淵゛「描くごとにひらめきが生まれるAdobe Frescoのアナログ感」Adobe Fresco Creative Relay 29
アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
8月のテーマは「花火」。夏の夜空に咲く色とりどりの打ち上げ花火、河原や公園で楽しむ手持ちの花火、儚くも美しい花を散らす線香花火……花火の種類もさまざまです。Adobe Frescoで花火や花火のあるシーンを描き、 #AdobeFresco #花火 をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第29回は絵画的なタッチを取り入れながら魅力的なイラストを描く、淵゛(ぶち)さんに登場いただきました。
夏、儚さ、美しさ…花火のイメージを紡ぎ出す絵
「絵を描くときはいつも、テーマから連想することから始めます。今回のテーマ“花火”なら、夏、儚い、美しい……そうしたイメージを絵の要素としてイメージを固めていきました。
“花火”は過去にも作品として描いたことがある、好きなモチーフのひとつなのですが、自分のなかでは、花火=散り際の美しさという価値観があって。今回も散る瞬間を描けたらと思い、夏の儚さの象徴でもあるセミとあわせて描いています。
塗りにはAdobe Frescoの特徴でもある水彩、油彩を取り入れました。水彩ウォッシュソフトブラシを使って、にじみのある水彩で下地の色を置き、その上から油彩厚塗りブラシで光の残像や帯の立体感を描き加えています。水彩の上から油彩で描くということは、アナログでもできないことですし、ほかのデジタルツールでもできません。デジタルとアナログ、両方のおもしろさが融合しているのが、Adobe Frescoの魅力ですね。描いていて本当に楽しかったです」
「いのち響かせ」(2022)
日本画に感銘を受け、油絵で基礎を学ぶ
油彩、水彩の質感を織り交ぜながら、花火をテーマにした作品「いのち響かせ」を描いた淵゛さん。
複数のタッチを取り入れてもなお絵として調和しているのは、圧倒的な画力がなせるワザと言えるでしょう。淵゛さんはどのようにして絵を学び、イラストの世界へと進むことになったのか、その経緯を伺いました。
「イラストレーターの方の多くはそうでしょうけれど、わたしも物心がついたころには絵を描いていました。絵に対する意識が変わったのは、中学生のときに地元・京都の美術館で開催されていた大学の卒業制作展を行ったときです。それまではただ絵が好きで描いているだけでしたが、このときに見た日本画の色彩、質感にすごく惹かれて……“自分でもこういう絵が描きたい”と思うようになったんです。
いま振り返ってみると、そこにはいわゆる古典的な日本画にはない、学生ならではの新鮮な発想やエネルギーがあって、それに圧倒されたということもあったのでしょうね。それから美術高校への進学を真剣に考えるようになりました」
美術高校を目指し、デッサンや着色写生を学び始めた淵゛さんは、その過程で自分が絵を描き続けるための将来像も思い描くようになります。この瞬間こそ、淵゛さんにとっての“絵描きとしてのスタート地点”でした。
「レモンソルトの渚」(2022)
進学した美術高校は1年生のうちはデッサンをしっかり学び、その後専攻を決めるという教育課程。しかし、淵゛さんはここで日本画ではなく、油絵を専攻します。
「日本画を専攻すると2年生、3年生の2年間を作品制作にあてることになるのですが、油絵の場合はデッサンをより深く理解するために、木炭やコンテを使って描いたり、版画を学んだりするんです。
当時、わたしの周りは絵がうまい人ばかりで、自分はもっと基礎を固めないとそうした人たちにはかなわないと思っていましたし、基礎がなければオリジナルの表現は突き詰められないとも思っていました。まずはしっかりとした画力をつけるためにも油絵を専攻しました」
“ゼロからオリジナルは生まれない”“基礎を身につけているからこそ、あらたな表現が見つかる”……淵゛さんの言葉は、あらゆる表現に通じる、ひとつの真実と言えるのではないでしょうか。高校1年生にして、焦ることなく、基礎固めの道を選んだ淵゛さんの絵に対する向学心には驚嘆するよりありません。
