金融業界のDX、竹中平蔵氏が指摘する「最大の課題」とは?

金融業界のDX、竹中平蔵氏が指摘する「最大の課題」とは? 〜アドビオンラインセミナーレポート

スマホを使ったさまざまな決済サービスや仮想通貨、AI与信などテクノロジーの進化、新型コロナウイルスによる社会変化、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波など、かつてないほど大きな変化にさらされている金融業界。細かく見れば、銀行、保険、クレジットカードなど事業形態は異なるものの、ビジネスを抜本から見直す変革の時期に来ている状況は共通しています。

2021年10月26日にオンライン開催された「金融業界に求められるDX推進の課題と変革の切り口とは」では、そんな金融業界のDX推進について、慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏、東京海上ホールディングス株式会社 生田目雅史氏、 三井住友カード 佐々木丈也氏の3氏を招き、それぞれ課題と提言、実際の取り組み例について講演しました。

金融業界のDX、鍵を握るのは「人材」だ

金融業界向けオンラインセミナー「金融業界に求められるDX推進の課題と変革の切り口とは」の基調講演に登壇した竹中平蔵氏は、第1次〜第3次小泉内閣において、約5年半にわたり経済財政政策担当大臣・金融担当大臣などを歴任しました。慶應義塾大学名誉教授であり、またAdobe International Advisory Boardのメンバーでもあります。

慶應義塾大学名誉教授 竹中平蔵氏

慶應義塾大学名誉教授 竹中平蔵氏

政策研究者、そして大臣として業界を見てきた竹中氏は、「今日、コロナがきっかけとなってデジタル化が急務となっていますが、実はそれ以前からデジタル化の問題は非常に速いスピードで進んでいました」と断言。データ・デジタルを活用した第4次産業革命が起こったのが2010年の中ごろで、この時期から「FinTech」という言葉が新聞でも取り上げられるようになり、ビッグデータやAI、IoT、ロボットなどテクノロジーの進化が加速しました。

竹中氏はこのFinTechについて「金融に関するビッグデータを取り扱うテクノロジー企業である」と定義しています。「こう定義すると、銀行業務といっても『銀行のようなもの』でいいし、証券業務も従来の証券会社でなくてもいい、こういう発想が出てきます」(竹中氏)と説明します。金融業界のデジタル化は、このように業界の括りを取り払い、自由な発想で考える必要があります。

もちろん、銀行、証券、保険といった各分野においても、業界特有の課題があります。銀行ならば、低金利の現在、貸付・融資で利鞘を稼ぐのは限界がありますし、そもそも審査業務も人工知能とビッグデータに置き換わる可能性が指摘されています。利益を出すにはエクイティ投資を増やす必要がありますが、何に投資すべきか知見を磨かなくてはなりません。

証券も、AIやロボットで投資判断を行うネット証券サービスが伸びてきており、投資判断のスキームに変化が起きつつあります。ブロックチェーン技術が進化すると、資産のあり方や持ち方も大きく変化するでしょう。

ビッグデータの活用ということであれば、保険業界はまさにその必要性に迫られています。個人によって確率が異なる死亡率、障害の確率などをどのように判断し、どんな保険商品を提供できるのか。データに関する保険商品など、新しい取り組みにどう向かっていくか。そうした新しい発想が求められているわけです。カード業界も同じように、ビッグデータを活用した新たなサービスのあり方を模索しています。

こうした変化に立ち向かっていくなかで、竹中氏が金融業界共通の課題として挙げたのが、人材です。「人材、そしてソフトウェアなどの無形資産に投資する仕組みを業界全体で作っていかなくてはなりません」(竹中氏)といいます。

人材と同時に整備すべき課題があります。それは雇用体系です。これまでのように「時間」に対して給与を払うのではなく、「成果」に対して報酬を出すというやり方に変えることで、時間管理がやりにくいリモートワークにも対応できます。

これまで日本は経済成長を遂げた成功体験があるが故に、制度や仕組み、やり方などを抜本的に変えることはありませんでした。しかしいつまでも古いやり方に固執していては、変化にも対応できず、飛躍もできないという状況に陥ります。

竹中氏は最後に「金融の業界団体は政治的に非常に強い力を持っています。新しい制度を作ることに反対するのではなく、積極的に作る側に回って、あえて今までの成果を自己否定し、新しいテクノロジーでの成功体験を積み重ねていくことを目指してください」と述べて講演を終えました。

