Adobe Firefly を適切に活用するための著作権との付き合い方 第8回 クリエイターが生成 AI に物を言うために必要なもの

2025 年になっても、相変わらず生成 AI 関連の技術の進歩には目を見張るものがあります。一方、デジタルメディアを制作するクリエイター達の権利を守る環境づくりも、ゆっくり、しかし着実に前進しています。今回は、新しく公開された Adobe Content Authenticity ベータ版を題材にして、クリエイターが権利を主張できるようになるために必要なことを検討してみます。

Adobe Content Authenticity ベータ版でできること

先日ベータ版として一般公開された Adobe Content Authenticity アプリケーション(以下 ACA アプリ)は、主に 2 つの機能を持っています。

  1. 認証済みの名前や SNS アカウント(Instagram、X、LinkedIn、Adobe Behance)へのリンクをコンテンツに添付できます。これによりクリエイターは、コンテンツが誰に帰属するものかを主張できるようになります。
  2. 生成 AI のコンテンツ学習および使用に対し、作者としての要望を追記できます。その際、クリエイターは「拒否」を選択できます。

出典: アドビ

現在、ACA アプリには、JPEG または PNG ファイルを最大 50 個アップロードして、指定した情報を一括して適用できます。動画や音声など、他の種類のメディアファイルへの対応も、近い将来に予定されているそうです。

出典: アドビ

ACA アプリが登場したことで、コンテンツが誰に帰属するもので、それをどのように扱われたいのかを手軽に設定できるようになりました。生成 AI ベンダーとしては、「モデルの学習に使用しているコンテンツが誰のものか調べようがないから…」といった類の言い訳はできないことになります。現状では法的な拘束力がないとはいえ、既に流通しているコンテンツに帰属情報を後付けすることはできませんし、早めに ACA アプリの使用を開始するのは悪くない考えだと思います。

ちなみに、コンテンツに生成 AI モデルの学習や使用に関する要望を付けたとして、それを遵守する生成 AI は、今のところ Adobe FireflySpawning の 2 つだけです。もちろん今はまだ ACA アプリのベータ版が限定公開されたばかりですし、今後、クリエイターの意思を尊重する生成 AI ベンダーが増えることは期待したいところです。

ACA アプリの基盤になっているのは、C2PA が標準化を進めている、コンテンツ認証情報の仕様です。コンテンツ認証情報には、コンテンツの基本情報(作成日、発行者、サムネイル等)や ACA アプリで追加した情報を記述できます。また、C2PA 対応のデザインツールを使えば、どのようにコンテンツを作成したかという履歴を残すことも可能です。Firefly で生成したコンテンツには、C2PA 準拠の来歴がもれなく付いてきます。 この連載の第 5 回に書いたように、 C2PA の技術は、悪意のある行為を阻止するというよりは、透明性のあるコンテンツ運用をしたい人々や企業に有用な手段を提供するためのものです。

C2PA コンテンツ認証情報が持つ耐久性

クリエイターが、ACA アプリを使ってコンテンツに情報を追加する際には、以下のような結果を期待しながら使うのではないでしょうか。

デジタルコンテンツの特性上、特に最後の点に 100% 応えることは困難です。しかし、ある程度の耐性を持たせることは可能です。C2PA の場合は、以下の 3 種類の技術の組み合わせにより、この課題に対応しようとしています。

  1. 電子署名されたメタデータ
  2. 電子透かし
  3. フィンガープリント

1 番目は、メタデータとしてコンテンツに情報を付加する方法です。コンテンツと共に流通するため、情報を簡単に取得できるという利点があります。第三者がメタデータを書き換えることは容易ですが、電子署名と組み合わせることで、改ざんがあれば確実に検出できます。

2 番目の電子透かしは、人間には検出できない方法で、コンテンツに少量の情報を埋め込むものです。解読には専用の検出ツールを使用します。C2PA の電子透かしは、画像のクロップや回転に対応します。ACA アプリで書き込んだ情報がスクリーンショットに耐性があるのも、C2PA の電子透かしが対応しているためです。

3 番目のフィンガープリントは、人間の指紋に相当するもので、コンテンツを特定するために利用できる特徴を抽出し、別ファイルとして保存したものです。ある程度の改変があったとしても、フィンガープリント同士を照合することで、元コンテンツの可能性が高いものを示すことができます。

