Adobe Co-creation Forum 2023「シン・デジタル時代の 3 つのキーワード」開催レポート

2023 年 6 月 8 日(木)に Adobe Co-creation Forum 2023 がオンライン開催されました。今年のテーマは、日本でも DX がビジネスシーンに浸透し、日々の業務のスピードアップが求められているシン・デジタル時代にビジネスリーダーが持つべき 3 つの視点、すなわち「デジタルエコノミー」「デジタルトラスト」「デジタル人材」です。

これらのキーワードを踏まえ、加速するデジタルシフトへの対応や、ビジネスをより発展させるためのコラボレーションについて学ぶべく、ゲストとしてお迎えしたリーダー 2 名の考えや、アドビがシン・デジタル時代に向けて企業支援のために提供するソリューションが紹介されました。モデレーターを務めたのは、株式会社 tonari 代表取締役 CEO 高橋 弘樹氏です。

株式会社 tonari 代表取締役 CEO 高橋 弘樹氏(右)とアドビ株式会社デジタルメディア執行役員 ビジネスマーケティング本部長 竹嶋 拓也氏(左)。

株式会社 tonari 代表取締役 CEO 高橋 弘樹氏(右)とアドビ株式会社デジタルメディア執行役員 ビジネスマーケティング本部長 竹嶋 拓也氏(左)

商用利用を前提に開発されたジェネレーティブ AI モデル「Adobe Firefly」

最近注目を集めているジェネレーティブ AI ですが、当イベントでも、プログラムを通じて AI 新時代への対応が話題になっていました。その中で、高橋氏が強調していた点の一つは、AI のアウトプットに対する「デジタルトラスト」の重要性です。商用利用するのであれば、AI によって生成されるコンテンツには、その信頼性を保証する仕組みが不可欠です。アドビがその答えとして開発しているジェネレーティブ AI モデルの一員が Adobe Firefly です。

Adobe Fireflyのイメージ画像。

Adobe Firefly は、アドビが新たに提供を開始したクリエイター向けのジェネレーティブ AI モデルです。最初は、画像およびテキストエフェクトの生成に特化した生成 AI として発表され、イベント時点ではベータ版が公開されています。Adobe Stock の何億ものプログレードの高解像度画像を使って訓練された Firefly は、高品質な画像を瞬時に生成する能力を持っています。

アドビ デジタルメディア事業統括本部 Creative Cloud Specialist 加藤 修一氏によると、Firefly の特徴の一つは、商業利用を前提にした画像生成に対応していることです。Firefly の学習に使用されたすべての画像はライセンスされているため、Firefly は、他人の作品、ブランド、知的財産から無断でコンテンツを生成しないことが保証されています。

Adobe Fireflyが目指す未来とアプローチは安心して商用利用できる画像生成AI。

また Content Authenticity Initiative (CAI) の認証機能を利用し、生成されたコンテンツには Adobe Firefly で生成されたという証明が付与されます。このようにコンテンツの出自の透明性を高めることで、安心してビジネスでも利用できる画像生成 AI モデルをアドビは提供しようとしているわけです。権利を侵害しうるデータから学習した AI を、ビジネスに利用することにはリスクが伴います。この点は、Firefly の大きなアドバンテージになりそうです。

Firefly も他のジェネレーティブ AI モデルと同様に、入力されたテキストから画像を生成します。まだ日本語は学習中とのことで、現時点では基本的に英語の単語を並べて使うことになります。下の画像は、「Side Profile face and ocean double exposure portrait(横顔、海、2 重露光、ポートレート)」と入力して得られた結果です。ご覧のように一度の入力で 4 つの画像が生成されます。プログレードの画像を使って訓練されたというだけあって、クリエイティビティを感じさせる出来栄えです。

テキストから画像生成を行った結果。

画像のバリエーションを増やすことも簡単です。提供されている数々のスタイルから好みのものを選択するだけで、Firefly のスタイルエンジンがバリエーションを作成します。下の画像は、提供されているスタイルの一部を示したものです。各スタイルにはサムネイルが提供されているため、デザインの専門知識が無くても、出来上がりを想像しながら指定できるようになっています。加藤氏のデモでは「Synthwave」が選択されました。

