Trend & Illustrations #18/MIKITAKAKOが描くReal is Radical
Adobeではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドレポートとして毎年発表しています。
ビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。
デジタルとアナログを融合してビジュアル制作をしているMIKITAKAKOさんが、2023年のビジュアルトレンドから「Real is Radical(事実は時に挑発的)」を担当しました。
MIKITAKAKO
1977年生まれ。神奈川県在住。京都精華大学日本画専攻卒業。Webデザイナーを経て、キングストン大学(イギリス)でイラストレーションを学ぶ。
版画に着彩を施したスタイルで、日常の断片をやさしい色調で描く。インスピレーションはファッションや旅行、日々の暮らしから。出版や広告等のイラストレーション制作の他、展示活動を行なう。2024年初個展開催予定。
https://www.mikitakako.com
日常生活に結びつく社会問題を問う
ビジュアルトレンドの中から「Real is Radical(事実は時に挑発的)」を選んだ理由を教えてください。
どれもおもしろそうで迷ったのですが、自分の中で一番難しいというかチャレンジングなものにしようと「Real is Radical」にしました。来年初めて個展をするのですが、なかなか筆が進んでおらず、気分転換というのもあり、あえてこれまでの自分とは違うテーマにしました。「事実は時に挑発的」という和訳がありますが、意味深いですし、汎用性もあると思いました。
テーマをどう捉えましたか?
トレンドをイラストレーションで表現して、皆さんにわかりやすく伝えるという仕事ですよね。社会的な問題や世界情勢を反映させることが可能なテーマですし、「Radical=挑発的」と訳されていたので、「挑発的」という言葉が持つ、反骨精神やシニカルな部分をどう表現するかに悩みました。私の日常生活は子供が小さいこともあって、子育てベースで進んでいます。そこで最初は自分自身の日常生活に根ざしたところから考えました。例えば白髪が増えてきたなとか、夏だからムダ毛の処理どうするかとか、シミそばかす増えてきたなとか。そういったことを発端に考え始めたのですが、なかなか良い着地点を見つけられずにいて。
AI (人工知能チャットボット)で「Real is Radical」から発想されるキーワードを拾ってみたり。「多様性を尊重する」、「感情を表現し共感すること」、「自由な発想力」とか、なるほど、そうだよねというものが出てきました。またPhotoshopの生成塗りつぶし機能(Beta版)にそのキーワードを入れて、生成されたイメージを見たり。前回の熊井さんの制作方法は大いに参考になりました。そこからヒントを得つつ、これまでリサーチを重ねてきたことや、好きな分野からにじみ出る部分をビジュアル化しようと考えました。
リサーチを重ねてきたのはどういう分野ですか?
普段、日常生活の中での気づきをテーマに制作しているのですが、社会学的な観点でファッションをリサーチしていた時期がしばらくありました。ストリートスナップを撮影しに行くとか、本を読むとか聴講会に参加するとかのレベルなんですけど。そこでリクルートスーツについてのイラストレーションが今回のテーマに合うのではないかと思いました。
スーツというユニフォームは、服を選ばなくていいから楽だし、同じものを纏うことで仲間意識も出てくる。また相手に不快感を与えない。その一方で肩苦しさがありますよね。最近フォーマルなスーツを着る機会があって、スーツ選びに奔走したんです。そこで気づいたのは細かい部分にデザイン性はあるけれど、色は黒、グレー、紺くらい。フォーマルなシーンではどうしてこんなにフォーマット性があるものを着なくちゃいけないんだろうとあらためて疑問に思ったんです。
反面、私が子供の頃には黒、赤、せいぜい茶色くらいしかなかったランドセルが、パステルカラーやラメ入りとか、色のバリエーションがいっぱいあって、デザインも凝っている。時代に即して多様化しています。性別に関係なく好きな色を纏う。なのにどうして大人のスーツ、例えばリクルートスーツは画一的で、緊張感がある。もっと楽しくてもいいんじゃないか。そういう思いがあって考え始めました。
スーツに対する違和感をどうビジュアル化するか
今おっしゃっていただいたことが、まさに私が思っていたことです。
スーツを使って、その思いをどう表現していくかを考えました。アートやファッションからインスピレーションを受けることが多いのですが、今回は現代美術家のス・ドホやファッションデザイナーのモリー・ゴダードやYUIMA NAKAZATOの作品からもヒントを得ています。
例えばス・ドホの有名な作品に半透明の布で作った家の作品があります。このように、透過する布の持つ性質を利用して、覆い隠されていて見えなかったものを可視化させてみようと、チュールで作ったスーツを描いたらいいんじゃないかというアイデアが最初に出てきました。モリー・ゴダードやYUIMA NAKAZATOのオーガンジーやチュール素材をテーマに合わせて変化させたコレクションも好きで。また、今年の夏のファッショントレンドにはシアー感があって、若い人たちがよく着ている。そこでスーツをチュールみたいな素材にして、その下にプレーンなTシャツとジーンズが透けて見えているものにしようと。(作画中、チュールの重なりをわかりやすくする為にシャツ素材の書き込みを簡素化して表している)。
