“Illustratorの3Dはパッケージデザイナーにとって画期的な機能”…内田喜基さんに聞くデザインとツールの関係

内田喜基さんポートレート

デザイン会社cosmosで代表を務める内田喜基さんは、早くからデジタルツールに取り組み、パッケージデザイン、ブランディングデザインの一線で活躍し続けています。内田さんはどのようにしてAdobe Photoshop、Adobe Illustratorに出会い、どのようにそのデザインキャリアを積み上げていったのか。そしていまのIllustratorの新機能をどのように活用しているのか、お話を伺いました。

Photoshop、Illustratorがあったからデザイナーを続けられた

内田さんとアドビツールが出会ったのは大学生のとき。進んだ大学は、1992年当時としてはめずらしく、学生全員が使えるほどのMacを揃えていました。

「はじめて使ったPhotoshopはバージョンが2.5、Illustratorは3.2だったと思います。まだ、Illustratorでプレビューしながら作業ができなかった時代です。PhotoshopとIllustratorを使えば、プロが作るような雑誌の表紙や誌面を自分ひとりで作れる。これは本当に衝撃的でした。
その衝撃のあまり、学校だけでなく、家でも制作に没頭したいと考え始めたとき、親が車を買うために用意していたお金でMacやスキャナを買ってくれたんです。それからは、よく見る雑誌をスキャンしてはPhotoshopでコラージュをしたり、キノコに顔を合成したり、人に羽をつけて飛ばせてみたり……課題もせずにPhotoshopで合成ばかりしていましたね(笑)」

授業でわからないところは同じアパートに住む友人に聞き、使いかたや機能をお互いに学び合う。学校とは別に夜な夜な制作に明け暮れる日々は、内田さんのデジタルスキルを確実に高めていきました。
そしてこのスキルは就職後、デジタルへのシフトが進みつつあった当時のデザイン業界で、花開くことになります。

「僕が大学を卒業する頃はいわゆる就職氷河期でした。周りも就職が決まらないのを見て、就活から逃げるように大学院への進学も考えていたのですが、卒業式に会った友だちのなかに“東京の会社に受かった”と目をキラキラさせている人がいて。急に現実に引き戻されると同時にうらやましくも思えて、急いで就職活動をはじめました。忘れもしない3月10日、僕の就職活動は卒業式から始まったんです」

卒業式翌日からポートフォリオ制作を始めた内田さんは3社を受け、2社に合格。選んだのは広告デザインの会社でした。

「電通系の仕事を多く手がけている会社で、右も左もわからないまま、いきなり雑誌に載るような版下を作ることになりました。デザイナーの机にはカッターマット、カッター、スプレー糊、ペーパーセメント、刷毛があり、ピンセットを使いながら版下を作っていくのですが、不器用な自分には苦行でしかなかったですね」

菓子舗 井村屋

「菓子舗 井村屋」ブランディング(2021〜/井村屋株式会社)

転機が訪れたのは入社して半年経った頃。会社にMacが導入されたことで、内田さんは社内で“Photoshopper”とあだ名がつけられるほど、一目置かれる存在になったのです。

「それまでは“できない奴”と思われていましたが、会社内でMacとPhotoshop、Illustratorを使えるのが自分だけだったこともあって、わからないことがあると先輩からよく呼ばれるようになりました。アナログは全然ダメでしたけど、デジタルのときは“すごい”という目で見てもらえて。居場所を見つけたような気がしましたね。
振り返ってみると、もし入社した会社がMacを導入せず、アナログのままだったら、僕は3年も持たなかったと思うんです。そういう意味では、Photoshop、Illustratorがあったからこそ、自分はデザイナーを今でも続けられている。アドビツールに救われたと言っても過言ではありません」

こうしてデジタルツールとともにデザイナーとしての歩みを始めた内田さんは、博報堂クリエイティブ・ヴォックスに3年間フリーとして在籍後、2004年に独立。株式会社cosmosを設立します。

Shinshu 100% Apple Juice《RIN》

「Shinshu 100% Apple Juice《RIN》」ブランディング(2021〜/株式会社りんごと)

対話を通して解決に導く。内田さんのデザイン術

内田さんのメインフィールドのひとつにパッケージデザインがあります。
もともとは広告デザインからスタートしたデザインキャリアでしたが、徐々にパッケージデザインへとシフトしていきました。

