Trend & Illustrations #17/熊井正が描く「セルフセレブレーション」Adobe Stockビジュアルトレンド2023

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドレポートとして毎年発表しています。
ビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。
2023年の日本のビジュアルトレンドの一つ、「セルフセレブレーション(自己容認の高まり)」を、熊井正さんが担当しました。今回はAIを使いながら作画に取り組んでいただいた熊井さんに、制作方法や今後の活用法についてもお伺いしました。

熊井 正 Tadashi Kumai
1963年東京生まれ。東海大学卒業。87年日本イラストレーション展金賞、88年ザ・チョイス年度賞大賞、89年日本グラフィック展奨励賞、90年講談社『年鑑日本のイラストレーション』新人賞受賞。
https://tadashikumai.com/

AIから導かれた「トレランス」

2023年のいくつかあるビジュアルトレンドから、日本独自のテーマである「セルフセレブレーション(自己容認の高まり)」を熊井さんが選んだ理由から教えてください。

当初はグローバル向けに紹介されていた「Psychic Waves(サイキックウェーブ)」も候補にあげていました。考えるうちに、「セルフセレブレーション」は元々自分が描いていたイラストレーションに近いような気がしました。振り返ると、「セルフセレブレーション」だと思える絵がすでに手元にあったんです。それがこの作品です。

大阪市新聞広告/1999年

1999年頃にIllustraorで描いたもの。「セルフセレブレーション」ってこんな感じかなと最初にこの絵が、思い浮かんだんです。
Adobeの2023年の日本のビジュアルトレンドのテキストを何度も読み返して、AI (人工知能チャットボット) に「セルフセレブレーション」とは何かを聞いてみました。その答えを読んで更に質問を繰り返し、話し合うと言いますか、そのやり取りの中から「トレランス」という言葉が出てきたんです。"「トレランス(tolerance)」とは、異なる意見や信念、生活様式、文化などを受け入れ、尊重することを指します。個人や社会が異なるバックグラウンドや多様性を認め、共存するためにはトレランスが必要です"というAIの答えがあって。「セルフセレブレーション」だけだと、なんかちょっと違うなと思っていたのが、「トレランス」と「セルフセレブレーション」が一緒になると何となくしっくりきたんです。それで描き始めました。

どういう部分がしっくりきたのでしょうか?


「セルフセレブレーション」って、自分が主体ですよね。自分らしさに注目して理解しよう、受け入れてもらおうとしている。それだけだと、自分の話ばっかりになっちゃって、自分だけよければいいのか、という疑問も出てきたんです。「トレランス」が加わることで他の人のことも認めて、他者から自分も認められる。その相互作用によってさらに「セルフセレブレーション」が高められていくという、その考え方がしっくりきたんですね。

さらにAIに質問して「セルフセレブレーション」と「トレランス」の関係や「成功と失敗」についても質問したんですよ。他者を無視することが虚栄心や自己中心的なアプローチという失敗例になっていて、ここでも"自己の強みや成果を認めながらも、成長への意欲を保ち、他者との関係や社会的な責任も考慮することが大切です。"と、他者を尊重する内容が出ていました。やっぱり「セルフセレブレーション」は自分一人のことではなくて、周りの人との関係が必要だし、重要だと思い至りました。
そして画像生成AIに、いくつか画像を作ってもらったんです。最初はAIが書いた「セルフセレブレーションとトレランス」についての短い小説をもとにして、そこから得た発想や言葉などを参考にプロンプトを作り、Adobe Fireflyなどいくつかの画像生成AIに描いてもらいました。

<画像生成AIを用いたイメージ制作>

ある画像生成AIが別のAIで作った小説から「セルフセレブレーション」にフィットすると提案された人物イメージ

ある画像生成AIが別のAIで作った小説から「セルフセレブレーション」にフィットすると提案された背景イメージ

Adobe Fireflyが「セルフセレブレーション」にフィットすると提案した背景イメージ

画像生成AIが「セルフセレブレーション」にマッチすると提案したイメージ

複数の案を画像生成AIにまとめさせたイメージ

画像生成AIに自身のラフの人物像を加えてつくったイメージサンプル

Adobe Fireflyと別の画像生成AIを使ってZ世代の色彩に色変換したもの

参考材料としての画像生成AI

今はこうしてAIを駆使した参考資料的なものを作りビジュアルを練るんですか?
そうです。同時に手を動かしてラフを作ります。画像生成AIを使っても手を動かしながら考える行為からは離れられません。最初はなんだかわからない線だったものがだんだん形が固まってきます。

<ラフの制作過程>

自由に手を動かして描く

少しずつ人物の形が出てきた

だんだん人物の形が明快になってきた

形を完全に決めてトレース。スキャニングしてIllustratorで描き起こす

背景のアイデアスケッチ。画像生成AIからもヒントを得る

人物と背景ラフを組み合わる

やはり自由に手を動かして描くものがないと最終的な形は生まれないのでしょうか?

