アジャイルなビジネスの鍵はクリエイティビティ

2020年のCOVID-19感染が拡大している時期に、ある電機メーカーの消費者向け新製品発売が計画されていましたが、最大の市場である米国は大打撃を受けていました。ところが社の幹部は、先延ばしにせず予定通り新製品を発売することを決めるとともに、デジタルマーケティングと対面マーケティングを組み合わせたハイブリッドなアプローチから、100%デジタルマーケティングへと戦略を切り替えました。

すみやかに方向転換したことにより、そのメーカーは米国市場でこの新製品を展開できただけでなく、欧州と中国での展開をも加速することができました。このように老舗企業がこれまでとは違った形でビジネスを推し進めなければならないと判断し、ほとんど一夜にして変革を成し遂げたことは見事なリーダーシップだと感じました。

2020年は誰も予想できない1年でした。ビジネスリーダーは組織を前に進めていくために極めて機敏かつ柔軟、つまりアジャイルであることが求められました。アジャイルなアプローチを採用した組織は、パンデミックにうまく適応し、パンデミック収束後にも成功を加速させる体制が整っています。しかし、アジャイルな組織は、誰もが実現できるわけではありません。それには既成概念にまったくとらわれないクリエイティビティと思考力が必要になります。

クリエイティビティが真の力を発揮するとき

ビジネスアジリティとは、リアルタイムで変化に対応し、コロナ禍のような、脚本が存在しない状況において新しい戦略を打ち立てる能力です。

たとえCOVID-19が蔓延していなかったとしても、イノベーションのスピードは加速し続けています。変化に適応しない、あるいは変化を受け入れないリーダーは苦戦することになります。リーダーとしてアジャイルな決定を下すことは、飛行中の航空機の修理や点検を行うようなものです。今日のリーダーの役割は、優れたデータと個人の信念に基づいて、飛行中に判断を下して軌道修正することです。

このようなアジリティは、ゼロから新しいものを生み出すクリエイティビティの本質であり、このコロナ禍の状況では戦略と機会を生み出すということにほかなりません。クリエイティブなプロセスはどんな結果になるかわからないので不安が伴うかもしれません。しかし、クリエイティブな人は変化を恐れません。変化を受け入れて、従業員と顧客にとって有益になるようにする方法を見出そうとします。クリエイティブなリーダーや組織は、コミュニケーションとコラボレーションの文化を育てていくという意識があり、真のアジリティが備わっているのです。

組織全体でクリエイティビティをはぐくむ

アジャイルなリーダーは、クリエイティブの責任を一人で背負うことはありません。従業員一人一人のクリエイティビティを生かす方法を知っているからです。

私は昨年の12月、日本の老舗企業の役員の方とお話をする機会があったのですが、自分は社内の若手との関わり方について何もわかっていなかった、とおっしゃっていいました。一緒にランチを食べたり、飲んだりして、彼らの人となりやモチベーションの根源について知るうちに、自然と会社のこれまでのやり方を変えていたというのです。

まず、勤務時間を変えました。クリエイターやエンジニアは午後から仕事の効率が上がることを知ったからです。服装規定も緩め、彼自身が適応や変化する必要があることを自ら体現しようとスーツとネクタイではなくTシャツとスポーツコートで役員会議に出るようにしました。何よりも同社は顧客とよりデジタルにつながるようになりました。リアルタイムで顧客動向データを提供する新しいアプリを展開し、カスタマーエクスペリエンスを向上させたほか、周辺市場への参入も検討するようになったのです。

従業員と膝を交えて話すというちょっとした行動が、とてつもなく大きなクリエイティビティを生み出し、会社の戦略を転換させると同時に、新しい戦略を展開する上で従業員に刺激を与えたのです。

アドビのクリエイティブなリーダーシップ

アドビジャパンは、コロナ禍への対応として独自のクリエイティブな方向転換を行いました。パンデミック以前の日本企業は紙の文書と署名に依存していました。ところが突然、デジタルワークフローや電子サイン(これらは徐々に採用されると思っていたのですが)の需要が高まったため、当社は戦略を加速させ、これらの事業にリソースを投入することになったのです。

アドビではさらに、従業員に戦略を伝える方法も変化させようとしています。アジャイルなリーダーシップモデルにおけるリーダーは、市場で起きていることに照らして、なぜその戦略を追求しているのかを説明します。このアプローチを取ることで、従業員は戦略の策定や検証に役立つ提案やフィードバックを返すことができ、組織はよりリアルタイムなインサイトを得ることにより、さらに迅速に動けるようになります。あらゆる決定をリーダーの一存で下すのではなく、リーダーがチームの意見を聞きながら意思決定プロセスを進めることで、多くの決定が現場レベルで行われるようになるからです。

アドビは顧客のクリエイティビティとアジリティの向上にも取り組んでいます。その1つの方法として、オンラインフォーラムにリーダーをお招きし質問を投げかけました。パンデミックによりリーダーシップはどのように変化しましたか?企業はどのように変化を受け入れ、クリエイティビティに着手していますか?市場の変化にうまく対処していますか?だれもが同時に同じような課題に直面しているため、互いに学べる教訓があるのです。

アドビジャパンはクリエイティブな文化とイノベーションへの意欲をもつデジタルカンパニーです。当社の経験談を共有して自ら手本となることもできますが、このようなオンラインフォーラムは、私たちが顧客から学ぶだけでなく、この困難を乗り切るアイディアを皆さんと共有できるまたとないチャンスでもあるのです。

好奇心でリードする

私はクリエイティブなアーティストでもデザイナーでもありませんが、自分自身の人生で一度ならず大きな変化を経験してきました。プロ野球選手からテクノロジー企業のセールス担当者、そしてグローバル企業のリーダーへとステップを踏んできました。私の父は子供のころから貴重なアドバイスをしてくれたものでした。「旅に出て世界を見なさい。世界には見るべきものがたくさんある」と。多様な文化、人びと、バックグラウンドに対する好奇心をかき立ててくれた父の導きは、私の基盤となり非常に役立っています。

グローバルな視点を持つことにより、継続して学ぶことが当たり前となる環境が醸成されます。このようなリーダーシップスタイルを実践することにより、アドビは、ダイナミックな市場にひしめき合う多様な文化や状況に対応し、進化しています。アジャイルなリーダーシップの考えかたは「状況対応型リーダーシップ」としても知られており、その重要性はかつてないほどに高まっています。プレイブックをなぞるのではなく、戦略的かつクリエイティブにリーダーとしての意思決定をするということです。

世界は今、驚くべき変化の真っただ中にありますが、変化はチャンスを生みます。このような情勢において成功するリーダーは常に好機を探り、組織全体をまとめ上げ、リスクを厭わず大胆に行動します。ビジネスを前進させるために、いかにクリエイティブにリードできるか? これは当社の現時点の課題であり、将来に向けてのミッションでもあります。