「広告をメインでやっている頃は、“広告こそ正義でデザインの花形!”と思っていましたが、パッケージデザインをするなかで、“パッケージこそ一番消費者とつながりが深い広告なんじゃないか”と気づいたんです。
話題になってもどのくらいの売り上げに貢献したかを把握しにくい広告に対して、パッケージデザインはどのくらい売り上げが上がったのかをある程度把握できる。そこにやりがいを感じるようになってからは、パッケージデザインに力を入れるようになりました。
数週間で掲出が終わってしまう広告に対して、パッケージデザインは店頭で何年も変わることなく、お客さんと関わり続けることができる可能性がありますよね、そうしたところも魅力的でした」

不二家ネクターピーチ

「不二家ネクターピーチ」パッケージ(2018〜/株式会社不二家)

現在はパッケージデザインだけに留まらず、その根幹となるブランドそのものにも関わるように。内田さんは自身の在りかたについて、“なんでも屋”のようなもの、と話します。

「パッケージデザインを依頼された企業から、店舗の動線やディスプレイの見せかたを相談されることもありますし、“社員のモチベーションを上げるにはどうしたらいいか”、“3年後、5年後、どうしていくべきか”というような、企業やブランドの深いところまで相談されることが増えています。
パッケージデザインの相談をいただいても、すぐにデザインを始めるのではなく、何度も足を運んで社員の方にも話を聞いて、いまある課題や現状について深掘りをしていき、話を重ねるなかで、依頼されたデザインよりも先に変えるべきものがあれば、それを提案することもあります。
ただ、そのときも押し付けにならないように、“御社のパッケージには修正すべき点がありますが、表面化するところではこちらのほうが重大です“、“たとえいま、パッケージを変えても、ここが機能してないと連携が取れないから難しいと思います”、“だからこちらをまずやるべきで、もし予算の都合でパッケージの費用しか取れないなら、こちらを先にやって、うまくいったらパッケージのほうがいいと思いますよ”と、丁寧に伝えていく。そうした作業を繰り返すうちに、少しずつブランディングのご相談、コンサルティングのご依頼が増えるようになりました」

“ある商品が売れないからパッケージデザインを変えてみよう”
そうしたクライアントの要望に対して、対話を通してより深く切り込み、よりブランドとしての価値を高める提案、消費者に届く提案をしていく……それは広告デザイン、パッケージデザインに長く関わってきたからこそ見える、内田さんならではのデザイン術とも言えます。

「はんばた市場」ブランディング(2020〜/静岡県西伊豆)

作り手の想い、歴史、背景……ブランドには、届けたいストーリーが数えきれないほどあり、それは商品をより輝かせる魅力となります。そのすべてを消費者に届けるには、パッケージデザインだけでは解決できないことを内田さんは知っています。

「パッケージデザインだけをやっている頃は、“もっと深いところから関わっていれば、こんなデザインにはならないのに”と歯がゆく感じることが多々ありましたし、売れなければ、パッケージデザインのせいと責められることもありました。
それなら、その企業、ブランドが発信するコピーのひとつから関わっていくほうがコミュニケーションに齟齬が生じることもなく、相手との信頼関係も築きやすいですよね。
全国で展開される大手のパッケージデザインはやりがいがありますし、何よりも信頼につながります。一方で地場産業や地方をデザインで活性化することにも、同じくらいやりがいを感じているんです。自分ならではの表現が活かしやすいですし、なにより僕自身が楽しめますから」

大手のパッケージデザインだけでなく、地方のブランディングデザインも数多く手がけるようになったのは、たとえ小規模でもそこでしか得られない経験があったからです。

「広告会社で大手の仕事をしている頃やcosmosを設立してからしばらくの間、基本的には“受け身の仕事”ばかり、依頼に対してただデザインを提出するだけでした。
あるとき、小さなお店から“商品が売れない”という相談を受けて、丁寧に話を聞きながらデザインをしたら、少しずつ売り上げが上がって、店舗が増えて、お弟子さんも増えたということがあって。“デザイナーとして関わりながら一緒に成長していく”ということに、デザインのリアリティを感じたんです」

