七原しえ「ブラシ好きにはたまらない!追加ブラシで表現が広がるAdobe Fresco」Adobe Fresco Creative Relay 27
アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
6月のテーマは「傘」。梅雨どきのいま、傘は手放せないアイテムです。傘をさす人を描くもよし、雨の降るなか、傘をさして歩く人たちを描くもよし、日差しを避けるように日傘をさすのもよし。傘のある風景をAdobe Frescoで描き、 #AdobeFresco #傘 をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第27回は圧倒的なスケール感と緻密さで和の世界を描き出す、七原しえさんに登場いただきました。
黄花藤揺れるなか、和傘を手にたたずむ女性
「黄花藤」(2022)
「オリジナルのイラストにも傘を描いているものはあるのですが、人物も傘も大きく描かれているものはなくて。今回は横長にして傘を大きく見せられたら、と考えました。
ただ、横長の画面に対して人物を中央に置いてしまうと、どうしても両脇が空いてしまうので、左にスライドして人物は横向きに。空いた右側の空間には髪の流れや、黄花藤(キングサリ)を置いてバランスをとっています」
黄花藤は5〜6月に花を咲かせる黄色の花。季節感を取り入れるために入れたモチーフですが、画面全体のテーマカラーとしても機能しています。
「途中、差し色を入れようかと傘の色を変えてみたりもしたのですが、最終的にイエローベースで統一することにしました。
色は使いすぎると視点が定まらず、その絵のポイントがわからなくなってしまいます。あえてたくさんの色を使うこともありますが、そういう場合は細かい色が気にならないくらいに、もっと強烈な印象を持つものを置きます。今回はブラシの質感も伝えたかったので、どこかに視点を誘導するのではなく、全体の雰囲気を重視して色を決めました」
偶然目にしたペンタブレットの広告からイラストの道へ
繊細、緻密にして、力強さを内に秘めた七原さんの絵。静動入り混じるメリハリのある構図は絵の世界観をより強固なものにしています。
オリジナルの創作シリーズ「根の国 底の果て」では、極東の島国で人と神をめぐる物語を展開。圧倒的な画力で繰り広げられる独創性に満ちた世界は見る人を惹きつけてやみません。
こうした絵はどのように作り上げられていったのか。七原さんの絵との関わりについて聞きました。
「絵を描きはじめたのは大学を卒業してからです。それまでは“お絵かきが趣味”ということもなくて……絵を描いたといって思い出せるのは、高校の選択授業で美術を選んだことくらいですから、ほかのイラストレーターさんとはずいぶん経歴が違うかもしれませんね」
左「白梅紅梅」(2021)/右「春風献上」(2022)
高校までは青森在住、大学進学をきっかけに関東に移った七原さんはその後、専攻分野を活かして研究機関に就職。しかし、ここで思わぬギャップにとまどうことになります。
「大学のころは実験室に泊まり込むような生活をしていて、自由な時間なんてほとんどありませんでした。
でも就職をしてみたら、5時半になると“帰っていいよ”と言われるんです。就職先は周りになにもないところでしたから、どこに遊びに行けるわけでもない。そうなるともう、その後の時間をどうしたらいいのかわからなくなってしまったんです(笑)。
このままではいけない、趣味としてなにか始めよう、そう思って考えたのが写真でした。ちょうど、女性がデジタル一眼レフを持って、いろいろなところに写真を撮りに行くというのが流行っていた時期です。さっそく、カメラをネットで探しているとき、ふと目に入ったのがWacomさんのペンタブレットの広告でした」
「花あかり」(2022)
折しも職場にもペンタブレットが導入されはじめていたこともあり、“自分で持っておくのも便利かも”と、軽い気持ちで購入を決意。
振り返ると、カメラではなく、ペンタブレットを買ったこの瞬間こそ、イラストレーター・七原しえ誕生の原点と言えるのかもしれません。
「ペンタブレットにはペイントソフトがついていたので、せっかくだから絵を描いてみようと、少しずつ練習するようになって。当時はイラストのコミュニティやブログがたくさんあったので、自分でもイラストブログを始めました」
