【Adobe Education Forum Day1レポート 前編】新価値を創造する力 クリエイティブ・デジタルリテラシーを育む教育

新しい価値を創造する力を育む教育について考えるイベント、Adobe Education Forum 2022が2022年8月2日(火)〜 4日(木)に三夜連続でオンライン開催されました。今年で10年目を迎える本イベントでは、「クリエイティブ・デジタルリタラシー」をキーワードに、教育関係者や学生が熱い思いを交わしました。8月2日(火)のDAY1「新価値を創造する力クリエイティブ・デジタルリテラシー」では、アドビの活用を10年にわたり進めてきた奈良県の事例を中心に、教育現場で育まれた力が未来にどうつながるのかを大きな視点でとらえました。

社会の当たり前を学校の当たり前にする奈良県の事例

Adobe Education Forum 2022のテーマは「未来をつくる教育のDX」。アドビ マーケティング本部本部長(Adobe Express &エデュケーション)小池晴子は、「教育のデジタルトランスフォーメーションは、社会の当たり前を学校でも当たり前にしていくことだと考えています」と話し、デジタルツールが教育の欠かせない道具として子どもたちの創造性を育くむという考えを示しました。

モデレーターの八木早希氏(左)とアドビ小池晴子

それを具体的に示すのが奈良県の事例です。基調鼎談として、奈良教育大学教職大学院 教育DX研究室 学長補佐小崎誠二先生と、奈良県立山辺高等学校 教諭 松下征悟先生を迎え、小池と共にこれまでの歩みを振り返りました。

奈良県立山辺高等学校松下征悟先生(左)、奈良教育大学教職大学院 小崎誠二先生(右)

10年前の奈良県の学校のICT活用は、国の調査で教員のICT活用指導力が都道府県別で最下位という状況でした。当時、奈良県教育委員会で教育の情報化の推進に関わっていた小崎先生は、県立学校での環境作りを進めます。2014年にはアドビとの包括契約を結び、ICT活用教育エバンジェリスト育成研修制度を設けて活用を広げるなどの工夫をしてきました。

その過程では、エバンジェリストの先生方が自らAdobe InDesignなどを使用して、報告書を「ならえば」という冊子の形で制作するという意欲的な取り組みも。取材から執筆、デザインまで、プロの手を借りず、かつクラウドを活用して集まることなく制作を進めました。当時の社会状況を考えると、今でも先進的な取り組みです。

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エバンジェリストの先生によって制作された冊子「ならえば」

2020年のコロナ禍では国のGIGAスクール構想による1人1台デバイスの整備が加速。奈良県教育委員会では県域で共同調達を進め、活用の定着にSTEAM教育エバンジェリスト育成の研修を行うなどして市町村を牽引します。その結果、2020年の調査では教員のICT活用指導力が16位に躍進。県域でAdobe Spark(現在のAdobe Express)を導入しており、現在では小中学生がウェブや動画で発表をまとめる姿が見られ、教員養成の大学でも活用に関する研究が進められています。

6年前にARアプリでコンテンツ制作した高校生

こうして歩んできた奈良県で6年前の2016年、奈良県立磯城野高等学校の生徒が観光用のARコンテンツを制作した様子が紹介されました。造園を学ぶ生徒が奈良の日本庭園依水園を紹介するコンテンツをAdobe Photoshop、Illustrator、Premiere Proなどを利用して制作し、ARアプリ「マチアルキ」を通じて発信したのです。

生徒たちは依水園を取材し、造園の知識を活かしてコンテンツをまとめ、初めてコンピューターでデザインや動画制作を実施。成果はさまざまな場所で発表し、生徒たちは自信をつけます。そして、将来クリエイティブな仕事に携わる夢を語りました。

看板などで景観を損ねることな多くの情報を伝えられるARコンテンツを制作した

制作メンバーの森川さん(左)と小西さん(右)は、それぞれデザインに関わる将来の夢を語った

未来を切り拓いた高校生たちの今

当時将来について語った生徒ふたりは現在すでに社会人。今回あらためてインタビューに応じました。当時からデザインの面白さを実感していた森川李奈さんは卒業後大学に進み、現在は金融機関のデザイン部署でさまざまなデザイン業務に携わっています。業務でも趣味でも「アドビを使わない日はない」という森川さん。当時クリエイティブツールを使うスキルを身につけたことだけでなく、「人とコミュニケーションを取りながら一緒に何かをつくっていくという経験」をしたことが、現在の仕事にとても役立っているということです。

また、小西奈菜子さんは卒業後専門学校に進み、卒業後、漆の技術を学び、現在は漆の塗り直しの仕事や漆器の作品作りなどに取り組んでいます。当時「デザインと別のものをかけあわせるような仕事をしてみたい」と話していた小西さん、現在漆器のデザインにPhotoshopやIllustratorを活用しており、今後は「古典的な良さとデジタルツールを使用した現代的な良さをミックスできるようななにかを作れたら」と考えているそうです。

今回当時をふりかえってインタビューにこたえた森川さん(左)と小西さん(右)

奈良県教育委員会としてこれを企画し、実践を見守っていた小崎先生と、高校生の指導にあたっていた松下先生は、 ふたりが今社会人として当時を振り返る姿を見て、思わず涙を浮かべます。それぞれが着実に夢を実現している様子を喜びあいました。

クリエイティブ・デジタルリテラシーを育む環境とは

松下先生はデジタルリテラシーの育成について、「自分でやってみたいことを考えて、実際に一歩踏み出してやってみること、できなくてもいいからとりあえず挑戦してみるということが大事だと思っています。生徒にそんなきっかけを与えたり、先生も生徒も一緒にそんな体験ができるようにしていきたいです」と語り、教師が教えようとするのではなく、生徒にゆだねることの大切さを強調しました。

小崎先生は、「環境を作ってその子たちが自由にはばたいていけるのが理想です。大事なのは自分で決めて自分で選んでいくということだと思います」と、生徒が主役となる学びへの変化を重視します。そして、クリエイティブな力の発揮が個を生かす時代に変化してきていることを喜び、クリエイティビティを大切にする教育の未来を「すごく明るいと思っています」と見通しました。

クリエイティブな力を育んだ教育の姿を、10年という長いスパンで見ることのできる大変貴重な時間となりました。クリエイティブ・デジタルリテラシーを身につけ社会で活躍する「元」生徒のみなさんの姿は、今まさに教育現場で子どもたちと向き合う先生方に大きな力を与えてくれたのではないでしょうか。

DAY1のレポートは、後編に続きます。