数万枚の紙文書のデジタル化で業務が変わる! 医療・製薬業界のDX最新事情
あらゆる業界でデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が広がりつつある今日。製薬業などライフサイエンス業界も例外ではありません。特に新型コロナウイルス感染症の拡大により製薬開発そのものに注目が集まるとともに、創薬プロセスのデジタル化や医薬間の効率的な情報共有など、さまざまな面で大きな進化が始まっています。
そんなライフサイエンス業界のDX推進をデジタルドキュメントの側面から考えるオンラインセミナー「ライフサイエンスDXフォーラム 2022」(主催:東洋経済新報社、協賛:アドビ)が、2022年3月11日に開催されました。このセミナーの内容を基にライフサイエンスのドキュメントワークフローについて最新動向を見ていきます。
(セミナーはこちらからオンデマンドでご視聴いただけます。)
脱・紙文書で創薬申請・承認プロセスを変える
ここ数年、社会が新型コロナウイルスの脅威にさらされているなか注目されているのが医療機器や医薬分野などのライフサイエンス業界です。特に大きな期待が寄せられているのが新薬創出分野で、医療現場と製薬会社の緊密な連携の下、ビッグデータ活用など最新テクノロジーを駆使しながら新しい薬の開発が進められています。
アドビはかねてより、医療機関や製薬業界を対象にドキュメントソリューション「Adobe Document Cloud」による業務のデジタル化を支援してまいりました。特に新薬開発に関しては、基礎研究や非臨床試験、臨床試験、承認申請などいくつものプロセスがありますが、その1つひとつに医療機関、研究所、厚生労働省、治験参加者など膨大な人や組織が関わるうえ、承認申請の書類作成やレビューが重なり、膨大な紙文書が必要になります。
この「業務を圧迫しかねない紙文書の処理をいかにスムーズに行い、DXを推進して価値を上げるか」という点が、今回の「ライフサイエンスDXフォーラム 2022」の重要なテーマでした。フォーラムでは、中外製薬株式会社 執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長の志祭聡子氏によるデジタル化推進の事例や人材育成について講演があり、続いて医療・製薬業界のDXを支援しているアガサ株式会社 代表取締役社長 鎌倉千恵美氏の講演、そしてアドビ プロダクトスペシャリスト 永田敦子のセッションがありました。
コロナ禍で進む、医療機関と製薬会社の文書管理クラウドの利用
アガサは、医療機関と製薬企業を対象に臨床研究・治験の文書管理クラウドサービス「Agatha」を提供するスタートアップ企業です。AgathaはGxP関連文書(Generic Good Practice/Good Practice)とそのプロセスをクラウド上で一元管理するソリューションで、GxP対象文書の管理・共有に必要なコア機能を提供する「Basic」版のほか、医療機関と連携する「Remote Monitoring」、eTMFの作成・管理を行う「eTMF」、また「Monitoring Report」「申請文書管理」「IRB/CRB/倫理審査委員会」など個別業務ソリューションもそろえています。
UIはGoogleドライブライクなドキュメント管理システムで、ワークフロー、文書のドラフトレビュー、承認、確定などの機能が盛り込まれており、医療機関と製薬会社間での効率的な文書のやり取りを支援します。
実は治験分野は長年の慣習により紙文書ベースのワークフローが当たり前で、医療現場の業務は膨大な紙文書で圧迫されていました。アガサの調査によると、医療機関における研究開始の承認までのフローだけでも70工程あり、文書も46部コピーが必要になるので500枚の申請書の場合は2万3000枚もの紙を使用したり、コピーや関係部署への持参だけで23時間もかかっていたそうです。
図 1:紙文書のやり取りで業務が圧迫される医療現場(提供:アガサ株式会社)
そのAgathaの利用がコロナ禍で急速に伸びています。鎌倉氏によると「2020年始めには約5000人だった利用者数が、この2年間の間に1万6000名になり、3倍以上に増加しました」とのこと。以前は製薬会社や医療機関が単独で利用するケースが多かったのですが、コロナ禍でリモートワークが進んだことで、医療機関と製薬会社の連携ニーズが増え、企業・医療機関同士のやり取りが非常に増えたそうです。クラウドに登録されているドキュメント数も、1万7000件から現在は9万件まで一気に拡大、試験数も約4倍に伸びるなど、創薬分野のDX化は確実に進んでいます。
