Adobe Firefly を適切に活用するための著作権との付き合い方 第7回 生成 AI 利用者が持つ権利は?
前回は、生成 AI とデザインプロジェクトの関わり方をいくつかのケースに分けて、それぞれの場面における著作権侵害のリスク評価を試みました。今回は、前回検討できなかったケース、具体的には、AI 利用者の権利が曖昧であることにより懸念される業務利用上のリスクを取り上げます。
著作権が保証されない納品物
今の時点で、AI 生成物の著作権についての明確な基準は日本に存在していません。また、今後たとえ明文化されたとしても、文章として記述されたルールを、法律の専門家ではないクリエイターが厳密に運用するのは難しそうです。著作権の登録申請を行えば、著作権の有無を明確に確認できそうではありますが、AI 生成物を全て申請することが現実的であるとは思えませんし、本来これは登録制度の正しい利用方法ではありません。結局のところ、多くの場合に、こうした曖昧さを抱えたまま AI 生成物を利用することになりそうです。
しかしながら、納品するアセットに関しては、著作権の有無を曖昧なままにはできない場面もあるでしょう。たとえば、以下のような状況での契約は、著作権が無いと結べません。
- クライアントから、著作権の譲渡を求められている
- クライアントから、利用許諾を求められている
- クライアントには、ライセンス料を要求したいと考えている
基本として、プロジェクトで生成 AI を使用する場合は、事前にクライアントの了解を得ておいた方が良いと思われます。著作権が 100% 必要なプロジェクトでは、現状、従来のように手作業のみで制作する選択しかないかもしれません。
そもそも、クライアントには、どこまで人がつくると期待されているか?或いは、デザイナーとしてどこまで人がつくるべきだと考えるのか?という話もあるでしょう。当面は、この点も含めて、契約時に詳細に確認した方が良さそうです。
AI 生成物のオーナーシップは誰のもの?
さて、かように著作権が曖昧だとすると、オーナーシップが誰に帰属するのかが気になるところです。自分の所有物ではないものを、クライアントに納品することはできないからです。幸いにも AI 生成物のオーナーシップについては、著作権ほど曖昧ではありませんが、いまだにあるべき姿についていくつかの考え方が議論されている段階のようです。ここでは 3 つの可能性を紹介します。
1. AI 利用者のものという解釈
一つ目は、「AI は人が使う道具」であり、道具を使って出来上がったものは、道具の利用者の所有物になるのがごく自然なことであるという考え方です。
カメラで何かを撮影した時、撮影された写真の所有権をカメラメーカーが主張するという話は聞いたことがありません。Photoshop を使って作成した画像の所有権を心配する人はいないでしょう。生成 AI についても、同様であるべきと考える人は多いのではないでしょうか。アドビは、生成 AI サービス運用のために許諾されるライセンスが、利用者の所有権を置き換えるものではないと明確にしているとのことですので、この立場にあるようです。
AI は人が使う道具の一つであると考えられるか Adobe Firefly で生成
2. サービスを提供している企業のものという解釈
二つ目は、AI が生成したものなのだから、そのアセットを生成した AI(の開発者や提供者)がオーナーシップを持つべきという考え方です。
指示を受けてクリエイターが制作した作品は、指示を出した人ではなくクリエイターのものです。同様に、与えられたプロンプトから AI が生成した作品は、プロンプトを入力した人ではなく、AI サービスを提供する側のものだろうというわけです。
実際、生成 AI サービスを提供する企業側が、オーナーシップの所在を規約で定めるケースが現在の主流のようです。この記事には、Google は今年 4 月に生成物のオーナーシップを主張しないと規約を変更したと書かれています。同記事には、OpenAI も、条件はあるようですが(詳細は書かれていません)、ユーザーに生成されたコンテンツの利用を認めていると記述されています。オーナーシップの所在が、サービスを提供する企業次第であるとするなら、長期的に生成 AI を使い続ける上での懸念として感じる人もいるのではないでしょうか。
生成 AI 利用者は規約により企業から権利を与えられていることが一般的 Adobe Firefly で生成
3. 公共物に準ずるものという解釈
三つ目は、生成された瞬間から公共の財産として利用できるべきという考え方です。
この手の主張の根拠としてよく見かけるものは、以下の 2 つです。
- アルゴリズムにより生成されたものを著作物と呼ぶことが難しい
- ネット社会を前提にすると、クリエイティブ・コモンズのような考えが必要では?