それまで絵を描いたことがなかった七原さんは、当時何を描き、何をモチベーションにして練習を続けていたのでしょうか。
「イラストブログを見て回っていると、女の子のイラストが多かったので、“こういうのが主流なんだな”と思って、練習をしていたと思います。あと、ブログのタイトルに“1日1枚お絵かきをするブログです”というタイトルをつけちゃったんです(笑)。いまで言う“100日チャレンジ”みたいなものですね、それはしっかり守るようにしていました」
「虎狩りの夜」(2020)
1日1枚、とにかく絵をアップする。自らにルールを課した結果、七原さんの画力は着実に向上していきました。
「やっぱり毎日描くと確実に上達するんです。描きながら、何度も何度も前のイラストを見返して、“ここは直したほうがいいな”“こうしたほうがいいな”というコツが蓄積していきます。
まったく絵を描いたことがなかったとしても、毎日描き続ければ、どんな人でもうまくなるんじゃないかな」
もうひとつ、七原さんが重視するのが使用するソフトとその機能、言わば道具です。
「ソフトの使いかた次第で、絵のクオリティも変わってきます。わたしの場合、ペンタブレットに付属していたペイントソフトでは描きたい表現ができなくて、SAIを使うようになったのですが、“SAIを自在に使いこなせるようになろう”と懸命に機能を覚えたことも、上達した理由のひとつだと思います。その次にCLIP STUDIOを変えてからはより細部まで描き込むようになっていきました。ソフトをうまく使えることもまた、イラストの技術なんですよね。
いまのペイントソフトは多機能なので、初心者にはどうしてもわかりにくいかもしれません。その点、Adobe Frescoは初心者にも入りやすいソフトじゃないかな」
七原さんの制作環境
毎日描く。七原さんが実践したのは極めてシンプルですが、根気のいる方法でもあります。この地道な練習は、2年目には成果となって現れます。
「アップしていたイラストを見た方からお仕事の相談をいただきました。ただ、当時はイラストを仕事にしたいと思って、絵を描いていたわけではなかったのでビックリしてしまって。大丈夫かな……という不安もあったのですが、最終的にお引き受けしました。そのときの仕事が『シノビガミ』シリーズで、2009年から始まり、いまでも表紙のイラストを描かせていただいています」
左『忍術バトルRPG シノビガミ スタートブック 上 改訂版』(2009/2014改訂)/中『シノビガミ シナリオ集 忍秘伝・改』(2014)/右『シノビガミ 流派ブック 鞍馬神流』(2022) 著者:河嶋陶一朗/冒険企画局/発行:新紀元社
その後、七原さんはイラストエージェンシーに登録。ここでは仕事の仲介だけでなく、仕事としてイラストを受ける際のノウハウを学ぶことになります。
「『シノビガミ』のお仕事は、”すごくラッキーなことなんだ““こんなことはそうそうないぞ”とは思っていたので、仕事をもらうために自分でエージェンシーに行って、登録をお願いしました。それからは定期的にお仕事をいただけるようになったんです。
いま振り返るとこのとき、業界の慣習、ルールだけでなく、どういうイラストが求められるのか、何がNGなのかを教えていただいたことは非常に勉強になりましたし、実際にその結果、仕事につながったことで“この方向でいいんだ”という自信を持つことができました」
七原さん指名で来るエージェンシー経由の仕事に加えて、やがてpixivを通じて依頼が来るように。さらに直接の連絡のほうが多くなったタイミングでイラストレーターを専業にすることを決意します。
左「花萌ゆる」(2014)/右「月下美人」(2015)
専業になったことでイラストにも変化が起こります。より多くの時間が使えるようになったことで、絵の精度、密度、強度が上がっていったのです。
七原さんを代表するオリジナル創作「根の国 底の果て」もこの頃から描かれ、2022年6月にはこのシリーズをまとめた画集『緋花 根の国 底の果て』も刊行されています。
