クリエイターのキャリア別もやもや資料室【第 3 回】ジュニア編:「ちょっとできるようになった」その先にある、もやもやの正体

この連載では、クリエイターのキャリアの段階ごとに訪れる「もやもや」と向き合いながら、それに対処するヒントを探していきます。第 1 回・第 2 回では、未経験者が最初の一歩を踏み出すまでの悩みに光を当てました。今回はそのちょっと先の未来についてお話しします。

念願かなってクリエイターとしての一歩を踏み出した人たちが、現場に入り経験を積み始めると、少しだけできるようになった分だけ視界が開けて悩みの種類が変わってきます。

思っていた以上に地味で、タフで、想像していた華やかさとは違う現実。一生懸命頑張ってはみるものの、正解が見えない。ちょっとレベルアップしたからこそ、「これでいいのかな」と立ち止まってしまう瞬間。そんな世界を理解し始めた人たちの多くがぶつかるいくつかの「もやもや」と、その処方箋的な内容をこの記事ではお届けします。

教えてもらえない場所で、どう学び続けるか

「先輩がいない」「教えてもらえない」「放置されている気がする」。ジュニアのクリエイターからはそんな声をよく聞きます。

けれど、この業界の現場は、自分のタスクを抱えて時間に追われながら仕事を進めている人たちばかりです。都合よく手を差し伸べてくれる誰かはいない方が普通です。

だから、「教えてもらう」をいったん手放して、「学び取る」姿勢に切り替えることが必要になります。私が見てきた中で、ジュニアとして結果を出す人に共通していたのは「観察の力」です。

隣の席の先輩がどう顧客に説明しているかをメモする。別部署の打ち合わせに同席してその人たちの関心事を知る。社内の資料を(念のため許可は取ってから)読み込む。そういった地味な行動は、継続すれば確実に「観察の力」になっていきます。「観察の力」を身につけて、知識を「教えてもらう」から、現場で起きていることを「読み取る」に姿勢に切り替えられれば、学びの質は大きく変わります。

今は環境に恵まれていないと思ったら、足りない部分は自ら補いに行きましょう。オンラインコミュニティに参加したり、もくもく会を開いたり、SNS で制作ログを発信したり ── そうした行動の積み重ねが、気づけば明確な差になっているはずです。

この「もやもや」でつまずく人たちは、環境や上司への不満を口にするだけで行動を起こさなかった人が多いように思います。「誰も教えてくれない」と「自ら取りに行く」の意識には大きな差があります。学びの場を得られるかどうかは、案外自分次第だったりするのです。

孤独な環境、助けを得られない状況。これは、どの職場でも共通しています。押し寄せる不安は、「ようやく自分の力で立とうとしている」証拠です。今いる環境に流されるのではなく、乗りこなす覚悟で向き合うこと。それが、チャンスをつかみ、強く成長していく秘訣だと思います。

仕事の壁 ― 忙しさと不確かさの中で、どう成長を見出すか

仕事のやり方に慣れ始めると「これでいいのかな」と迷う瞬間がやってきます。 クライアントは受け取ってくれるだけ。上司や先輩からも特に反応がない。 成果が数値に現れない。淡々と業務が進んでいく。そんな状況下で「自分の仕事は間違っていないか?」と不安になるのは自然なことです。

そんな時、考えすぎて立ち止まっても何も解決しません。それよりは、まずは目の前の仕事に 120%集中し、やり切る姿勢が確実に力になります。手を止めて完璧な答えを探すよりも、試行錯誤を重ねるほうがずっと早く成長できるのです。

そして、もう一つ大事なのが「振り返り」です。方向がズレているなら、後で直す努力が必要です。全力で取り組んだ仕事からは、多くの気づきを得られます。特に、クライアントがいて、現実の課題があり、実際に誰かに届いた仕事。それは何よりも濃い学びの素材です。

納品して終わりにせず、「何が良かったのか」「どこでつまずいたのか」「次はどうするか」を書き出してみてください。その一手間で、経験が知識に変わり、次への再現性が生まれます。あるデザイナーは、案件ごとに「5 分ふりかえりメモ」を続けていました。最初は数行のメモから始まったものが、1 年後には分厚いノートに育ち、自分の成長を可視化する「最高の教材」になっていたそうです。

「忙しくて時間がない」という声もよく聞きます。ただ、やっている人は、忙しい中でもやっています。先述の 5 分の振り返りなら、移動中や就寝前のわずかな時間を使えばできます。その短い時間の積み重ねが、大きな成長につながっていきます。

