誰もが使えるメタバースに向けて、アドビが注力するメタバース標準化活動

すべての主要なデジタル革命には共通点があります。それは、可用性とアクセシビリティです。飛行機、テレビなど、あらゆる発明が社会に大きな影響を与える可能性を秘めていますが、デジタル技術の新時代は、世界を完全に変えてしまいます。パーソナルコンピュータが発明されたとき、そして、インターネットが台頭したときもそうでした。

今日では、メタバースがその次の候補と目されています。少なくとも、メタバースを真に開かれたアクセシブルな環境にするための基礎を築くことができれば、世界の変革は実現に近づくでしょう。その第一歩は、オープンなメタバースを可能にするための標準化です。

目次

  • 変動する要素とメタバース標準
  • すべての人のための 3D ワールドを創造する
  • 統一された宇宙を目指して

競い合うメタバース同士に相互運用性を確立するのは壮大な事業です。シーン、設定方法や操作手段、そして仮想空間ごとに異なるコンテンツ(特に 3D)の作成と共有の手順まで、数えきれないほどの要素を交換可能にしなければなりません。

メタバースは、没入型でインタラクティブで常時接続型のデジタル体験です。人々は三次元の仮想空間で、デジタルのオブジェクトや環境と関わり、互いに交流を楽しむことができます。

アドビの信念は、クリエイターやブランドが、ひとたびコンテンツあるいは本格的なバーチャル体験を作成すれば、それをあらゆる場所に配信し、人々が楽しめるべきだというものです。そして、メタバースにおける相互運用性に関しては、業界全体で協力するべきだと考えています。それが、Meta、Microsoft、Epic Games などの主要企業と提携して Metaverse Standards Forum を設立した理由です。

オープンなメタバースが存在するためには、これから紹介するすべての標準が完全に受け入れられることが必要であるとアドビは考えています。さもなければ、メタバースがその真の姿を私たちの前に現すことはないでしょう。

変動する要素とメタバース標準

メタバースの標準を設定するための第一歩は、メタバースごとに変動するすべての要素の把握です。そこで、私たちは Forrester のアナリストである David Truog にコンタクトを取りました。彼は、魅力的かつ一貫性のあるメタバースを構築するために必要になる、相互運用性の標準について広範な研究を行ってきた人物です。

Truog によると、必要な標準は 5 つのカテゴリに分類され、各カテゴリは以下のような 3 段階の緊急度に分けられるとのことです。これらの変動する要素はすべて、ユーザーにとってより高い価値を生み出し、メタバースの普及を促進するという最終目標に向かって伸びる階段です。

レベル 1:ナビゲーション

人々がインターネット上のウェブサイト間を移動できるように、異なる 3D 空間の間を移動できることは、メタバースの成功の基礎とも言えるものです。「メタバースのある世界から別の世界へ移動できないとしたら、それは自サイト内にしかリンクしないウェブサイトを訪問しているようなものです。メタバース間のナビゲーションを確立しなければ、メタバースは分断された膨大な数の孤島のようなものになるでしょう」と Truog は話しています。

レベル 2:シーン、インタラクション

メタバースのシーンとは、バーチャルなインタラクションが発生する場面です。誰かのバーチャルホームの一室、デジタルデパートのロビー、没入型ゲームのプレイフィールドなどがその例です。複数のメタバース間で、シーンとそのコンテンツをスムーズに受け渡しできるよう記述するための標準仕様が、すでにいくつも提案されています。 gITF と USD は相互に補完し合う 3D コンテンツ用の仕様の代表的な例です。

メタバースのインタラクションとは、仮想世界で活動するユーザーの振る舞いです。スマートフォンの 2D コンテンツを扱う人々が、スワイプやピンチズームなどの新しいインタラクションを受け入れたように、メタバースでも、3D コンテンツのための多くの新しい操作方法が生まれるでしょう。例えば、手首の回転によるメニュー呼び出しや、目線の移動によるアイテム選択などが一般的に使われるようになるかもしれません。

「インタラクションは、技術というより、ユーザーの振る舞いに関するものです。メタバースにおいて一貫したインタラクションを促進すれば、ユーザーに優しい体験を実現できます。そうして顧客を引き付けることができれば、すべてのブランドにとって最善の結果を得られるでしょう」と Truog は語りました。

レベル 3:ユーザーアセット、デバイス

残りの 2 つのカテゴリは、ユーザーの 3D 体験の向上に関わるものです。1 つ目は、アセットの可搬性、すなわち、あるメタバース世界でつくったアバターやその他のバーチャルアセットを、別の世界でも使えるようにすることです。交換可能なアセットという考え方は、すでにゲーム会社が没入型世界をつくる際に取り入れられています。メタバースの適用分野が、新しい業種やユースケースへと拡大するにつれて、アセットの標準化の重要性は増していくでしょう。

