イケガミヨリユキ「水彩で始めて油彩で仕上げる。Adobe Frescoならアナログにはできない描きかたができる」Adobe Fresco Creative Relay 25
アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
4月のテーマは「チューリップ」。春の訪れとともに見かけるチューリップは、見るとつい顔が綻んでしまうようなやさしさ、親しみやすさがあふれています。みなさんが「チューリップ」から連想する思い出やイメージをAdobe Frescoで描き、 #AdobeFresco #チューリップ をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第25回はまるで童話のような空想世界を、色彩豊かに、幻想的に描き出す画家・イラストレーターのイケガミヨリユキさんに登場いただきました。
チューリップの花びらに広がる日常と空想の世界
「ふだんからよく花の絵は描いているのですが、“景色の中にチューリップがある”というシチュエーションが多かったので、今回はチューリップの花、そのものをメインにしようと描き始めました。
買ってきたチューリップの花を見ながらノープランで描いていたのですが、そのまま仕上げてもおもしろくないので、ディテールを描く段階になって、自分の飼っているウーパールーパーや熱帯魚を描き入れたり、ネコやウサギを描き入れたり……作品として大きく花を描いたことはなかったので、すごく楽しい時間でした。
作品を作るときも、ラフスケッチの段階で描くものは決めてはいるのですが、描いているうちにどんどん想像が広がって、ラフスケッチとはまったく違うものが完成してしまうんです。だからいつもラフスケッチは何の当てにもならないんですよね(笑)」
「親水」(2019)
とにかく絵を描くことが好きだった
作品として公表されているものから、SNS上で公開されているちょっとした落書きまで、イケガミさんの作品は非常に多彩です。線の描きかた、塗りかた、構図、その世界観……一枚ごとにまったくその振り幅はとても一人の作家によって生み出されたとは思えないほど。この画力、表現力はどのように培われていったのでしょうか。幼少期から振り返ってもらいました。
「小さいころから絵を描くのは好きでした。いまでもよく覚えているのは幼稚園くらいのとき、お絵描きボードで描いたお相撲さんの絵を家族がすごく褒めてくれたんです(写真参照)。それがうれしくて、また絵を描いて……そうしたことを積み重ねていくうちに、自分のなかでも“絵って楽しいな”と思えるようになりました。学校に入ったあとも美術や図工の成績だけはよかったですね、あまりにも家で絵ばかり描いているので、怒られたこともありますけれど……」
イケガミさんが幼少期に描いた絵
「あなたの歴史を私は知る」(2020)
当時はよく生きものや植物の絵を描いていたというイケガミさん。
気軽に写真を検索できるような時代ではなかったこともあり、身の回りにあるものを参考にすることが多かったと話します。イケガミさんの作品の多くにウサギやウマのような動物から、豊かな木々、草花が登場するのは、幼少期の体験が原風景となって現れているのかもしれません。
「絵に対する意識が変わったのは、高校受験のときです。
絵を描き続けられる進路を探しているとき、高校の先生からデザイン系の公立高校を勧められたのですが、入試の科目にデッサンがあったんです。それまでは好きなように絵を描いているだけで、描きかたを学んだことはありませんでしたし、デッサンの練習方法すらわからなくて。ネットで情報を探すうちに、イラストレーターという仕事の存在を知り、“なれるものならイラストレーターになりたい“と思うようになりました。
受験は、幸いにも中学校時代に所属していた美術部の顧問の先生がデッサンを教えてくださったおかげで、無事、この高校に合格をすることができました」
「あなたの耳を通した音楽」(2019)
このときデッサンを学んだことは、イケガミさんにとって“自分描きたい絵”を見つけるきっかけにもなりました。
「それまでは周りの友だちに合わせてマンガのキャラクターを描いていました。楽しかったのですが、どこかしっくりこない気持ちもあって。デッサンを始めてからは、このほうが自分にとっては自由に描けるということに気づいたんです。
高校では油絵、日本画、Adobe Photoshop、Adobe Illustratorといった、絵を描く選択肢に触れる授業が多く、将来を考えるうえでも貴重な時間になったと思います」
さまざまな表現、技法に触れるなかで少しずつ、自分に合ったスタイルを探していたイケガミさんが次に選んだ進学先は、京都精華大学 マンガ学部 マンガ学科 カートゥーンコース。そこではイケガミさんの人生を変えたと言っても過言ではない、大きな出会いがありました。
「進路を考える段階ではまだどんなジャンルの絵を描きたいか、自分のなかで定まっていませんでした。高校の担任にそのことを相談すると、京都精華大学のカートゥーンコースには基礎画力や発想力を上げる授業がたくさんありそうだと教えてくださって。それが決め手になって進学を決めました。
そこで出会ったのが松井えり菜先生です。高校のときから松井先生が描く絵がすごく好きだったのですが、入学したその年から学科の先生になられていて……すごく感動しました。“絶対この先生に絵を見てもらうんだ”という強烈な感情が芽生えて、毎週のように新しい絵を描いては見てもらっていました。きっと気持ち悪い学生だったでしょうね……(笑)。
松井先生に出会うまでは、ラファエロのようなルネサンス期の画家に憧れをいだいていたこともあったのですが、描かれた時代や背景を完全に理解できず、根本的にわかりあえないと諦めていた部分がありました。でも、松井先生の絵を見たとき、“いまを生きている人が描いた絵で、こんなにも共感できるものがあるんだ”、“こういう絵を描いてもいいんだ”と衝撃を受けて。松井先生は、自分がなりたい将来像、そのものだったんです」
