「デザイン部門を活性化させるクリエイティブエコシステムの作り方」博報堂プロダクツ 板野氏がAdobe MAX 2021 で講演

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現代のデジタルツールは絶え間ないアップデートを繰り返しながら、日進月歩の進化を続けています。デザイナーたちは常に最新スキルを使った表現を求められるため、クリエイティブ人材の継続的な育成とスキルセットの拡張は、デザイン部門にとって喫緊の課題となっています。

株式会社 博報堂プロダクツ 企画制作事業本部の板野創造氏は「デザイン部門を活性化させるクリエイティブエコシステムの作り方」と題し、10月27日に行われたAdobe MAX 2021のセッションに登壇。持続可能なデザイナーのスキルアップと人材育成法をテーマに講演を行いました。

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株式会社 博報堂プロダクツ 企画制作事業本部 デザイン1部 部長/クリエイティブディレクター板野創造氏

2019年、グラフィックデザイナーの課題

板野氏が所属する企画制作事業本部は、200人以上のクリエイターが在籍する組織。プロモーションの企画からコピーやデザインなどのクリエイティブ制作、3DCGの画像処理、データ制作まで全てを自社内で完結しています。メンバーの半数以上を占めるのがグラフィックデザイナーですが、2019年当時には以下の2つの大きな課題を抱えていました。

課題1 アドビ製品の知識にムラがある
2019年は、企画制作事業本部がアドビのソフトをパッケージ版のCSシリーズからサブスク版のCreative Cloudシリーズ(CCシリーズ)へアップデートした年だったが、主要なアプリケーションであるAdobe IllustratorやAdobe Photoshopに対する知識は人によってかなりムラがあった。CCシリーズから導入されたAdobe Senseiをはじめとする最新の機能や、クラウドを活用したアセット管理など効率的で便利な機能について知る必要があった。

課題2 新しいスキルセット習得の必要性
ウェブ制作がPhotoshopデータによるデザインからプロトタイピングによるUI/UXのデザインへ移行し、またサイネージや4G回線の普及によって動画需要が急激に増加。このような状況の変化に対応するため、Adobe XDやAdobe After Effectsといった新しいスキルセットの習得が急務だった

Adobeアンバサダーの結成

こうした課題に対応するため2019年に結成されたのがAdobeアンバサダーでした。社内の選抜されたデザイナーで構成され、アドビ製品の最新アップデートや新しいアプリケーションを率先して習得。社内プログラムを通じて他のデザイナーに共有する役割を担います。活動初年度の2019年は2Dチーム、UI/UXチーム、モーショングラフィックスチームの3チーム体制で発足しました。

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2019年、Adobeアンバサダー発足時の3チーム(セミナースライドより)

2019年度の各チームの活動内容

2Dチーム
2Dチームの主な目的は、使用頻度の高いAdobe IllustratorやAdobe Photoshopに関する知識のアップデートです。CCシリーズからアップデートされたAdobe Senseiによる自動処理や、デザインするうえでの細かな小技などを実演を交えてセミナー形式で紹介。また、意外と知らない便利な技やショートカットなどのTIPSをコンテンツ化し、いつでも誰でも実践できるように整備しました。

UI/UXチーム
Adobe XDに初めて触れるデザイナーが多かったため、最初はアドビのXDエバンジェリストにレクチャーを受けながら基本的な操作方法を学習。後半は課題を制作するワークショップを実施しました。また、教える側であるアンバサダーもアドビ主催のアンバサダーMeet UPというイベントへ参加するなど、積極的に知識の習得に励みました。

モーショングラフィックスチーム
Adobe After Effectsもほとんどのデザイナーが未経験でした。幸い、アンバサダーの発足に先んじてモーショングラフィックスに取り組んでいたデザイナーが2名いたため、彼らをアンバサダーに任命。基礎的なところを学ぶ勉強会を開催したり、課題を制作し参加者全員でレビューするようなワークショップを開催しました。「結果、初年度のアンバサダー活動は大成功といえる内容になりました」と板野氏は1年目の成果を強調しました。

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2019年度、Adobeアンバサダー制度の成果(セミナースライドより)

2020年、2年目の試練

1年目は大成功に終わったアンバサダー活動ですが、2年目は新型コロナウイルスの影響によるリモートワークの対応など業務環境に大きな変化がありました。「弊社のデザイナーもリモート ワークが中心となり、アンバサダーのプログラムもオンラインが中心となりました」と板野氏は当時の状況を振り返ります。

