アドビのビジネス向けクリエイティブイベント「Make it.」が東京と大阪で国内初開催
目次
- Generative AI: From Playground to Production
- ホントに、Make it!?
- クリエイティブと AI の新しい関係性
- 生成 AI がもたらすビジネスの変革と協創
- 生成 AI によるコンテンツサプライチェーンの変革
- 展示ブースでの交流と懇親会
Make it. は、企業内でのアドビ製品の活用を参加者と共に語るクリエイティブイベントです。例年、世界各国で開催されているこのイベントが、今年は 5 月に東京で、6 月に大阪で国内初開催されました。
東京会場では、4 月の社長就任以来、ほぼ初めての公の場への登場になる中井陽子がイベント冒頭に登壇し、就任直後にロンドンの Make it. に参加して多くの顧客がアドビ製品や生成 AI モデル Adobe Firefly を使ってプロダクティビティを発展させていこうと話し合う姿に感銘したと語り、今回東京でもその機会を持てることを大変嬉しく思うと、来場した大勢の参加者に挨拶しました。
アドビ株式会社 代表取締役社長 中井陽子
Generative AI: From Playground to Production
今回のイベントの大きなテーマの一つになっていたのは、「大量のコンテンツ制作を効率化する手段としての生成 AI」です。東京会場では、アドビ Express 製品グループ & デジタルメディアサービス担当シニアバイスプレジデント Govind Balakrishnan、大阪会場では、アドビ デジタルメディア事業統括本部 常務執行役員兼 CDO 西山正一が登壇したキーノート「Generative AI: From Playground to Production」では、現在がパーソナライズされた効果的な体験を提供するために、大量のコンテンツ制作を効率的に行う必要がある時代だとして、アドビの提案するビジョンが示されました。その中核を成すのは、先日 Image Model 3 ベータ版が発表された Firefly です。
アドビ Express 製品グループ & デジタルメディアサービス担当シニアバイスプレジデント Govind Balakrishnan
キャンペーン用のアセットを Firefly に学習させることにより、企業はカスタムモデルを構築できます。すると、ブランディングを反映したクリエイティブアセットを容易に生成できるようになります。カスタムモデルは作成した企業のものであり、学習に利用したデータは安全に保護されます。Firefly の学習に使用されることはないと Govind は説明しました。
デザイナーは Adobe Creative Cloud エンタープライズ版を、マーケターは Adobe Express を通じてカスタムモデルを簡単にワークフローに組み込めます。さらに、API を介した自動化によって短時間で大量のバリエーションを生成できる Adobe Firefly Services も提供されます。これらのツールは、企業におけるコンテンツ制作を将来的に改革するものだとアドビは考えています。
ビジネス向けのアドビのクリエイティブソリューション全体像
具体的な事例としては、IBM がソーシャルメディアキャンペーンに Firefly を採用してベンチマークの 26 倍のエンゲージメント率を達成したこと、電通とプルデンシャル・ファイナンシャルが Express を採用して、それぞれコンテンツ制作を最大 70% と 90% 効率化したことが紹介されました。また、アドビ自身が Firefly をビジネスに本格的に利用していることにも触れて、ソーシャルコンテンツの制作期間を最大 80% 短縮し、様々なチャネル向けに 5 倍の数の画像を制作できるようになり、エンゲージメントが 60% 増加したことが紹介されました。
アドビ デジタルメディア事業統括本部 常務執行役員兼 CDO 西山正一
ホントに、Make it!?
