育を担う教員養成の現場で

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小中高校において教科横断的な探究の学びであるSTEAM教育が注目され、GIGAスクール構想による1人1台端末が整った今、新しい学びに対応できる教員養成の必要性が高まっています。こうした教員志望の学生が、STEAM教育の手法を体験的に学べるようにと取り組んでいるのが、香川大学 教育学部学校教育教員養成課程 准教授 吉澤樹理先生です。クリエイティビティを重視したゼミの様子と、情報をビジュアルでわかりやすく伝えることの重要性についてお話を聞きました。

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STEAM教育の実践を学生が自ら体験

吉澤先生は、昨年度前任校で担当していた1、2年生の2つのゼミで、STEAM教育の指導法を取り上げました。まずScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts/Liberal Arts(芸術/教養)、Mathematics(数学)を横断的に扱い探究的に学びを深めるSTEAM教育のコンセプトを学んだ上で、学生たちは、子どもにサイエンスの面白さをビジュアルで伝えるためのクリアファイルを制作するプロジェクトに取り組みました。

「サイエンスは、一般の人には一見難しいイメージがあるので、クリアファイルを作ることによってサイエンスの面白さを表現して欲しいと考えました」と吉澤先生は話します。Science とArtsに注目したSTEAM教育実践のひとつの形を、将来教員になる学生たち自身がまず体験したわけです。

絵を描くことやデジタル制作に馴染みがない学生も多い中、吉澤先生はiPadとApple PencilでiPadアプリ版のAdobe Illustratorを使う環境を整えました。最初はIllustratorの使い方をレクチャーすることから始めたものの、iPadひとつで直感的なペン入力でIllustratorを操作する環境は初心者の学生にも入りやすく、誰もがすぐに慣れて簡単に扱うことができたそうです。それぞれが自分なりの視点でサイエンスの面白さを伝える絵柄を考え、Illustratorで描画していきました。

iPadアプリ版のAdobe Illustratorを使用。iPadとApple Pencilで作業がスムーズに進んだ

学生が仕上げたクリアファイル作品は、先生の想定を越えるクオリティのものも多く、自分自身がサイエンスに苦手意識のある学生が伝え方を試行錯誤して工夫する姿も見られたそうです。「自分が苦手なところだからこそ、わかりやすく人に伝えるためには、どういった方法があるのか、学生が作りながら考えを深められたという点はとてもよかったと思います」(吉澤先生)。

壁に貼ってある数種類のポスター 中程度の精度で自動的に生成された説明

学生のみなさんのクリアファイル作品の一例

ゼミでのプロジェクトが終わってから、iPadとApple Pencil、Illustratorを自分で買いそろえ、積極的に使用し続けている学生も複数名いるそうです。ゼミを通してSTEAM教育の可能性を感じ、将来につながるスキルとして自分で学ぼうという意識が広がったことがうかがえます。

伝えるために視覚化することの価値

吉澤先生はかつてサイエンスコミュニケーターとして科学館で解説をしたり、小中学校で理科を教えたりしていた経歴があります。その経験で培ったのが、文字や言葉だけでなく、ビジュアルで表現することの大切さでした。

「最初は話したら聞いてくれるものだと思っていましたが、違ったんです。子どもはわからなくなると下を向くんですね。これはダメだなと気づきました。言葉だけでは通じないということをすごく感じたので、わかりやすく伝えるために、絵を描きながら教えるようにしたんです」。

科学館で大きな黒板いっぱいに絵を描きながら話をするようにすると、小さな子どもの興味を引きつけ、理解を助けることができました。それ以降、吉澤先生は大学で学生を教える時でも、自身の研究を発表する時でも、絵や図解などのビジュアルで示して視覚で伝えることを重視しています。現在では、教員を目指す学生や学会で発表をする学生に、わかりやすく伝えるために絵や図解の表現を工夫するよう指導しているそうです。

グラフィカル ユーザー インターフェイス, アプリケーション 自動的に生成された説明

吉澤先生が、大学の先生向けにセミナーを行った際に使用した図解。絵があるとイメージしやすくわかりやすいと好評だった

Adobe Expressの手軽さにも注目

ビジュアル表現に親しむために、今年度は香川大学で学生同士の自己紹介にAdobe Expressを使った名刺作りを取り入れました。学生はスマートフォンひとつですぐにAdobe Expressを使いこなし、テンプレートや素材をうまく生かして素敵な名刺を制作していきました。「学生の方がアドビのツールを上手に使いますね。あ、そういうふうに作るのか……と思いました」。初めは恥ずかしそうに見せていた学生も、どうやって作ったのかと言葉を交わしたり、画像に書き出して交換したりとコミュニケーションを取り、交流のきっかけになったそうです。

Adobe Expressは機能を厳選したクリエイティブツールで直感的に操作できるので、使いこなすまでのハードルが低いのが特徴です。その可能性を実感した吉澤先生は、「学会の発表ポスターなどの制作にも使えそうですね」と期待を寄せます。今年度も授業の中でAdobe Expressを用いた制作を取り入れていく予定です。

また、GIGAスクール構想で1人1台端末が整った今、小中高校の現場での学びをデジタルクリエイティブツールが変える可能性を感じています。「これからは子どもたちも自分が作った絵を電子黒板で見せたり、先生が動く教材を作って見せたりすることが普通になっていくのではないかと想像しています。まだ肝心のところはアナログなので、そこを変えていけたら日本の教育はもっと良くなるのではないかと思います」。

自分が完璧にできなければと思わないことが大切

吉澤先生自身は、学生時代からAdobe PhotoshopIllustratorを使用した経験があり、学生にもぜひ伝えたいという思いがあったそうですが、大学でも小中高校でも教員の側にはクリエイティブツールに馴染みがある人ばかりではありません。指導する側がクリエイティブな要素を取り入れるにはどうしたら良いのでしょうか。

「まずは先生方自身が使って体験してみて欲しいと思います。ただし完璧を目指すのではなくて、これは使えると思ったら、途中でもいいからどんどん学生に伝えることが大事なのだと思います。先生は学生への架け橋になって提示することが大切で、全てを知っていなければいけないわけではありません。完璧を目指すよりも、自分もわからないと言って一緒に取り組んで一緒に作っていくということの方が大切なのだと思っています」。

吉澤先生のこの視点は、大学に限らず教育現場でクリエイティブな活動に取り組む先生方の大きな力になるのではないでしょうか。多くの学生がクリエイティブなスキルを手にして、将来、教育現場で活躍し、新たなスタイルの学びに挑戦する日が楽しみです。

(文:狩野さやか)