ふすい「Adobe Frescoならリアルなアナログ感を表現に取り入れられる」Adobe Fresco Creative Relay 30
アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
9月のテーマは「月」。日本では“月”と言えば秋を指すほど、季節の風物詩として扱われてきました。それは中秋の名月、お月見等、月にまつわる秋の事柄が多いことからも、実感できるのではないでしょうか。そんな月にまつわるシーンをAdobe Frescoで描き、 #AdobeFresco #月 をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第30回は一枚の絵に濃密なストーリーを描き出す・ふすいさんに登場いただきました。
新しい自分への道を照らす、やさしい月の光
「月の道標」(2022)
「“月”をテーマにしたイラストの構成を練るにあたって、まず、月が持つ意味やイメージを調べることから始めました。まず見つかったのが“安らぎとやさしさ”という言葉だったので、“やさしい月の光がイラストを見たひとに安らぎを与えるようなものにできたら”と考えました。
さらに調べていくと、月は満ち欠けによってかたちを変えることから“成長”を象徴し、“新しい自分”を意味することもわかったので、新しい自分へと生まれ変わる、その瞬間をイラストにしようと思い、今回のような構図になりました。満月は“新しい自分”を、手前に置かれた三日月のネックレスは“過去の自分”を、月光は行先を照らす道を表現しています」
物語のワンシーンをイラストとして描き出す……今回の作品「月の道標」は、ふすいさんならではのアプローチが存分に発揮された一枚と言えます。普段、ふすいさんが手がけている装画の仕事ならば、元となるストーリーがありますが、今回のお題はただ、“月”というモチーフのみ。それでもなお、そこから意味を引き出し、イメージを作り上げ、物語を紡ぎ出したのです。
「僕自身、ノープランで描くことができないタイプの人間なんです。
だからまず、描くモチーフから意味を箇条書きにしながら考えて、ストーリーを考えていくしかありません。イラストではいまお話ししたような意味、絵に込めた想いを直接的に伝えることはできませんから、見る人それぞれの解釈で見ていただけたらと思っています」
満月=新しい自分に対し、三日月は過去の(不完全な)自分を象徴する。打ち捨てられたネックレスは過去との決別を表す一方で月明かりに照らされており、これは未来もまた過去と現在の延長であることを示唆しているのかもしれない
興味を持った表現を研究、実践し、スキルに変える
一枚一枚に、膨大なストーリーとメッセージを凝縮するふすいさんは、どのようにしてこの構成力、表現力を身につけたのでしょうか。これまでの絵との関わりについて聞きました。
「小さな頃からずっと絵を描くタイプの人間でした。小学生だと外で遊ぶ子も多いと思うのですが、僕は早く家に帰って絵を描くことばかり考えていましたね。
当時よく描いていたのは、好きなゲームキャラクター、漫画の主人公、ヒロインです。見様見真似で漫画を描くこともありましたが、キャラクターは描けても、起承転結のあるストーリーを作ることができなくて。そこで初めて挫折というものを覚えました(笑)」
小学校高学年くらいになると、ふすいさんはオリジナルキャラクターを描くようになります。そのきっかけになったのは『魍魎戦記MADARA』『多重人格探偵サイコ』で知られる漫画家、田島昭宇さんの絵との出会いでした。
「男性をこんなにも美しく描く方がいるんだ、と。そのときの衝撃は今でも忘れられません。繊細なタッチとリアルな等身で描かれるキャラクター……いままで描いていたものとはまったく違う世界でした。それまでは女性キャラクターを描くことが多かったのですが、田島さんの絵に出会ってからは、男性キャラクターばかり描くようになったんです。
ただ、田島さんの絵を研究、模写しすぎたせいか、“田島昭宇さんっぽい絵”になってしまうこともあって、そこからまた自分ならではの絵の描きかたを試行錯誤をしてはオリジナルキャラクターを描いていました」
専門学校時代のデッサンと静物着彩
中学に進むと、ふすいさんの興味はイラストとは別の方向に向かいます。しかし、それはいまにつながる重要な学びでもありました。
