Premiere Pro+Auditionで描き出すリアルなレトロ。フィルムエストの飽くなき探究心
一見すると古いテレビ映像なのに、扱うテーマはいまのトピック。そんなギャップをテレビ番組仕立てで映像化した動画は、YouTubeにアップされるたびに、大きな話題となっています。
作っているのは約25万人のYouTubeチャンネル登録者数を持つ映像集団・フィルムエスト。各自が本業を持つなかで、昭和世代には懐かしく、平成世代には新鮮に映る“リアルなレトロ”を生み出し続けています。
本当の古い映像だと誤解する視聴者が続出したために、最後に映像制作日を入れなくてはならなくなったというエピソードは、フィルムエストの時代再現性の高さを裏付けていると言えるでしょう。
この古い映像は当時の機材を使うことで作り上げているのかといえば、答えは真逆。現代の撮影機材で収録した映像をAdobe Premiere ProとAdobe Auditionで巧みに編集して作られています。
フィルムエストはなぜいま、こうしたレトロ映像を作るのか。“監督”に話を伺いました。
小学4年生から動画編集に興味を持つ
現在、フィルムエストで企画から映像編集まで担当する監督がはじめて映像編集に触れたのは小学校4年生のとき。父親の知人がビデオ編集する様子をみていたことがきっかけでした。
「子どもの頃にボーイスカウトをしていたのですが、父の知人がその活動を記録した映像を編集するためにVHSのビデオデッキとパソコンを何台も持ってきて作業をしていたんです。子どもながらに興味を持って眺めているうちに、父がデジタルカメラと映像編集ソフトを買ってくれて。8秒くらいしか撮れないデジタルカメラの映像をパソコンで編集しだしたのが最初の体験でした」
当時は映像編集ソフトの使いかたを解説する動画のようなものもない時代。どのようにして使いかたを覚え、そのスキルを高めていったのでしょうか。
「説明書だけではわからないので、とにかく触って覚えるしかありませんでした。“これはどうやるんだろう”と考えて、試して、どうしてもできないときはペイントソフトで1コマずつ描いて送ったり。振り返ると途方もないことをしていましたね。
やってみたいことができるようになったら、次にやってみたいことを試してみる……その繰り返しはいまでも変わっていません」
当時作っていたのは、弟とのコントや家族写真のスライドショー。兄の映像作りに弟がしっかりと付き合ってくれたことも、映像への情熱を維持し続け、スキルを高めるために重要なファクターだったのかもしれません。
小中高と学年が進んでも映像制作への興味が尽きることはなく、機材も徐々にアップデート。デジカメはハンディカムへと変わり、大学時代にはプロ向け業務用デジタルビデオカメラ(SONY HXR-NX3)へと進化を遂げていきました。
「機材にあわせて、映像編集ソフトもよりいいものを求めるようになるなかで、“いい編集ソフトがあるらしい”と聞いて出会ったのがPremiere Proでした。2014年の大学入学直前にAdobe Creative Cloudのコンプリート版に契約してからいままで、映像編集はずっとPremiere Proを使っています」
大学に入学した監督は2014年、「映像でおもしろいことをしたい」と仲間内で団体を結成。そこで生まれたのが「フィルムエスト」でした。
フィルムエスト・監督の制作環境
新型コロナウィルスがきっかけで確立したフィルムエストのスタイル
フィルムエストを結成した監督は、その頃からいまのようなリアルなレトロ映像を作っていたのかというとそうではありません。動画を作るも再生されない時期が長く続きました。
「大学時代に作っていた映像は、バラエティー番組のまねごとのようなもので、いまのように何万、何十万と再生されることはありませんでした。大学生から社会人になると、学生時代のようにみんなで集まって映像を作るようなこともなくなり、更新頻度も落ちていき……フィルムエストの存在自体忘れられてしまったような状態になりました」
2020年春、そうした危機的状況を一変させるできごとが起こります。それが新型コロナウィルスの感染拡大でした。
「『テレワーク』という言葉が声高に言われるなかで、『テレ〜』という昭和な響きの言葉が新しいものとして紹介されている違和感がおもしろいと思って、その印象をロゴにしてTwitterにアップしたら思いがけずバズってしまって。こういうのがウケるのならとCM映像も作ってみたらこれも多くの方に見ていただくことができました。そこで、今の世の中を題材に80〜90年代風の映像にアレンジしたらおもしろいんじゃないか、と確信したんです」
https://twitter.com/Nishii_dec9/status/1235540390985363459
フィルムエストが大きく知られるきっかけとなったテレワークCMを見ると、この時点ですでにレトロ映像として高い再現度を持っていることがわかります。テレワークロゴからわずか1ヶ月後にこのCMを発表できた背景には、監督の弛みない映像研究がありました。
