身近な課題解決から始めるエネルギー/社会インフラ業界のDX戦略とは?
電力、都市ガスの小売が全面自由化されるなど急激に変化しつつあるエネルギー業界。コロナ禍で各種申請や手続きのデジタル化も一気に進んだこともあり、エネルギー業界はビジネスプロセスからさまざまなサービスに至るすべての分野でトランスフォーメーションが求められています。
そんなエネルギー業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)の実情、進め方について、2021年10月14日に開催されたアドビのオンラインセミナー「エネルギー・社会インフラ業界に求められるDXの課題と推進のポイント」で提案がありました。
身近な課題解決からDXを始めよう
2021年4月、新しい代表取締役社長・神谷知信の下で新ビジョン「心、おどる、デジタル」を発表したアドビ。これを実現するために掲げているのが、社会や組織のデジタル化を支援する「Digitalize」、人々のデジタル体験を向上させる「Delight」、アドビのDNAであるクリエイティブで、ワクワクする思いを共有する「Amaze」、そしてデジタルリテラシーの向上やデジタル化の成功を促進する「Foster」という4つで構成されたアプローチです。
10月14日実施のオンラインセミナー「エネルギー・社会インフラ業界に求められるDXの課題と推進のポイント」も、このコンセプトを踏襲する形で、外部専門家による講演を交えて開催されました。
最初に登場したのは、デジタル庁 データ戦略統括 平本健二氏です。大手SIやコンサルティング会社を経て、内閣官房で政府CIO上席補佐官や経産省のCIO補佐官の経験もある平本氏は、現在のデジタル庁で進めている「ベースレジストリ」プロジェクトや、ハンコ不要の行政手続きの増加といった社会の変化を紹介しながら、DX推進の基本姿勢として「凄いことをやらなくてもよい」と断言します。
デジタル庁データ戦略統括/前内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室 政府CIO上席補佐官
前経済産業省 CIO補佐官 平本健二氏
「なぜなら今日デジタルは家電やスマートフォン、モビリティなど日常に溶け込んでいて、特別なものではなくなっており、みんな意識せずに使っています。あらゆるところに存在するデジタル技術は、人と寄り添ってその可能性を最大化し、誰にでも優しい社会を作る手段となっています。確かに技術は進化し、それに伴い社会も変化していますが、最新技術や用語を駆使して難しいことを目指す必要はありません」(平本氏)
平本氏が重視するのは、「この紙の書類は本当に必要?」という疑問や、「メールで連絡するのではなく、クラウドを利用してファイルを共有すればいいのでは」という小さなアイディアです。そうした取り組みを積み重ねていくことで、業務のやり方が変わり、利用者も取引先も社員も全員が楽になっていく、「そんなアプローチが、DXの第一歩です」と話します。
小さな気付きからDXを進めるには、社会の変化に敏感になること、日常の疑問を大事にすること、そして多様な意見を聞き、空想や妄想をしてみること「こうした積み重ねが大切です」と平松氏。
もちろん、実際にDXを具体化する際には、気を付ける点は多々あります。たとえばデータに対する真正証明や非改竄証明、セキュリティリスク対策など、すべてのステークホルダーに安心感を与えなくてはいけません。ただ、これを1つの組織・企業だけで進めるのではなく、デジタルソリューションならば専門企業の力を借り、必要なサービスを選んで取り入れていくだけで、スピーディーかつ的確に変革を進めることができます。平松氏は最後に「DXは決して難しいものではなく、日頃の疑問や不思議をきっかけに、身近なところから取り組むことで、成功のポイントです」と話しました。
大規模なIT導入をするまでもない、小さな紙業務から始めるDX
平本氏に続いて登壇したのは、アドビでDocument Cloud製品のプロダクトスペシャリストとして活動している永田敦子です。平本氏が述べた「身近なところから始めるDX」、そして「データの真正性、非改竄性の担保」といった要件に応えるのが、永田が担当しているDocument Cloudです。永田はそんなDocument Cloudで始めるDXの進め方を、デモを交えながら説明しました。