そうですね。普段の仕事で、モチーフが決まっているオーダーだったら、手を自由に動かす過程は必要ないんですけど、今回はいろんな捉え方ができるテーマなので、こういった始め方になりました。1週間くらいかけて、手で描くことと画像生成AIでいろんな資料を作るのを並行してやっていました。

最終的な形に決まるのは、何が決めてなのでしょうか?

意識したのは、あまりかっこいい形にしないということです。だからラフでは極端に崩れた形も描いてみたりしました。その結果、ちょっとぽっちゃりした、今まで自分が描いていないようなフォルムになりました。

セルフセレブレーションなので、どんな形でも容認するという意識でしょうか?

そうですね。人物が決まった段階で半分はできているという意識なので、背景をどうしようかと考えます。最後のラフは、画像生成AIで作った画像を下敷きにして、描き起こしたものを背景にはめこんでいます。時間があれば、あるだけ永遠に作業を繰り返しているかもしれません。AIを使うと本当きりがないんですよ。

いくらでも出てきてしまう。

画像生成AIの画像をそのまま使うことはないですが、アイデアのヒントにはなります。例えば、この絵の足元の土台みたいなものは、画像生成AIによるケーキのイメージなんです。なるほど、ウエディングケーキはお祝いのためのものでセレフセレブレーションとトレランスだと。それは自分では思いつかなかったアイデアで面白かったです。

発想が幅広いんですね。

そう。でもなんかちょっとずれてる感じもするモチーフも出てきたりして。それが面白くて。結局は自分が何をチョイスするのかが重要なんですけど。

完成作品として、熊井さんは9種類のバージョンを制作してくださいました。

はい。使う側の気持ちでいろんなパターンを作りました。Illustratorのデータではなく、jpegのデータをあげるということだったので、利用する人が背景を作る場合もあるだろうと、人物だけのバージョンも作りました。

最終的にこのバージョンになったのはどこがポイントだったんですか? これまでの制作過程を教えていただいた後に見ると最終作品はシンプルになったと思います。

今までの資料を全部合わせて、いろいろ試してみたけど、最終的には自分に落とし込む。そうした結果が「私だとこうです」って出てきたものです。

これだけいろんな要素があったけれども、結果、温かい感じなっていますね

ありがとうございます。

<完成作品>

ロゴ, アイコン 自動的に生成された説明 ダイアグラム が含まれている画像 自動的に生成された説明  

食品, ゾウ が含まれている画像 自動的に生成された説明 食品 が含まれている画像 自動的に生成された説明   座る, テーブル, グリーン, ペア が含まれている画像 自動的に生成された説明

矢印 が含まれている画像 自動的に生成された説明 挿絵 が含まれている画像 自動的に生成された説明 挿絵 が含まれている画像 自動的に生成された説明

今後のAI活用法

今回の制作過程を拝見して、熊井さんは現代の技術をうまく使い、参考にされていることを理解しました。そのメリット、デメリッはどう考えていますか? 最新の技術のどういうところに興味がありますか?

10年くらい前に作り始めた作品があって、当時から自分の作品を何かの方法で変換したり、組み合わせを変えたいと思っていました。そして画像生成AIが出てきて自分がやりたいと思っていたことが今出来るようになったと思い使い始めたんです。 去年の12月頃から画像生成AIを使った作品をNFTで売ろうと思って、ちょこちょこいじってたんです。そうすると実際の仕事の場面でも、アイデアを考えるときに使えることもあるなと思えるようになって、ちょうどいい機会だったので今回試してみました。

背景パターン 自動的に生成された説明

「FOUND ON THE BEACH」

歌舞伎イメージしたNFT作品/2022年

NFTを販売しているサイト https://opensea.io/TadashiKumaiOriginal

いろんなアイデアが出るメリットの一方、デメリットはありますか?

僕は画像生成AIで作った画像をそのまま使用するわけではないのでデメリットは今のところないですが、自分が作りたい画像を画像生成AIによって作り出すのは大変だと思います。自分の今のスキルでは、ということですけど。もっとそういったツールを使いこなす人だと、またちょっと話が変わってくるだろうけど。

今後のお仕事の中での活用方法は、どのように考えてらっしゃいますか。

機会があれば、今回のような方法で活用していきたいと思っています。さらには今後画像生成AIだけで作ったものを出したいとも思っていて、それは実験中です。

※画像生成AIを使用した画像も一定のルールのもとでAdobe Stockでの販売は可能です。
 https://helpx.adobe.com/jp/stock/contributor/help/generative-ai-content.html

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