生き残るために変革せざるを得なかったアドビのDX事例

実際にビジネスモデル自体を新しくし、DXを推進した企業では、どのような取り組みを行なってきたのでしょうか。

セミナーに登壇したアドビ デジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 執行役員 本部長の西山正一は、「実はアドビ自身、それまで製品のパッケージ販売だったビジネスモデルから、サブスクリプションサービスモデルへと変わり、DXを推進してきた企業でもあります」と話し、その取り組みについて説明しました。

アドビ デジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 執行役員 本部長 西山正一

アドビ デジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 執行役員 本部長 西山正一

アドビがサブスクリプションサービスへと舵を切ったのは2012年のことです。その数年前から、リーマンショック後の景気低迷、スマートフォンの登場などの要因が重なり、アドビの売上は落ち続けていました。そんな状態からサバイブするために、開発サイクルが長くて技術進化に追随できないパッケージ販売からの撤退を決意。時代のニーズにあった新機能を迅速に展開できるサブスクリプションモデルへと新たな方向にチャレンジしました。

これに伴い、アドビのWebサイトを通じた直販での売上比率が大幅に増加。それまで「製品紹介」という位置付けだったWebサイトが販売チャネルへと大きく変わりました。Webでの体験を向上させ、製品のトライアルを促し、さらに月額契約へ、継続利用へと顧客グレードを上げていくために、データを活用するようになり、またそれに合わせた人材を外部から積極的に登用しました。

西山は「はじめからビジネスモデルありきでDXをしたのではなく、生き残るために変革を余儀なくされ、それに伴って仕事のやり方や組織が変わっていったのです」と打ち明けます。

現在西山のチームでは、「顧客満足度は継続利用に現れる」という意識の下、カスタマージャーニーの各フェーズでKPIを設定し、データを確認してKPI未達のフェーズがあれば、活性化のためのアクションを即展開するなど、データに基づいた意思決定モデルであるDDOM(Data Driven Operating Model)でビジネスを進めています。

データ駆動のビジネススタイルになったことで、西山は「お客様の満足度はデータに現れる」と日々実感しています。複数のツールを使いこなし、利用頻度も高いユーザーのLTVは高いですし、頻度の少ないユーザーはやはり続かないなど、ユーザーの満足度は如実にデータに反映されます。DXの結果、常に24時間365日顧客と向き合うようになり、データを見て早く打ち手を講じることで、アドビのビジネスは成長に転じたのです。生き残りを目指して取り組んだDXが、成長の礎となりました。

アドビのプラットフォームでDXを推進したグローバル金融機関

続いて登壇したアドビ GTM・市場開発部 シニアマネージャーのマニッシュ プラブネは、大型のグローバルプロジェクトを通じ、DXアドバイザーとして企業のDX化をサポートしてきた実績があります。

アドビ GTM・市場開発部 シニアマネージャー マニッシュ プラブネ

アドビ GTM・市場開発部 シニアマネージャー マニッシュ プラブネ

そんなマニッシュは「デジタル化といっても、急に始まったわけではなく、iモードの時代からライフスタイルにデジタルが少しずつ入るようになりました」と話し、「そこから現在、アプリ1つでレストランから宅配してくれるといったような付加価値体験サービスが次々と登場してきたのです」と変化の流れを説明します。

そして顧客とのエンゲージメントも、Webを中心にしたPCからスマートフォン、スマートウォッチへと変化しました。対面型ビジネスを基本とする金融業界も、こうした顧客接点の基本に立ち返り、顧客エンゲージメントを考え直すためにDXを推進する必要があります。

マニッシュは「私たちアドビは、製品を提供するだけでなく、いろいろな企業のカスタマージャーニーをしっかり評価してから、未来の顧客体験のあるべき姿を定義し、KPIの設定などトータルでサポートし、企業のDXを応援できます」と述べ、いくつかの事例を紹介しました。

マニッシュによると、HSBC(香港上海銀行)では、パーソナライズした最適な顧客体験を実現するべく、Adobe Experience Cloudを活用しているそうです。顧客のデジタル行動を踏まえて、最適な提案を最適なタイミングで行うことで、顧客価値向上につなげているとのこと。また、シンガポールのDBS銀行では、テクノロジーファーストの考えを社内に根付かせ、モバイルバンキングや新しい資産管理サービスに乗り出しました。デジタルファーストで業務を推進するに当たり、これまで部門ごとにサイロ化していたオペレーションも見直し、さらに新しいサービスのローンチを加速させるためにAdobe Experience Managerを使ってコンテンツ制作から配信までを効率化しているそうです。

このことからも、DXは、IT製品を導入するだけでなく、組織のあり方や業務プロセスの改革が必要ということがわかります。そんな実績が豊富なパートナーと組むことが、DX推進の鍵となります。

