クリエイター向け情報を凝縮して配信!Adobe MAX 2022 エンタープライズセッション開催レポート

目次

  • Adobe MAX 2022 発表のハイライト
  • 特別講演1:社会の接点となるヒューマンインタフェースデザイン
  • 特別講演2:資生堂クリエイティブの美のイノベーション 新たな「未来の美」をデザインする

世界最大級のクリエイティブカンファレンス Adobe MAX 2022 で発表された Creative Cloud 最新情報をエンタープライズ向けに伝えるオンラインセミナーが 2022 年 11 月 30 日に開催されました。この記事では、変化する時代と向き合うクリエイターのためにアドビが提案する新機能の数々、そして、特別講演として出演された 一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA) デザイン委員会 ヒューマンインタフェースデザイン専門委員会 玉山 尚太朗委員長、および資生堂クリエイティブ株式会社 山本 尚美社長によるセッションの概要をご紹介します。

Adobe MAX 2022 発表のハイライト

現在はパーソナライズされたデジタルコンテンツを求める動きがますます加速しています。アドビが発表した調査結果によると 70%のクリエイターが消費者一人ひとりのためにパーソナライズされた大量のコンテンツの必要性を感じている一方で、79%のクリエイターは、今日のコンテンツの需要を満たすのはとても難しいと感じています。そして 61%は、現在かつてないほど余裕がなくなってきていると答えています。

プロクリエイターが感じている主要な課題

Adobe MAX 2022 で発表されたアップデートは、こうした状況の解決手段として提案されたものです。少ないリソースで効率よく大量のパーソナライズされたコンテンツを制作できる環境を提供すべく、アドビが選択したテーマは 3 つ。「精度とスーパーパワー」、「スピードと手軽さ」、そして「コラボレーションによるクリエイティブワーク」です。本セミナーの最初のセッションでは、これらのテーマそれぞれについて、実際に製品を使ったデモと共に概要が紹介されました。

テーマ1「精度とスーパーパワー」

アドビには Adobe Sensei と総称される、AI(人工知能)と ML(機械学習)を組み合わせたテクノロジーがあります。既にアドビ製品には数 100 もの関連技術が搭載されており、デザインやそれに関連する作業の圧倒的な効率化や高速化を実現しています。このように Adobe Sensei は、クリエイターにとって非常に貴重な資源である、時間の節約に大いに貢献してきました。

今年の MAX アップデートでさらに強化された Adobe Sensei の一例として、セッションでは Photoshop の被写体認識技術が紹介されました。従来のバージョンでも画像内の人物の認識は可能でしたが、顔や目などより細かいパーツまで認識してくれるようになっています。また、その精度も非常に高く、髪の毛のように曖昧な輪郭の対象も、場所を何となくなぞるだけでワンクリックで選択可能であることが実演されました。

近くをなぞるだけで自動的に選択された髪の毛と生成されたマスク

テーマ2「スピードと手軽さ」

求められるコンテンツが爆発的に増えている中、アドビの目標の一つは、より多くの人々がクリエイティブに関われるようになるツールの開発です。誰でも手早く手軽にアイデアを形にできる手段があれば、クリエイターはより優先度の高い仕事に集中できます。

セッションでは、デザイナーではない人でも目を惹くデザインを素早く作成できるツールとして、Adobe Express が紹介されました。Adobe Express は、ウェブブラウザ(もしくはスマートフォンのアプリ)さえあれば利用できます。プロによってデザインされた 1000 以上のテンプレートからイメージに近いものを選択し、ツールの助けを借りながらカスタマイズすれば、あっという間にバナーを作成できます。

まずは目的のサイズに合うテンプレートを選択し、カスタマイズする

Adobe Express からは、作成した画像をそのまま SNS アカウントに直接投稿することもできます。フォント、ロゴ、コーポレートカラーなどブランドのスタイルを簡単に登録できるため、ビジネスでの利用にも適しています。

Adobe Express から直接 SNS への投稿もできる

テーマ3「コラボレーションによるクリエイティブワーク」

記事の冒頭に紹介した調査では、64%のクリエイターがコラボレーションに時間がかかりすぎていると答えています。これを改善するための施策として、アドビは Creative Cloud を共同作業のプラットフォームとしても使えるようアップデートを行ってきました。

セッションで紹介されたのは、Photoshop と Illustrator にベータ版の機能として追加された、関係者からのフィードバックの収集・解決用のパネルです。これにより、デザイナーはツールから離れずにデザインレビューへの対応を行えるようになります。

Illustrator に追加されたコメント確認用のパネル

また、映像制作のワークフローにおいても、動画レビューのハブとして、Frame.io が Premiere Pro と After Effects に統合されています。この機能を利用すれば、関係者はウェブもしくはモバイルデバイスから完成前の動画をプレビューし、指示を出したり修正確認を行えます。そのため、動画のレビュー・承認・配布のプロセスが飛躍的に簡素化されます。