「中学生の頃は、イラストではなくデッサンにすごくハマっていて、家に帰ると毎日デッサンばかりしていました。
なぜそこまでデッサンにのめり込んでいたかというと、美術の授業で先生が見せてくれた手のデッサンを目にしたとき、“鉛筆だけでこんなにも表現ができるんだ”と感動してしまって。自分も鉛筆だけで立体感のある絵を描けるようになりたいという気持ちがそのとき、芽生えたんです。
僕自身、凝り性なところがあるのか、一度興味を持つとそればかりに集中してしまうタイプで、その技術を身につけないと気が済まないというか……(笑)。完全に独学でしたが、デッサンの技術書を買って読み込んだり、描きかたを見ながらそれを真似てみたり。とにかくデッサンばかりしていました」
興味を持った技術を徹底的に研究し、実践し、身につける……こうしたふすいさんの姿勢は、さまざまなフィールドに及び、透明水彩、コピックを使った着彩では、漫画家のメイキング本を読み込むだけでなく、色の扱いかたや色そのものについても学びを深め、自身のスキルとして取り入れていきました。
「気になる表現があると、どういうふうに描いているのかをまず知りたくなるんですよね。メイキングを見て、実際にやってみて、その方法が理解できたら、自分のイラスト表現にどう取り入れられるだろうか、と考えます。すべてを取り入れるのではなく、色の塗りかたや質感の出しかたの一部でも取り入れることで、自分のイラストがもっとよくなるんじゃないか。そうした試行錯誤をいまでも繰り返しています」
高校時代には、新海誠さんの初期作品「雲のむこう、約束の場所」の風景描写に圧倒され、美しい景色にもチャレンジを始めます。その時々の出会い、感動がふすいさんの学びの原動力となり、現在の画力に至る数々のピースをひとつ、またひとつと埋めていきました。
左:「やっと春だね」(2020)
右:「情景と一瞬-Another-」(2021)
読了後に広がる世界観を一枚の絵で表現する
キャラクター、デッサン、背景と興味の対象は移り変わりながらも、すべての学びは絵、イラストに通じること。ならば、それを活かせる進路を選んだのかといえば、そうではありませんでした。
「高校を卒業して進学したのは、専門学校のデザイン科です。学生時代に、いろいろなところから『イラスト一本で食べていけるのはほんの一握り』と、耳にタコができるほど聞いていたので、自分の中ではイラストレーターになるという選択肢は考えられなかったんです。それならもともと興味を持っていたデザインの道に進もうと思い、イラストも学べるデザインの学校のデザイン科イラスト専攻を選びました」
授業内容は広告や飲食店メニュー、映画のフライヤー等を想定した課題制作がメイン。デザインに合わせてイラストを入れることもありましたが、普段描いているイラストがそのままのタッチで使えるわけではなく、それぞれのテーマに合わせて絵を描くことは、ふすいさんのスキルを持ってしても苦労されたそう。
一方、専門学校に進んだことで、趣味で描き続けてきたイラストにも変化が起きました。それがAdobe Photoshopとの出会いです。
「イラスト雑誌の投稿欄を見ても、デジタルで絵を描く方が増えてきた時期だったので、自分でもデジタルで絵を描くことに興味を持っていました。ただ、授業では写真の補正や切り抜きの方法は教えてくれても、イラストの描きかたは教えてくれませんから、自分でPhotoshopとペンタブレットを買って、独学でデジタルイラストの描きかたを学び始めたんです。
最初は線ひとつ思い通りに描くことができなかったので、アナログで描いた線画をスキャナーで読み込んで着彩することから始め、少しずつデジタルツール上ですべて描けるように練習を重ねていきました」
専門学校でデザインとPhotoshopのスキルを身につけたふすいさんは卒業後、デザイン会社に就職しますが、多忙のあまり、イラスト制作の時間が取れないことから転職を決意。ほどなくして、pixiv等のSNSにイラストを投稿するようになります。
「この頃は完全に趣味として描いたイラストをアップしていただけで、イラストを仕事にしようとは思っていませんでした。ただ、“自分のイラストがどう見られているのか”を知るために、クリエイター EXPOに出展してみたところ、思いがけず、たくさんの企業の方が作品を見てくださって、イベントの1週間後にはお仕事のご相談もいただくことができました」
