Adobe Firefly を適切に活用するための著作権との付き合い方 第3回 著作権が保護するものと保護しないもの

前回は、Adobe Firefly を利用した生成物について、著作権が認められる場合と認められない場合に関する話題を取り上げました。ところで、そもそも、著作権があると何が嬉しいのでしょうか?今回は、Firefly 生成物の著作権が認められたとして、何を守ってもらえるのか(または守ってもらえないのか)を見ていきます。より詳しくこのトピックの法的な側面について学びたい方は、文化庁が公開している動画「AI と著作権」の視聴をお勧めします。

まず、著作権法は、著作者の権利の保護を図りつつ、著作物の公正な利用に留意することで創作活動を促し、最終的には「文化の発展に寄与すること」を目的としています。ピカソとブラックが生み出したとされるキュビスムは、20 世紀美術の出発点と言われ、多くのアーティストに影響を与えました。もしもあらゆる模倣を禁止してしまったら、このような文化的発展が阻害されてしまう可能性があります。そのため、著作権法は、保護するべきものとそうでないものを分けて、「著作者の権利」と「著作物の円滑な利用」のバランスを取るように設計されています。

フアン・グリス『ピカソの肖像』 出典: シカゴ美術館

著作権が保護するものとしないもの

ここで注意すべき点の一つは、「作品=著作物」ではないことです。作品のある部分は著作権により保護されますが、その他の部分は許諾無しでも自由に利用できます。具体的には、以下は著作権法による保護の対象外です。

上の 2 つは当然として、「他人の作風や画風を自由に真似できる」ことは、少し意外に思えるかもしれません。日本における著作権は、著作物を創作から死後 70 年まで独占可能な強い権利です。抽象的なアイデアを保護対象に含めると、先ほどのキュビスムの例のように後発の創作活動を妨げてしまう恐れがあることや、自由な利用を認める方が表現の多様化や豊富化につながることを理由に、作風や画風は保護しない方が良いと判断されているようです。

作品は、著作物性を持つ部分と持たない部分に分けられる

著作権の保護対象になる経済的な利益

さて、前回紹介したように、そもそも「プロンプトから AI が生成した」を著作物に含めない国もあったりしますが、なにはともあれ Firefly の生成物が「文化的で創作的で感情を具体的に表現したもの」であり、めでたく著作物性を認められたとしましょう。これで勝手に利用されることはないかと思いきや、許諾を得ずに利用した場合に、著作権侵害になる利用行為もあれば、侵害にならない利用行為もあります。

なぜ無許可で著作物を利用しても著作権侵害にならないケースがあるのかというと、著作権法が、前提として、保護されるべき著作物の経済的価値を定めているからです。具体的には、著作物に表現された思想や感情を「享受」するために視聴者等が支払う対価、これが著作権が保護する経済的価値です。

著作権は、著作物に表現された思想や感情を享受するための対価を保護する Adobe Firefly で生成

著作物を享受するには、複製や公衆送信、あるいは上映や演奏や展示といった形で、著作物が流通する必要があります。享受までに必要なこれらの利用形態それぞれについて、著作者には支分権と呼ばれる権利が認められています。ただし、著作権法に定められていない利用行為(閲覧する、記憶に残すなど)や、私的利用のための複製のように経済的な利益を生じない行為は、文字通りに著作権の保護対象外です。

さらに、享受以外の目的から得られる利益も原則として対象外になります。例えば、AI 開発のための情報解析は、多大な経済的価値が見込まれる行為ではあるものの、著作物の享受を目的としません。2019 年に施行された著作権法では、第 30 条の 4 に、情報解析に用いる場合において、著作物の著作権の制限を認める(すなわち、著作者は「複製」等の行為に著作権を行使できない)ことが記述されています。

「作風」は果たしてアイデアか?

実は、上記の著作権の制限を認める規定には、「但し書き」が付いています。つまり、享受目的ではない行為に、無条件に制限が認められているわけではなく、著作権者の「著作物の利用市場と衝突する、或いは将来における著作物の潜在的市場を阻害する」ような恐れがある利用行為に対しては、著作権を行使できる可能性があるのです。

それでは、特定の作家の作品だけを学習した、いわゆるクローン AI は、この但し書きの条件に該当するでしょうか?仮に、ある作家のクローン AI が開発されて、作風を模倣した(ただし既存の作品には類似していない)作品が次々に公開されたとしましょう。もし AI 生成物の著作権が認められれば、第三者が著作権者として利益を得ることになるかもしれません。認められなければ、二次利用し放題になるかもしれません。いずれにせよ、生成 AI の厄介な点は、これらが桁違いの規模で起こり得ることです。

クローンAIは作者の利用市場あるいは潜在的な市場を阻害するか?

クローン AI に関しては、文化庁が取りまとめた素案の中に、作風だけでなく創作的表現も共通した生成物が著しく頻発するのなら、享受目的が併存すると考えられるという議論があります。クローン AI 開発を享受目的だと言えるのであれば、但し書きの解釈を議論するまでもなく、作者は著作権を行使できそうです。他方で、JASRAC から文化庁に提出された意見にある「作風はアイデアに属するものではなく、アイデアと表現との中間領域に位置するもの捉えるべき」のように、条文解釈の議論だけでは不十分で、立法も含めたより本格的な検討が必要な状況であるとする見解もあります。2023 年 4 月時点の情報になりますが、こちらの記事に関連する話題が丁寧にまとめられています。

最後に、この件に対する技術的な解決策(!)を紹介します。シカゴ大学の Sand Lab が開発した Glaze は、⼈間の⽬には判別できない形で画像のピクセルを変更し、AI には画像を実際とは異なるものと解釈させる技術です。これを使用すると、画像の見た目は維持したまま、独⾃の作風を AI に収集されないように画像を「クローク」できるとのことなので、勝手に作品を学習されたくない人には待望のツールかもしれません(参考:Glaze protects art from prying AIs)。

次回は、Firefly の生成物が著作権を侵害する可能性はあるのか?をお送りします!