Adobe Fireflyをペルソナ作成やアイデア出しに利用する可能性を探る〜日本工業大学における実践と学生による研究
日本工業大学は、工業の理論を生産現場の技術として活かせる人材の育成を目指す、ものづくりに強みを持つ工業系総合大学です。開学当初は工業高校出身者が学生の多くを占めていましたが、現在ではさまざまなバックグラウンドの学生が学んでいます。同大でデザインを扱う研究室には、生成AIに注目して活用している先生や学生の皆さんがいます。日本工業大学 工学部 機械工学科 教授 細田彰一先生と、工学部 機械工学科 助教 平山晴香先生、そしてそこで学ぶ工学部 機械工学4年生の栗又康輔さんに、生成AIの活用方法や、画像生成AI「Adobe Firefly」の可能性についてお話を聞きました。
左から、日本工業大学 工学部 機械工学科 助教 平山晴香先生、4年生栗又康輔さん、教授 細田彰一先生
実学重視の特徴ある教育環境
日本工業大学では実学を重視していて、機械工学科には工場のような実習施設やPCルームなど技術を確実に身につけられる環境があります。そんな同大の中でも、デザイナーでもある細田先生と平山先生は、研究室に所属する学生にデザインの基礎やAdobe PhotoshopやAdobe Illustratorなどのデザインツールの使い方などを教え、デザインマインドを持った技術者を育てることを目指しています。
機械工学科の実習施設とPCルーム
細田先生はプロダクトデザイナーの経歴があり人間中心設計を専門とし、現在は特に人の心に着目し、面白さや楽しさの体験をいかにデザインで実現するかという研究に取り組んでいます。平山先生はインダストリアルデザイナーの経歴があり、現在は製品造形の中でも特に障がいのある子どもの玩具のデザインの研究に力をいれています。
大学全体では卒業後にエンジニアになる学生が多いものの、細田先生や平山先生の研究室ではこれまでに設計やデザインの分野で活躍する卒業生も出ています。また、同大では教員免許の中学校「技術」や高等学校「工業」の取得ができるのも特徴で、教員免許取得のトレーニングにも強みがあり、多くの教員を輩出しています。
アイデア出しに生成AIを利用する卒業研究
細田先生の研究室で学ぶ4年生の栗又さんは、卒業研究で生成AIを扱っています。栗又さんが取り組んでいるのは、プロダクトデザインのアイデア出しに生成AIを活用する可能性を探る研究です。ちょうど研究テーマを決める頃に生成AIが大きく話題となり、ニュースや先生の話から興味を持ったという栗又さん。「私自身がアイデア出しが苦手だったので、もしかするとそれを支援するような形で使えるのではないかと考えて研究を始めました」とテーマ設定の理由を説明します。
栗又さんは研究の過程でこれまで、初期段階のアイデア出しに生成AIをどのように使えるか色々なパターンを試してきました。例えばChatGPTを利用して、プロダクトのテーマに対してできるだけたくさんのアイデアを出力させたり、デザイン時に想定する架空の利用者「ペルソナ」の具体的な姿を作りあげたりしました。また、Adobe Fireflyを利用して、テーマにそったプロダクトの画像を出力させ、「◯◯風」のようにさまざまなバリエーションを出力するなどしました。試した結果、アイデア出しやインスピレーションを得ることに十分使えるという実感を持っています。
平山先生は「機械工学科の学生はスペック通り設計することを学んでいるので、自分でアイデアを出すモチベーションがなくアイデアの出し方もわからないということが多いんです」と説明します。細田先生や平山先生の研究室に所属して初めて、何のために何をどうつくるかというアイデア出しを求められ、戸惑う学生も多いのだそうです。平山先生は早速研究室の学生にペルソナ制作に生成AIを使うことを勧めていて、生成したペルソナからデザインのコンセプトを見つけて課題に取り組んでいる学生もいます。
平山先生の研究室の学生がChatGPTでペルソナを作成した過程
栗又さんも、過去に取り組んだ課題でプロダクトをデザインした際は、ターゲットユーザーとしてモデルとなる人を想定したものの、深くリサーチして具体的な利用シーンを想定するところまではできていなかったと振り返ります。もしそのときに生成AIがあったなら「使ってアイデアを出したかったですね」と栗又さん。アイデア出しへの苦手意識が、生成AIの使い方に広がりを生み出しました。
画像生成AIの使いどころはさまざま
画像生成AIの使いどころは検討が必要な側面もあり、例えばデザインの初心者が、画像生成AIの出力したものをそのままデザインに採用するような使い方は、「意図せずデザインの盗用になる可能性がある」と細田先生も平山先生も否定的です。
一方で、アイデア出しの際にバリエーションを増やすために使うと発想が柔軟になったり、人が連想しないようなイレギュラーな画像が出力されると発想の刺激になったりするという効果には、両先生とも期待を寄せています。栗又さんも、「自分の考えつかないようなものや現実的じゃないものも出てくるので、いい刺激になるのではないかと思います」と話します。
平山先生は自らAdobe Fireflyをよく試していて、デザイナーが自らの仕事を助けるのにも便利だと考えています。例えばグラフィックデザインをする際に、背景画像などを生成AIで出力すると、素材集から探すよりもイメージにあう素材を短時間入手できると実例を示してくれました。
また細田先生は、プロダクトデザイン自体は当然デザイナーが時間をかけて作るものである一方で、それを魅力的に見せる利用シーンなどの背景要素を生成AIで作ると良いのではないかと提案します。「実際に人とか手を入れてある作品の方がやはり印象はいいですよね」と、いくつかのプレゼンテーション例を示しました。専門家自身が高めるべき専門性と、時間をかけずに生成AIに任せて良いことを見極めて、有益に使うことが鍵となりそうです。
細田先生の研究室(右)や平山先生の研究室(左)には、十分な数の3Dプリンターが並び、学生の試作の環境が整っている。細田先生の研究室にはレーザーカッターやVRゴーグルなども備えられている
Adobe Fireflyを選ぶ理由は使いやすさ
さまざまな画像生成AIがある中でAdobe Fireflyを使うメリットはどこにあるのでしょうか。細田先生は学生に勧めやすいポイントとして、すでにCreative Cloudを導入していれば追加費用なく利用できることと、学習データの著作権に問題がないことを挙げます。栗又さんも、ネットで記事を見かけてFireflyを使ってみようと、ブラウザで公開されていたベータ版ですぐに試してみたそうです。
平山先生はFireflyで画像生成をするときはAdobe Expressを使うことが多いそうですが、その使いやすさをメリットに挙げます。「写真やイラストなどのタイプを選んだり、たくさんあるスタイルから選んだりできるのがすごく便利なんですよね」と、プロンプトだけに頼らずに指示できる操作画面を評価します。また、PhotoshopやIllustratorは作品の発表やポートフォリオ制作に学生が使用するので、他のアドビ製品との親和性の高さも使いやすさのひとつとなっています。
社会の生成AIへの注目は日々高まり続けています。卒業後に教員として働くことが決まっている栗又さんも、選考の過程で生成AIが話題になったこともあったそうです。すでに、学生にとっても世の中の変化をとらえる教養として、生成AIの利用経験やその特徴を捉えていることが求められているようです。
(文:狩野さやか)