楠田諭史|生成AIが拡げるビジュアル制作の選択肢。クリエイティブを効率化してクオリティを上げるAI活用法
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生成AI・3DCG・実写素材をPhotoshopでひとつに
「このビジュアルは、2024年10月の 阿蘇くまもと空港『そらよかエリア』開業に合わせて展開されたものです。飛行機や街灯、花の一部は3DCGを、動物や服のアレンジには生成AIを使い、実写素材と組み合わせながらAdobe Photoshopで制作をしました。ただ、3DCGも生成AI素材も、置いただけでは浮いてしまうので、レタッチや合成、加筆をしながらなじませていき、ひとつのビジュアルとして仕上げています。
これまでストックフォトや撮影した写真、3DCGの素材をもとにビジュアルを制作していましたが、生成AIの登場によって、素材の選択肢がひとつ増えた。そう感じています」(楠田諭史さん)
楠田さんが制作したビジュアルは、空港内だけでなく周辺施設のサイネージ、新聞、CM、広報誌等、多角的に展開されている
油絵の道からPhotoshopアーティストへ
楠田諭史さんは、デジタルアート作家として、そしてグラフィックデザイナーとして、広告物やCM、web等、幅広いフィールドで活躍するクリエイターです。Photoshopで緻密に構成された幻想的で独創的なビジュアルは、絵画的な構成力と美しさを湛え、見る人を魅了してやみません。
楠田さんがPhotoshopでこのようなビジュアルをつくるようになったきっかけは何だったのか。Photoshopとの出会いから紐解きます。
「Photoshopにはじめて触れたのは高校生のときです。
当時やっていたバンドのビジュアルを自分たちでつくるために、学校のパソコンに入っていたPhotoshopを使って写真を加工したり、合成したりするうちに、“Photoshopっておもしろいな”と思うようになりました。
楠田諭史さん
高校卒業後は、九州産業大学 芸術学部 美術学科 絵画クラスに進学。
専攻は油絵、描いていたのは古典絵画が中心でしたが、趣味として写真やweb、Photoshop以外のグラフィックツールにも取り組むなど、クリエイティブの基礎を着実に積み重ねていきました。
そして、卒業制作を機に、現在の創作につながるひとつの転機を迎えることになります。
「卒業制作のとき、自分で描いた絵を写真で撮り、それをPhotoshopで合成したものを、もう一度油絵で描く、という手順を採っていたんです。油絵は一度、描いてしまうと修正が難しいので、ある程度描くごとに写真に撮ってPhotoshopでその先をシミュレートする。これを繰り返すことで制作を進めていたのですが、それを見た教授が『デジタルに一度落としたものを油絵で描くとそこで劣化してしまう。デジタルの状態で十分、おもしろい』と言ってくださって。
油絵専攻だから油絵でないとダメだろうと思い込んでいましたが、デジタル作品での卒業制作を認めてくれたんです」
オリジナルアート作品「Origin」(2024)
油絵+写真+Photoshop……この組み合わせは、楠田さんにとって特別な手法ではなく、卒業制作以前から取り組んでいた、油絵制作におけるひとつのプロセスでした。
「以前から、趣味で撮っていた写真と学校で描いていた絵をPhotoshopで混ぜたらおもしろそうだとは考えていて、油絵の下絵づくりにもPhotoshopを活用していたんです。
そこでPhotoshopで写真を切り抜いて貼り合わせる、コラージュのような作業をしているうちに、油絵以上にPhotoshopがおもしろくなってしまった。いまやっていることも、基本的にはこの作業の延長線上にあることを考えると、Photoshopで卒業制作に取り組めたことは、今につながる大きなきっかけだったと思います」
3枚のディスプレイに液晶ペンタブレット、合計4面を駆使して制作を行なう
“ものづくりに関わる仕事がしたい”。
そう考えていた楠田さんは、卒業後、制作会社に就職。webを中心に、デザイン、印刷物制作と幅広い業務に関わることになります。