「Canvas blue」(2013)
しかし、ふすいさんが当時勤めていた会社は副業禁止。会社に勤めたままではせっかくの仕事は受けられず、かといって時間も収入も安定しているいまの仕事を辞め、イラストの道へと突き進むことにも不安が残る……難しい選択を迫られることになりました。
「イラストレーターを目指すことは茨の道だということはわかっていたのですが、“やってみるならいましかない”という想いもあったので、思い切って会社を辞めて、イラストを仕事にしようと決めたんです。
ただ、自分の中でイラストレータとして活動するにあたってひとつだけ条件をつけました。それが“3年以上4年未満でひとつでも代表作やヒット作を生み出す、もしくは安定収入につながる継続的な仕事の依頼をいただくこと”でした。それが達成されなければ、イラストレーターの道はきっぱり諦めよう、と」
自らに制約を課し、表現力を磨きながら同人活動やSNSへの投稿をする日々。仕事は入るものの、まだまだ安定しているとは言えないなかで、次のチャンスが訪れます。それが2014年にpixivが主催したイラストコンテスト「P-1 GRANDPRIX」でした。ふすいさんがイラストを投稿し始めて、2年目のことです。
「予選通過も難しいだろうと思っていたのですが、ありがたいことに本選に進むことができました。本戦で描いたのが『a puddle-水溜りの世界-』という作品なのですが、pixivのデイリーランキング(2014/10/20)でも2位をとることができて。ランキングにまで入るとは思っていなかったので、本当に驚きましたが、これがきっかけで、いろいろな媒体の仕事をいただけるようになったんです」
左:「hearing train」(2014)…pixivデイリーランキング3位(2014/11/12)
右:「a puddle-水溜りの世界-」(2014)
こうしてふすいさんのもとには装画、ゲーム背景、MV向けイラストなど、さまざまな仕事が届くようになり、イラストレーターを続けるうえで決めた条件は達成しつつありました。そしていまの人気を決定づける仕事になったのが、2018年3月に刊行された住野よるさんの小説『青くて痛くて脆い』です。
2020年時点で発行部数は50万部を超え、映画化もされたこの作品の装画を手がけたことで、ふすいさんのもとには絶えず、装画の仕事が舞い込むことになります。こうしたヒット作に恵まれたことは、決して偶然ではなく、ふすいさんが装画に対して絶えず研究し続けた、その成果とも言えるのではないでしょうか。
「2015年に『蝶が舞ったら、謎のち晴れ:気象予報士・蝶子の推理』ではじめて装画の仕事をしたとき、いろいろな仕事の中で装画がいちばん自分の力を発揮できるんじゃないかという感触があったんです。それ以来、毎週書店に通っては新刊の装丁をチェックする、ヒット作の傾向を分析するといった研究をしながら、自分の絵の表現を見直していきました。より幅広い年齢層に受け入れられるために、ジブリ映画のキャラクターを研究したこともあります。
『青くて痛くて脆い』は、本当にたくさんの編集の方、デザイナーの方に絵を見ていただけて、イラストレーターとしてあらためてスタートを切れた作品だと思っています」
左:『蝶が舞ったら、謎のち晴れ:気象予報士・蝶子の推理』伊与原新/発行:新潮社(2015)
右:『青くて痛くて脆い』住野よる/発行:KADOKAWA(2018)
この作品に限らず、ふすいさんは装画を手がけるにあたり、すべての原稿に目を通し、そこから湧き上がるイメージ、モチーフを一枚の絵にまとめています。こうした真摯なアプローチが、内容を語りすぎない、けれども読むことでその意味を感じ取れる、絶妙な装画として結実しているのです。
「どんなに多忙でもゲラ刷りだけは絶対にすべて拝読するように心がけています。途中まででは作品全体のイメージが湧きにくく、作品の世界観に影響が出ますから。装画を担当するときはいつも、読了後に広がる世界観を一枚の絵に表現できるように心がけています。
著者の方、編集の方、デザイナーの方の期待をいい意味で裏切りたいという想いは常にあって、依頼内容にはなかったモチーフを取り入れたり、予想もしない構図にしてみたり……ラフを提案するときには思いがけない案を必ずひとつは入れるようにしています。意外な案を喜んでくださったり、それが採用されたりするとやっぱりうれしいですよね」