クリエイティブ・コモンズは、インターネット時代に対応するために考えられた新しい著作権ルールで、制作者の権利を守りつつ、誰もが平等に作品を共有できるような権利として考えられたものです。生成 AI の時代においても、同様のアプローチが有効である可能性はあるのかもしれません。
クリエイティブ・コモンズは著作権有りと無しの間を埋める
この三つ目の考え方はやや突飛に見えなくもありませんが、利用する AI ごとに規約を確認する必要がなくなったり、生成 AI を提供する企業の方針変更を心配する必要がなくなったりすることが期待できます。生成物の著作権をほぼ得られなさそうな点はマイナスですが、使い方が制限される分、その範囲内なら安心して使えそうです。たとえば、以下のようなユースケースです。
- アイデア出しの壁打ちの相手として
- 制作に使用する素材入手の手段として
- 著作権を求められていない納品物制作の手段として
改めて道具としての AI について
第 2 回で紹介したように、AI 生成物の著作権に対しては「AI を道具として使用した場合は著作権あり」という指針が示されています。けれども、そもそもクリエイターとして、使うと著作権が怪しくなるものを道具と呼べるでしょうか?という観点からは、この指針はトートロジーであるように思えなくもないものです。
とはいえ、本質的には、法制度に頼るのではなく、AI 技術自体が、人の役に立つ道具として開発されるべきなのでしょう。Adobe Firefly には、既存画像のスタイルを参照や構成を参照する機能、指定した領域の周囲に馴染むように塗りつぶす機能など、クリエイターのニーズとワークフローに沿うよう配慮された機能が揃っています。
Adobe Firefly では、参照画像の構成に一致する画像バリエーションを生成できる 出典: 画像の構成を一致させる
元来アドビには、Adobe Sensei ブランド下で被写体を選択やコンテンツに応じた塗りつぶし等の、クリエイター視点で設計された AI 機能を提供してきた歴史があります。Firefly もその伝統を引き継いで、生成画像の品質だけでなく、画像が生成できるとどんな場面で嬉しいのか?まで考えて開発されていることは、あまり注目されていないようですが、Firefly の特徴的な側面だと思います。
- どのような状況で何を達成するために使われるのか?
- 人間の手足になるのか?独立したエージェントとして人間の相手をするのか?
- どのようなインターフェイスで使われるのか?
この点に関しては、コネクリさんやタマケンさんのデモ動画を見ると、道具としての生成 AI の可能性をより明確に感じていただけると思います。
クリエイターと生成 AI が共存する社会
今日の生成 AI の性能の高さはネットに公開されている作品の質の高さの証明でもあり、ひいてはクリエイターの日々の努力の賜物です。持続可能な AI 社会の実現には、クリエイターの権利の確保と、著作者への還元の仕組みは欠かせないものになるはずです。
第 3 回で紹介した、自分の作風を AI に盗まれないように守るためのツール Graze を開発した米シカゴ大学のチームが、AI を攻撃するためのツール Nightshade を新たに公開しています。このツールは、たとえば、人には牛に見える絵を、AI には革財布に見えるように変えることができます。すると「牛」のプロンプトで AI が革財布の絵を生成する可能性が生まれます。
AI により将来への不安を抱えたクリエイターには、こうしたツールを使用する十分な動機があります。そんな方向にエスカレートする前に、適切なガイドラインが示されることを願いつつ、本連載を終わりにしたいと思います。
- https://blog.adobe.com/jp/publish/2024/06/03/cc-firefly-generative-ai-and-copyright-risks-and-usecases
- https://blog.adobe.com/jp/publish/2024/05/07/cc-firefly-generative-ai-and-copyright-authenticity-of-ai-generated-content
- https://blog.adobe.com/jp/publish/2024/04/08/cc-firefly-understanding-copyright-to-utilize-fireflty-copyright-infringement-and-generative-ai