適用可能なスタイルの一部の一覧。

スタイルを選択する前とした後を並べたのが下の画像です。単純に色味が変わっただけでなく、人物の大きさ、顔の表情、波の向きや大きさも変わっています。つまり、選択したスタイルに合わせて、改めて生成が行われているようです。

スタイル適用前と適用後の比較画像。

次はテキストエフェクトの生成サンプルです。「many fireflies in the night. bokeh light(夜のたくさんの蛍、軽いボケ)」と入力して生成されたのが下の画像です。画像の時と同様に 4 種類のバリエーションが生成されます。テキストエフェクトに対しても、左側のギャラリーからオプションを指定すると、スタイルの異なるバリエーションを容易に生成できます。

生成されたテキストエフェクトのサンプル。

ジェネレーティブ AI 時代のデザイナー像

アーティストから特許庁に入庁したという経歴を持つデジタル庁企画官 外山 雅暁氏は、現在は消費者側に選択権のある時代であり、ビジネスにおいてもユーザー視点で物を見ることがより重要になっていると語りました。そして、人を中心に考えるには、デザインを重視する必要があると指摘します。

外山氏は、デザインの力によりブランド力とイノベーション力を向上させ、企業競争力の向上に寄与するという、デザイン経営の推進に関わってきました。企業が大切にしている価値を伝えたり、顧客の潜在的なニーズに革新的なアイデアを構想する営みに、デザインが大きな力になると外山氏は考えています。

デザイン経営の2つの効果を示す図。

デザイン経営は企業のブランド力とイノベーション力を向上させ、企業競争力を向上させる

ジェネレーティブ AI モデルの実用化により画像生成が容易になったことについて外山氏は、「誰もが形にしやすくなるのは悪いことではないと思います。アイデアを持った人が形にしてみることが、世の中の発展につながる可能性が高いと思います」と肯定的な見解を述べました。

一方、AI にデザイナーの役割を奪われるのではないかという問いに対しては、「つくり出す能力はデザイナーの評価されるべき部分だと思いますので、そこは確かに驚異に感じます。ですが、そこからユーザーにとって一番いいものを選ぶのは、デザイナーじゃないとできないことだと思います。また、AI が出してきたものをそのまま使うのではなく、どの部分をどのくらい取り込むのかとか、そもそものコンセプトをつくる作業とかも、デザイナーの仕事だと思います」と、AI 新時代のデザイナーの姿を語りました。

デジタル庁企画官 外山 雅暁氏(左)とアドビ デジタルメディア事業統括本部 Creative Cloud Specialist 加藤 修一氏(右)。

デジタル庁企画官 外山 雅暁氏(左)とアドビ デジタルメディア事業統括本部 Creative Cloud Specialist 加藤 修一氏(右)

外山氏は、見てそこにある課題に気付くことはまだ AI にはできない領域であり、培った経験や、ユーザーを見てきた目線があるからこそ、デザイナーには力があると言います。デザイナーの持っている観察力、好奇心、人間中心の考え方などは、今のビジネスにとても有用なものであり、デザイナーを活かせる領域だという考えです。

さらに外山氏は、これはデザイナーだけができることではないと付け加え、「ユーザーの課題を発見するのはマーケティング部門も当然やっています。ユーザー視点で見る能力を全社員が身に着ければ、会社全体が変われます。誰もがデザイナーを名乗る、そういう社会になっていくことが今必要なんじゃないかなと思います」と、これから求められる「デジタル人材」の姿の一つを提示しました。

ビジネスに活かせるデザイナーの5つの能力。

2020 年代のテクノロジートレンドは AI と DX

起業家・エンジェル投資家の成田 修造氏は、AI による劇的な生産性向上は、産業革命と同等かそれ以上の変革につながるだろうと語りました。「デジタルエコノミー」の流れは必然的であり、これからも加速する。そのため、個人・企業レベルで AI をいかに取り込むかが重要になり、その成果次第で近い将来大きな差がつくと予想しています。