その後も、ブライダル写真、通販会社等、いくつかの仕事に関わりますが、日々の業務に追われ、気づけば3年近く、自主的なビジュアル制作ができていないことに気づきます。
「キービジュアルをつくるような仕事に携われればと思っていましたが、実務経験の少ない自分にはなかなかそうした機会もありませんでした。
作品もつくれないなかで、“自分は何がやりたいんだろう”と自らを見つめ直した結果、“もう一度、自分の作品で勝負してみよう”と思ったんです。
webは学生の頃につくったものがあったので、どんどん作品をつくって掲載をしていく。ポートフォリオサイトにも登録し、とにかく自分の作品を発信することから始めました」
オリジナルアート作品「森の行進」(2024)
数日に一度のペースで作品をアップし続けるなかで、ポートフォリオサイトでピックアップされたことも。そうした地道な活動が実を結び、少しずつ、仕事の依頼が届くようになります。
「知り合いもいない、ツテもない。いまにして思えば、無謀とも思えるチャレンジでしたが、運良く、すぐにお仕事をいただけたんです。最初の依頼はCDジャケットのビジュアル制作でした。
それから1年もしないうちに、アパレルブランドからクリスマスのイベントビジュアルをつくってほしいという依頼をいただきました。webメインで展開するものだったので、無数の商品写真をもとに森や自然をテーマにしたビジュアルをPhotoshopで制作したのですが、20日間ぐらい展開されて、最終的にはweb以外にもノベルティグッズもつくられることになって……駆け出しだった自分にとって、初の大型案件だったこともあり、本当にうれしかったですね」
楠田さんはこうした仕事の依頼について「運がいい」「人に恵まれている」と話します。しかし、実績にかかわらず依頼が来たのは、楠田さんの作品がもつ、Photoshopを駆使した圧倒的な品質と独創的な世界観があればこそ。写真でも絵でもない、リアルでファンタジックなそのビジュアルにクライアントが魅了された結果にほかなりません。
以降、仕事は仕事を呼び、人のつながりが仕事を産み、楠田さんは数々のビジュアル制作を手がけることになります。
Adobe Photoshopクリエイターギャラリー掲載作品/上:「空を泳ぐクジラ-東京 I-」下:「空を泳ぐクジラ -東京 II-」
https://creativecloud.adobe.com/cc/discover/article/creators-gallery-satoshi-kusuda?locale=ja
生成AIはあらたな素材の提供者
さまざまな素材をPhotoshopで繋ぎ合わせ、独創的な世界をつくりあげる楠田さんの目に、生成AIの登場はどのように映ったのでしょうか。
「これまでビジュアル制作の素材は、ストックフォトや撮影素材、3DCGがメインでしたが、生成AIはあらたな素材提供者になり得るのではないかとか感じました。『撮る』『買う』『3DCGでつくる』に加えてもうひとつ、『生成する』という選択肢が増やせるんじゃないかと。
実際に使うようになったのは、Photoshopに生成AI機能が追加されたタイミングです。初期の頃は、不自然な歪みや正確に描写できていない部分もありましたが、月を経るごとに修正されていくのが目に見えてわかりました。“これなら早い段階で仕事にも使えるようになるだろう”と思い、ほかの生成AIを含めて情報を追いかけるようになりました」
楠田さんがおもにアートワーク制作に使う素材はおもに写真・3DCG・生成AIの3種類。3DCGには任意の角度、パースで書き出せるというメリットがある
Photoshop+生成AIでクリエイティブワークを効率化
「生成AI=無から有を生み出すもの」と捉われがちですが、Photoshopには「生成拡張」「生成塗りつぶし」等、生成AI機能が組み込まれたレタッチ機能がいくつも組み込まれています。こうした機能は、楠田さんの作業を大幅に効率化しています。
「Photoshopの生成AIは、画像の補完能力がとにかくすごいですね。
