Adobe MAX Japan 2025 セッションレポート:Web デザインの可能性を広げて、次のステップへ
Visional グループに所属して企業のブランドマネジメントに携わりながら、自らは S5 Studios でデザインプロダクション、S5 Style でデザインのキュレーションを行う田渕 将吾氏は、Adobe MAX Japan 2025 セッションの檀上で 20 年ほどのキャリアを振り返って、デザイナーに求められる役割が大きく変わり続けてきたことを実感していると語りました。 田渕氏の考えでは、その変化を引き起こしているのは、技術革新が可能にした新しいワークフロー、より良い顧客体験のための画面の外側も含めた視点への要求、複雑化してデザイナーだけでは解決できない課題の増加です。
こうした状況に向き合う中で、田渕氏は、自身の活動領域を広げることが求められていると認識するようになったそうです。画面上のデザインを磨くだけでは不十分で、視点を広げなければ本質的な課題解決はできないのが現状だとするなら、デザイナーは画面の外にある視覚的ではない要素と向き合う必要があります。それらをデザインする状況を、「デザインの透明化」と田渕氏は表現しました。そうして田渕氏がたどり着いたのが「見えないデザイン」という視点です。
領域を超えて一連の体験をつくるデザイン
田渕氏が紹介した一つ目の「見えないデザイン」は、領域を超えて体験をつくるデザインです。
以前であれば、プロモーションサイトの役割は、製品やサービスの魅力を伝えて、ユーザーにアクションを促すことでした。そのために、視覚的なインパクトのあるビジュアル、商品の特徴を分かりやすく伝えるコピー、説明文やボタンを目立たせる配色や配置、スムーズなナビゲーションやそのための情報の整理が、一般的にデザインと呼ばれていたと田渕氏は振り返りました。
一方、近年のプロモーションでは、ユーザーの認知獲得から購入後のフォローまでの体験全体を設計することが当たり前のように求められています。ユーザーは製品の情報を得るだけではなく、ブランドの世界観やストーリーに共感し、世間の評判や他人の感想を通して良い品かどうかを実感してから、購入を決めるようになりました。
ブランドとユーザーの接点全体をデザインするとなれば、デザイナーは、与えられた領域に閉じこもっているわけにはいきません。田渕氏は、「役割や領域が別かれていることに疑問を感じないままデザインをしていましたが、周囲の領域にも考えを巡らせるようになって、それまでは孤立していた各領域が徐々に線でつながるようになりました」と自らの体験を話しました。自分の枠を超えて行動していくと、ユーザーにとって印象に残る体験につながることに段々と気づいたそうです。領域を超えて、視覚的ではない情報をデザインに活用することが、「見えないデザイン」の一つ目です。
AI により人の手が不要になるデザイン
二つ目の「見えないデザイン」は、技術の発展によってデザイナーの手が不要になるデザインです。
田渕氏は、生成 AI がデザインを一瞬でつくり上げるデモ動画を見た時に、モヤモヤした気持ちを感じたそうです。当時は、「デザインは、人間が考えて試行錯誤しながら生み出すもの」と思っていたことが、違和感を感じた理由でした。その後、実際に生成 AI を試してみて、AI はデザイナーから何かを奪うものではなく、むしろより創作的で創造的な部分に集中するためのツールだと見方を変えています。
デザインプロセスでは、複数のデザイン案を作成して比較検討し、ユーザーテストを行って修正を重ね、ブランドを反映させるためのリサーチや試作を行います。重要な作業とはいえ、デザイナーはこれらの反復作業に時間が取られがちです。AI が試行錯誤の一部を自動化できるなら、デザイナーは、アイデアを考えたり、クラフトを突き詰めたりする時間をより多く確保できます。
AI が得意な作業を理解し、デザイナーの役割を再定義する行為を通じて、田渕氏は AI を何でも知っていて即座に対応してくれる優秀な同僚と捉えるようになりました。その優秀な同僚が実力を発揮するには特殊なマネジメント能力が必要になるだろうと語ります。これにより、AI が隣で支える「見えないデザイン」を活用したテクノロジーとの共創が可能になると田渕氏は語りました。
チーム連携のために裏側で暗躍するデザイン
三つ目の「見えないデザイン」は、異なる職種をつなぐ架け橋として、制作物のクオリティを底上げするデザインです。
以前のプロジェクトでは、デザインは制作工程の一部に過ぎず、与えられた仕様に沿ったビジュアルを検討して、その成果をエンジニアに渡すまでが役割でした。それが今では、プロジェクトの軸となってプロセスを整え、チームの共通言語をつくる役割が求められるようになってきていると田渕氏は感じています。
経営層と対話して、本質的な課題を理解した上でタグラインやビジュアルに変換する。マーケターと連携して、ユーザーの行動やインサイトの関連性を見える化する。エンジニアと協力して、提供したい価値を演出に落とし込むための絵コンテを作成する。このようにデザイナーは、ブランドのビジョンを視覚化して共有するために必要な能力を持っています。
田渕氏がこの変化に適応する過程では、デザイナーがどこまでチームの中に踏み込むべきなのか、目の前のデザインがおろそかにならないかといった葛藤を抱えていたそうです。しかし、実際にプロジェクトを進める中で、チームの視点を統一させることは、デザイナーだからできる仕事だと思うようになりました。最終的にユーザーが目にする完成されたビジュアルは、デザイナーが中心となって他の職種と連携を重ねた成果なのだとすれば、その連携を実現するための「見えないデザイン」が現代のデザイナーに求められている重要な役割だという田渕氏の話には説得力があります。
まとめ
3 つの見えないデザインについては、それぞれを代表する事例も紹介されました。「境界を見定めて越える意識を持つ」「テクノロジーを味方にして自分をアップデートする」「チームを導いて同じ方向へ進む」これらは、ユーザーに自然で心地よい体験を生み出す重要な行為だと田渕氏はいいます。デザインが単に美しいものをつくるだけではなくて、ユーザーの体験を深めてプロジェクト全体を成功に導く力を持っており、その力を発揮するために「見えないデザイン」があるという田渕氏の切り口は、デザイナーがキャリアを考える際に、前向きで有用なヒントになりそうです。
最後に田渕氏が強調したのは、デザインは自分一人の力だけでは限界があり、だからこそ、広い視野を持って、関係する人達と共にデザインを考えるべきだということです。「見えないデザイン」は、多くの人と関わることでより大きな価値を生み出すための考え方とも言えそうです。
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