「いまでも印象に残っているのはヌードデッサンです。目の前にあるモチーフを決められた時間のなかで描くのですが、5分、3分、ときに1時間と、制限ある時間のなかで具体的に描くのは本当難しかったですね。いまでも人物を描くにあたって、線の抑揚、肉体の流れをどう作っていくかは、あの時間で学んだと思っています。本当にいい授業でした」
左「ずっと、もっと、つなぐぞ。au 」(2022) (c)kddi
右『5分後に涙腺崩壊のラスト』エブリスタ編/発行:河出書房新社(2021)
絵を諦めたくない……選んだのはデジタルの道
その後、淵゛さんは美術大学に進学。そこでは当初の目的だった日本画を専攻します。
「大学では1年目はほかの専攻の勉強をすることもありましたが、それ以外の時間はひたすら日本画の学びにあてることができました。先生方も講義に来てくださるゲスト作家の方もすごく熱心に教えてくださって。日本画の伝統的な部分だけでなく、現代的、前衛的な部分もしっかりと学ぶことができました」
大学時代の日本画作品
中学生のころからの目標だった日本画。その学びの機会を大学にしてようやく得た淵゛さんでしたが、大学4年生のなかば、卒業制作を前に病を患い、卒業を諦めざるを得なくなります。
「勉強も楽しかったですし、最後まで通いたかったのですが、卒業制作となるとパネルのサイズも大きくなります。体力的にも精神的にも完成は難しい……そう思いました。教授からは“できる範囲でいい”とも言っていただいたのですが、中途半端な作品を展示の場に出すのは自分自身、許せるものではなかったので、4年生の後期を残して退学することにしました」
「夏の窓」(2022)
このとき、淵゛さんの心のなかに悔しさはあったものの、日本画は続けていこうという気持ちは持ち続けていました。しかし、アナログでの絵画制作は時間と体力を必要とします。病の悪化によって、淵゛さんはその負担に耐えることができなくなっていました。
「絵具の乾き時間は天候にも左右されますし、デジタルに比べると長期戦になりますが、アナログで作品を描きあげる体力はもうありませんでした。
“絵具を使った制作はもう難しいな”と諦めかけたとき、ふと思い出したのが中学生のころから趣味の落書きに使っていたデジタルツールです。絵を描くことを諦めたくない、いまならデジタルでも描けるかもしれないと思って、デジタルツールを触り始めてみたら、当時よりも筆が乗って、思っていた以上にちゃんと絵が描けたんです」
「ヨゴレ」(2018)
友だち同士で絵を描き合うために使っていたペンタブレットを掘り起こし、デジタルイラストを描き始めた淵゛さん。その間に身につけた画力は、デジタルでも存分に発揮されました。
「最初はトレーニングというか、リハビリのように作品を描いてはSNSに投稿をしていました。はじめて作品として描いたのが『ヨゴレ』という絵です。当時はまだ日本画の風合いに固執しているところがあって、アナログの質感に近づけられるような描きかたを模索していましたが、少しずつデジタルのよさに気づいていくなかで、日本画の要素が減り、デジタルならではの表現が増えていきました」
デッサンで培った描写力、油絵と日本画を通して学んだ描画力。そこにデジタルならではの表現力が混ざり合ったことで、淵゛さんが描く絵の幅は一気に広がり、SNSでも注目を集めるように。そして、絵をアップすることで得られるさまざまな反応は、淵゛さんの絵を進化させるとともに、“デジタルで絵を描き続けるのなら、その道を極めていきたい”という想いへと変わり、“イラストレーターになりたい”というあらたな目標へとつながっていきました。
「こどもたち」(2019)
2019年、淵゛さんははじめて仕事として絵を描き、名実ともにイラストレーターとしての道を歩みはじめます。SNSに絵をアップし始めた翌年には依頼が届いていた……淵゛さんがこれほどまでに早く、プロとして活動できるようになった背景には、中学生のころから将来を見据え、絵に向き合い続けてきた蓄積があったことは想像に難くありません。
イラストレーターとして依頼を受けて絵を描く一方、描きかた、表現の試行錯誤は続きました。
「2020年に描いた『栄養補給』という絵は、SNSでも多くの反応をいただくことができて、自分のなかでもポイントになった作品ですね。
自分のなかであたらしい表現を見つけることができた作品が、2021年に描いた『秋への扉』や『秋を運ぶ魔女』です。アナログではラフに描いた部分が味になるということもありますが、デジタルでは細かいところまで気を使わないとはっきり目立ってしまいます。そうした違いを踏まえて、線の太さや色の出しかたを調整していくのですが、このころから自分でも納得のいくかたちで描けるようになったんです。その意味では自分を成長させてくれた絵と言えるかもしれません」