東京海上ホールディングス、三井住友カードが進めるDX最新事情

セミナーの最後は、東京海上ホールディングス株式会社 常務執行役員/CDOの生田目雅史氏、三井住友カード株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長兼マーケティング統括部長 佐々木丈也氏を迎えた「金融DX推進の課題と変革の切り口」と題するパネルディスカッションでした。

モデレーターを務めたアドビ マーケティング本部バイスプレジデントの秋田夏実は、アドビ入社前はクレジットカード会社、外資系銀行など金融業界で働いていた経験があります。業界の空気や慣習も熟知しており、ディスカッションは盛り上がりを見せました。

(左から)アドビ 秋田夏実、三井住友カード 佐々木丈也氏、東京海上ホールディングス 生田目雅史氏

(左から)アドビ 秋田夏実、三井住友カード 佐々木丈也氏、東京海上ホールディングス 生田目雅史氏

生田目氏は、DXについて「次から次へと新しい機能やサービスが生まれ、それによって成長する取り組み」と定義し、「だからこそDXに正解というものはなく、どう進めば良いかわからない道にとにかく一歩足を踏み出さないといけない状況にあります」と現状を整理します。佐々木氏は、「組織でDXに取り組んでいく際、どうしても効率化やコスト削減といった面だけに目が行きがちですが、効率のため、組織のためではなく、やはり『顧客体験価値を上げる』という目線で捉えてこそ、部門横断的に合意形成ができ、同じ方向を目指していけるのではないでしょうか」と提起しました。

続いて、東京海上ホールディングス、三井住友カードにおけるDXへの取り組みです。東京海上ホールディングスの場合、損害査定に人工衛星画像とAIを組み合わせて査定の精度向上とスピードアップに取り組んでいるほか、ドライブレコーダーデータの蓄積・分析を通じて過失割合の複合的な判断を行なっているそうです。そうした取り組みのなかでも、ユニークなデジタル活用例として、生田目氏はコールセンターでの事例を紹介しました。

(左)三井住友カード株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長兼マーケティング統括部長 佐々木丈也氏 (右)東京海上ホールディングス株式会社 常務執行役員/CDO 生田目雅史氏

(左)三井住友カード株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長兼マーケティング統括部長 佐々木丈也氏 (右)東京海上ホールディングス株式会社 常務執行役員/CDO 生田目雅史氏

生田目氏によると、東京海上ホールディングスのコールセンターには契約者や契約希望者からさまざまな問い合わせが寄せられますが、その内容を迅速に記録するAIシステムを社内開発し、会話の内容をテキスト化して要件を自動的にソートする仕組みを整備したそうです。これにより、数十万時間の業務工数削減効果が見込まれており、「DXによる効率化、そして迅速な顧客対応につながるということで、その成果を検証しているところです」(生田目氏)といいます。

一方、「クレジットカードの機能だけでは差別化できない」という課題を抱える三井住友カードでは、顧客体験価値の向上を目指し、デジタルチャネルのUXやUI向上に注力しているとのこと。アプリの利便性を高くし、明細が見やすいなどの付加価値を提供することで、顧客の不満の種を解消し、満足度を上げていく狙いがあります。また東京海上ホールディングスと同じく、コールセンターでも顧客体験価値を上げるため、デジタルチャネルと組み合わせた新しいやり方を推進しています。

「カード会社のコールセンターでは、カードの盗難・紛失といった緊急性の高いお問い合わせをいただくことが多いのですが、その際にスタッフがトークスクリプトに沿って長々と話すのはNGです。会社側からの要件は、後から読み返せるようにSMSやメールなどのデジタルチャネルで送った方が、お客様にとっても便利なはず。ここでもやはりデジタルで顧客体験価値を作り、コールセンターの体験も、お客様にとって価値がある対応をしていく、こうした積み重ねを繰り返すことで、会社も良い方向に向かっていると感じます」(佐々木氏)。

こうした実例を踏まえながら、「組織一丸となるために、『顧客体験価値向上』という共通の目的に向かってチャレンジし続けることが大切です」と佐々木氏は話し、セミナー視聴者へのメッセージとしました。

生田目氏は、「自社を取り巻くビジネス環境の変化が激しいと思ったら、それは自社が停滞しているということです。DXをしなければ企業が消滅してしまう=DX or Dieということが言われましたが、DXを推進したいと思っているのなら消滅している暇はありません。まさにNo Time To Dieという気構えで、最初の一歩を踏み出しましょう」と喝を入れ、セミナーを締めくくりました。

(終)

▼契約プロセスの完全デジタル化/ペーパーレス化を実現し、働き方改革をさらに推進するためにも、ぜひご一読ください。
文書業務の完全デジタル化ガイド