貂明朝アンチックと漫画向け文字コレクションAdobe-Manga1-0の意見交換会を開催
漫画に求められる文字、フォントの仕様とは
2024年1月30日、アドビ株式会社は「貂明朝アンチック意見交換会」を開催しました。
これは、2023年11月にアドビがリリースした漫画向け書体「貂明朝アンチック」の仕様をもとに、漫画に求められる文字、機能を搭載したフォントのありかたを探る取り組みのひとつです。
会にはオンライン・オフライン含めて、出版社、印刷会社、ソフトウェアベンダー、フォントベンダーの計17社が参加し、貂明朝アンチックのデザインと技術仕様に関する説明ののち、各社の現状や要望について、意見が交わされました。
参加企業・団体(五十音順)
- 株式会社イワタ
- 株式会社KADOKAWA
- 砧書体制作所
- 共同印刷株式会社
- 株式会社集英社
- スキルインフォメーションズ株式会社
- 株式会社SCREENグラフィックソリューションズ
- 株式会社星海社
- 株式会社セルシス
- ダイナコムウェア株式会社
- ⼤⽇本印刷株式会社
- タイププロジェクト株式会社
- FONT1000
- フォントワークス株式会社
- MoolongType
- 株式会社モトヤ
- 株式会社モリサワ
マンガの文字表現に特化!貂明朝アンチックのデザインと特徴
貂明朝アンチックは、源ノ角ゴシックの漢字に、貂明朝テキストをアレンジしたかなを組み合わせた書体です。ゴシック体の漢字に明朝体のかな……一見、不思議な組み合わせですが、漫画の世界ではいまなお、広く使われているスタイルです。
アンチック体とは、一般的に線の太さの抑揚を抑えた明朝系の太かなを指し、これに太さの合うゴシック体の漢字を組み合わせた状態を「アンチゴチ」と呼びます。貂明朝アンチックはこの「アンチゴチ」をひとつのフォントで実現した書体と言えるでしょう。
アンチック=太かなという由来ゆえに、これまでのアンチゴチは太い文字の組み合わせが主流でしたが、貂明朝アンチックでは細いものから太いものまで、6つのウェイトを展開。さらに漫画ならではの文字表現に必要な多種多様な文字が収録されています(詳しくは以下、Adobe Blog記事を参照)。
漫画で大活躍! アドビオリジナルのアンチック体「貂明朝アンチック」が遂に登場! https://blog.adobe.com/jp/publish/2023/11/16/cc-design-tenmin-antique
貂明朝アンチックは、アドビのクラウドフォントサービス・Adobe Fontsから利用することができ、Adobe IDさえあれば、Adobe Creative Cloud等有料プランに契約していなくても、無料で使うことができます。
貂明朝アンチック https://fonts.adobe.com/fonts/ten-mincho-antique
貂明朝アンチックのデザインについて説明するアドビ株式会社 ⻄塚涼⼦(プリンシパルデザイナー)
左:アンチック体は太いウェイトのものが多いなか、貂明朝アンチックは6つのウェイトを展開/右:ひらがな、カタカナに濁点、半濁点がついた文字も収録
左:感嘆符(!)と疑問符(?)の組み合わせは、その並びや角度によって多様なバリエーションを実装/右:角度のついた5連感嘆符のような文字の衝突が起こりうる文字では、通常の横組用グリフのほか、縦組用グリフも用意
文字組み設定によっては間があいてしまう連続した長音記号は、つながった文字として表示可能。これはOpenTypeの機能「前後関係に依存する文字」(calt)で実装されている
新たな文字コレクション「Adobe-Manga1-0」
現在、クリエイティブの現場で使われているOpenTypeフォントの多くは、Adobe-Japan1という文字コレクションに基づいて収録する文字が決定されています。以下にその例を挙げます。
- Std/StdNフォント……Adobe-Japan1-3に準拠し、9,354グリフを搭載
- Pro/ProNフォント……Adobe-Japan1-4に準拠し、15,444グリフを搭載
- Pr5/Pr5Nフォント……Adobe-Japan1-5に準拠し、20,317グリフを搭載
- Pr6/Pr6Nフォント……Adobe-Japan1-6に準拠したものは23,058グリフ、Adobe-Japan1-7に準拠したものは23,060グリフを搭載
フォントの世界では、このように収録文字に関するルールを設定することによって、表示される文字の互換性を保っています。仮にこうしたルールがなく、各フォントベンダーが自由に文字を作っていたら、“フォントを変更したら文字が表示されなくなった”、“まったく別の文字に置き換わってしまった”ということが起こり得るのです。
アドビは、Adobe-Japan1を通して文字情報の互換性を高める取り組みを行なう一方、より文字表現とフォントの可能性を高めるために、より自由度の高い、Adobe-Identity-0という枠組み(ROS)も用意しています。
これはAdobe-Japan1に基づかない文字(グリフ)構成を可能とするもので、65,535のグリフをサポートする「源ノ明朝」「源ノ角ゴシック」、かなの連綿体表現を可能にした「かづらき」、ヒグチユウコさんの文字から生まれた「ヒグミン」などの書体で、Adobe-Identity-0が採用されています。
なお、Adobe-Identity-0を採用したフォントは、その柔軟な構成ゆえ、基本的にAdobe-Japan1に準拠したフォントとは完全な互換性はなく、フォントを変更した場合には(おもにその書体特有の文字部分で)文字が正しく表示されないことがある点は留意が必要です。