キーノートの次は、電通デジタル クリエイティブ領域執行役員 田中 寿氏と同社エクスペリエンステクノロジー部門デジタルアートディレクター 飯島 美喜氏によるセッション「ホントに、Make it!?」でした。このセッションでは、電通デジタルの AI 関連の取り組みの紹介に続けて、Firefly を活用して僅か 20 分で大阪公演のファーストビューを制作するというライブパフォーマンスが披露されました。後者は、イベントのもう一つの主要なテーマとなっていた、「クリエイティブなコミュニケーションの改善手段としての AI」を体現する内容です。(大阪会場では、「ホンマに、Make it!?」と題して、東京新名物のアイデアが 20 分間でビジュアル化されました)
電通デジタル クリエイティブ領域執行役員 田中 寿氏(右)と同社エクスペリエンステクノロジー部門デジタルアートディレクター 飯島 美喜氏(左)
デザインの現場では、言葉とビジュアルのやり取りが繰り返されます。通常であれば、ビジュアル制作に時間がかかるために、デザイナーが受け取った言葉を持ち帰って何案か制作して、再び打ち合わせに臨みます。ところが Firefly を使えば、即座に画像を生成できます。その場でビジュアルが提示された場合、現場のコミュニケーションは変わるのでしょうか?壇上の二人の掛け合いは「黒い和皿に乗っている美味しそうな湯気が出ているたこ焼き」というプロンプトの入力から始まりました。
Firefly が生成した 4 つのたこ焼きの画像
ここから田中氏が「タコがたこ焼きを焼いている」「タコをデフォルメして、色遣いをカラフルにする」「もう一匹タコを追加する」と次々にディレクションを出すと、飯島氏は Firefly を駆使しつつ、一つひとつ田中氏の目の前でこなしていきます。すぐにビジュアルを確認できるため、クリエイティブディレクターはより多くのアイデアを試す機会を得られますし、デザイナーはディレクターの意図を理解するより多くの機会を得られます。その場でアイデアが広がっていくために、ディレクターとデザイナーが一緒にブレインストーミングを行っているようにも見えるシーンでした。
タコがたこ焼きを焼いている画像を Firefly を使って生成
Firefly には、既存の画像を参照したり、画風や画角を指定できる様々なフィルターがあります。また、Adobe Photoshop や Adobe Illustrator の一機能として Firefly を利用することも可能です。飯島氏は、これらを組み合わせて求められる絵をつくるのは、やはりクリエイターだからできる仕事であると語りました。そこには当然プロンプト入力も含まれますし、これからのクリエイターには、ビジュアルを言語化する能力も大事になってきそうです。
フィルターやプロンプトを駆使して画像を指示された方向に変えるのはクリエイターだからこそできること
クリエイティブと AI の新しい関係性
二番目のゲストセッションは、株式会社サイバーエージェント クリエイティブディレクター 中橋 敦氏による「クリエイティブと AI の新しい関係性」でした。中橋氏は、同社の広告制作に関わる二つの領域で起きている変化について、アドビ製品の使い方を交えつつ順番に解説しました。
株式会社サイバーエージェント クリエイティブディレクター 中橋 敦氏
一つ目の領域は、広告バナーや静止画でコミュニケーションする領域です。インターネット広告は、ターゲティングできます。そして、古いクリエイティブはすぐに飽きられてしまうため、最適なクリエイティブをつくるには、どうしても数が必要になります。一方で、出稿するメディアは増えています。積み上げてきた人の力は大事にしながら、全てを人手で賄うことが難しくなってきたことに対応するため、同社が開発したのが「極予測 AI」です。
極予測 AI は、実際に配信する前にどのバナーが効果が出やすいかを予測するモデルです。これを利用して、制作したバナーの中から成果が出ると予測されたものだけを配信するという、「人的ディレクションから予測型の制作フローへ」と、現場が大きな転換点を迎えていると中橋氏は語りました。
極予測 AI は、配信前に効果が出やすいバナーを予測する
クリエイティブの大量生成も、人手で頑張るだけでは限界があります。サイバーエージェント全体では、四半期に約 10 万のバナーを配信しているそうです。この数がさらに増えていくと思われる状況で、Firefly や Express が生産スピードを上げるために活用されるようになっています。
デザインの現場では、アドビの Firefly や Express が生産スピードを上げるために活用される
中橋氏が紹介したもう一つの領域は、プランナーとデザイナーの掛け合いでアイデアを形にする領域です。言葉を投げかけてビジュアルで返すコミュニケーションには、言葉からビジュアルに変換する時に様々なロスが起きますが、クリエイティビティの掛け算によりジャンプが起きる瞬間もあると中橋氏は言います。このロスを減らしつつ、ジャンプの発生確率を高める翻訳機能のような形で Firefly や Express が使えるのではないかと組織的に導入を始めているそうです。
アートとコピーの翻訳機能として Firefly や Express を利用してコミュニケーションを改善
生成 AI がもたらすビジネスの変革と協創
東京会場の最後のセッションは、株式会社 THE GUILD 代表取締役社長 深津 貴之氏をゲストに迎えて、アドビ マーケティング本部 デジタルメディアビジネスマーケティング 執行役員 竹嶋 拓也が、生成 AI が業界やクリエイターに与える影響についての意見を伺いました。
株式会社 THE GUILD 代表取締役社長 深津 貴之氏
深津氏は、今は変化が速く振れ幅も大きい時期だとして、生成 AI の活用方法を考えるだけでなく、組織の柔軟性を確保することが重要になると指摘しました。クリエイターへの影響については、作業時間が短縮されて、コンセプトづくりやアイデア出しなど、何をやるべきかしっかり考えることが求められてくるという見解です。
