紅木春「Adobe Frescoなら一枚の絵のなかにいくつものタッチを持たせられる」Adobe Fresco Creative Relay 26

紅木春|メインビジュアル

アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
5月のテーマは「バラ」。花のなかでもひときわ優雅な輝きを放つこの花をAdobe Frescoで描き、 #AdobeFresco #バラ をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第26回は魅力的なキャラクターと確かな画力でイラストだけでなくマンガの世界でも活躍する紅木春(あかぎ しゅん)さんに登場いただきました。

初夏のさわやかな空気感で描かれるバラと少女

「花は好きなモチーフで、ふだんのイラストでもよく取り入れているのですが、バラをメインに描いたことはなかったので、今回のイラストはいい挑戦になりました。
いろいろな色、かたちのバラがあるなかで、どういうバラをメインにしようかとずいぶん悩んだのですが、“5月公開のイラストだからさわやかな絵にしたい。それならベースは青緑にしよう”とまず決めて。そこから、“真っ赤なバラは違うな、黄色に寄せてみようか、いっそのこと白にしようか……”と試行錯誤を重ねた結果、ベースの青みがかった緑に対して映える、反対色のサーモンピンクに落ち着きました」

紅木春|作品

「ひとやすみ」(2022)

色のイメージから全体の着想を得たという今回のイラスト。紅木さんは絵を描くときはいつも、色からヒントを得ているのでしょうか。

「描くアプローチは絵によってさまざまですが、今回のようにメインカラーや配色を手がかりに、全体の構図やイメージを決めていくケースは多い気がしますね。
実はこのイラストの前に、ローズガーデンを背景にしたものを描いていたんです。でも、iPadで描くのもはじめて、Adobe Frescoで描くのもはじめてだったせいか、ふだんの液晶タブレットに比べるとサイズ感が掴み切れず、納得のいくものにならなくて。人物をメインにしたこの絵は、イチから描き直したものなんです(笑)」

紅木春|制作環境

紅木さんの普段の作業環境

大学で“趣味のお絵かき”は“作品づくり”に変わった

今回のイラストは、紅木さんにとって記念すべきiPad初作品とも言えるもの。それでもなお、紅木さんらしい魅力的な一枚に仕上がっているのは、絵を描くこと、そのものに確かな基礎が宿っているからではないでしょうか。
いまやイラストだけでなく、集英社『週刊少年ジャンプ』「少年ジャンプ+」でマンガ作品も発表している紅木さんは、どのようにしてこの境地にたどり着いたのか。お話を伺いました。

「いつからとは思い出せないくらい小さいころから絵を描くのは好きで、当時はずっとハム太郎ばかり描いていました。幼稚園のころには自分でハム太郎の絵本も作って。わたしにとって初めての同人誌といってもいいかもしれませんね。でも、その内容は兄と一緒に読んでいた『コロコロコミック』の影響か、ハム太郎が敵を倒していくという少年漫画的なストーリーで……いまとなっては黒歴史です(笑)」

この頃はお兄さんも一緒になって絵を描いていたそうですが、両親も絵を描いていたこともあり、家の中にはさまざまな画材、画集がそこかしこに転がっていたと言います。絵の描きかたを教わることはなくとも、紅木さんにとって絵はごく身近な存在だったのです。

「小学校に上がってからも100円ショップで買ってもらったB5の落書き帳によく絵を描いていて、小学生の高学年になったころからは、マンガのキャラクターを模写するようになりました。
はじめて買った少年マンガは『D.Gray-man』です。ストーリーは何も知らないまま、絵がきれいというだけで一目惚れして買いました。読んでみると思ったよりダークだったんですけれど、そのころから自分のなかには“こういうタイプの絵が好き”という基準が存在していたのでしょうね。それからはすっかりマンガにはまってしまいました」

紅木春|作品

「have a good day!」(2022)

小学生、中学生のころは“とにかく好きなものを楽しく描ければいい”と思っていた紅木さん。美術系の進路に漠然とした興味は持っていたものの、“イラストレーターになりたい”“マンガ家になりたい”“画家になりたい”……といった確固たる目標はまだ持っていませんでした。

「中学校の友人のなかに、自分よりもずっとキャラクターイラストが上手な人や、すでに有償の依頼を受けている人がいたんです。いま振り返るとかなり特殊な状況だったとは思うのですが、“こういう人たちがプロになるんだろうな”と感じていましたし、その反面、“自分はプロになれるほどうまくないぞ”という自覚が常にあって。絵を仕事にすることは、目標というより、ひとつの憧れに過ぎませんでした」

中学校在籍時、紅木さんに大きな影響を与えたものがもうひとつあります。それがデジタルツールの導入でした。

「たまたまわたしの代の美術部には絵を描くのが好きで、デジタルにも強いオタク女子が集まっていたのでしょうね(笑)、お年玉でも買えるくらいのペンタブレット+ペイントツールのパックを買って、みんなでデジタルで絵を描くようになったんです。付属のツールだけでなく、SAIを使ってみたり、お絵描き掲示板で絵を描いたり。世代にしてはデジタルツールの導入は早かったほうじゃないかと思います。pixivやTwitterも早くから使っていました。
当時はいまのようにスマホもなく、Adobe Frescoのように無料で使える高機能なペイントツールもない時代ですから、周りにデジタルで絵を描く人がいなかったら、自分もデジタルで絵を描くことはなかったかもしれませんね」