貂明朝アンチックの技術仕様について説明するアドビ株式会社 服部正貴(シニアフォントデベロッパー)
漫画の文字表現に特化して作られた貂明朝アンチックには、濁点・半濁点のついたかな、連続する感嘆符・疑問符、伸びる音引きのように、これまでのフォントにはない文字(グリフ)が数多く追加されています。アドビでは、これらのグリフを含む文字コレクションについて、あらたに「Adobe-Manga1-0」と定義しました。
なぜ、Adobe-Identity-0ではなく、Adobe-Manga1-0にしたのでしょうか。
それは今後、各フォントベンダーが漫画用フォントの開発を検討する際、収録グリフについて明確な定義を持たないAdobe-Identity-0では、(前述のように)フォント間の互換性が担保できないからです。
フォント変更時に文字の不足・変更が発生することなく、安全にデザインを変えられるようにするには、変更前後のフォントで収録グリフが同じである必要があります。Adobe-Manga1-0が漫画用フォントの標準仕様となれば、Adobe-Manga1-0準拠のフォントである限り、フォントを変更しても文字の互換性は保たれることになります。
このような理由から、漢字、かな、英数字等の基本的な文字はAdobe-Japan1を踏襲しつつ、漫画独自のグリフを追加したAdobe-Manga1-0が作られ、貂明朝アンチックはその文字コレクションを採用した最初の書体となりました。この点において、Adobe-Manga1-0に準拠した貂明朝アンチックは、漫画用フォントを開発するにあたってのモデルケースでもあると言えるでしょう。
貂明朝アンチックには「Adobe-Manga1-0」という新たなROS(Registry/Ordering/Supplement)が設定されている
貂明朝アンチックのようなAdobe-Manga1-0準拠のフォントをほかのフォントに置き換えると該当するグリフや機能をもたないフォントでは正しく表示されない。こうした課題解決のためにも、Adobe-Manga1-0に準拠したさまざまなフォントが登場することが期待されている
Adobe-Manga1-0がサポートする文字グループとグリフ数
Adobe-Japan1-7準拠のフォント(Pr6/Pr6N)をAdobe-Manga1-0準拠にする場合、417グリフの追加が必要(黄色は流用可能なグリフ数)
ルビ用字形を持つAdobe-Japan1-4以上の文字コレクションを採用したフォントでは、ルビ用字形を使ってルビを振る際、句読点が圏点のグリフに置き換わる仕様となっていたが、Adobe-Manga1-0では、句読点のままルビにできるように改修されている。Adobe-Manga1-0に関するリソースは、GitHubより入手可能(下記URL参照)
Adobe Manga1-0に関する資料の入手先
- Adobe-Manga1-0 https://github.com/adobe-type-tools/Adobe-Manga1
- Adobe-Manga1-0 CMapリソースファイル https://github.com/adobe-type-tools/cmap-resources/tree/master/Adobe-Manga1-0
- 貂明朝アンチックが対応するOpenType機能 https://assets.adobe.com/public/e74f599f-50fd-4da9-55ab-7b49f67ba41d
漫画制作の効率化と漫画用フォントの標準化を目指す
貂明朝アンチックのデザイン、技術仕様の説明のあとに行なわれた意見交換では、出版社、印刷会社、ソフトウェアベンダー、フォントベンダーから、貂明朝アンチックとAdobe-Manga1-0に対するさまざまな意見、要望が寄せられました。
- 伸びる音引きや斜めの感嘆符・疑問符等、実際に現場で使われる文字、組版処理がフォントでサポートされている
- 通常のフォントでは打てない文字は外字として対応せざるを得ず、外字ではOCRや音声読み上げにも対応できない。漫画特有の文字をテキストとして入力可能にするAdobe-Manga1-0には可能性を感じる
- 現場ではモリサワ、フォントワークス等、さまざまなフォントを使う。そうしたAdobe-Japan1フォントと互換性が取れる形での拡張を検討してほしい
- 貂明朝アンチックはエレガントなかなに対して、漢字がやや無機質な印象を受ける。クラシックなデザインのフォントにも期待したい
- Adobe-Japan1-7準拠のフォントからの拡張では対応できる書体が限られ、対応が難しい。Adobe-Japan1-3(Stdフォント)程度まで漢字を減らしたサブセットも用意してほしい
こうした声に対し、アドビ担当者は
- 18,032字の全グリフを含まないAdobe-Manga1-0のサブセットのフォントを作ることは可能
- Adobe-Manga1-0は、文字コレクションとしてはまだスタートしたばかり。みなさんと意見を交わしながらサポートできるしくみをつくっていきたい
と言葉を返し、会を締めくくりました。
アドビでは各業界からの要望を取り入れ、協力を仰ぎながら、漫画向けフォントの開発と標準化された文字コレクションの整備を進めています。Adobe-Manga1-0が漫画用フォントのスタンダードとなれば、漫画の文字環境はより安全で、クリエイティビティに満ちたものになるはずです。
今後も漫画の制作効率化と、表現の可能性を広げるアドビの取り組みにご期待ください。
漫画に最適!アンチック&デザイン書体パック https://fonts.adobe.com/collections/manga