アドビ プロダクトスペシャリスト 永田敦子
永田は「身近な業務改善」の例として、企業・組織に無数にある紙業務に注目します。紙は情報の伝達や保管に便利なものですが、その一方で、低い検索性、二次利用・再利用のしにくさ、物理保管のコストといった問題があります。また、紙ベースでの承認・手続き業務は、郵送による書類の受け渡しや、捺印のための出社など、コストや工数、感染症対策の観点から見ても課題がありました。
以上の課題の解決に最適なテクノロジーがPDFです。PDFは紙の使いやすさと共に、高い検索性や保管・情報共有のしやすさ、業務効率化などデジタルならではの利便性を備えています。またPDFは、人の目に触れる表のプレゼンテーションレイヤーだけでなく、その後ろにはセキュリティや電子署名/タイムスタンプ、アクセスコントロールなどのさまざまなデータを内包しており、紙ベースの業務よりも安全・安心、かつスピーディーな業務プロセスを構築できます。
こうした利点を背景に、PDFによるペーパーレス化に取り組む企業が増えています。「平成10年の電子帳簿保存法や、平成17年のe-文書法など、紙文書による運用から電子ファイルの活用へと社会の流れが変化し、さらに業務効率という観点が加わって、PDF形式を中心としたデジタル化が進んできたと理解しております」と永田はいいます。
PDFで紙業務をデジタル化する意味
このPDFを軸に、新たなドキュメント体験を提供するのがDocument Cloudです。永田は紙業務のデジタル化例として、スキャンした紙文書のOCR処理のデモや、SharePointやOneDrive、Box、Googleドライブなど外部クラウド経由での文書の共有・レビューのデモ、Microsoft Azure Information Protectionとの連携による改竄防止や共有設定機能などを紹介した後、社内外の手続きや取引電子化を支援する電子サインソリューション「Adobe Sign」についても説明しました。
Adobe Signは立会人型電子サインといわれるソリューションで、アドビが改竄防止を証明することでさまざまな契約業務に適応できますが、さらにAcrobat DCと組み合わせることで、電子証明書で本人性を担保し、高い法的要件が必要とされる取引にも利用できます。エネルギー関連企業でも多く導入されており、紙業務のペーパーレス化から取引のデジタル化へとDXを推進している企業は増えているそうです。
Doing DigitalからBeing Digitalへ、エネルギー業界飛躍の可能性を探る
「身近な紙業務のデジタル化」をテーマにした永田の講演を受け、登場したのはEY ストラテジー・アンド・コンサルティング エナジーセクター パートナー 細谷友紀氏です。
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング エナジーセクター パートナー 細谷友紀氏
細谷氏は2014年に同社に参画、日本における電力・ガスセクター向けのコンサルティングサービスをリードしてきた人物です。そんな細谷氏の経験と、EYが持つグローバル・エネルギー業界における知見も併せて、“Doing Digital(デジタル化に取り組む)”から、“Being Digital(デジタル化していることが自然な状態)”へと変換が求められている背景、具体的な事例について話がありました。
まず、エネルギー業界にDXが求められる社会的な背景についてです。細谷氏は「消費者のデジタル化が進んでおり、24時間365日問い合わせ可能な状態を期待している人の増加や、障害発生時にスマートフォンを使うケースが増えました」と話し、顧客/投資家からの強いDX化ニーズがエネルギー業界を取り巻いていると説明します。
これに対し日本国内では、電力・ガス自由化により立ち上がった新興企業でデジタル化が進んでいるものの、旧来からの電力・ガス会社ではデジタル化が遅れています。しかし実際に電力・ガスを契約する際、料金比較サイトや企業のWebサイトを参考に選ぶケースが増えており、顧客とのデジタルタッチポイント、デジタルを活用したサービスを充実させることは、もはや大きな経営課題となっています。