さらにスーツ姿の男女と、通勤電車の組み合わせにしました。色調も赤と青のステレオタイプに表現してみたり。サラリーマン時代に通勤の経験や閉じ込められているというか、密室した空間の中にいる息苦しさを表現してみました。
具体的な制作の手順を教えてください。
Adobe Frescoで完成イメージに近いところまでラフを制作し、その後、線を紙版画で描いてスキャンし、Adobe Frescoで彩色しています。
ステップ1)Adobe Frescoでラフを制作
構図を考え、太めのパステルツールで、最初はざっくり描く。線を整えていき、車窓の景色を組み合わせ、動きのシミュレーションを行い、最終イメージを固める
ステップ2)紙版画で線画を制作
紙版画プレートに下絵を描き、ニードルで引っ掻いて版を作る
版にインクを塗り、拭き取る(線の溝にインクが残る)。プレス機を使い刷る
右が版、左が刷り上がり
人物と背景の刷りあがり
ステップ3)スキャンしてAdobe Frescoで着色、モーションを追加
最終形。動画から切り出したカット
アナログとデジタルの融合
Adobe Frescoで描き始める前にアイデアスケッチなどを紙に描く、ということもないんですね。
制作のプロセスはクリエイティブのコンセプトや状況毎に変遷はありますが、現在は頭の中でイメージを固めた後にいきなりAdobe Frescoで描くことが多いです。何よりシミュレーションがしやすい。紙版画で線を描く時点では、描き変えたりするのが難しいのでAdobe Frescoで完成形まで検証してから、それを元に版を起こします。紙版画にするのはアナログ感を少し出したいという気持ちもありますし、ちょっとひずんだり、ヒリヒリっとした線の感じのテクスチャーが気に入っています。実際紙版画の行程を入れると作業的には大変なんですが、刷り上がった時がすごく楽しいので、今は離れられずにいます。
アナログの線は活かしつつですね。
以前は完全にアナログの制作で、筆で描いたものをスキャンしてPhotoshopで色みを若干調整していましたが、この10年ほどで制作プロセスが変わってきました。iPadで描けるのも大きい。AIもそうですが、便利なツールは積極的に取り入れていくようにしています。
元々日本画を勉強していて、よく浮世絵の展示を観に行くんですが、今、浮世絵師が生きてたら、どんなふうに描いてたんだろうとか、考えたりするんですよね。きっと新しいものを試しているだろうと。私も技術的な進歩はどんどん試していきたいと思っています。
アニメーションにした理由はなんですか?
自分の絵がちょっと動くだけでもおもしろいなとはずっと思っていたんです。Adobe Frescoのモーション機能が非常に便利で、簡単にアニメーションが作れる。コーヒーを飲んでるイラストレーションだったら、カップから湯気がほわっと出る動きや人物が瞬きする動きだけで、すごく楽しいしアイキャッチにもなる。コミュニケーションデザインにおいても優れた表現方法だと思います。
今回は電車内の描写を動画で表現したのですが、まずAdobe Stockにある電車や通勤イメージを参考にして膨らませた後に、つり革や車窓の景色は実際にローカル線に乗ってスケッチしました。つり革の微細な動きや車窓の景色の表現などに役立てました。実際に足を運んでリサーチを行うことは大事ですね。
今回は男女を描いたのですが、もっと人物にバリエーションも考えられるとも思いますし、スーツの下のTシャツもいろんなものが考えられますよね。最初ボーダー柄にしようと思ったのですが、ストライプ(縦横縞を総称して)って歴史的に見ると反骨精神、革命とかの意味合いがありますよね。またファッション界でも有名デザイナーのユニフォームだったりと、いろんな意味が含まれてしまう。Adobe Stockで素材として使ってもらうことが前提の作品なので、プレーンな方が汎用性があると思い、今回は白いTシャツにしています。
Adobe Stockということで汎用性をすごく考えられていますね。
前職がWebデザイナーで、GIFアニメのバナーとかも作っていたんです。ちょっと動くちょっと瞬きするとか、そういったところで、つい動かしたくなっちゃうのはその経験からきていることもありますし、ユーザビリティを考える癖もついてますね。Stockということで、どんな使用法にも対応できるよう考えました。
「せいいっぱいの悪口」堀静香著
百万年書房/2022年
このAdobeの仕事を経験して、今後、ご自身の作品にどうフィードバックされていくでしょうか?
今は紙の書籍の仕事が多いのですが、日常生活の中で読むものは紙とデジタルが半々です。だから本という媒体自体のあり方が変わって、デジタル化がもっと進めば、挿絵が動くこともあるかもしれないし。だからちょっと動かしてくださいみたいな依頼が来ると楽しいなって思います。ハリー・ポッターで壁に掛けてある絵画が動く描写がありますが、実際そうなることも近いんじゃないかなと。でも紙の本でしかできないこと、テクスチャーや印刷、造本技術とかもすごく好きなので、完全にデジタルに移行して欲しいと思ってるわけではないのですが。
動くイラストレーションのお仕事も挑戦してみたいです。デジタルサイネージのイラストレーションも楽しそう。自分がちょうどデジタルとアナログの過渡期に育ってきたので、両方の融合の一例も作品として残していけるといいなと思います。
いかがでしたでしょうか? Adobe Stockのご利用に関して動画も使えるサブスクリプションプランまたはクレジットパックがおすすめです。購入プランに関してはこちらを御確認ください。また、Adobe Stockでは皆様からの作品も受け付けております。コントリビュータープログラムの詳細はこちらを御覧ください。