人間中心の考え方がビジネスサイドに重視されない理由を探る
前回の記事では、開発現場に人間中心設計の考え方が浸透しない理由について、様々な業界や企業のエンジニアにインタビューしました。
その結果、開発初期から人間中心設計プロセスの導入計画がされず、エンジニアだけではどうしようもないなど、ビジネスサイドの影響が大きいことがわかりました。例えば、クライアントから求められていないことにコストをかける理由は受注側には無いなどです。
そこで今回はビジネス側の方々に、良いユーザー体験を提供することの重要性に関する考えをインタビューしてきました。
投資対効果の判断が難しい
声 1「ユーザー体験の良し悪しは、定量的な数値で評価しにくい」(事業会社 プロジェクトマネージャー A)
エンジニアと同様に、プロジェクトマネージャーやマーケターからも、ユーザビリティやユーザー体験(UX)の価値を定量的な数値で評価するのが難しく、開発初期の要件定義に組み込むのが難しいという意見がありました。ブランディングやUXデザインが具体的に何をもたらし、どのような効果があるのかが不明瞭に感じられることがあるようです。
声 2「具体的にビジネスへの貢献度を示せないものに投資することは難しい」(事業会社 プロジェクトマネージャー A)
インタビューなどのリサーチやユーザビリティテストのリソースが無視できないことを指摘する意見もありました。プロジェクトにおいて、やりたいことすべてにリソースを割くのは現実的ではありません。リサーチが優先されるべき項目であることを示す根拠が数字として示されなければ、投資を承認できないという現場は少なくなさそうです。
必要な工数、および人材確保や教育のコストが大きい
声 3「単純にコスト増になる」(SIer プロジェクトマネージャーB)
人間中心設計のプロセスを導入すれば、インタビューなどのリサーチ、プロトタイピング、ユーザビリティテストなど、コストの増加は避けられません。社内に知識や経験を持ったメンバーがいない場合は、新たに人的リソースの確保や教育も必要になります。こうしたコスト含めると、金銭面の負担が膨らむことは事実です。
声 4「ユーザー体験や使いやすさ向上に十分な予算を取れるプロジェクトは少ない」(Web制作会社 ディレクターC)
プロジェクトでは、決められた予算枠の範囲内で、それぞれの作業に予算が割り振られます。多くのプロジェクトでは、人間中心設計プロセスに投資する重要性を認識していないか、していても他の優先事項にリソースを割り当てる傾向があるという声が聞かれました。
ただし、購入やサービスの継続率などのマーケティングが重視されるEC サイト、Web アプリケーションのプロジェクトでは、UX やユーザビリティが重視され、リソースも比較的多く割かれることがあるようです。
デザイナーがリサーチすることへの違和感
声 5 「ビジネスやマーケティングを理解していない人がリサーチをしてどのような成果を挙げられるのか」(コンサルティング プロダクトオーナーD)
デザイナーはビジュアルや UI の専門家ではありますが、プロダクトの成功に対して責任を持てる立場にはいません。そのため、ユーザー像やユーザー満足度の調査のような、プロジェクトの成否に重要な役割をデザイナーに任せることに対して疑問を持つ方がいます。
同様に、企画フェーズでデザイナーに何が期待できるのか分からないという声もありました。これは、仕様が決定された後のタイミングまでデザイナーに声がかからない大きな理由になっていそうです。
声 6「私もインタビューなどのリサーチを実施します」(SIer プロジェクトマネージャーE)
デザイナーやリサーチャーがプロジェクトチームにいなくても、プロダクトオーナーや新規事業担当者がインタビューやデータ分析などを行ったり、デザイン思考や UX デザインの標準的なプロセスに従わないまでも、人間中心設計プロセスの工程を実施しているケースが少なからずありました。肩書きに関係なく、様々な専門性を持ったメンバーが場面に応じてリサーチを担当することには確かに意味があると感じました。もしかすると、UX デザインはデザイナーがリードするものという考え方がネックになっている側面もあるのかもしれません。
みんなで取り組むことの重要性
今回のインタビューを通じてまず明らかになったことは、ユーザー体験の定量的評価の難しさです。それゆえに、リサーチ、プロトタイピング、ユーザビリティテストといった UX デザインに関わる活動を、プロジェクト内での優先項目にすることが困難になっていることが浮き彫りになりました。ブランディングやユーザー体験が大事だとは思っていても、具体的にどれくらい投資をすればどのくらい事業の売り上げや成長に寄与するのかわからないことが、実際の投資に至らない要因になっていそうです。
また、デザイナーはビジネスに責任を持てる立場ではないことが、デザイナーを主体とする人間中心設計プロセスの導入を困難にしている一因になっているようです。デザイナーがビジネスやマーケティングを理解する努力をするとしても、それらの分野でデザイナーとしての強みを活かせる役割があると意思決定者を納得させることができなければ、デザイナーに対する現状認識を変えることは難しいと思われます。
むしろ、人間中心のプロセス導入を促してビジネスの成功につなげるためには、専任の「誰か」ではなくて、ビジネス、デザイン、エンジニアリングのメンバーそれぞれが自分の役割に関わりのある作業であると認識して、共同で取り組むことが良い方策なのかもしれません。「声 6」で考察したように、異なる専門性を持つメンバーの視点が交わることには、望ましいユーザー体験の創出やイノベーションの促進など、好ましい効果が期待できます。ユーザー体験のデザインに、メンバーが職域を超えて関わることは、人間中心の考え方をプロジェクトに植え付けるのにも役立つでしょう。
もっとも、リサーチには UX リサーチャーなど専門職の方がいるように、人間中心設計のプロセスには技術的に難易度の高い作業がいくつも含まれています。その多くは、デザイナーの技術や経験無しでは難しいものです。例えば、難しい問題をシンプルに整理したり、イメージを視覚化するスキルは、ユーザーの理解には必須です。だとすれば、みんなでユーザー体験のデザインに取り組むことで、デザイナーの新しい活躍の場が生まれる可能性が見えてきそうです。会社やチームに人間中心の考えを浸透させるためには、それをリードする存在が必要です。デザイナーは、その推進役にはなれないのでしょうか?
次回の記事からは、様々なキャリアを持つ専門家へのインタビューを通じて、プロジェクトの成功におけるユーザー体験の重要性、組織に求められるデザイナーの価値、人間中心設計プロセスの導入のヒントなどを掘り下げていきます。これにより、デザイナーの活躍の場を広げるための参考となればと思っています。