左:『レゾンデートルの祈り』楪一志/発行:ドワンゴ/発売:KADOKAWA(2021)
右:『100万回生きたきみ』七月隆文/発行:KADOKAWA(2021)
この装画ではAdobe Frescoで作成したアナログ感あるテクスチャを表現に取り入れている
ものがたりおんがくプロジェクト第一弾『夏の夜明けを待つ僕ら』
左:書籍『夏の夜明けを待つ僕ら』音はつき/発行:実業之日本社(2022)
右:CD「夏の夜明けを待つ僕ら」*Luna × 音はつき/販売:LDH Records(2022)
発表当時から注目していたAdobe Frescoのアナログ表現
ふすいさんが普段、イラスト制作に使用しているのはCLIP STUDIOとAdobe Photoshop、そしてAdobe Frescoです。Photoshopは線画以降の着彩で使うことが多く、Adobe Frescoは着彩、仕上げの工程のなかで素材として活躍しています。
ふすいさんの制作環境
常に新しい表現、ツールを模索しているふすいさんは、Adobe Frescoが発表されたころからチェックをしていました。最初の出会いはまだAdobe Frescoという名がつく前、「Project Gemini」という開発コード名で呼ばれていた頃のこと。2018年11月に開催されたAdobe MAXでイラストレーターの和遥キナさんが、現在のAdobe Frescoでイラストを描く様子を見ていたことがきっかけでした。
「“水彩画のタッチがここまできれいに再現できるんだ”と感動を覚えました。ぜひ使ってみたいと思っていたので、正式リリース後、すぐにダウンロードしたのですが、イメージしていた通り、水彩特有のにじみ、ぼかしが再現できるだけでなく、油絵のタッチもリアルに再現することができて……これはひとつの表現として、いまのイラストにも活かせるんじゃないかと感じました。実際に以降のイラスト制作ではAdobe Frescoで作った素材を質感表現と取り入れるようになりました。
たとえば青一色に対して赤や緑を水彩で加えて、自然に色が混じり合ったテクスチャを作れば、色の情報量が増えて表現をよりリッチにすることができます。こうした水彩のにじみ、油絵具の立体感といった、リアルなアナログ感を取り入れた質感表現ができるようになったのは、Adobe Frescoのおかげですね。本当に助かっています」
Adobe Frescoの豊富なブラシは、今回のイラストでも存分に発揮されています。
「今回は、Adobe Frescoにもともと搭載されているデフォルトのブラシをメインに使っています。チョーク、雲、はね、コンテクレヨン、グラファイト、スポンジなど、描くものの質感に合うブラシをひとつひとつ試しながら描いていきました。
一枚の絵すべてをAdobe Frescoで描くのは今回がはじめてだったのですが、Photoshopと比べても、やはりアナログの質感は出しやすかったですね。水辺には、水彩ウォッシュソフトブラシを使っているのですが、色がきれいに滲んで、水で濡れた質感が思い通りに表現できたときは感動しました。
水彩のにじみは完全に自分の思い通りにコントロールできるわけではありませんが、想定外のところに生まれた色が自分の中で“味”になっているところもあって……あえてそれを残している部分もあります」
左:「portrait」(2019)
右:「情景と一瞬-想像-」(2021)
2021年、画業7周年のタイミングで画集の刊行というひとつの目標が叶ったふすいさんが、次に定める目標は何なのでしょうか。最後に聞きました。
「目標とは少し違うのかもしれませんが、今後も装画の仕事を続けていきたいと思っていて、そのなかでこれまで以上に幅広いジャンルの本を手がけることができたらいいですね。それ以外の目標はまだ自分でも模索中なのですが、目指しているもののひとつに“装画を担当した作品が本屋大賞に選ばれたい”というのがあって(笑)。そのためにももっと絵の試行錯誤をしていかないといけない。そう思っています」
『ふすい画集 Brilliant World』発行:一二三書房(2021)
ふすい
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