「イラストのなかに和のモチーフを持ち込みはじめたのは、仕事から帰ったあと、深夜アニメ枠のノイタミナでやっていた『怪 〜ayakashi〜』を見たことがきっかけです。遅い時間に放映していましたし、ふだんだったら流し見するところだったのですが、思いがけず真剣に見入ってしまって。伊藤若冲のようなテイストがアニメで再現されていて、“こんな表現もあるんだ”“自分のイラストでもこういう表現ができたらおもしろいな”と思ったんです。
それからあらためて日本画を見てみると、昔のものでも全然古く見えず、常に新しさを感じられるようになって……この題材をそのままにしておくのはもったいない。そう考えて、イラストにも取り入れるようになりました」
その後、伊藤若冲の展示にも足を運んだ七原さんは、幸運にも自分以外誰もいない会場で、若冲の世界観に浸る機会を得ます。そうした経験を経て、七原さんの世界もまた広がっていきました。
左「破怪僧」(2017)/右「夢見鳥」(2018)
「地獄太夫」(2020)
七原さんはいま、装画、ゲームイラスト等、幅広く活躍。なかには『週刊少年ジャンプ』で連載中の人気マンガ「逃げ上手の若君」のカラー背景イラストという、イラストレーターとしてはユニークな仕事も担当しています。
国内外問わず、和風、和柄というキーワードから仕事の相談が来るのは、七原さんしか持ち得ない世界の構築力、表現力があるからこそ。描き続け、さまざまなインスピレーションを得て描き出された世界は、いまなお広がり続けています。
週刊少年ジャンプ 2021年39号『逃げ上手の若君』著:松井優征/発行:集英社(2021)カラー背景イラスト
ブラシマニアにはたまらない!? Adobe Frescoの豊富なブラシ
今回、液晶タブレット+Windows版Adobe Frescoの組み合わせでイラストを描き上げた七原さん。初めて使うAdobe Frescoにどのような印象を抱いたのでしょうか。
「一番びっくりしたのは、Adobe Frescoの特徴でもある水彩のにじみ感ですね。本当にすごいと思いました。いつも使っているブラシでは、設定されている範囲ないでしかアナログの質感を出すことができませんでしたが、Adobe Frescoはにじみを完全にコントロールできないところに意外性が生まれて……それが本当にアナログ的ですばらしいと思いました」
もうひとつ七原さんを惹きつけたのがブラシの豊富なバリエーションでした。イラストレーターにとって、ブラシの種類が多いメリットはどこにあるのでしょうか。
「イラストを描くうえで、たくさんのブラシを使い分けることもひとつの技術なんですよね。そのためにもブラシの種類はたくさんあったほうがいいと思っています。
今回はオプションの追加ブラシ(Klyeブラシ)も使っているのですが、その量とクオリティには驚きました。イラストレーターのなかにはたくさんのブラシを集めたり、自作したりするブラシマニアの人が結構いるのですが、そういう人にはたまらないんじゃないかと思います(笑)」
今回のイラストで使われたAdobe Frescoのブラシ
Adobe Fresco プレミアム版では「新しいブラシを見つける」からブラシの追加が可能
Adobe FrescoはAdobe IDがあれば無料で使用できますが、年額1,150円(iPad版のみ)で追加ブラシ等を利用できるプレミアム版にアップグレード可能。Adobe Creative Cloudコンプリートプランユーザーなら追加料金なしでプレミアム版を利用できます。この金額感には七原さんも「その値段でこれだけのブラシが使えるなら、かなりお得」と太鼓判を押します。
ペンタブレットのバナー広告がきっかけで足を踏み入れたイラストの道。いまやその空間には七原さんしか描くことができない優美な世界が広がり、まるで絵巻物のように日々、物語が紡ぎ出されています。
「6月に画集を出したばかりですけど、早く2冊目を出したいですね。まだまだ描きたいものがたくさんありますから。縁があれば海外でも出せたらいいなと思っています」
画集『緋花 根の国 底の果て』発行:KADOKAWA(2022)
七原しえ
web|https://nanaharashie.tumblr.com/
Twitter|https://twitter.com/nanaharasie
pixiv |https://www.pixiv.net/users/114086