Frame.io は動画レビューのハブとしてあらゆる人が利用できるクラウドサービス

3D と没入型体験

セッションの終盤には、新しいメディアとして急成長している没入型体験の制作環境である Substance 3D Collection の新機能紹介がありました。

3D は、ゲームや VFX はもちろん、アパレル、プロダクトデザイン、e コマース、そしてマーケティングにも応用される機会が増えています。多くの企業がビジネスプロセスへの導入を始めているとして、アドビが特に力を入れている分野の一つです。今回のアップデートでは 3D モデル作成に利用できる新機能および新製品が発表されました。実演されたのは、スマートフォンのカメラを使って、物理空間で 360 度ぐるりと撮影した写真から簡単に 3D モデルを作成できる Substance 3D Sampler の新しいキャプチャ機能です。

スマートフォンのカメラで商品を撮影

コンテンツに利用できるテクスチャーと同時に3Dモデルも生成

新しく公開された 3D モデリングツール Substance 3D Modeler のワークスペース

セッション最後にはアドビが開発中の新機能を紹介する MAX Sneaks から、Project Motion Mix が紹介されました。写真に写った人物を素材に 3D アニメーションを生成できる技術です。今年の MAX で公開されたすべての Sneak はこちらのアーカイブ動画からご覧になれます。⽟⼭⽒は⽇⽴製作所 研究開発グループ プロダクトデザイン部に所属し、

特別講演1:社会の接点となるヒューマンインタフェースデザイン

Adobe MAX 2022 のアップデート情報の次は、ゲストをお迎えしての特別講演でした。最初に登場したのは、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)デザイン委員会に属するヒューマンインタフェースデザイン(HID)専門委員会の委員長を務める玉山氏です。玉⼭⽒は⽇⽴製作所 研究開発グループ プロダクトデザイン部に所属し、製品やサービスのUIデザインにに関わってきました。2018 年からは、AI などのデザイン技術を活⽤したインタラクションの研究も推進しています。

セッション冒頭に、⽟⼭⽒からは、HID が製品やサービスをユーザーが操作するタッチポイントをデザインする⾏為であること、そして⽟⼭⽒の所属するHID 専⾨委員会が、インタフェースをデザインする技術を向上させることにより、企業が提供する製品やサービスと社会との接点をより良いものにするための場であることが紹介されました。

HID 専門委員会では、年度ごとにテーマを決定し、それを細分化した課題ごとにタスクグループを設置して、調査研究を行っています。2020 年度は、リモートワークの必要性が急速に高まる中、テレコミュニケーションがテーマに選ばれました。設置されたタスクグループは、効果的に訴求できているイベントの UX を調査した訴求タスクグループ、バーチャル空間でのコミュニケーションを調査した未来タスクグループなどです。最新デザインツールを調査した最新 UI タスクグループは、アドビとの共同ワークショップも行いました(この活動については、取材記事が公開されています)。

テレコミュニケーションの一つとして、各社が利用しているデザインツールを調査した

2022 年度の研究テーマは AI とインタフェースデザインです。設立されたタスクグループは、AI やデジタル技術を利用した HID 先進事例の調査研究を行う事例タスクグループや、デザインのプロセス自体に AI や次世代技術を利用するという視点からの調査研究を行う By デジタルタスクグループなどです。今年、テキストから画像生成する AI が話題になりましたが、HID 専門委員会のメンバー間では、AI がどこまで発展しようとも、デザイナーが決定権を持って技術を活用する将来を中心に議論を進めているそうです。

2022 年度の研究テーマは AI とインタフェースデザイン

玉山氏はセッションの締めくくりとして、テレコミュニケーションや AI などの社会を変革するデジタル技術のさらなる普及が予測される中、これまでの専門委員会の活動を踏まえ、これからの HID に必要なことを 2 つ挙げました。

1 つ目は「HID for デジタル」です。社会を変革するデジタル技術によりインタフェースの多様化が進みます。それに応じて、伝える、伝わる、共感させるデザインが必要になるという考えです。2 つ目は「HID by デジタル」です。製品やサービスの個⼈やシーンに合わせた最適化が進むと、より多くのデザインが必要になります。そこで、デジタル技術をデザインに活⽤して対応していくことが重要になると考えています。

デジタル技術による社会の変革とこれからの HID に必要なこと

特別講演2:資生堂クリエイティブの美のイノベーション 新たな「未来の美」をデザインする

セミナーを締めくくる特別講演 2 人目のゲストは、資生堂クリエイティブ株式会社社長の山本氏でした。「資生堂は美の力で世界をより良くすることに信念を持ち続けて活動している企業」と語る山本氏からは、未来を見据えた美の体験デザインへの取り組みについて、具体的な事例を交えたインスピレーション溢れるお話を聞くことができました。

美の体験

昨今のマーケティングにおいて、体験の価値がますます重視されています。資生堂クリエイティブは、クリエイティブの力によって、『記憶に残る美の体験』をつくり出すことを掲げて 2022 年に資生堂本社から独立しました。山本氏は、「美というものは、単なる表面的な整った美しさのことだけではありません。人間が生きていく中でなくてはならないもの、大切なもの、心が豊かになる全てのこと」と述べています。時に癒され、励まされ、心を動かされる美の体験によって、人々は感動を覚えます。そうした感動の瞬間を通じてブランドと人々をつなぐことこそが私たちの使命であると山本氏は強調しました。

