「100年後でも問題なく開ける安心感を」コロナ禍で需要高まる、アドビの電子サインソリューション
筆者:加山 恵美[著]、EnterpriseZine編集部[編]、関口 達朗[写]
強みは非改ざん性とセキュリティ
新型コロナウイルスを契機にドキュメントの電子化は大きく進んだものの、日本ではまだ契約書や業務文書などでは紙とハンコが残る。重要書類であるほど保存期間が長くなるため「10年先でも問題なく開けるのか」、「電子で合意した文書は法的に有効なのか」などと、懸念して踏みとどまる企業も少なくない。そこで注目を浴びつつあるのがアドビの電子サインソリューション「Adobe Acrobat Sign」だ。同社の電子サインはどのような特徴やメリットがあるのか。取材を通してその特徴に迫る。
コロナ禍で一変した、書類と紙、ハンコの文化
これまで紙だった多くのコンテンツやドキュメントは今や その多くが電子化され、何らかの端末から開くことが日常的になっている。 しかし日本においては、業務で使う書類の多くが依然紙とハンコで回っているのが現状だ。サービス提供開始当初は、PDFの生みの親でもあるアドビが日本企業へ電子サイン(Adobe Acrobat Sign)を提案しても「うちはまだ紙とハンコでいいよ」 と返されることが多かったという。
そうした状況が一変したのが2020年の新型コロナウイルス感染拡大である。緊急事態宣言で多くの人々が在宅勤務に移行する中、書類を扱う業務や部署だけは出社を余儀なくされることも少なくなかった。社員の健康や安全を守り、生産性を高めることが喫緊の課題となったことで、企業はこれまでの 「書類は紙とハンコが必須」という常識を真剣に見直すようになった。
「電子化するにしても稟議は?契約書はどうすれば?」 と困惑した人は少なくなかったのだろう、救いを求めてアドビのセミナーに参加する人は大きく増加した。それまでアドビが開催していた電子サインのセミナーと比較して、参加者は10倍に増えたという。参加者からは 「電子契約する場合、割り印はどうしたらいいのでしょう?」 という質問が寄せられたこともあったそうだ。
では電子契約でハンコはどのように変わるのか、そのイメージをしてみよう。実際の業務では何らかの営業支援ツール(SFA)を通じて、顧客にコンタクト、提案、見積といった段階があり、いざ受注にこぎつけたとする。アドビ製品を使うなら契約書のデジタル版はAdobe Acrobatで作成できる。問題は押印やサインをどうするかだ。 アドビには電子サインのためのソリューションとしてAdobe Acrobat Signがあり、電子的な署名を施すことができる(詳しくは後述)。
電子サイン(電子署名)に関する海外規則や動きに目を向けてみよう。重要になるのがEUで定められた eIDAS規則 だ。これは電子署名、タイムスタンプ、Webサイト認証、eシール、eデリバリーなどの枠組みを規定している。前に発出されていた指令を置き換える形で、2016年からEU全域で発効となった。本来EU加盟国向けではありつつも、米国や日本も含めて世界はeIDASを参考にしている。
日本においては2019年から総務省でトラストサービスに関する検討が進められているところだ。ワーキンググループの資料などを見ると、eIDASを意識しているのがうかがえる。2021年には総務省からeシールに関する指針が公表されており、徐々に構成要素が固められてきている。
一方、技術的な実装も進んでいる。2022年9月27日には、アドビと凸版印刷が「マイナ本人確認」サービスを提供開始した。スマートフォンを利用したマイナンバーカードによる高度な本人確認を行うサービスだ。これにより 非対面で高い信頼性と証拠性を備えた本人確認が実現可能となる。 仕組みとしては、電子署名を扱う部分はAdobe Acrobat Signの機能を活用 している形だ。なお、マイナンバー(公的個人認証)を民間利用するには主務大臣認定が必要で、凸版印刷が主務大臣認定事業者として認められている。