紅木春|作品

「抜刀」(2021)/「実りのロンド」(2020)

その後、紅木さんは高校に進学。しかし、仲のよかった美術部員たちが美術系の高校に進むなか、両親の意向で普通科に進学せざるを得なかった紅木さんの内心には絵に対する焦りがありました。

「大学は両親も通っていた教育大学の美術学部に行くことになるのかな……とは思っていたのですが、美術系の高校に進んだ友人は絵にたくさんの時間を使えるのに、自分はどうして必死に英単語を覚えているんだろうと考えるようになってしまって。せめてなにか絵の勉強をしたいと思って、美大向けの予備校に通わせてほしいと親にお願いをしました。たとえ、地元の教育大学に進むとしても役に立つと思ったからです」

そこでの学びは紅木さんの絵のスキルを大きく伸ばすことになり、その上達ぶりと先生の勧めによって進路を考え直すまでに至ります。

「予備校の先生に“どうせなら美大を目指そう”、さらには“美大を目指すなら東京の学校を目指そう”と言われ、高校3年の5月には志望校まで決められてしまって(笑)。“上を目指したほうがうまくなる”という言葉に納得するところもあったんです。
両親には当然のように反対されたのですが、何度も話し合いをした結果、教員免許を取ること、国公立であることを条件に東京の美大受験を許してもらいました」

紅木春|作品

「銀海の魔女」(2022)

晴れて東京の美大に合格した紅木さん。大学で学び、家ではイラストを描くという日々が始まりました。選んだ専攻は絵画系ではありませんでしたが、課題制作等を通じて、イラストに対する意識もまた変わっていきました。

「大学ではいろいろな人とのつながりができただけでなく、“作品を完成させるとはどういうことか”を学ぶことができたと思っています。大学の課題は、ただ作品を作ればいいというわけではなく、作品のコンセプトがどういうもので、作品を通して何を伝えたいのか。どう展示し、プレゼンテーションすれば、それが伝えられるのかを毎回考える必要がありました。
その影響で、それまでは“好きなキャラクターを楽しく描ければいい”と思っていたイラストも、自分のなかにあるものを明確にして、何を表現するかを決めてから描くようになって。同じイラストでも出発点が変わったんです。そのとき、自分にとってイラストは“趣味のお絵かき”ではなく、“作品づくり”になりました」

紅木春|作品

「君たちも食べる?」(2022)/「my favorite time」(2021)

そして大学3年生、20歳のころには将来の選択肢として、イラストレーターという仕事を意識するように。その活動の一環として、紅木さんは当時、イラストのコンペによく応募していたそうです。これは社会人よりも時間が使える大学時代のうちに、ポートフォリオに載せられる実績を作りたいと考えていたからです。

「イラストレーターを探している方が、わたしに仕事をお願いしたいと思ったとき、本名でもなく、経歴もないとなると何も判断ができないと思ったんです。実績がない状態でネット上で自分を証明するためには、受賞歴はないよりあったほうがいい。SNSでイラストを上げつづけて、声がかかるのを待つのはハードルが数段高いけれど、コンペなら自分から能動的にチャンスを増やすことができますから」

自らの表現、スキルを磨くだけでなく、相手にどう見えるか、どうやったら伝わるかを考えながら活動を続けた紅木さんのもとには、イラストだけでなく、専門学校の講師依頼までも届くようになります。そして、この“絵の描きかたを理論的に考え、伝える技術”は、のちにイラストの技法書の出版へとつながっていきます。

紅木春|技法書『アジアンファンタジーな女の子のキャラクターデザインブック』(2019/玄光社)/作品集『夢彩廻紀』(2019/KADOKAWA)/技法書「ゼロから生み出すキャラクターデザインと表現のコツ」(2021/玄光社)

紅木さんの著書。左から技法書『アジアンファンタジーな女の子のキャラクターデザインブック』(2019/玄光社)/作品集『夢彩廻紀』(2019/KADOKAWA)/技法書「ゼロから生み出すキャラクターデザインと表現のコツ」(2021/玄光社)

在学中から着実にプロのイラストレーターへの道を歩み続けているように見える一方、紅木さんのなかで、卒業後の進路についてはまだ決めかねてもいました。

「大学院に行くことも考えていて、願書まで出して勉強もしていたのですが、直前になって“大学院まで進んでもやりたいことがない”という自分の素直な気持ちに気づいてしまって。受験を辞退したんです。大学院に行くつもりで就職活動もしていなかったので、結局、卒業と同時にいまのイラストレーター生活がスタートしました。
フリーランスになるにあたってはまず、大学院に行くつもりだった2年間のなかで、“イラストを仕事にするなら達成したい目標”を定めて、それをひとつひとつクリアしていこうと考えました。“コミティアに出る”といった小さいものから、“商業画集を出す”といった大きいものまでリストアップして、それが達成できるような作品づくりをする。オリジナル作品が増えたのはちょうどこのころですね」