内田喜基さんポートレート

人と出会い、話を聞き、悩みを打ち明けられるなかで、デザインで解決に導く。そうした出会いが仕事を生み、その成果は次の仕事へとつながっていきました。“人に恵まれている”と話す内田さんですが、それは“どんな話も親身になって聞いてくれる”内田さんの朗らかな人柄がなせるワザにほかなりません。

「大手の大きな仕事と地方の小さな仕事。両方やってみてわかるのは、どちらの仕事も重要で、そのバランスが大事だということです。広告デザインがもつ視覚的な強さ、スピード感、伝わりやすさを理解しているからこそ、地方の仕事でもそれを生かすことができますし、小さな仕事に求められる細やかさ、丁寧さがわかっているからこそ、表現にも強さが生まれる。どちらかに偏ると自己満足のデザインになってしまいます。
仕事の規模の大小を問わず、土台にあるものはいつも変わりません。“この人たちと仕事をしてよかった”。そう思ってもらえたらいいですよね」

デザイン賞のトロフィー

事務所にはさまざまなデザイン賞のトロフィーが並ぶ

3Dマッピングはパッケージデザイナーには画期的な機能

内田さんが代表を務めるデザイン会社 cosmos ではどのようにデザインが行なわれているのでしょうか。その制作環境を覗いてみるとメインのデザインツールはIllustrator。CI、VIからパッケージデザインに至るまで、あらゆるデザインをIllustratorで作り上げています。

「僕のなかでは、Illustratorはすでに完成されているソフトだと思っています。極端に言えば、Illustrator CSくらいの機能があれば、いまの仕事は十分できてしまいます(笑)。
不満を感じることもなかったので、新しい機能を積極的に学ぶ必要性を感じていませんでしたが、あらためていまのIllustratorの機能を調べてみると、文字をアウトライン化しなくてもきれいに組み替えられる『文字タッチツール』や、自由にグラデーションが設定できる『フリーグラデーション』のような、“あれば便利”な機能がたくさん追加されていますよね。
特に『3Dとマテリアル』パネルを使った、3Dへのマッピングはパッケージデザインをメインにしている人にはありがたいツールじゃないかと思います。それまではPhotoshopを使って、目検討で合成していましたが、これを使えばワンクリックで仕上がりをシミュレーションできる。パッケージデザイナーにとっては画期的な機能だと思います」

「3Dとマテリアル」パネル

案件ごとにさまざまな表情が求められるデザインの現場では、フォントも重要な役割を担っています。

「デザイナーとしては、書体の選択肢が多いほどデザインの選択肢が増えるので、Adobe Fontsのようなサービスはありがたいですよね。
ロゴを作るときは、イチからかたちを作ることもあれば、フォントの文字をアレンジしていくこともあるのですが、ひとつの書体だけでなく、複数の書体を組み合わせながらロゴにしていくということもあって。そのとき、素材となるフォントはあればあるほど作業はスムーズになります。
ブラウザでクリックするだけで使えるようになるのも、Adobe Fontsのいいところです。ひと昔前はフォントを買うにも購入手続きが必要でしたが、Adobe Fontsなら無数のフォントがカジュアルに使える。本当に便利になったと思います」

Adobe Fonts

大学時代、時代に先駆けてアドビツールに触れていた内田さんは、当時から25年を経た現在も、同じPhotoshop、Illustratorを使い、デザインを続けています。アナログからデジタルへと移り変わる激動の時代のなかで得たスキルは、いまなお、内田さんのデザインのなかで息づいているのです。

作業中の内田 喜基さん

内田 喜基 1974年静岡県浜松市生まれ。2004年に株式会社cosmos設立。大手メーカーの広告やパッケージデザインから地場産業のブランディングまで幅広く活動している。
おもな受賞歴は、Graphis Branding 7 最高賞、D&AD銀賞・銅賞、One Show Design 銅賞、A’Design Award パッケージ部門 最高賞、グッドデザイン賞、日本パッケージデザイン大賞銀賞・銅賞ほか多数。 著書に『グラフィックデザイナーだからできるブランディング』(発行:誠文堂新光社)がある。
web|http://www.cosmos-inc.co.jp/
Instagram|https://www.instagram.com/cosmos_branding_design/
Twitter|https://twitter.com/cosmos_uchida