海外では電子署名を用いることで、各種ワークフローの迅速化を実現している。 わかりやすいのは新型コロナウイルス対応での給付金業務だ。国ごとに多少の差異はあるものの、各国それぞれが国民や企業に対する支援として給付を行った。電子署名を導入したところは迅速に給付が受給者に届いていた。 一方日本では電子申請も可能だったものの、書類申請が多く、給付まで待たされた人が多かったのではないだろうか。
アドビのソリューションは、全米50州全ての政府機関に使われており、行政のモダナイゼーションにも大きく貢献していることから、今後日本でも同様の展開はあり得るだろう。
日本でも、契約業務で電子署名が使われる事例が多く存在する。 たとえばソニー銀行では、住宅ローン契約にAdobe Acrobat Signを導入してペーパーレス化を実現した。従来の書面では契約締結まで2~3週間を要していたところ、電子化することで最短1時間程度にまで短縮したという。
細かいことかもしれないが電子署名では収入印紙が不要となるため、コスト削減できるというメリットもある。たとえば5千万円から1億円以下だと、印紙税額は6万円。収入印紙代を負担する側にとって、こういった金額は大きい。
アドビ製品ならではの強みやメリット
ここからはより具体的に、アドビで何ができるかについて見ていこう。Adobe Document CloudではPDFを基盤としたドキュメントソリューションを提供しているが、Adobe AcrobatやAdobe Acrobat Signといった製品を使うと文書の作成、管理から署名まで、契約に関わるすべてのプロセスをオンライン上で完結させることができる。 印鑑証明で実現していた本人確認、割印で保証していた改ざん防止など、紙で実現していたことはすべて電子署名に代えることができる。
言うまでもないが、データをクラウド上に保存できるため、場所や端末を変えても文書にアクセスできる。 急ぎの稟議で上司がなかなかつかまらない時、出先のタブレット、旅行先のスマートフォンからアクセスできれば、ワークフローを素早く回すことができる。そしてクラウドに保存すれば、他のユーザーと共同作業することも可能だ。
また電子化でペーパーレスが実現すれば、先に挙げた印紙税を含め、紙、印刷、郵送、保管に関わるコストを削減することにもつながる。昨今重要となっているESG的観点からも、重要な要素だ。
ただし、書類の電子化や電子署名の機能だけを見るのであれば、アドビ以外にも実現できるベンダーは他にもあるかもしれない。今回話を聞いた、同社営業戦略本部 ドキュメントクラウド戦略部 シニアマネージャーである齊藤賢一氏によると、顧客がアドビを評価するポイントには 「安心感」 が挙げられるという。
「安心感」とは 「遠い未来でも安心して開けること」 だ。書類のなかでも契約書となると、長期の保管義務がある。もし契約で何らかの問題が起きて民事裁判となれば、裁判所へ提出する資料となるかもしれない。
「このシステムで生成したPDFは10年後でも問題なく開けるか?」「100年後であろうとも、PDFの参照エンジンであるAdobe Acrobat Readerを使うのであれば、Adobe Acrobat Signで出力した契約書はきちんと開くことができると保証できます」
「そもそもAcrobat Readerは我々が提供しているので当然ですが、お客様はこの安心感や安全性を重視しています」
セキュリティ面での安心感
他にもセキュリティ面の安心感もある。アドビはグローバル企業だが、日本の顧客であればAdobe Document Cloudのデータは日本にあるデータセンターに保存される。 アドビ以外にも電子署名サービスを提供するベンダーはあれど、データの保存先が日本のデータセンターとは限らない。
国内にデータセンターがあり、震災対策やセキュリティ対策も行われていることから、ソブリンクラウドの議論が高まっている昨今においては、こうしたインフラ面での安心感もある。
企業の業務で使うゆえに、セキュリティ、ガバナンス、コンプライアンスに関するグローバル基準に準じているのもアドビの特徴であり、強みだ。日本なら情報セキュリティのISO/IEC 27001、米国ならHIPAA、FERPA、GLBA、米国食品医薬品局の21 CFR part 11など、国や業界特有の規制にも幅広く対応している。
加えて同ビジネスデベロップメントマネージャーである岩松健史氏は、アドビの強みとして 非改ざん性 を強調する。