もうひとつ、紅木さんを紹介するにあたって外せないのがマンガです。
これまで集英社『週刊少年ジャンプ』「少年ジャンプ+」に掲載された読切作品は「ライラと真夜中3時の大冒険」「片腕のエイミー」「七瀬くんの天職」「竜と檻人」の4本。読むのは好き、でも本格的に描いたことはなかったというマンガの世界にどのように足を踏み入れたのでしょうか。

紅木春|「ライラと真夜中3時の大冒険」(2020)、「片腕のエイミー」(2020)、「七瀬くんの天職」(2021)

左から「ライラと真夜中3時の大冒険」(2020)、「片腕のエイミー」(2020)、「七瀬くんの天職」(2021)/いずれも集英社「少年ジャンプ+」掲載

「大学院に行かなかった2年間のために立てた目標とは別に、行っていたら取り組んだはずの修了制作をするタイミングで、自分なりの修了制作としてマンガ作品を作ろうと思ったんです。このとき描いた『迷神街と案内人』という作品は、集英社のJスタートダッシュ漫画賞で準入選をいただきました。これがきっかけで編集の方とネームのやりとりをするようになり、これまでに4本の作品を掲載していただきました。その間にボツになったネームもたくさんありますけれど……。
マンガはイラストとは絵の描きかたも違いますし、想像以上に大変で試行錯誤の連続です。うまいマンガ家さんの作品を見ては、“自分の絵はまだまだ素人感が強い”と落ち込むこともこともありますが、マンガにはイラストではできないことがあると思っていて。そこにチャレンジしていきたいんです」

紅木春|竜と檻人(2021)

「竜と檻人」(2021)/集英社『週刊少年ジャンプ』2022年1号掲載

新しいことにも臆さず取り組み続ける紅木さんは、大学卒業時に立てた目標をすでに達成し、すでに次の未来を見据えています。こうした計画性とセルフブランディングの力は、紅木さんにとって大きな武器になっていると言えるでしょう。

デジタルでもアナログのテクスチャ感が出せる

今回のイラストは描画から色の調整まで、Adobe Frescoのみで描いたという紅木さん。はじめて触れるAdobe Frescoに抱いた印象はどのようなものだったのでしょうか。

「ふだんとは環境もアプリも違うなかでの制作でしたが、機能面で不足を感じることはなく、“Adobe Frescoの場合はここにあるんだな”という感じで自然に触ることができました。
特に便利だと思ったのは画面上にある透明な丸ボタンを押すだけで、使っているブラシがそのまま消しゴムになることです。わたしは描画の手法として透明のブラシや消しゴムをすごくよく使うので、ツールを持ち替えることなく、タッチショートカットで切り替えられるのはとても助かりました」

タッチショートカット

Adobe Frescoのツールを拡張するタッチショートカット

Adobe Frescoの特徴でもあるブラシも、紅木さんが驚いたポイントのひとつです。

「ブラシの飛び抜けた豊富さは本当にすごいと思いました。使ってみて一番感動したのは油彩のブラシです。とにかく楽しくて、今回のイラストでは絶対にこの油彩を取り入れようと思ったんです。
いまでこそフルデジタルで描いていますが、もともとはアナログで描いていた人間なので、デジタルのなかでもアナログ感を出したいと思っているので、こういうテクスチャ感が残るブラシはすごく好きなんです。
今回のイラストではふだんとは違って、一枚の絵のなかにいろいろなタッチを入れることができました」

紅木春|タッチ拡大

今回のイラストで仕上げに使っているのは色調補正の調整レイヤー。こうした色調整は絵を描くプロセスにおいて欠かせないものになっています。

「光が差し込んでいるから、左から右にかけて明るさを変える……というような明暗計画は最初に立てて、描く段階で色は調整していくのですが、やっぱり最後の調整は調整レイヤーを使いますね。調整がレイヤー化されていれば、いつでも再調整ができますし。
今回は全体の調整にしか使っていませんが、レイヤー単位でこまかく調整することもあるので、クリッピングにも対応しているのはすごく助かりますよね」

紅木春|調整レイヤー適用前後

調整レイヤー適用前(左)と適用後(右)

イラストとマンガ、同じ絵でも表現がまったく異なるフィールドを渡り歩く紅木さんがこの先目指すものは何なのでしょうか。

「イラストとマンガ、二兎を追うものは一兎をも得ずということにならないか、不安や焦りはいつもあります。マンガに時間を割いているうちに、ほかのイラストレーターさんはもっとうまくなって、置いていかれてしまうんじゃないか、とか。でもいまはとにかく後悔したくないので、2022年はイラストの仕事は抑えつつ、マンガに力を入れようと決めています。それと同時に、趣味として描くイラストは自分の表現力を高めるためにも、ほかのイラストレーターさんが描いたすばらしい作品を参考にしながら、構図、デザイン、色の塗りかたを勉強するつもりです」

紅木春
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