また、社会への貢献も美の体験の重要な側面であると山本氏は捉えています。豊かな社会には美の体験はなくてはならないものであり、社会に広くクリエイティブの力で美を提供していくことによって、ブランドや企業の課題を解決に導くことはもちろん、社会課題の解決策を可視化する提案も行っていきたいという考えです。

ブランドの課題も社会課題もすべて包括し「美の体験価値」として解決していく

サステナビリティとデザインとの関係

「美しいデザインは、見た目だけでなく、手にとったあらゆる人がストレスなく使えること、さらに使っていて気持ちが高ぶること、ときめくこと、その先の地球の未来も考えたものであること。これらすべてが大切な美しさ」であるという思想は、資生堂各ブランドのクリエイティブに結びついていると山本氏は語ります。この秋にアップデートされたエリクシールは、ボトルの形状やキャップのクリック感で開閉が感覚的に分かりやすく、さらに開閉の音が心地よく、口径が広いため詰め替えがしやすいなど、シンプルなデザインでありながら、細部まで資生堂クリエイティブの理念が反映されています。

さらには、プラスティック消費を減らすことができるレフィルへの対応も、誰でも詰め替えができる仕様性と安全性を追求しながら、美しい所作での詰め替えや付け替えと両立するようデザインされているそうです。

資生堂の理念を意識してデザインされた新しいエリクシールのレフィル

こうしたプロダクトデザインから得た知見や発想は、社会課題の解決や、社会をさらに美しく豊かにする、ソーシャルデザインへと発展しています。その一例として、山本氏は化粧品の外箱の再利用という実験的なプロジェクトを紹介しました。どうしても印刷の都合上無駄が出てしまう化粧品外箱。その端材のアップサイクルを試み制作された繊細かつ巨大なキネティックアートは、銀座 7 丁目並木通りに位置する銀座ビルの 1 階に展示されました。通常であれば廃棄されてしまう素材の再利用による、美しい見事なデザインが実現されています。

銀座ビルの 1 階に展示された再生素材による繊細かつ巨大なキネティックアート

社会に変化や行動をもたらす意義のある仕事

人として生きている限り美しく生きて頂きたい。この願いに、クリエイティブの力で少しでもサポートできないだろうかと始まった活動が LAVENDER RING です。「すべてのがんサバイバーを笑顔にする」をミッションに掲げ、メイクとフォトでがんに対するネガティブで暗いイメージを払拭して、正しい理解と前向きなアクションに変換することを目指したこの試みは 2017 年に始まりました。今では日本だけでなく上海、台湾、シンガポールなど海外にも活動範囲が広がっています。

LAVENDER RING では、日々がんと闘いながらも、希望や夢を持って積極的に自分らしく生きているがんサバイバーの方々にヘアとメーキャップによる個性の演出をサポートし、フォトグラファーとの対話で生まれる自分らしい一瞬を切り取り、信じるものを表した言葉と共にポスターを作成しています。昨年は、参加された方々の笑顔と言葉が 1 冊の本になりました。力強い一人ひとりの笑顔と一つひとつの言葉は「生きる喜びであり、生命美を感じさせる唯一無二のもの」と山本氏は表現します。

書籍になった LAVENDER RING の活動 * LAVENDER RING は、株式会社資生堂、株式会社電通の社員有志、特定非営利活動法人キャンサーネットジャパンの 3 社の社員が運営するがんサバイバーのためのプロジェクトです

資生堂は MADE IN JAPAN をグローバルに向けた価値として、アジアの生産拠点の日本への集中を進めています。セッションでは 2019 年に稼働した栃木県の大田原市にある那須工場の体験型見学施設が、動画と共に紹介されました。地域の住民の皆さまをはじめ、多くの方に化粧品の製造から出荷まで現場を知ってもらうための空間であり、化粧品そのものの理解や紫外線の肌への影響など、小さなお子様にも関心を持っていただけるような体験がデザインされた、生活者と一体型のプラントです。大阪工場、久留米工場にも、地域にふさわしいそれぞれのコンセプトで見学コースが展開されています。

セッションの締めくくりは、人々、社会、地球、すべてのステークホルダーのために価値づくりを進める「ビューティーイノベーションでより良い世界へ」という資生堂のミッションムービーでした。

那須工場の見学施設ではインタラクティブなコンテンツとプレイフルな空間を体験できる

以上のように、この日のセミナーでは、2 つの特別講演と、 3 つのテーマに紐づいた Creative Cloud の最新アップデート情報が紹介されました。3 つのテーマの 1 つ目は、人工知能と機械学習の技術によってデザイン制作の大幅な効率化を目指したもの。2 つ目は、誰もがクリエイティブワークに参加できる環境の実現を目指したもの、3 つ目は、新しい共同作業の方法によって、煩雑なやり取りを減らし、チームのコミュニケーションをよりスムーズにするものです。ぜひ、実際に新機能を日々の業務に取り入れてみてください。