「セキュリティに含まれますが、ドキュメントの非改ざん性もアドビが評価されるポイントです。ISOで定義された形で、最終署名者が合意したドキュメントは合意以降に一切改ざんされていないことを保証できます。同時にアクセス権(関係者のみ閲覧許可、閲覧のみで編集不可など)も設定できます。編集不可でも、サードパーティー製品を使えば可能ではないかと考える人はいますが、もし改ざんされた場合は、PDFの表示にて改ざんがわかるようになっています」
そして 機能面の優位性 もある。電子署名に関するアプリケーションは企業により様々な要件があるため、アドビではSalesforceやServiceNowなどの 各種業務用のツールと連携するためのコネクタ(API)が充実している。
営業支援ツールと連携すれば、業務の最初から最後まで一貫して紙を用いることなくワークフローを進めることができる。最近ではマイクロソフトがアドビとの連携強化を発表しており、両社の共同開発によりコネクタはよりネイティブに実装され、利便性も高まることが期待される。
現時点では海外のみ利用可能(日本では準備中)だが、Adobe Acrobat Readerのモバイル版アプリには「Liquid Mode」が登場した。
モバイルデバイス上で文書の閲覧体験を大幅に向上させる「Liquid Mode」
一般的にPDFはレイアウトがしっかり組まれているため、PCでは見やすくてもモバイル端末ではピンチアウト(拡大)しないと見づらいケースもあった。しかし「Liquid Mode」では、ボタン1つでテキスト、画像、表などをモバイル端末の画面に合わせて自動的に組み直す。アクセシビリティの観点からもパーソナライズされた閲覧体験への期待は多く、これはPDFのユーザー体験が大きく変りそうだ。
リブランディングと連携強化で、さらなる使いやすさを追求
2022年3月から、アドビのサインソリューションはリブランディングを行った。これまで 「Adobe Sign」 と呼ばれていた電子サインのサービスは 「Adobe Acrobat Sign」 へと名称を変えている。
企業向けとなる 「Adobe Sign エンタープライズ版」 も 「Adobe Acrobat Sign Solutions エンタープライズ版」 となる。「Acrobat」と冠をつけることで文書作成と電子署名は別々のものではなく、一気通貫でシームレスに利用できることをアピールする狙いだ。
電子サインのすべての機能を利用できる 「Adobe Acrobat Sign Solutions エンタープライズ版」 は企業向けで、高度な機能も入っている。「そこまで要らない」のであれば、Acrobat ProまたはAcrobat Standardを選ぶこともできる。いずれもサブスクリプションで提供される。
齊藤氏は「まずは使ってみていただきたいです。日本企業における電子サインは、まさにこれからという手ごたえを感じています」と自信を見せる。つい最近行われたリアルイベントの展示会場にて、アドビブースへ訪れた人の多くが「(Adobe Acrobat)Sign」に言及していたという。
今回取材対応していただいた、同社デジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 ドキュメントクラウド戦略部 シニアマネージャー 齊藤賢一氏【写真左】同ビジネスデベロップメントマネージャー 岩松健史氏【写真右】
将来的にはAPIを駆使して、より簡単に複雑なPDFを自動作成することもできるかもしれない。あるいは保存されているPDFからデータを抜き出して、業務システムで活用するようなAPIもある。APIだとプログラミングが必須となるが、高度な開発スキルを持たなくてもPDFを活用できるように、Microsoftのアプリケーション実行基盤「Power Automate」でノーコードで実装を行うことも可能だ。
取材の終わり際、齊藤氏は次のように呼びかけた。「単純にPDFを生成するだけではなく、業務プロセスでデジタル化を実現するための製品やソリューションの幅はかなり広がっています。そうした課題をお持ちであれば、ぜひアドビにご相談ください」