それぞれの技術には固有の弱点があります。たとえば、メタデータは、故意あるいは過失で削除されることがあります。電子透かしは、コンテンツの視覚的・聴覚的な質に影響を与えないように埋め込むため、扱えるデータ量が限られます。そして、フィンガープリントによる検証は曖昧になることがあり、常に確実さを期待できるものではありません。

しかしながら、これらを適切に組み合わせて使用すれば、それぞれを単独で使用するよりも、堅牢かつ安全なアプローチを構築できます。C2PA では、各技術の特長を以下のように捉えて、それぞれの長所を活用しつつ、弱みをカバーしています。

出典: アドビ

コンテンツ認証情報の耐久性を強化する手順

それでは、コンテンツ認証情報を作成する際に、どのように上で紹介した 3 つの技術が使用されるのかを確認します。下のステップは概要を紹介したものです。詳細は C2PA のサイトをご参照ください。

  1. コンテンツに電子透かしを入れる。電子透かしには、短い識別子と、署名済みコンテンツ認証情報を取得できる場所をコード化する。
  2. 電子透かしが埋め込まれたコンテンツのフィンガープリントを計算する。
  3. 1 の識別子と 2 のフィンガープリントをコンテンツ認証情報に追加する。
  4. 改ざんを検証できるように電子署名を行う。
  5. コンテンツ認証情報をコンテンツにメタデータとして書き込み、同時に、専用のサーバーにも保存する。

コンテンツ認証情報を確認する場合のプロセスはこの逆になります。メタデータもコンテンツも損なわれていなければ、署名を検証して、取り出した帰属情報などのデータを表示するだけです。

メタデータが削除されている場合は、電子透かしとフィンガープリントの出番です。電子透かしを解読して識別子を入手したら、その識別子を使って、リモートに保存されているコンテンツ認証情報を検索します。該当するものが見つかったら、フィンガープリントを使用して一致する度合いを調べます。これにより、電子透かしがなりすましではないか、不正にデコードされていないかを確認します。最後に、データの暗号的な整合性を検証し、改ざんの有無を確認します。

コンテンツが(クロップとか回転とかではなく)編集されている場合、軽微な修正であれば類似の画像がサジェストされます。フィンガープリントによる検証には曖昧さがあるため、基本的には別コンテンツとして扱われることになると考えておいた方がよいでしょう。(悪意ある行為の検出を目的にしたツールではないということで)

また、サーバーに情報が保存されることからは、公開を前提としないコンテンツ(たとえばプライベートな写真)に ACA アプリを使用するのは非推奨と言えそうです。必要があれば、Adobe PhotoshopAdobe Lightroom など、コンテンツ認証情報に対応するアプリを使えば、ローカル環境で C2PA コンテンツ認証情報を追加できます。

出典: アドビ

クリエイターが権利を主張できる環境

自身の権利を守りたいと感じているクリエイターにとって、ACA アプリはこれまでにない形で公開コンテンツの権利を主張できる手段です。アドビも、それが必要だと考えたからこそ、ACA アプリを開発したのだと思います。しかしながら、法的根拠が無い現状では、強制力のない情報を付加しているに過ぎません。

昨年、C2PA の運営委員会に Amazon、Google、Meta、OpenAI と錚々たる企業が参加しました。そう言われると、C2PA の仕様が業界標準になる未来は近づいているように思えなくもありません。そうなれば、コンテンツの帰属情報に対する社会的な認知が拡大して、クリエイターの権利を保護する法案成立の後押しになるかもしれません。(もし実現するとしても、だいぶ先の話になりそうではありますが)

ただ、それ以前に、ACA アプリ、そしてその基盤である C2PA の仕様が、クリエイターのニーズに応えるものであるかは気になるところです。そもそも「簡単に削除されない帰属情報を付けないままコンテンツを公開したくない」という発想がクリエイターやメディア配信プラットフォームにとってあたりまえになり、そのための手間をいとわないようにならなければ、 ACA アプリのようなツールの存在意義は大きくありません。ACA アプリのベータ版がどう受け入れられるかはアドビも注視するでしょうから、クリエイティブコミュニティにとっては、望ましい環境に向けた主張をする良い機会になりそうです。