もう 1 つはデバイスの標準化です。 Meta、Magic Leap、Snap のようなヘッドマウントディスプレイ(メガネであれヘッドセットであれ)上で、すべてのメタバース体験が起きるのでしょうか。おそらくそうはならないでしょうが、答えはまだわかりません。2000 年代中ごろに、スマートフォンでウェブにアクセスする人が主流になると予測した人はほとんどいなかったであろうことを考えると、今日のメタバースデザイナーが注力すべきは、デバイスに依存せずに没入体験を魅力的なものにできるような、抽象的なレイヤーの活用を試みることでしょう。これが実現できれば、人々は、各自の好みのデバイスからバーチャル 3D ワールドへ参加できるようになります。

すべての人のための 3D ワールドを創造する

アドビという企業にとって、コンテンツの作成とアクセシビリティは、2 つの核となる価値です。それが、3D 体験を構築し消費する機会がどのメタバースでも同じ様に豊なものになる、そうしたメタバースの構築に全面的な投資を行っている理由です。この目標に近づくには、3D 世界におけるバーチャルアセットの動作を定義できる、一貫した仕様が必要です。

アドビ 3D & イマーシブエンジニアリング部門の責任者である Guido Quaroni は、「3D コンテンツの作成と利用が、バーチャル環境全体を通じて容易にできなければ、誰もメタバースを受け入れたりはしないでしょう」と、コンテンツの標準化を正しく行うことの重要性について表現しています。

“もしブランドごとに、3D 世界でのオブジェクトの動作に異なる仕様を設定したら、それは、文書やウェブページの形式が、閲覧するソフトウェアやウェブサイトによって異なるようなものです。”

アドビ 3D & イマーシブエンジニアリング部門長 Guido Quaroni

わかりやすい比較として PDF を考えてみましょう。PDF が登場する前、世界では、高画質なドキュメントの作成、共有、印刷を、ほぼすべてのデバイスとオペレーティングシステムで行える共通の方式が必要とされていました。PDF はその条件をすべて満たし、文書、電子署名、その他のさまざまなコンテンツにおいて、ブランドや業界を超越した普遍的な標準となりました。HTML も同様です。ウェブ上に表示されるコンテンツを記述する標準技術として定義された HTML は、多くの業界へのウェブの迅速な普及を可能にしました。

「没入型 3D メタバースへの移行に伴い、コンテンツの相互運用性という課題に計り知れない複雑さが生じています」と Quaroni は述べています。「普遍的に受け入れられる標準が存在しなければ、メタバースがブランドや消費者の期待に応えることは期待できないでしょう」

今日メタバース構築に取り組むブランドに Quaroni が推奨するのは、可能な限り最高の 3D アセットライブラリを構築することへの投資です。「靴、家具、何らかの技術など、つくろうとしているものが何であれ、それを 3D で適切に表現し、その情報をできるだけ多く保持できるオープンな形式を選んでで保存しましょう」

彼によると USD はその有力な候補です。「もし共通の規格が世界的に合意されたら、いつでもデータを別のフォーマットに変換できます」

統一された宇宙を目指して

メタバースの成功は、そこに携わる企業およびユーザーの数に直接影響するでしょう。よりオープンな環境であるほど、メタバースは魅力が増します。その反対に、3D 世界の構築が閉鎖的に行われるほど、人々はその体験に価値を見出すことが困難になります。

「例えば、初期のショートメッセージを思い出してみると、アメリカの通信会社では、同じキャリアを使っている人にしかテキストを送れませんでした。その後、メトカーフの法則のとおり、キャリアに関係なく誰にでもテキストを送れるようになりました」と Truog は指摘します。「同じ力学が働いて、オープンで相互運用可能なメタバースへの推進力になるでしょう。そして、今日の独自で分断された 3D 世界の集合は過去のものになっていくでしょう」

Metaverse Standards Forum、Metaverse Interoperability Community Group、Open Collective やその他の組織を通じて、アドビは、豊かでアクセシブルな没入型の世界の構築に向け重要なステップを踏み出しています。すぐに完璧なものを目にすることはないでしょうが、メタバースの構築に関わるすべての企業・組織・個人が、メタバースをオープンでより使いやすいものにするという同じ大きな目的を持ち、同じ方向に向かうことに合意したなら、それほど長く待つことはないかもしれません。

もしそうならなかったとしたら?この記事で思い描いているような 3D の宇宙は実現しないでしょう。孤立した銀河、それぞれが独自の住民を持ち、分散し、互いに接続されていない複数の銀河の単なる集合になるでしょう。新しいデジタル革命の黎明期にいることを考えれば、それは本当に大きな機会の損失になるかもしれません。

この記事は If we build the open metaverse, they will come(著者: Francois Cottin)の抄訳です