たとえば、人物に木の葉がかぶっている/他の人の手が重なっているというとき、これまでであれば、地道にコピースタンプツールやスポット修復ツールで処理をするしかありませんでしたが、試しに生成塗りつぶしをしてみたら、びっくりするほど自然に、きれいに仕上がって。これまで時間をかけて、神経を使って調整した作業があっという間に終わりました。品質面でも時短という効率面でも、生成AIツールは十分に仕事に使えると思いました」
Photoshopがクリエイターの道具である以上、生成AIもまた、クリエイティブワークをサポートするもの。楠田さんのこうした使いかたはいままさに、クリエイティブに求められている生成AI活用法と言えるでしょう。
生成AIによる背景の拡張。こうした処理もこれまでは自然に仕上げるのは難しかった作業のひとつ
生成AIによる修正例|何もない木にツタを生成
生成AIによる修正例|灯りの消えたビルを明るく
Photoshop以外の生成AIツールや3DCGソフトも扱う楠田さんにとって、Photoshop上で生成AIを扱えるメリットは何なのでしょうか。
「Photoshopの生成AI機能がすばらしいのは、ツールと生成AIがシームレスにつながり、一体化していることだと思います。
たとえば必要な素材を別の生成AIや3DCGでつくろうとするとどうしてもツールを切り替える必要がありますが、日々、メインツールとしてPhotoshopを使っている身としては、些細なツールの切り替えが手間に感じてしまいます。
Photoshopなら余計な部分があっても、すぐそのまま補完処理ができますし、次の作業への移行もスムーズ。パースに合わせた生成ができるのも、Photoshopならではのメリットではないかと思います」
冒頭で紹介した阿蘇くまもと空港のビジュアルにも生成AIの素材と技術が活用されている
生成AIによる修正例|無地のTシャツにカーディガンを生成
一方、生成AIを日常的に使う楠田さんだからこそ気づく、難しさもあります。
「生成した画像をそのまま使うには、まだ粗があると感じています。
たとえば、人物なら関節や指に不自然な箇所がないか、生成された画像をしっかりチェックしなければいけませんし、修正のために部分を生成するときも、生成AIではどうしてもうまく処理できないケースでは、部分だけ写真撮影をして合成することもあります。阿蘇くまもと空港のビジュアルでは、スーツケースを持つ女性の手を自然なかたちで生成することができなかったので、手だけ撮影した写真を合成して仕上げました」
楠田さんにとって、生成AIによる画像生成は、あくまで作品制作における構成要素のひとつであると同時に、プロセスのひとつにすぎません。
生成AIでつくられた画像は写真や3DCG素材と同様、さまざまな調整によって楠田作品へと組み込まれていきます。
「生成された画像には、生成AIらしい独特の質感、“生成AIっぽさ”があるんです。これを素材としてビジュアルに組み込むためには、手作業で質感や色味、光の当たりかた、陰影を調節していく必要があります。
さらにそこにオリジナリティを加えていくことで、最終的に自分の作品と言える完成度へと高めるようにしています」
素材のなじませ処理例|陰影を描き加え、ビジュアルになじむように
素材のなじませ処理例|3DCGでつくったクジラの色合い、陰影を調整
生成AIについて、クライアントはどう感じているのか。生成AIを使ったクリエイティブについてさまざまな議論がある今だからこそ、楠田さんはどこにどのように使うのかを明示するようにしています。
「生成AIを使うときは、あらかじめクライアント側にもその旨を伝えるようにしています。ただ、生成されたものをそのまま使うわけではなく、ビジュアルの素材として自然になじませてしまうので、仕上がりに対して、“この部分が生成AIです”とお伝えしても、相手はそうだとは気づいていなかった……そうしたケースが多いですね」
同時に生成AIを扱ううえで、楠田さんが特に注意しているのが著作権です。
「意図せず、既存の著作物と同じようなものをつくっていないかどうか、作品全体だけでなく、素材のひとつひとつに至るまで、慎重にチェックしています。これは生成AIの登場とは無関係に、クリエイターならば当たり前にチェックしなければいけないことだと思っています」