ジュニアの時期に、自分の仕事に不安を覚えるのは無駄なことではありません。むしろ、自ら学びを抽出する意識を獲得できるチャンスです。

キャリアの壁 ― 方向性を“仮置き”して進む勇気

「このまま進んでいいのかな」「次はどこを目指せばいいんだろう」。ジュニア層からはそんな悩みをよく聞きます。

SNS の投稿、成功した転職の体験談、先輩のアドバイス。キャリアに悩んだら、情報は様々な場所で得られます。まだ経験の乏しいジュニア層にとって、それらはどれも大切な情報ですが、鵜呑みにすると、キャリアは途端に迷走し始めます。そうした情報は、キャリアそのものではなく、誰かのキャリアのある時点にすぎません。どれだけ精緻な情報を手に入れたとしても、今の自分がそこに至るためにどの道を選ぶかは自分で決めなくてはなりません。自分の地図を描き始めたばかりのジュニアには、かなり困難な行為です。

この「もやもや」にまず必要なのは、「自分が何者で、何を大事にしたいのか」という軸を見つけることです。クリエイターとして働き始めて感じていること。それと真摯に向き合ってみてください。

ここで多くの人がつまずくのは、「一度決めたら簡単には変えられない」と思ってしまうことです。でも、キャリアはそこまで固定するようなものではありません。経験を積めば、見えるものは変わるものです。世の中もいつの間にか変化します。私はよく、「キャリアは仮置きで構わない」と伝えています。

まずは今の仕事をやりながら、自分の立ち位置を確かめていきましょう。「とりあえず今はここにいる」と自覚するだけで、地図の見え方が変わります。そこから少しずつズラしながら、「もしこうだったら」「こうなれたら」と想像を重ねて進むべき道を探ればいい。仮置きの前提を持つことが、キャリアを柔軟に思考するための余白をつくります。そうして自分の地図の範囲を広げられたなら、それが自分の可能性を見直す良い機会になります。

時代の壁 ― AI との共創を“学びの加速装置”に

AI は、いまやクリエイティブの現場に当たり前のように存在しています。ツールは次々と登場し、できることも増えました。クリエイターにとって「AI とどう付き合うか」は、無視できない大きな課題であり、同時に可能性でもあります。

筆者個人としては、AI を「生産性と創造性の両方を少しずつ押し上げてくれる相棒」のように感じています。もちろん、権利や倫理の問題には無視できない側面がありますが、距離を置きすぎるよりは、手の届く範囲で主体的に触ってツールとしての使い方や特徴を理解する。使えそうな場面があったら、実践投入して試してみる、そのくらいの距離感が今はちょうどいいように思います。

ジュニア層にとって、AI は学びの加速装置にもなると思います。その使い方に大切なのは、「答えをもらう」ではなく「問いをもらう」姿勢だと考えています。AI の出力には、思ってもみなかった角度から投げかけられる問いが見つかることがあります。それらを思考の起点にして得られたアイデアを並べ、比較し、言語化する過程で、自らに内在する知と知がつながる感覚を得られるでしょう。問いをもらって、デザイン案を磨く。文章を整える。コードを検証する。そんな対話的な使い方をすれば、一人で悩んでいるよりも思考のスピードも深さも上げられます。

ただし、AI の出力はあくまで仮説です。リファレンスをたどり、ソースを確認し、自らの判断で選び取る。この「裏を取る動き」は人間的な営みです。AI を使うことで、学びのスピードは上がるとしても、クリエイティブが最終的に目指すのは「効率」ではなく、「伝わるものをつくること」であるはずです。ですから、AI が生成したデザインに、自らの選択でゆらぎや余韻を残す。自分の感情をにじませる。その選択の積み重ねが体温となり、伝わるものづくりにつながっていくと思います。

恐れず、使いながら考え、考えながら手を動かす。その往復の中に、AI と人だからできるクリエイティブがきっとある。これからの時代は、その柔らかな共創が、ものづくりの新しい地図になるように思います。

不安を燃料にして前に進む

思い通りにいかないこと。

評価されないこと。

迷うこと。

それらは、前に進んでいるからこそ感じる「もやもや」です。

大事なのは、「もやもや」を止まる理由にしないこと。迷いも、不安も、すべて次の一歩の燃料にできます。情報に触れ、他者と関わり、自分の立ち位置を確かめながら動く。その繰り返しで見えてくる景色があります。

だから、焦らず、落ち込まず、いまの仕事を全力で。どんなに小さな挑戦も、確実にキャリアを前へ運びます。いつか振り返ったとき、いま感じているもやもやが自分を成長させてくれていたと気づくはずです。

次回は、ミドルキャリアのもやもやに光を当てます。任される仕事が増え、後輩ができ、チームを支える立場になる。技術も経験も積み上がったはずなのに、なぜか満たされない。「これから、何を目指せばいいんだろう」と、もう少し先の未来を見失う。

経験を重ねたからこそ見える悩みの深さを抱える人たちに向けて、エールとなるような記事を書きたいと思います。