また、あらゆる巨大産業にデジタルトランスフォーメーション(DX)が起こり、小さな企業にとっては躍進の、大きな企業にとっては企業を生まれ変わらせる変革の大きなチャンスになるだろうと、デジタルエコノミーの将来像を語りました。

起業家・エンジェル投資家 成田 修造氏(左)とアドビ マーケティング本部 エバンジェリスト ビジネスマーケティングマネージャー 島田 昌隆氏(右)。

起業家・エンジェル投資家 成田 修造氏(左)とアドビ マーケティング本部 エバンジェリスト ビジネスマーケティングマネージャー 島田 昌隆氏(右)

成田氏は、AI を使う上で、「発想力」「問う力」「コンセプトをまとめ上げる力」を磨く必要性があると指摘しました。これは、外山氏が示したデジタル人材の姿にも一部重なるものです。AI は単体では機能せず、専門の知識や経験と組み合わされることで威力を発揮するという点についても、成田氏の見解は外山氏のそれに近いものでした。

元クラウドワークス副社長 COO らしく、特に経営者視点から成田氏が強調していたのは、テクノロジーを理解している人材を中心に組織をつくることです。そして、コンセプトをつくれる人と、テクノロジーを理解し使える人を組み合わせると、1+1 が 2 以上になる効果が生まれると言います。一般的に、大企業では組織改革を素早く進めることが困難になりがちですが、自由に動ける特区的な部署をつくり、そこで実績を出すことにより変化を促進することを成田氏は推奨していました。

コンセプトをつくれる人とテクノロジーを理解し使える人の組み合わせを表した図。

また、成田氏は、経営者自身がテクノロジーを理解することの重要性を説きました。そして、今あるものを良くしていく「深化」と、新しいものを発掘する「探索」の適度なバランスをとる経営が望ましいと語りました。組織としては、多少目の前の仕事を遅らせてでも、新しいことを勉強する時間をとることが重要だとしています。

テクノロジーへのアジリティを高めるアドビのドキュメントサービス

アドビ マーケティング本部 エバンジェリスト ビジネスマーケティングマネージャー 島田 昌隆氏は、組織としてのテクノロジーへの対応力を高めることが重要であると話し、アドビが提供するドキュメントサービスの一部を紹介しました。

島田氏によると、AI を含め、文書をデータとして活用するには、単純にデジタル化するだけでは駄目で、構造化が必要です。その点、PDF フォーマットであれば文書が構造化されているため、そのまま文書データの分析に利用が可能です。「アドビのサービスを利用すれば、蓄積された PDF ドキュメントから抽出した情報を再構成して、業務の自動化を推進できる」と島田氏は語りました。

構造化されたデータが業務の自動化を促進することを示した図。

島田氏が紹介した事例の一つは、文書印刷時の PDF 変換を自動化することで、印刷時間の 50% 短縮を達成したというセイコーエプソン株式会社です。この事例では、顔認証技術との組み合わせにより、サテライトオフィスでのセキュリティ確保も実現されています。

もう一つの事例の三菱 UFJ トラスト投資工学研究所では、市場心理まで踏み込んだ分析に必要な文書解析を効率化するために、PDF ドキュメントからテキストを自動抽出するサービスが活用されました。文書構造を維持したままデータを抽出できるために、作業スピードだけでなく精度も向上したそうです。

セイコーエプソンはPDFとアドビのサービスの活用により文書印刷時間を50%削減した。

島田氏はこれからの企業に必要なこととして、次のようにプレゼンテーションを締めくくりました。

「先端的な取り組みにクイックに取り組めるアジリティのある組織になるには、デジタル技術に興味を持って使ってみること、それを会社が後押しする、そういったことが重要です。ビジネスリーダーの皆様がデジタル化を推進していくのだという強い覚悟を持って、テクノロジーを社内に広く開放していくことが、シン・デジタル時代の荒波を乗り越えていくための大きな力になるのではないかとアドビは考えております」