AI は大量の企画案を生成することができるかもしれませんが、AI に伝えるべき情報を収集して選択したり、最後に一つを選ぶ責任を負ったりするのは人の仕事として残ります。すると、より問題の本質を理解することが重要になるため、クリエイターにはクリエイティブディレクターに近い思考や能力が求められることになるというわけです。
また、単純に生成するだけであればノンクリエイターにもできるようになるからこそ、クリエイターでなければつくれないものを提供できたり、マーケターの領域まで俯瞰する視点を持てたり、そうしたことが将来的に求められていくようになるだろうと深津氏は話しました。
株式会社 THE GUILD 代表取締役社長 深津 貴之氏(右)とアドビ マーケティング本部 デジタルメディアビジネスマーケティング 執行役員 竹嶋 拓也(左)
ビジュアルを具体化できるのは、今までクリエイターのある種の特権でした。それが生成 AI を利用できる時代になって、マーケターもプランナーもコピーライターも、アイデアを絵や動画として形にできます。すると、ブレインストーミングの最初から、全方向から完成度 8 割の案が上がってきて、その中からバランス取ったり善し悪しを評価したりといった進め方になるだろうと深津氏は予測しています。そうした全員がクリエイティブワークに足を踏み入れる状況では、自分なりの視点を持って価値を提案できる能力が、どの職種であっても一番重要になってくるのではないかと深津氏は語りました。
生成 AI によるコンテンツサプライチェーンの変革
大阪会場の最後は、アドビ デジタルストラテジー & ソリューションズ本部 プリンシパルビジネスデベロップメントマネージャー 阿部 成行による「生成 AI によるコンテンツサプライチェーンの変革」でした。
アドビ デジタルストラテジー&ソリューションズ本部 プリンシパルビジネスデベロップメントマネージャー 阿部 成行
阿部は、Firefly カスタムモデルをマーケティングに用いた事例として、アドビのコンサルチームが開発に関与したというヘアケアメーカーのメール配信システムを紹介しました。この企業では、サロンに来店した顧客の髪質に合ったシャンプーをサブスクリプションで販売しています。そのリテンションのためのメール配信に使用していた画像を Firefly により生成することで、時間とコストを削減するのが狙いです。
Firefly で生成する際、画像の品質もさることながら、企業のブランドイメージが伝わる仕組みが必要でした。そのために使われたのが Firefly のカスタムモデルです。これまでメール配信に使われた写真を学習させてカスタムモデルを構築し、さらには髪の色、長さ、ウェーブかストレートか等の顧客属性に応じた写真を生成するための専用 UI も開発されました。また、Firefly API を利用して、大量の画像を短時間に生成する機能も実現されています。
配信用の画像を一度に大量に生成できるシステム
阿部は、Adobe Summit で発表された、マーケティングコンテンツの作成を高速化するツール Adobe GenStudio の概要も紹介しました。今年後半の公開が予定されている製品で、生成 AI の助けを借りつつ、ブランドに即したコンテンツを迅速にプラン、制作、管理して、アプリやメディアに配信したら、効果を測定できるマーケティング部門のための統合環境です。
コンテンツサプライチェーンを最適化する Aodbe GenStudio
最後に阿部は自社の事例として Adobe MAX のキャンペーンを紹介しました。社内のクリエイターのチームが行ったキャンペーンは、生成 AI 活用により作業効率が上がり、様々なバリエーションをつくってテストすることにより、効果を上げることができました。また、クリエイターがつくったテンプレートやガイドラインを使って、マーケティングチーム主導で生成したコンテンツを配信したところ、こちらも大きく効果が上がりました。
アドビ社内の生成 AI 活用事例
このように、施策の頻度が少なくてクオリティーが求められる大型のキャンペーンと、SNS キャンペーンのような施策の頻度が極めて高くコンテンツのバリエーションが必要なキャンペーンの使い分けがこれからは重要であると言われています。これは、サイバーエージェントの現場で起きている変化として紹介された二つの領域とも重なります。イベント全体を通じて語られた「大量のコンテンツ制作を効率化する手段としての生成 AI」と「クリエイティブなコミュニケーションの改善手段としての AI」は、これからも注目される話題になりそうです。
展示ブースでの交流と懇親会
セッション会場の外には、様々なアドビ製品を紹介するブースが設けられていました。休憩時間や、全セッション終了後の懇親会では、ブースの周りにアドビ製品のビジネス活用を議論する参加者とアドビ社員、あるいは参加者同士の姿が溢れ、生成 AI モデル Firefly や Express への関心の高さを感じられる一幕でした。
- https://business.adobe.com/jp/blog/the-latest/dx-ibm-reimagines-content-creation-and-digital-marketing-with-adobe-firefly-generative-ai
- https://blog.adobe.com/jp/publish/2024/07/22/cc-firefly-guidelines-for-the-use-of-generative-ai
- https://blog.adobe.com/jp/publish/2024/01/30/cc-enterprise-cyber-agent-firefly-creative-traning