「大学も終わりに近づいて、フィルムエストの活動も落ち着いてきた頃、子どものときに見ていたVHSやフィルムの映像記録のような表現をPremiere Proで再現できないかと模索していたんです。ただ、フィルムのフィルターを重ねるだけではわざとらしさが出てしまうので、ひたすら再現方法を試行錯誤をした結果、いまのスタイルに辿り着きました。昔の映像は、いまのようにクッキリ、ハッキリとした映像ではありませんが、それが逆に想像力を膨らませてくれる。そこに魅力を感じています。
文字も手書きのほうが当時らしい味わいが出るので、テレビで使われていたようなタイトルを練習をするようになったのもこの頃からです」
80〜90年代のテレビ番組風に描かれたタイトル
手書きテロップはPhotoshopで調整後、Premiere Proで映像に挿入される
手書きのタイトルをスキャンしてAdobe Photoshopで仕上げ、Premiere Proに取り込む。よりリアルなレトロ映像になるように、Premiere Proで編集を重ねる。テレワークのロゴ、CMを作るために必要な表現のプロセスを、監督はすでに身につけていたのです。
「当時は昔の映像を再現をしたいという思いだけで技術を身につけたものの、それで作るべきもの、伝えるべきものは見えていませんでした。『テレワーク』の文字とCMがバズったことで、それまで磨いてきた映像技術といまの世の中は結びつけられることに気づけたんです」
監督の分析・研究分野は表層的な映像表現のみならず、演出、カット、リアクション、文字、音楽、音声、話しかた、言い回しまで非常に多岐にわたり、時代感を出すために、80〜90年代に使われていた家電、日用品までをも収集しているそうです。
「見ていただく方が増えてきたことで、“ここは当時と違う”というようなコメントをいただくことも増え、よりリアリティを追求していきたいと思うようになりました。どうしても再現できないもの、映り込んでしまうものはありますが、そこは逆に、“ウォーリーをさがせ!”のような感覚で、映像に紛れ込む“いま”の要素を探し出してみてほしいですね」
時代を再現するために小道具類も収集
「ただ、それでも、当時の映像と誤解される方が出てきてしまうので、映像の最後に必ず制作日時を入れるようにしました。フィルムエストの映像は楽しんでもらうためのもので、騙すことが目的ではありませんから」
レトロな映像表現に、監督ならではの質の高い構成、演出が加わることで、フィルムエストのファンは一気に増加し、視聴者のなかから協力を願い出る人も現れるようになります。
そのうちのひとり、MBS毎日放送のアナウンサー・福島暢啓さんがキャスターを務めた動画「タピオカ抜き注文殺到問題」は130万超の再生回数を記録。フィルムエストの映像はファンをも巻き込みながら、より新しい映像のフィールドへと進化を続けているのです。
Premiere Pro+Auditonで作る、リアルレトロな不思議な世界
大学入学前からAdobe Creative Cloudを使い続けている監督は、Premiere Pro、Auditionにどのように使い、どのようなメリットを感じているのでしょうか。
「いろいろな映像編集ソフトを使いましたが、やはりPremiere Proがダントツで使いやすい。非常に見やすい整理されたインターフェイスや直感的なタイムライン操作など、長年使ってきた慣れを差し引いても、一番気持ちよく映像編集ができるソフトだと思います。
Auditionは収録した音声をピッチを変えたりしながら当時の声のように仕上げるために使っています。Premiere Proとの相性がいいというのも安心できるポイントですね。
ただ、Premiere ProもAuditionもかなり特殊な使いかたをしているので、きっと知らない機能だらけなんだろうなと思いながら使っています(笑)。今後は、何度か挫折をしているAfter Effectsにもチャレンジしたいと思っています」
映像編集に使用しているPremiere Pro(上)と音声の編集・加工に使用しているAudition(下)
リアルなレトロを追求した映像を作り続ける、そのモチベーションはどこにあるのでしょうか。そしてフィルムエストは今後、何を目指していくのでしょうか。
「自分が高校時代、80〜90年代の映像を見たときに感じた、新しい世界を発見したような新鮮な驚き、楽しさを、映像を見る人にも感じてもらいたい。それが映像を作るモチベーションになっています。
本業があるなかで、自分が好きだった『探偵!ナイトスクープ』のようなバラエティー映像を作ろうとすると、いまはYouTubeが最適な場所ではあります。ただ、そこでやりたいことをやりきれていないとも感じていて。これからはもう少し精力的に映像制作に取り組み、いろいろな方ともコラボレーションして、さらに不思議な世界を作っていけたらいいですね」
フィルムエスト YouTube(フィルムエストTV) |https://www.youtube.com/@Film-est_TV/featured