クリエイターの可能性を広げる生成AI
生成AIの登場、Photoshopの機能強化等、近年、クリエイティブツールにAIが組み込まれるケースはますます増えています。こうした変化について、楠田さんはどのように感じているのでしょうか。
「生成拡張や生成塗りつぶしがPhotoshopに搭載されたことで、反復的な作業は圧倒的に効率化しました。この作業時間が減ったぶん、よりクリエイティブな部分に時間を割けるようになったこと、そして短時間でいろいろなアイデアを試せるようになったことは、生成AIの大きなメリットだと思います」
「もう少し俯瞰的な目で見ると、これまである程度のスキルが求められていた作業がAIの支援によって簡単に処理できるようになったことで、初心者でもハイクオリティな作品がつくれる環境が整ってきたと思います。
一方で、AIの進化でクオリティが上がるほど、個性に欠ける同じようなものがあふれてしまうのではないかという懸念もあります。
クリエイティブ全体のクオリティが底上げされるなかで、今後はますます、ひと目で自分の作品だと伝わるオリジナリティ、ストーリーテリングの力が求められるようになるのではないかと感じています」
クリエイティブを効率化する反面、画一的なデザインが量産される可能性もある生成AI。だからこそ、適切な距離感、バランス感覚を持つことが大事だと楠田さんは話します。
「今後、生成AIのクオリティがさらに上がり、“生成AIっぽさ”もない、写真と見分けがつかないレベルに達したとき、これまで写真で撮っていた素材が生成AIに置き変わるだろうという予感はあって。自分でもバランスを取っていかないといけないと感じています。オリジナリティすら生成AIに持っていかれないためにも、“生成AIはあくまでツールのひとつ”という距離感は保っていたい。
自分でつくってこその作品であって、生成AIに頼りすぎたクリエイティブは自分自身、つくっていておもしろくありませんよね」
いまに生きる基礎の学び。生成AI時代に必要なこと
「生成AIの精度が上がり、どんなにクオリティの高い写真、絵を出力できたとしても、最後に判断をするのは人間なんですよね。AIが完璧な構図で出してきた写真も、人間が手を加えることでさらにクオリティを上げることができる。
高校のときの先生が、光の強さや当たりかた、影の落ちかたのような基礎的な部分に厳しい方で、何度となく“基本をとにかく大事にしろ”と言われたのですが、その教えはいまでも頭に刻み込まれています。
生成AIのような技術が出てきたいま、生み出された画像を正しく判断し、活用するためには、こうした基本的なところが大事になってくるんじゃないか。そう感じています」
楠田諭史 Satoshi Kusuda
デジタルアート作家/グラフィックデザイナー
熊本県美術家連盟会員/ Adobe Community Expert
九州産業大学 芸術学部 美術学科 絵画クラス卒業後、フォトコラージュ(写真の組み合わせ・合成)に、油彩などの経験をいかしたデジタル・ペインティングを組み合わせた独自の手法で作家活動を開始。
作家として個展やグループ展に参加する一方で、グラフィックデザイナーとして様々な企業やアーティストのグラフィック制作を手がける。
各種広告物・CM・web・書籍の執筆など、さまざまなジャンルで活動中。受賞歴に「熊日広告賞2014 グランプリ・最優秀クリエイター賞」「熊日広告賞2015 グランプリ・最優秀クリエイター賞」がある。
https://euphonic-lounge.net/
本棚に並ぶ著書・共著本。海外で翻訳出版されているものも。
著作『Photoshopレタッチ・加工 アイデア図鑑』『Photoshop & Illustratorデザインテクニック大全』(SBクリエイティブ)、『Photoshopレタッチレシピ集』(技術評論社)
共著『フォトショの5分ドリル』(翔泳社)、『フォトショ 魔法のデザイン』(ソーテック)、『Illustrator & Photoshopデザインの作り方 アイデア図鑑』(SBクリエイティブ)など