そんな状況の中で始まった2年目のアンバサダー活動ですが、2DチームをUI/UXチームへ吸収合併し2チーム体制に移行。2Dチームが扱っていたのは長年使用してきたアプリケーションということもあり、1年で目的は達成したと判断。大きなアップデートがあればその都度共有することになりました。アンバサダーも初年度から入れ替えを行い、若手中心のメンバーが選出されました。

UI/UXチームの2020年度の活動
基礎的な内容から徐々に難易度を上げ、よりビジュアライズされたコンテンツを使った形にパワーアップ。スキルアップの過程を修行になぞらえた“XD少林寺”という世界観のあるプログラムを作り、参加者が楽しめるよう工夫しました。学習内容もデザインのアイデアを考えるというよりは、使いながら操作方法や概念を学ぶことを重視。既存のコンテンツを写経のように真似して作る“ものまねXD”など負担がかかりすぎないよう知恵を絞りました。

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UI/UXチームの学習プログラム“XD少林寺”(セミナースライドより)

モーショングラフィックスチームの2020年度の活動
モーショングラフィックスチームは“MOTION CAMP”というサッカーになぞらえた仕立てのプログラムを構築しコンテンツをパワーアップ。こちらも参加者が楽しめるよう趣向を凝らしました。TIPSもサッカーをモチーフに制作しながら情報を共有。年間のスケジュールを組みつつしっかりKPIを設定し、教えるほうも教わるほうも無理なく実践できるよう設計しました。

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MOTION CAMPのコンテンツとオンライン勉強会の様子(セミナースライドより)

Adobeアンバサダーの緊急事態、参加者の減少

コンテンツも充実しパワーアップしたアンバサダー制度でしたが、2年目には目に見えて参加者が落ち込みました。「参加は任意でしたので、1年間勉強会などに参加したデザイナーたちはある程度アップデートし、もう十分だと感じたのかもしれません」と板野氏は分析します。また、参加者の割合として中堅~ベテランデザイナーの割合が多く、若手デザイナーの参加者が少ないのも課題でした。入社1~3年目くらいのデザイナーは、活動をともにするアートディレクターの業務状況に稼働を左右される立場にあるため、勉強会に参加したくても参加しづらい状況にあることがわかったそうです。

そこで2020年度の後半は、対象を新入社員に絞って活動することに。彼らを対象に基礎から学べる内容に改め、また半強制にすることで参加しやすい環境を作りリスタートしました。仕組みを変えたことで毎回決まった参加者が見込まれ、成長過程もトレースできます。参加者減少により落ち込んでいたアンバサダーのモチベーションも回復し、2020年度もスキルアップの手応えを感じてアンバサダー活動を終えました。

さらに、3年目にあたる2021年はアンバサダーも入社3年目の若手デザイナーに担当させ、“教わる”“教える”を短期間で経験することでより学習の深度を深めるプログラムとしてブラッシュアップ。「教える側、教わる側の双方がスキルアップしている手応えを感じています」とシステムの改善がよい方向に向かっていることに触れました。

アンバサダー活動のこれから、今後の展望

「活動を通じて学んだスキルを業務以外で発表できる場所を設け、参加のモチベーションにつながるようなことを企画しています」と今後の計画に言及。例えば若いデザイナーたちが、クライアントワークではできない自分の作りたいものを制作し発表できる場を設けるなど、モチベー ション醸成に取り組んでいるそうです。「またAdobe XDについては、クライアントやニアショアとの共同編集などといった、Creative Cloudのクラウド機能やサービスを活用した効率的なワークフローについても研究を進める予定です。そして新たなスキルセットとして直近でリリースされたAdobe Substance 3D Painterを活用した3D表現についても取り組みの検討を始めました」と今後のビジョンを語りました。

クリエイティブ人材の育成に大切なこと

「社内リソースを使った育成は教える側、教わる側双方のモチベーションが重要です。スキルを身につけることで自身のクリエイティビティがどのように広がっていくか、明確にイメージできることが重要だと感じました」と板野氏は語ります。また、このような取り組みを持続させるコツとして、負荷がかかりすぎない程度の“ゆるい強制力”が必要だということも併せて指摘しました。

そして最後に評価について。「弊社についていえば、アンバサダーを経験したデザイナーの多くは昇格を果たし、モーショングラフィックスは単独部署の新設にいたりました。そのように評価を形にすることが何よりのモチベーションになるのではないかと考えています」と板野氏はその重要性を説きます。制作会社にとってデザイナーというリソースの質を保つという点では育成活動は重要かつ不可欠。「本日共有させていただいた内容が、デザイン組織の中で育成に取り組んでいる皆さんのヒントになれば幸いです」とセッションを締めくくりました。

本講演はこちらよりご視聴いただけます。

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