松井さんがイケガミさんに与えた影響は大きく、松井さんが「顔の惑星〜リンカネーション!!!〜」を制作しているとき、イケガミさんは泊まり込みで手伝いにいったそう。こうした出会い、学びを通して、イケガミさんは絵で生きるための力をつけていきました。
松井えり菜「顔の惑星〜リンカネーション!!!〜」(2016)
イケガミさんがウーパールーパーを飼っているのは松井さんの影響…ではなく、偶然にも出会う前から飼っていたそう
就職は考えていなかったというイケガミさんは、卒業して2年後の2017年、個展「PETALS」を開催します。
「描きたいもの、描きかたが定まってきて、ほどよく枚数が溜まったら、絶対にどこかで個展をしようと決めていたんです。
ウサ耳のキャラクターが出てくる絵は、自分の中にあるひとつの世界を表現したものです。各自役割分担はあるものの、細かいストーリーはありません。家族写真のような絵を描いたからには、“このウサ耳の子をどうにか幸せにしてあげないと”という思いはありますが(笑)」
個展「PETALS」より/上:家族写真(2016)/下:メインディッシュに手が届かない(2017)、夜は歌う(2017)/insomnia(2017)
この個展をきっかけにSNS上のフォロワーも増加。いまや国内外に13万人を超えるファンがいます。
2018年にはポポタムからイケガミヨリユキ2016-2018作品集『PETALS』、2020年には玄光社から画集『イケガミヨリユキ作品集』も刊行されました。
「自分の絵の何が評価されているのか、自分ではわからない」と話すイケガミさんですが、これほど多くの支持を得ているのは、それまでの経験によって培われた発想力と画力、そして持ち前の想像力、そのかけあわせによって生まれる作品のすべてが、人を惹きつけてやまない魅力に満ちているからこそ。画家として、イラストレーターとして、イケガミさんの活動の幅はいまなお広がりを見せています。
『イケガミヨリユキ作品集』発行:玄光社(2020)
本当に紙に描いているような、Adobe Frescoの水彩ブラシ
普段はアナログでの制作が中心のイケガミさんですが、デジタルツールとの出会いは中学生のときまで遡ります。
「中学校のころ、ペンタブレットを買ってもらったんです。Windows用のペイントソフト・SAIを使ってかんたんなイラストを描くようになりました。それまでは紙に描いてたのですが、“親に見られるのが恥ずかしい”と思うようになってから、だんだんデジタルに移行していきました。デジタルのほうが描いてすぐにTwitterで公開できるというのも理由のひとつです」
イケガミさんの制作スペース
デジタルで描く絵はあくまで趣味。ファンアート等を通じてSNSで交流するための手段のひとつでした。しかし、デジタルとの向き合いかたにも、変化が訪れていると言います。
「自分のなかではデジタルイラストは仕事でも作品でもなく、遊びのようなもので、“これをどうやって仕事に結びつけたらいいんだろう”という悩みがありました。
アナログにはモノとしてできあがる楽しさがありますが、デジタルはデータが消えたらなくなってしまう。それがどこか寂しくて、本腰を入れられなかったんですよね。
でも、細田守監督の映画『竜とそばかすの姫』のキャラクターデザインに参加してから、デジタルにはデジタルにしか出せないよさがあることに気付きました。この仕事をきっかけに、自分でも3Dモデリングを触ってみたり、音をつけてみたり、ちょっとしたアニメーションを作ってみたりして。デジタルならこんなに多種多様な表現方法があるとということを再認識しました。今はアナログとデジタル、どうやったらうまく使い分けられるかを考えています」
デジタルで描かれたキャラクターたち
今回はiPad版のAdobe Frescoで作品を仕上げたイケガミさん。今回はどのようなアプローチで描き進めていったのでしょうか。
「Adobe Frescoは以前からスケッチや落書きによく使っていましたが、作品づくりのために使ったのは今回が初めてで。まずはどんなブラシがあるのか、あらためて試しながら描き進めました。
最初は“水彩のにじみが本当に紙に描いているみたい!すごい!“という感じで描いてたのですが、油絵のような厚塗りのほうが自分には合うと気づいて。それからはゴテゴテの油彩ブラシで描いています。水彩で描き始めて、油彩で仕上げる……こんな描きかたはアナログではできない、Adobe Frescoならではのアプローチですよね。
今度はキャラクターを描くときにもAdobe Frescoを使ってみようと思います。この塗りのタッチをイラストにも活かせたらおもしろそうです」
今回使われたブラシの一部:Adobe Frescoの「油彩 ハシバミ」「コンテクレヨン」
Frescoで描かれたスケッチ
童話、絵本のようなタッチから、時代小説のムードまで、数え切れないほど多彩な表現を持つイケガミさんが次に目指すものは何なのでしょうか。今後の目標を聞いてみました。
「装画はやってみたい……とは思っているのですが、正直なところ、“このジャンルの仕事をしてみたい”という要望がまったくないんです。とにかく長く、絵を描き続けていきたい。そのためにも“健康でいること”がいちばんの目標ですね(笑)」
イケガミさんが生み出す世界。それは縛られることのない、自由な発想力の結晶です。
その絵を目にするとき、人はイケガミさんの広大な空想のひとひらを眺めているに過ぎないのかもしれません。しかしそれゆえに、その一枚に込められた無限ともいえる想像力と純然たる美しさが、人を魅了してやまないのです。
イケガミヨリユキ
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