支持される要因について、鎌倉氏は「ALCOA原則に準拠し、臨床開発業務をリモート化できるという点が関係機関に評価されたと考えています」と話します。現場からは「業務の停滞が抑制された」「紙保管のスペースやコスト、保管・閲覧に要する時間が激減した」「医療機関への訪問に費やすコストや時間を削減できた」といった声が寄せられているそうです。
文書管理から医療医薬連携基盤を目指すアガサ
そしていま、同社が目指しているのは、文書管理ソリューションの枠を超えた「医療医薬連携基盤」への進化です。日本医師会 治験促進センターとコラボレーションし、治験業務支援システム「カット・ドゥ・スクエア」(CtDos2)とAgathaの連携を実現、治験に関する文書の統一書式の普及および徹底に協力し、製薬会社と全国の医療機関のさらなる連携を支援しています。
図 2 :Agathaによる医療医薬連携基盤概要(提供:アガサ株式会社)
医療機関は治験文書をAgathaで一元管理でき、製薬会社側はリモート環境で文書類を拝受・閲覧したり、モニタリング報告業務を効率化したり、治験の責任医師の安全性情報見解を確認したりなど、医療機関を訪問することなく文書のワークフローを進めることができます。鎌倉氏は「Agathaの活用により、創薬分野の業務も新しい生活様式にふさわしい形に進化し、工数負担からの解放やコスト削減に貢献できます。これにより国内の知研究環境全体の効率化が進み、医療の発展にも寄与すると考えています」と話します。
この医療医薬連携基盤を目指し、Agathaは2022年に外部システムとの連携強化やAPIの拡充などバージョンアップした「V5. オープンイノベーション」を構想しています。またレポートダッシュボードの開発や、Adobe Acrobat Signとの連携による承認機能の強化も今年中に行う予定で、信頼性を一層向上させながら、医療研究開発分野のDX化を支援していくとのことです。
ライフサイエンス業界の厳しい要件に唯一対応できるPDF
アドビもDocument Cloudを通じてライフサイエンス業界のDXや文書ワークフローのデジタル化を支援しています。登壇したプロダクトスペシャリストの永田は、現状のライフサイエンス業界の紙文書業務について「膨大な既存の紙資産の運用や、捺印業務など出社前提の紙業務フローの存在、個々人のITスキルの格差などいろいろな理由があります」と理解を示しながらも「一方で不要な紙出力を削減し、環境改善や資源保護につなげていく社会の動きにも対応しなければなりません」と、デジタル化の必要性を訴えます。
それにはまず既存の紙文書を電子化しなくてはなりません。そして紙文書の電子化を行ううえで最優先に考えなければならないのは「医薬医療開発ライフサイクルにおける大量ドキュメントの信憑性をいかに担保するか」という点です。
図 3 :創薬開発プロセスにおけるデジタルドキュメント
上の図は医薬医療の開発ライフサイクルのプロセスを簡略化したものですが、これだけ膨大な文書の信憑性を担保することが電子化の鍵になります。これを担保できるのがアドビのPDFなのです。
PDFは帰属制、判読性、原本性、可用性などALCOA原則に則った保管要件を多くカバーすることのできるデジタルフォーマットです。そのためライフサイエンスの分野で、PDFは事実上の標準として広く採用されています。
PDFは情報交換のための汎用フォーマットであり、ISOによって標準規格化されています。環境に依存せずに内容を意図通りに閲覧でき、さらに非改ざん性や原本性の確認が行えるセキュリティ機能を併せ持っています。またPDFファイルは構造化されているため、テキストや動画、3Dといった直接文書上に表示される情報だけでなく、注釈コメントや添付ファイル、メタデータなどの情報を別の階層に分けて確認することができます。
図 4 :ライフサイエンス業界におけるPDFの役割
現在のところ、PDFはこれらの要件を満たせる唯一のデジタルドキュメントフォーマットです。たとえばMicrosoft Wordなどは編集を前提とした設計なので、非改ざん性や原本性といった電子保管要件を満たすためには、PDFを核とした運用が鍵になります。