「栄養補給」(2020)
「秋への扉」「秋を運ぶ魔女」(2021)
淵゛さんがこれまでに作り上げた作品を見ていくと、日本画、油絵、水彩のニュアンスを感じさせるものもあれば、そのときどきのデジタルイラストのトレンドを意識したものまで実に多彩。一方でどの絵にも通底する線、塗りに込められた絶妙な粗密のバランス、一枚の絵として魅力的に仕上げる構成力は、淵゛さんの確かな画力を物語っています。
一連の作品から感じ取れるのは、アナログの基礎と経験に、デジタルをかけあわせながら、より自分らしい、自分にしか描けない表現を模索する真摯な姿勢。いまの自分に満足することなく、常によりよい表現を求める向上心は、描くものが日本画からデジタルになってもなお、変わることはなかったのです。
「翼の民」(2021)/「花ざかり」(2022)
淵゛さんの制作環境
アナログとデジタル、それぞれのよさを組み合わせられるAdobe Fresco
今回、Adobe Frescoを使って花火をテーマに作品を描いた淵゛さんですが、Adobe Frescoを使ったのはこれがはじめてではありません。その出会いはどのようなものだったのでしょうか。
「油画、日本画を学んでいたこともあって、いまでもアナログのタッチ、質感を追い求めているところがあって、絵具の盛り感やツヤ感、ザラっとしたテクスチャをデジタルで出したいという気持ちが強いんです。それができるツールを探しているなかで、Adobe Frescoにも出会いました。
これまでドローイングに使ったことはあったのですが、イラスト作品として完成させたのは今回のイラストが初めてです」
Adobe Frescoによるドローイング(2022)
Adobe Frescoでの制作は長い時間、アナログで絵を描いていた淵゛さんにとっても、あらたな刺激を生み出しています。
「Adobe Frescoで一番いいなと思ったのは、油彩と水彩という互換性のない画材を組み合わせて、あたらしい表現が作れるということ。これは本当に感動しました。
デジタルとアナログ、両方をやってきた身としては、Adobe Frescoで試した表現をアナログでもやってみようと思えたり、いかにもデジタルイラストっぽい絵にアナログを取り入れてみたらどうかと考えたり。デジタルとアナログ、相互にいい作用がありそうです。
アナログでは画材によってできる表現が変わるように、デジタルでは使うソフト、機能によって表現が変わります。ふだんデジタルで絵を描くときは完成図をイメージして、逆算で描いていくのですが、Adobe Frescoはアナログ的な要素があるぶん、必ずしもイメージ通りになるとは限りません。でも、それがその場その場でのひらめきになり、表現へとつながっていく。これはアナログの画材を触っているからこそ気づけた、Adobe Frescoのいいところだと思います」
“アナログは自分にとって魂のようなもの”と話す淵゛さんにとって、Adobe Frescoのアナログ感はあらたな表現を生む可能性を秘めていたと言えるでしょう。
淵゛さんはこの先、どのような将来像を描いているのでしょうか。最後に聞きました。
「いろいろなお仕事をさせていただくなかで、あらためて、“わたしはイラストが好き”と感じています。だからこそ、イラストの文化に貢献したいという気持ちが常にあって。その一環として、たとえばデパートの広告、児童書の表紙、駅のポスターのような日常的に目にするところのイラストに関わる仕事ができたらと考えています。イラストにくわしくない人でもその世界に親しめる。そんな絵を描きつづけていきたいですね」
去る2022年7〜8月には個展『渚のゆりかご』を開催した淵゛さんは、デジタルで描かれた絵だけでなく、アナログで描かれた絵も展示・販売するなど、活動の幅をさらに広げています。
街中、書店、テレビ、web……日常のあらゆる場所で淵゛さんの絵を目にする未来は、もうすぐそこに迫っています。
個展『渚のゆりかご』土筆GALLERY SHOP(愛知県名古屋市)2022/7/29〜8/11
淵゛
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