ただエネルギー業界の場合、企業内部の課題を見てもDXは必要です。少子高齢化による保守・技術スキルの継承の難しさ、障害対応難易度の向上といった課題があり、最小限のスタッフで効率的に対応に当たりつつ、経験値を上げる取り組みが求められています。
こうした課題解決の1つの事例として、細谷氏は海外のモバイルアプリの事例を紹介しました。顧客側は、自分が利用しているエネルギーの実態をリアルタイムで把握できるほか、普段行っている省エネアクションの状況とインセンティブをアプリで確認できるほか、エネルギー利用の料金のシミュレーション、省エネ家電の購入、障害時のサービス申し込みや予約など必要な作業をすべてアプリで完結できます。
一方スタッフ向けのアプリでは、作業員の技術レベルや保有資格に応じた障害対応スケジュール・ルーティングをアプリ側で行い、効率的に作業に当たることができます。訪問先の情報もアプリを通じて確認できるので、スムーズな営業活動も可能です。障害対応が終われば、アプリ上で「完了」とするだけで、同じステータスを顧客と共有できるので、サインや捺印の手間もかかりません。
細谷氏はこのように「顧客起点で、シンプルなデジタルサービスを作り、顧客サイドと企業サイドで一貫してプロセスがデジタル化するように設計することが、高度なデジタル化につながり、デジタルが当たり前という状態になるのではないかと考えています」と指南し、講演を終えました。
顧客エンゲージメント強化から始めるエネルギー業界のDX
前出の細谷氏が「電力・ガスの契約時には、デジタルチャネルを通じて情報収集して検討するケースが増えている」という声を受け、登壇したのはアドビ DX GTM・ソリューションコンサルティング本部 マネージャーの山下宗稔です。
アドビ DX GTM・ソリューションコンサルティング本部 マネージャー 山下宗稔
山下は、あらゆる顧客接点をカバーしてスムーズなマーケティングを支援する「Adobe Marketo Engage」のプロフェッショナルです。さまざまな企業のマーケティング相談を請けている山下は、「昔と異なり、ある人が企業に連絡を取る時には、すでにその企業のことをかなり調査している状態にあります」と断言します。つまりマーケティング段階では「顧客が求めている情報を的確に提供すること」、営業段階では「短期で顧客に喜ばれる提案をすること」という2つが求められているのです。
ここで大きな課題があります。まず、企業側から顧客がどのように情報収集しているのか、何に興味があるのかが見えないこと。見えないがゆえに、マーケティング部門から営業部門に渡される見込み顧客の精度が低く、多忙な営業スタッフは目の前の顧客にかかりきりになります。本来であれば、時間をかけて丁寧に対応すれば契約するかもしれない見込み顧客には対応できません。しかも多忙なため、高圧電力を契約している大口顧客ばかりを相手にしがちであり、顧客数の8割を占める中堅・中小企業まで手が回らないということもあります。
こうした状況を解消するのが、Marketo Engageです。Marketo Engageは、見込み顧客や既存顧客のWebやメール、モバイルなどの行動履歴を蓄積して、その顧客がどんなことに興味があり、理解度やニーズがどこまで進んだのかをスコアリングして適切な対応を支援します。
Adobe Marketo Engageを活用した顧客エンゲージメント強化のDX
人手が足りない営業部門、マーケティング部門でも、Marketo EngageでメールやWebなどのデジタルチャネルを活用し、常に連絡を取り続ける仕組みを作っておけば、「対応できない」という事態にはなりません。もし顧客側で何か変化があり、成約精度が高くなれば、Marketo Engageが担当者に通知を出します。実際に営業人員を増やさずにフォローを続け、成果を出したエネルギー企業や、ニーズを醸成してガス契約のクロスセルにつなげた電力会社といった実績もあるそうです。マーケティングや営業で課題を抱えているエネルギー企業は、こうした事例を基に、業務のDXを実行するのも良いかもしれません。
(終)
▼契約プロセスの完全デジタル化/ペーパーレス化を実現し、働き方改革をさらに推進するためにも、ぜひご一読ください。
文書業務の完全デジタル化ガイド