一方で、こうしたPDFの要件を満たすには条件があります。ISO完全準拠のPDFは、Acrobatおよびアドビ製エンジンで作成したPDFに限られています。つまりPDFファイル、作成用のAcrobat、閲覧用のAcrobat Readerの3つのセットでPDF文書を運用することが必要です。
また、アドビはPDF以外のネイティブデータやドキュメントに含まれるデータ活用についてもソリューションを提供しています。PDFを解析してデータを抽出し、ドキュメントのどのコンテンツが多く参照されたのか。閲覧者はどのような行動をしたのかといったことを分析し、文書の再構成を自動で行うといったフローも構築できます。
Adobe Document Cloudの活用で紙業務をデジタル化
PDF文書でどのように証跡を記録・保管し、信憑性を担保するのか業務フロー起点で見ていきましょう。
すでに定型的なワークフローが存在し、証跡の記録/保管が必要な業務に関しては、既存の業務システムやワークフローツールでカバーできます。一方、フローが定まっていない非定型業務においてはこれが当てはまりません。たとえば申請文書の作成や承認などがこれに相当します。システム化まで落とし込めない属人的な作業なため、紙によって分断せざるを得ないプロセスともいえますが、この非定型業務のデジタル化を実現するのがPDFを核とするDocument Cloudです。
文書のレビュー・承認という非定型業務に関してアドビでは、社内/社外向けにクラウド型電子サインの「Adobe Acrobat Sign」、主に社内での利用向けにAcrobat DCのデジタル署名機能や注釈/スタンプとレビュー機能を提供し、その証跡をPDFに保存します。医療機関と製薬会社間の文書のやり取りであればAcrobat Sign、社内でのレビューや承認にはAcrobat DCを使い、共有レビューとスタンプによる承認を行うことで、文書の承認過程と非改ざん性の両方を担保できます。
特にAcrobat Signは、医薬品やバイオテクノロジー、ヘルスケアなどの業界標準における厳格な署名者認証と電子記録に関する規制に対応しており、品質と信頼が何より重視されるライフサイエンス業界の厳しい要件を満たしています。
また膨大な紙資産の活用も、モバイルアプリのAdobe Scanを使えば、OCRで文字認識をしてPDFドキュメントとして保存・活用できます。WordやExcel、PowerPointや動画、画像など規格が異なるファイルもPDFのバインダー機能やポートフォリオ機能を使うことで1つのPDFファイルとして保存できるので、後々の管理・活用もスムーズに進められます。
さらにDocument Cloudは、種々の業務システムと連携して定型ワークフローのプロセスを自動化できます。医療用クラウドサービスのAgathaのほか、マイクロソフト製品やKintone、Boxなどのさまざまな製品と連携できるほか、豊富なAPIを備えてカスタマイズ可能です。なかでも製薬分野で活用できるのは、PDFを解析して構造化されたJSONデータを出力し、ドキュメントを再構築する「PDF Extract API」です。製薬の展開に当たり、世界各国の規制当局からの照会事項の履歴は管理しなければなりませんが、メールやWord、PDFなどフォーマットがバラバラで散逸しているケースは珍しくありません。それらの照会事項をPDF化し、PDF Extract APIを使って質問と回答を抽出すれば、手をかけずにFAQドキュメントを再構築できます。
図 5 :製薬におけるPDF Extract APIの活用例
永田は最後に「紙文書のフローからいきなりフルデジタル化を目指すのではなく、まずは既存の紙文書のデジタル化や非定型業務のレビュー・承認から進めてみる。そしてその範囲を広げ、種々の業務システムとの連携やAPIを活用しながら、さらなる自動化を目指す。その中核となるPDFを、アドビのエンジンで作成することでISO規格に則った運用が可能になるので、ドキュメントエコシステムの拡大につながります」と話し、「ライフサイエンス業界のDX推進に関する相談があればいつでも下記にご連絡ください」として講演を終えました。
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